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27. ザ・セカンド・ティタノマキア その⑪

『グルオアアアアアアアアア!!!!』


 獅子となった綺羅は、跳躍し、双子に襲いかかる。


「「おっと、危ねえ」」


 双子は左右に飛び退き、それを避ける。が、


「はぁっ!」


 そこに、後方にいた吹羅の腰から生える蛇たちの口から、一斉に強酸性の毒液が発射される。


「おお⁉ 何しやがる!」

「あぎゃー! 俺のズボンがぁ!」


 それは洲斗の靴の先端を溶かし、流楠のズボンの裾に穴を空けた。


「てめえ、毒はずるいだろ!」

「そーだそーだ! てめーが言ってた、人の道に反するってやつじゃあねえのかあ⁉」

「あいにくだが、我は人間ではないのでな! 何をしても構わんのだ、クハハ!」


 言い放ちながら、吹羅はさらに毒液を浴びせかける。それをかわしたところに、さらに綺羅が飛びかかる。


「くはははは! 跳ね回れ、逃げ回れ! あーっははははは!」

『グオオオオオ!!』


 近距離で綺羅が攻め、中距離で綺羅が援護射撃。コンビネーションのとれた二匹の戦闘スタイルに、鹿縞木兄弟は翻弄される。


「チッ……なめんな、クソガキャあ!」


 振り下ろされる綺羅の爪をなんとか避け、二人は一旦距離をとる。


 そして、洲斗は右手、流楠は左手を、地面に当てた。


「〝慈光に包まれし(ホワイティ・)謙虚な道化(クラウン)〟……!」

「〝闇に染めにし(ブラッキィ・)愚かな道化(オーギュスト)〟……!」


 前者は毒液の射程まで近づこうとする吹羅の足元、後者は跳びかかってくる綺羅の真下に、意識を集中させる。


「『回帰(リターン)』!」

「『逆転(リバース)』!」


 瞬間、はじめの邂逅の際と同じように、綺羅の足元の地面が地雷でも踏んだかのように爆発する。


『グオオオ⁉』

「綺羅っ⁉」


 綺羅の巨体は爆風に打ち上げられ上空にすっ飛んで行く。

 いや、飛んでいると表現するにはその軌道はあまりに直線的すぎた。的確に言うならば……()()()()()かのようだ。


「綺羅に何をした! ……む?」


 しかし。それを行ったはずの双子の、その片割れ……洲斗は、思わぬ事態に混乱していたようだった。


「おい、どういうことだよ……! なんで『回帰(リターン)』が発動しない!」


慈光に包まれし(ホワイティ・)謙虚な道化(クラウン)〟。右手で触れたものを『回帰』させるその能力は、確かに洲斗の意思によって発動され、ヘビ女の足元の地面を原初の地球の状態まで巻き戻し、灼熱の大地で彼女を焼き殺すはずだった。だが、その能力が発動しない。弟の異能はちゃんと発動し、あの獣の周辺の重力を『逆転』させ、天高くまで敵を吹き飛ばしたというのに。


「兄貴、どうした⁉」


 洲斗の異変に、流楠も気づき、一瞬、吹羅から目を逸らす。


 それを吹羅は見逃さない。


「はあっ!」


 距離を詰め、射程内に入ったところで毒液を放つ。


「「チッ!」」


 舌打ちをするが、双子はその場を動かず、流楠が左手に力を入れる。


「『逆転(リバース)』!」


 すると、再び地面が噴き上がり、毒液はそれに巻き込まれて、上方へと向きを変える。それと同時に、綺羅の居たあたりでは地面の上昇が止まり、土や岩が、バラバラと本来の方向に落下し始めた。


「ふう……ありがとよ、流楠」

「お、おう。でも、どうしちまったんだよ兄貴。右手が発動しないなんて」

「ああ……何かの間違いだとは思うけどよ」


 きっと、集中の度合いが足りなかったのだ。こういうこともあるさ、と自分を納得させて、洲斗は土煙の向こうに意識を向ける。


 おそらく奴は、目の前に噴出する土の柱を回り込んでこちらに攻撃してくるはず。ならば。


「流楠。『逆転』を解いて、さっきの黒いのに効果を移せ。お前はあっちに集中しろ」

「了解、兄貴!」


 洲斗に言われるまま、流楠は目の前の重力逆転を解除し、


「『逆転(リバース)』!」


 綺羅が打ち上げられた場所に異能を再発動させる。

 そして洲斗は、今度は全神経を、地についた右手に集中させ、


「〝慈光に包まれし(ホワイティ・)謙虚な道化(クラウン)〟」


 未だ姿を現さない敵の姿をしっかりとイメージし、


「『回帰(リターン)』!」


 今度こそ、確実に異能を発動させた……はず、だったのだが、


「っ!? どうしてっ!」


 やはり地面がマグマに変わることはない。


「クク。焦っているな、貴様」


 余裕ぶった声が、降り注ぐ瓦礫の向こうから聞こえてくる。


「ふざけんな! 今日はちょっと調子が悪いだけだ、今に見てやがれ!」


(落ちつけ……心を乱すな……)


