恋
その一言があれば、俺は何だって出来た。
忠誠心、尊敬、畏怖……持つ感情は何だったのか、
あるいはそのどれもだったのか。
あの人に救ってもらった時から、俺はあの人のものだった。
だから、俺のこの命も、あの人のために散らすのだと、
そう、思っていた。
ー ー ー ー ー
あの人が帰ってこなくなってから、もう3日が過ぎた。
組織の人間はそろそろ焦りだし、
メンバーを増やして再び相手の陣地に乗り込むかの審議中だ。
「俺も連れていってください。」
当然、連れていってもらえるものだと思っていた。
だって、俺はいつもあの人と共に戦ってきたから。
今回はたまたま留守番だったけれど、
あの人がピンチなら、助けるのは俺の役目だ。
だが、その意見は一蹴された。
俺は陣地に残り後方支援だそうだ。
何故だ、俺も戦わせてくれ、と懇願した。
あの人のいないところで待つなんてまっぴらだ。
どうか連れていってくれと。
だが周りの答えはNoだった。
そしてその数日後、組織は壊滅した。
なぜか死者は居らず、
みんな捕虜扱いで相手組織に連れていかれた。
でも、あの人だけは、
いつまで経っても俺らの前に現れなかった。
俺は絶望していた。
どうしてあの人は、ボスは、俺を呼んでくれなかったんだ。
「樹!来い!!」
俺は自分の名前が好きだった。
あの人がつけてくれた名。
「樹の下で拾ったから」という安直なネーミングだったが、
あの人が呼んでくれるだけで、それは特別になった。
そして、あの人が「来い」と言ってくれる。
それだけでどれだけ幸せだったか。
でもあの人は、最後の最後で俺を呼ばなかった。
周りの奴も俺を連れていこうとはしなかった。
その理由は、向こうのボスと目が合った時分かった。
目が合った瞬間、俺は持っていた刀を構えた。
腰のあたりに血のついた、あの人の持っていたお守りが見えた。
「お前が……お前があの人を…?!」
しかしそいつは俺を見たあと、
横から切りかかろうとしてきた部下を制して、
そのまま歩いて行ったのだ。
その瞬間、俺は理解した。
あぁ、多分これはあの人の仕業だと。
俺のことを見逃すよう、あの人が契約かなにかしたんだろうと。
頭に血がのぼるのを感じた。
ふざけるな。
自分が犠牲になっても俺だけ助けようって?
馬鹿にするのも大概にしてもらいたい。
俺がどんな思いで、今までついて行ったと思っているんだ。
俺は、あんたのそばに居られれば、それでよかったのに。
あんたの力になれるなら、死ぬことなんて怖くもなかったのに。
「…う、うぉぁぁあぁあぁあああぁぁあぁっ!!!」
気づくと俺は、一度下ろした刀をもう1度振り上げ、
相手のボスの元へと走っていた。
気づいて襲いかかってきた部下どもを薙ぎ倒す。
あと数ミリ、それで相手の首を取れる。
そう思った時。
パァン……ッ
脇腹に鈍い痛み。
撃たれた。そう思ったがすんでのところで足を踏ん張る。
ここで、ここで俺が敵を果たせなかったら駄目だ。
なんとしてでも、ここで、奴をーーー!!
「馬鹿だなぁ、お前は。」
パァン………ッ
再び銃声。
身構えるもそれはオレに向けられたものではなく。
倒れたのは目の前の男の方だった。
「……ボ……ス…」
「待ってるように伝えたろ?お前は本当に頭が悪いからなぁ。」
相手の陣地のほうから叫び声と銃声が聞こえる。
「これは作戦だったんだよ。
まぁ、こうやって親分の命も取れたしいいんだけどさぁ…
やっぱお前連れてかなくて正解だったわ。
作戦開始まで相手陣地で暴れられたら困るし、
お前嘘とかごまかしクッソ下手だからなぁ。」
でも、とボスは笑う。
「ここからはもう相手を倒すだけだ。
来るよな?樹。」
「……そんなの、俺に聞かないでいいっすよ。」
そうだな、と一呼吸おいて彼は笑う。
「来い、樹!!!」
「はいっ!!!」
ー ー ー ー ー
その一言があれば、俺は何だって出来た。
忠誠心、尊敬、畏怖……持つ感情は何だったのか、
あるいはそのどれでもないものだったのか。
あの人に救ってもらった時から、俺はあの人のものだった。
だから、俺のこの命も、あの人のために散らすのだと、
そう思っていた。
もし俺が死んだらあの人は悲しむだろうか。
そうならもう少し、俺は生き続けよう。
あの人と共に、笑っていたいから。