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34. ザ・セカンド・ティタノマキア その⑱

「マロン! 大丈夫か、マロン!」


 クロノスと理里の戦いが始まる直前、ティターンを振り切ってなんとか真龍のもとにたどりついた紫苑は、空間の壁を叩きながら、悶え苦しむ彼女に呼びかけていた。


『ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ! !』


 目の前で、この世のものとは思えぬ喘鳴をあげる真龍。その胸から、水色に光る刃が突き出しているのだ。


「チクショウ……ペルセウス、何をした!」

「違う、俺じゃない! お前が帰るまで見張っていたら、突然そうなった!」

「なっ⁉ ……いや」


 今は口喧嘩をしている場合じゃない。改めて真龍に顔を向ける。


『ア ア ア ア ア ア ア ! !』

「しっかりしろ、マロン! すぐに助けるから!」


 と、口では言うものの、方法が思いつかない。空間の壁に阻まれている以上、真龍を助けるどころか、指一本さえ触れられないのだから。


 刃は、胎児が生まれ出るように、徐々に真龍の胸から出でてきている。刃が姿を現すほどに、光は強くなっている。


「くそっ、どうすれば……っ!」


 ひときわその光が強くなり、紫苑は目が眩む。まばゆい閃光が、視界のすべてを包み込み、そして――


『え――――――いっ!!!!』

「……え?」


 聞き覚えのある若い女性の声が、紫苑の右側を通り過ぎていった。


「珠飛亜先輩っ!? いや、まさかな…………あっ⁉」


 目を開けると、先ほどまで宙に浮いていた真龍が、撃ち落とされたように落下している。


「ちょっと待てええええええええ!!!!」


 自分が落ちているかのような悲鳴を上げて、紫苑は真龍を掻っ攫い、そのまま着地した。


「ふう……手間、かけさせやがって……」


 彼女から〝黒〟は消え、一糸纏わぬ姿となった。美しいブロンドの髪も、もとどおりだ。

 そして。


『待っててりーくん! おねえちゃん、今行くからねっ!』


 真龍の胸から飛び出した水色の剣は、クロノスのいる方へと飛び去っていく。


「先輩……そっか。先輩が……」


 あれほど苦しんでいたというのに、真龍の胸には傷が無い。理屈は分からないが、どうもあの剣が……いや、珠飛亜が〝黒〟を祓ってくれたようだ。


「……ありがとう、ございました」


 飛んでいく剣に、紫苑は一礼した。


「……キャヒヒ。やってくれましたねえ」

「っ⁉ 誰だ!」


 その背後から、低い女性の声がかけられる。

 振り返るとそこには、珍妙な格好をした、水色の肌の美女が立っていた。


「この同盟が生み出した最高傑作を、よくもまあ白紙に戻してくれたものDEATHネ。これは、懲らしめないといけませんねェ……キャヒヒヒヒ♪」


 不気味な笑い声をあげて、女は紫苑に手をかざす。


「さあ、マイダーリンズ! この不届きナ英雄共ヲ、蹴散らしてしまいなサイナ!」


 すると、彼女の後ろの空間が、雨を受け入れる水たまりのように、いくつもの波紋を打つ。

 そして、その中から。


『ウオオオオオオオオオオオ――――ッ!!!!』


 黒い鎧に身を包んだ、中世ヨーロッパの騎士のような外見の兵士たちが、陸続と現れる。


「な、なんだっ!?」


 戸惑う紫苑に、美女は高笑いを向けた。


「キャーッハハハ! これこそ悪魔の女王であるワタクシ、ルシファー直属の精鋭部隊〝血百合の(ブラッディ・リリィ・)花束(メルトラバーズ)〟! 泥人形の製造が止まってモ、マダマダ戦は終わりマセンよォ!」