 こんな経験は初めてだ。だが、俺の異能は黄道の星座の栄誉としてアポロンから授かったものであるから、通常の異能力と少し違うのかもしれない。多少の不備があったっておかしくない――


「ああ、非常に、非常に残念な話だが。いくら貴様が足掻こうとも、念じようとも、その右手は応えぬぞ?」

「うるせえ! てめえに何が分かっ……」


 そこまできて、洲斗はやっと気がついた。


「てめえ……まさか」


 今までの異能の不調。あり得なくはないと思った自分は愚かだった。だが、だがしかし。そんな異能など、聞いたことが無い。


「ククク。クックククク。クハハハ、クッハハハハハハ!!!」


 やっと晴れた土煙。その先に現れた怪物は、これ以上ないほど愉しそうに嗤っていた。


「これこそが、我が異能穢れた()世に生ま()れ堕ちた(ティ)嬰児の奏()でる旋律()()仄暗い()概念と確()かな唯物()論を覆す()の力! 異能を武器とする者の天敵、異能なくして成立しないこの〝異端的行動〟は、『我の身体に触れ、我に影響を及ぼす、すべての異能による攻撃を無効化する!』」

「なああああにいいいいいい⁉」


 驚きのあまり、洲斗はその場に倒れこむ。


「バカ言ってんじゃねえ! そんなふざけた異能が、てめえみてえな一介の怪物にあってたまるか!」

「くっくっく。ああそうさ、許されないかも知れないさ。しかし、我としても本当に心苦しいのだが……これは現実だ。そう、我こそが最強という、現実だ! クッハハハハハ!」


 天を仰ぎ、毒蛇は笑う。それは、不死の蛇龍の真なる力。


 もともと、ガイアより三世代目……つまりはゼウスと同じ世代にあたる怪原家の子どもたちには、弱体化しているとはいえ、神の権能に届きそうなほど、いや、それすら超えるほどの力が秘められている。そして、現状それを最も引き出しているのが吹羅なのだ。


 彼女の異能は、およそこの世に存在する全ての異形・英雄・超能力者が持つ異能の全てを凌駕し、それらの頂点に立っている。これを超える者は、生命がこの世に誕生してより数人しか現れていない、神さえ超えるほどにその才能を極めた異能者・「(ロウズ)」しか存在していない。その新たな一人として最も近い立場にいるのも、また吹羅である。


「純粋な武技によって異形を相手にする英雄であれば、まだマシだったのかもしれぬがなあ。事実、前世の我は武技に優れたヘラクレスに敗れた。だが、異能に頼る貴様らの立場に立ったなら……相手が悪かった。そう言い訳するしかないな」


 六つの蛇の頭が、鎌首をもたげる。口を開き、その舌から垂れる一滴は、ジュワリと地表の砂を溶かす。


「ま、待てっ! 忘れたのか、お前の同類の命は流楠が握ってるんだぜ! 俺に手出しをすりゃあ、即座に流楠がお前のきょうだいを、宇宙の果てまで打ちあげやがるぞ!」

「そ、そうだぜえ! 俺の〝闇に染めにし(ブラッキィ・)愚かな道化(オーギュスト)〟は、『逆転』のスピードを自在に調整できる! 今すぐてめえの親族を成層圏まで放りだせるんだぜ!」


 洲斗は、腰が抜けて立ち上がることができなくなっていた。その態勢で両手を前に突き出し、彼は怯える顔で吹羅を脅した。流楠も、左手を地面についたまま、冷や汗を流しながら、やかましく叫んだ。

 だが、吹羅は、そんな彼らに鼻で嗤った。


「ハッ、安心しろ。我は貴様らを殺しはしないとも」

「「⁉ どういうことだ!」」


 息ぴったりに動揺する双子に、吹羅は笑いをこらえる。

 そして、宣告した。


「なぜなら。我が手を下すより先に、貴様らは裁きを受けるからだ」

「はあ⁉ 何言って――」


 洲斗のその言葉を最後に、彼らは二の句を次げなくなった。

 突如、空から舞い降りた轟音。そして蒼炎。彼らの視界一面がそれに埋め尽くされ――

 次の瞬間、彼らがひざまずいていた場所には、二体の氷の像が残っているだけだった。


 そしてその間で、大地を踏みしめていたのは。


「よくやったぞ、綺羅。お前なら、必ず戻ると信じていた」


 黒い布に覆われていた身体。その背中の部分が少しほつれ、空いた空間からは、巨大な一対の青い炎の翼が生えていた。


蒼炎以地(コキュートス・)涌紅蓮(ラピスラズリ)』。全てを飲み込み凍りつかせる、無限の蒼き焔を発生させつづける、綺羅の異能力だった。重力の逆転された空間から、空を飛んで逃れた綺羅は、上空でこの異能を発動し、そのまま双子に突っ込んできたのだ。


