35. ザ・セカンド・ティタノマキア その⑲
「くっ……なかなかやりマスね!」
「そっち、こそ……はあ、はあ」
新たな軍勢と戦う英雄たちの上空。紫苑とルシファーは、実に二十分にもわたる空中戦を展開していた。
はじめ、ルシファーは得意の精神支配で紫苑に攻撃したが、残念ながら紫苑の前世での恋人・アルテミスの加護によりそれは無効化され、以来こうしてずっと、シンプルな殴り合いが続いている。ルシファーの方は黒魔導のような遠距離攻撃も具えており、紫苑にとってはなかなかに厄介だ。
美女の姿で登場したルシファーだったが、途中から紫苑が思いのほか強敵だと察し、今は痩せた男の姿に戻っている。
「ハァ……いつまでもやっていても埒が明きまセン……!そろそろ、終わりにしまショウか!」
ルシファーが両手を掲げ、紫色のオーラの球を生成する。先ほどから何度も見せられた攻撃。だが、今度のものは段違いに大きい。
「若き勇者ヨ! ココがアナタの墓場DEATH!」
「っ……!」
紫苑の身体の十倍近いサイズのそれが放たれる。距離は十メートルほど。恐るべきスピードで迫りくる魔弾から、逃げる術は無い。
……なら、逃げなければいい。
「は あ あ あ あ あ」
紫苑は腰に拳を溜め、エネルギー弾を迎え撃つ。
「オオオオラアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
ぶつかり合う拳と魔弾。全ての力を右手に集める。
「ク……!」
ルシファーも負けてはいない。両手を紫苑の方にかざし、闇のエネルギーを送り続ける。
「オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ !」
「ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア !」
全神経を、この一撃に込める。天装・聖拳リゲルは擦り切れ、今にも砕け散りそうだ。
だが、
(まだ……終われない! こいつを倒して、リサと会うんだっ!)
「〝記憶解放〟!!」
「ナッ⁉」
紫苑の籠手に、銀色の紋章が浮かび上がったかと思うと、魔弾にかかる抵抗が突然増加した。
「こ……コレハッ⁉」
ただ増したのではない。まるで拳そのものが増えたかのように、いくつもの箇所から、魔弾が押し戻されている。
「バカなッ! ワタクシの全力ヲ⁉」
「これはっ……あたしの、今までの、攻撃だっ……」
驚くルシファーに、紫苑は魔弾に力をかけながらも言い放つ。
「今まで打ってきたあたしの拳は……そのエネルギーは……ひとつ残らず、この聖拳が『覚えて』いる! それを、一度だけ再現できるのがっ……あたしの、天装の、能力っ!」
右のリゲル。左のベテルギウス。これらは紫苑のパンチの「エネルギー」と「軌道」を記録し、一度限り再現する力を持っている。日々の鍛錬の時から、この戦いまでに打った全ての拳による攻撃の「記録」を、紫苑は一度として使わず残していた。
「オオ……ラァッ!」
ついに、魔弾はその進行方向を変え、ルシファーへと向かって弾かれる。
「がふう⁉」
直撃。上空へと吹き飛ばされるルシファー。
それを、紫苑は逃がさない。
「オオオラアアアアア!!!!」
両の拳を構え、矢の如くルシファーに突進する。
「ちょ、待ちナサイ! か弱いレディにこんなことしていいのDEATHカッ!」
「悪いけど、あたしも女なんだよっ! 潔くボコられろッ!」
その籠手には、またしても古代の象形文字のような紋章が浮かび上がっている。
「……オラァ!」
鮮烈な右フック。しかし、その拳は一発ではない。
パンチが繰り出された瞬間に、紫苑の腕が何十本にも増えたような幻覚を、ルシファーは見た。
「がほあぁああああ!?」
全身に衝撃。だが、拳の雨はまだ終わらない。
「オラァ! オラァ! オラァア!」
「げげぶがびぼばぼ!」
数百発もの鉄拳が、ルシファーに炸裂する。モーションは一発ずつ。されど命中するのは無数。
「オオオオラアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
ついに、今まで見えていた紫苑の拳も目にも止まらぬスピードでルシファーの身体を穿ち始める。その分だけ、彼に浴びせかけられる衝撃の量も増していく。
「ばぐぶごぼげばああああああああああ!!!!」
最後の一発、左ストレート×1000。全身の骨を砕かれたルシファーは、そのまま夜空の彼方へと吹っ飛ばされていく。
だんだんと遠ざかり、その姿が確認できなくなったとき、
「おっと。オマケだぜ♪」
紫苑が指を鳴らすと。
「びぎゃああああああああああああああああああああ!!」
再び、ルシファーを襲う拳の嵐。
実は、紫苑の左拳・ベテルギウスにはもうひとつ能力がある。パンチを命中させた相手をも記録し、その「再現」の能力を、これまた一度に限り、遠く離れた場所にいても命中させられるのである。
悪魔の体の耐久力の大幅なオーバーに、元々丈夫な方ではないルシファーは耐えられるはずもなく――
爆散。夜空にキラリと光る星となり、彼の身体は完全に消滅した。
「棒きれみたいな身体でよく戦ったな! 次からはもっと鍛えてきやがれ!」