「くっ……!」


 新たな軍勢が、紫苑に迫る。





「くっふふふふ……面白くなってきたじゃあないか」


 同じ頃。吹羅と綺羅を飲み込んだタルタロスは、ティターンが現れてより、再び市立図書館の屋上に戻っていた。


 あのガキどもはなかなかに楽しませてくれた。驕り高ぶる者が屈服する様は、本当に見ていて飽きない。最初の方は心地よい悲鳴を〝闇〟の中で聞かせてくれていたが……今はもう、声も出さなくなった。ひととおり満足した彼は、あとは見物でもするかとここに帰ってきたのだ。


「しかし……アレは、気に入らないな」


 彼の視線の先に居るのは、傍若無人に暴れ回り、ティターンたちを翻弄する黒い龍……すなわち、テュフォーンだった。


 先ほどから五体もの巨神があの龍に倒された。クロノスを除いた十一のうち半分近くだ。……ああ、言っている間にも六体目が潰される。


 兵力差をものともしない、圧倒的な強さ。それを見せつけられ、虫唾が走った。


「キミも、ボクの奈落に捕らえてあげよう…………む?」


 立ち上がり、魔神に向かって飛び立とうとしたタルタロスは、背筋に異変を感じる。


「なんか、寒いな……」


 寒気がする。いや、背筋だけではない。全身の、身体の芯のような部分が、寒いのだ。


 病になどかからないこの身体が、風邪を引いたわけでもあるまい。しかし気温はさほど低くない。むしろ暑いくらいだ。だというのに、何だこの寒さは――


「……⁉」


 不穏に思ったタルタロスは、たまたま目に入った自分の手の甲を見て、度肝を抜かれた。


「何だ……なんだ、これは!」


 手が、凍っている。正確には霜が降りているような状態だが、その白い面積はだんだんと増えている。


『そろそろ気づいたか、暗黒神!』

「っ⁉ お前は!」


 そんな中、タルタロスの頭に、吹羅の声が響いた。


「お前、何をした!」

『ハッ、簡単なことよ。我が愛する妹の異能が、貴様の深淵を絶賛凍結中だ!』

「バカな! 異能は神には効かないはずではっ」


 声を荒げるタルタロスに、吹羅は挑発的な口調で説明する。


『ああ、そうだとも。だが、それは肉体の話だ。心の中の世界であれば、異形も神も変わらぬであろう? 貴様の弱点は、この深淵そのもの! 心象世界を展開し、それを武器とするなら、世界そのものに攻撃すればよい! 無限の奈落は、無限の炎で凍りつかせるのみよ!』

「キサマ……何をバカげたことを……!」


 毒づく間にも、タルタロスの身体は、刻一刻と動かなくなっていく。体温が失われ、肌が、髪が、凍っていく。


「うそだ……この、ボクが……こんな……こんなはずじゃないのにいいいいいいい!!!!!!!」

 その叫びと共に、原初の神の一柱は、氷像と化した。





『りーくん! 今助けるからね!』


 珠飛亜が変身したらしい剣は、自ら刃をクロノスの胴から引き抜き、翼をはためかせて、理里の方へと飛んでくる。


「ちょっ、危な!?」

『えいっ!』


 目にも止まらぬスピードで宙を舞った彼女は、理里を縛る網を、鮮やかに切断した。


『これで王子様は自由の身! やったね☆』

「あ、ああ……」


 戸惑いながらも、理里は空中でぴょんぴょんと跳ねる剣をまじまじと見つめた。


 一体、彼女に何が起きたというのか。いや、そもそもコレが本当に珠飛亜なのか?