 ちなみに、この場でその能力はすでに吹羅によって無効化されているため、これ以上炎が生み出されることは無い。


『グルル』


 人懐っこく、吹羅の蛇となった下半身に顔をすりよせる綺羅。


「ハハッ、よせ。まだ戦いは終わっていない……次は、奴だ」


 目指すは、上空に未だ留まっているギャル。先ほど恵奈が起きあがり、アレに向かっていったのは確認した。母が戦うと決めたのならば、子はそれを全力で援護するのみ。


「我らも行こうぞ。あのふんぞり返り具合、奴が双子の言っていた『監督』か? まあよい、どの道倒すだけだ……む?」


 翼のある綺羅に乗せてもらおうと、吹羅が下半身を屈めたとき。ふいに、思うように蛇の身体が動かないことに気がついた。底のない沼の中に、徐々に沈んでいるような。


「……何っ⁉」


 見ると、知らぬうちに、吹羅と綺羅の周辺の地面が、黒く染まっている。


「なんだこれはっ……! 身動きが、とれぬ!」

『グルルル、グオウ⁉』


 同じように、綺羅も泥に足をとられていた。だんだんと、沈んでいくのが目に見える。

 いったいなんだというのだ、この現象は。〝穢れた()世に生ま()れ堕ちた(ティ)嬰児の奏()でる旋律()()仄暗い()概念と確()かな唯物()論を覆す()〟が発動しない以上、異能攻撃ではない。だが、それ以外には説明がつかない。


「あきらめろ、君の異能は通用しない。異能は、権能には勝てないんだからね」

「誰だ⁉」


 前方から聞こえた少年らしき声に、吹羅は顔を上げる。


 そこには、至極気の抜けた格好の子どもが座っていた。上下はグレーのスウェット、傍らには車椅子。ポテトチップスをバリボリと齧りながら、沈みゆく吹羅たちを、ニヤニヤと眺めている。髪は艶のある黒色で、地面に垂れるほど伸ばされているが手入れはされているらしく、幼い顔立ちも相まって、性別を判断するのは困難だ。目の白い部分は真っ赤に血走り、視力があるのかどうかも怪しい。


「いやー、双子座との戦いは楽しませてもらったよ。圧倒的な無双っぷり。中学二年生が考えたようなバカ強い異能。俺TUEEキャラとは、君のことを言うんだろうね……でも。そんな君を瞬殺する僕は、もっと無双キャラだよねえ!

 僕の名はタルタロス。『深淵』とか『始原の五神の一柱』とか、いろいろ肩書きはあるが……とりあえずは、『最強の神』と覚えてほしい」

「タルタロス……だと……」


 その名前に、吹羅は顔をしかめた。

先に名乗ったものは然り、彼にはもう一つ、吹羅たちにとって重要な肩書があったのだ。


「おじいさま! あなたが、なぜ、こんなところにっ」

「ん? お祖父様だって?」


 彼は、魔神テュフォーンの父。つまりは吹羅たちの父方の祖父だ。


「ああー。君らもしかして、テュフォーンのガキ? ずいぶんと大きく育ったもんだねー。ま、怪物は怪物なんだね」


 そのことに、タルタロスも気づいたようす。しかし、彼は眉ひとつ動かさず、また自分が展開した黒い泥の沼を消すこともしなかった。


「なぜっ……なぜ、我らに、このような真似を!」

「んん、なぜかって? そうさなあ……最強は、僕だからだ」

「な……に……」


 まとわりつく泥は、吹羅の身体を芯から……いや、魂から冷やしていくような冷たさがあった。寒さに震えながら、吹羅が問うと、タルタロスは、いやらしく笑って答えた。


「なんかさー、自分が最強だとか思ってるやつ見ると、ムカつくんだよね。どこ探したって、一番強いのは僕に決まってるのにさ。そういったゴミどもは定期的に掃除して、最強は誰かってのを知らしめる必要があると思うんだ。だから、君にも消えてもらう。……ああ、そうとも。僕は強い。強いんだ。ククク。クハハ。クッハハハハハハハハ!!!!」


 真っ赤な目を見開いて、タルタロスは叫ぶ。


「俺TUEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!! ハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

「あ……あっ……ああああああああああああ!!!!」


 一定の深さを過ぎた途端。沼の底が抜けたように、吹羅と綺羅の身体は黒い深淵の中に落ちていった。


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