ガシン、と籠手を合わせる紫苑の両腕は、およそ女子高生とは思えぬほど引き締まっていた。
★
「紫苑!」
「リサ? ……えっ」
戦いを終えた理里が駆け寄ると、紫苑は怪訝な顔をした。
すでに、他の場所でも戦いは終わりつつある。ティターンは魔神の活躍で全て倒され、泥人形は全滅し、残るルシファーの部隊も、ここから遠くにいるあと数十名ほどとなった。
「あっ……ごめん。俺、進化しちゃった」
「あ、ああ。そういうこと」
金色に輝く怪物の身体が、一瞬竜巻に包まれ、次の瞬間、それは紫苑が見慣れた、人間の姿に戻っていた。
「うん! やっぱり、リサはこっちのほうがいいな!」
「ハハ……そうかな」
紫苑は無邪気に笑う。照れくさくて、目を逸らしてしまう。
いかほどに待ち望んだこの再会。いかほどにもう一度見たいと願ったこの顔。この姿。なのに、直視できない――
『ちょっとー。おねえちゃんの見てる前でイチャつかないでもらえますかー』
「「ひゃっ⁉」」
悶々としていると、いきなり剣が喋った。
「珠飛亜……当分どっか行っててくれ。邪魔だ」
『やだ……りーくん、おねえちゃんをのけ者にするの? おねえちゃんさみしい……しくしく……』
「姉貴を夜空のムコウにシュゥゥゥ――――ッ!!!!」
『超ッエキサイティ――――――――――ン!!!!』
天高く投げられた珠飛亜は、そのまま綺羅星となって消えていった。
「お、おい……あれ、大丈夫なの」
「問題ねえよ。翼があるから適当に飛んで帰るだろ……。そ、それより」
困惑する紫苑に、理里は顔を赤らめて、声をかけた。
「その……伝えたいことが、あるんだ」
「……?」
突然の申し出に、紫苑は首をかしげる。
「あ、あの……その……」
しかし。切り出しておいて、理里は詰まってしまう。
(何を恥ずかしがってるんだ俺は! あれほど、今日こそ言わなきゃって、決意してたじゃないか! いや、目の前にして言う事になるとは思ってなくて……いざ顔を見たらっ)
「リサ?」
ほら、紫苑も困っている。はやく言わないと、彼女を待たせるのはダメだ。ああ、でも、なんか照れくさくって……
……あれ。
「リサ、どうしたんだ?」
眉をハの字型にして、困ったふうにしている紫苑。その口元は、少し歪んでいる。こらえきれない笑いが、漏れだしているように。
「お、お前! 演技してるだろ! 実は全部分かってんだろ!」
「さあ……なんのこと? あたしバカだからぜんぜん分かんないなぁ……ちゃんとリサの口から言ってもらわないと」
しらじらしい言葉を並べながら、ついに紫苑はニヤニヤを隠そうともしなくなった。
その態度に理里が憤慨していると、後ろから肩を叩かれる。
「あきらめろ。男は口では女に勝てん」
「なっ……邪眼地獄⁉」
うんざりとした顔の地獄が、いつのまにか後ろに立っていた。その隣にいる妙齢の女性は……誰だ?
「あら~、あなたが紫苑ちゃんの好きな人です? けっこうカワイイ顔してるじゃないですか~♪」
女性がニコニコ笑いながら言うと、今度は紫苑が茹で上がった。
「ちょっ、餡子さん⁉」
「あら、違うんですか? めちゃくちゃ良い雰囲気ですけど……だったら、お母さんの子にしちゃおうかな~♪」
「そ、それはダメですっ! リサはあたしの! ……あっ」
先ほどの自分と同じような笑みを浮かべられ、墓穴を掘ったことに気付いた紫苑はその場に崩れ落ちる。
その様子を見てほくそ笑んだ地獄が、理里を促す。
「……ほら。何を言うつもりか知らんが、さっさとしろ」
「っ……」
かつて負けた恨みをここで晴らしに来ているのか、地獄の顔は見た覚えがないほど愉悦に満ちていた。
「あーもう! わかったよ! 言います! 言いますから、ほっといてくれ!」
「おお、そうか。じゃあどうぞー」
「リサくん、がんばって!」
地獄たちに見守られ、理里は深呼吸をひとつ。
「……はやくしろよ」
調子を崩されていじけた紫苑は、人差し指でグラウンドの砂をいじくっている。
もひとつ深呼吸。そして、大きく息を吸って。
「好きです! あなたのことが、好きですっ! 今まで会った誰よりも、これから出会う誰よりも、大好きですっ!」
……はは。一回も言ってなかった分、一気に三回も言ってしまった。
「……ふふ」
悶々としていた紫苑は、一瞬呆れたような顔になって、でも最後には、全てを慈しむ女神のような微笑みを浮かべた。
「あたしもだよ、リサ。あなたのことが、大好きです」
「紫苑……!」
もう、理里は我慢できなかった。
「ひゃんっ⁉」
飛び込み前転のようにして、座っていた紫苑に抱きつく。
「好きだ……シオン、だいすきだっ!」
「ちょ、お前、何やって⁉」
倒れ込んだ紫苑に、理里は頬ずりをする。そのあまりに積極的な行動に、紫苑は顔を真っ赤にしていたが、どこか、嬉しそうだった。
「フン、くだらん。『好きだ』しか言ってねえじゃねえか」
「そうですかー? 私は初々しくて微笑ましいと思いますけど……あーっ、見てたらお母さんも抱きつきたくなってきちゃいました! えいっ♪」
「やめろババア! 加齢臭が移るわ!」
かつて同じ日に引き裂かれた二組の男女は、今、奇遇なことに、またしても同じ日・同じ場所で結ばれるのだった。