 だが、そんな問答をしている(いとま)は、彼には無い。


「キサマ……許さぬ、ぞ……」


 クロノスが、出血する脇腹を押さえながらも、動き出している。


「珠飛亜! ちょっと借りるぞ!」

『えっ』


 落ちていった剣は、また作れる。今は何か武器を手に入れなくては。そう考えた理里が、珠飛亜の柄を握ると。


『あんっ❤』


 無駄に艶っぽい声が出た。


「ば、バカヤロー! 何だよ今の声!」

『だ、だって、くすぐったくて……えへへ』


 照れ笑いする珠飛亜。……今、確信した。このマイペースさ、珠飛亜に間違いない。


「どこを……見ている……! 我を、愚弄するか!」

「わ、危なっ⁉」


 ぶうん、と斜めに斬撃が飛んでくる。こればかりは受け止めることはできないので、左側に飛んで避ける。


「いくぞ、珠飛亜!」

『うんっ!』


 剣を構え、理里は飛翔する。時の止まった世界の中に割り込み、タルタロスの闇を切断するほどの力を持った珠飛亜は、きっと〝法〟クラスの存在になっている。ハルパーとカチ合っても問題はあるまい。


「オラァ!」

「ぬんっ!」


 ガキン、とぶつかる刃の、二撃、三撃と続いた四撃目。

『いっくよ――――っ……〝勇・装・(ブレイブリー・)聖・剣(カリバーン)〟!!!!』


 つばぜり合いとなった状況で、珠飛亜の刃が放つ光が、さらに強さを増すと、クロノスが、だんだんと押され始めた。


「何ィ⁉ バカな! 我が、一介の小娘なんぞにイッ!」


 それは、珠飛亜の『勇気』の顕現。感情を水に呼応させて武器を作り出す異能・〝漣水精装(アクア・ジェネレイド)〟は、ついに彼女自身の体の水分を材料とし、彼女を『全てを斬り裂く剣』に変えた。


 タルタロスの闇も、真龍の空間の壁も、時間さえも斬り裂くその剣に、限界は無い。心に勇気ある限り、彼女は無限に強くなる。


「『いっけえええええええええええええええ!!!!!!』」


 バァン、と、ハルパーは弾かれ、クロノスは態勢を崩して後退する。


 その隙は、逃さない。


「〝胤螭の(ヴィーネラブル・)宝剣(レヴテイン)〟ッ!」


 手元を離れた法剣を分解し再構成する。だが、一から作るのではない。


『おおおお⁉ なに、なに⁉』


 珠飛亜の身体()が、黄金に輝く。

 石化の光の粒子を、珠飛亜を骨組として、上から服を着せるように、金の装飾として作り直す。


「『せいやあああああああああああああああ!!!!!!』」


 急降下。後ろに退がったクロノスをめがけ、一気に剣を振り下ろす。そして――



 斬撃が、その丸太の様な胴を捉えた。



「な……バカ、な……」


 隆々と盛り上がった大胸筋に、大きく斜めに刻まれた傷。

 その切り口は、だんだんと、石のように白く固まっていく。


「あっては……あってはならぬ……! 我が、我が失われるなど! 我が消えては、人類は永遠に救われぬ!」


 ハルパーを取り落とし、傷口を掻きむしるクロノス。その様子を、理里は冷ややかな目で見つめていた。


「理想郷を築きたい、と言ったな? 確かに、それは人類にとっては良い話かもしれない。けどな。そこに住む者を、「醜い」なんて基準でお前が勝手に決める以上、それは全人類の理想だなんて言えない。ただのお前の箱庭だ」

「貴様! 我が尊き理想を貶めるか! 我が導き、我が治めてこそ、人類は永久に栄えるというのに!」

「その、『人類』ってくくりが気に入らないな」


 黄金と水色に彩られた剣を、理里はクロノスに向ける。


「この世界に住んでるのは何も人間だけじゃない。それが見えていなかったから、お前は負けたんだ」

「な……に……」


 白は徐々に広がり、時の神の身体を蝕んでいく。びきっ、ばきっ、と、氷にひびが入るような音と共に、石像と化していく。


「我が理想が……夢が……滅びて、いく……」


 その言葉を最後に、白い彫像となったクロノスは、遥かな大地へと落下していった。

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