26. ザ・セカンド・ティタノマキア その⑩
「かっ……は……」
咳き込んで、恵奈は目が覚めた。
「はあ……はあ……」
どれくらい眠っていたのかも分からない。周りでは、まだ英雄たちが、泥人形と戦っている。
公園にひとつだけある時計が目に入る。時刻は六時二十一分。……なんだ、まだ数分しか経っていなかった。
ズキズキと痛む身体を奮い立たせ、立ち上がろうとするが、腕に力が入らない。
かろうじて動く首だけで、頭上を見上げると。真上では恵奈が墜落したときと同じように、ガイアが空中に浮いていた。
憎い。全てを壊したあの女が憎い。そして、そんな外道に全く敵わない自分が恨めしい。
そもそもの話、ガイアはこの世に最初に生まれた神々の一柱である。これが何を意味するかと言うと、彼女には『親』というものが存在していない。親の助け無しに、自分の力だけで、精霊界から人界に出てきた魂なのだ。そんな絶大な力を持った神に、メデューサの血を引いているとはいえ、一介の怪物のわたしが敵うわけがなかった。
珠飛亜はどうなったのだろう。見たところ姿が無い。もしかすると、あの子に倒されてしまったのかも――
「っ……」
その言葉を思い浮かべただけで、恵奈の心中に激情が走った。わたしは、自分の子どもを守れなかったのか。最も大切な、家族を守れなかったのか。
そうではないと信じたい。信じたいけれども、頭をよぎる可能性の現実は、恵奈を打ちのめすのに十分な威力を持っていた。
「くっ……うっ……」
涙がこぼれる。一歩も動けない無力感で、戦う英雄たちを眺めながら、恵奈は泣いた。
「ひっく……くっ……うう……」
果たして、自分の敵とは何だったのだろう。ここにいる英雄たちだったのだろうか。ああ、間違いなくそれは正しい。この者たちは、わたしの愛する人を殺すためにここに来たのだから。
でも。もっと別の、本当にわたしが倒すべき相手が、いたんじゃないのか。身命を賭して挑むべき相手が、いたんじゃないのか。誰のためでもなく、わたしの信条を守るために、戦うべき相手が。そう、わたしが、倒すべき相手は――
「くっ……!」
その者の顔を思い描き、その者をキッと見据えた途端、動かなかった身体が、動いた。
手を砂地について、身体を起こす。蛇の身体をくねらせて、とぐろを巻いて立ち上がる。
見上げた人影が動いた。こちらに気づいたようだ。
だが、何もしてこない。いつだってあの人はそう。自分が面白いと感じる方向にだけ進む。
ならばその隙、突かせてもらう。
「焼べるは我が命。熾るは我が怒り。燃ゆるは、我が魂」
右手を鎖骨の間のあたりに当て、恵奈は詠唱を始める。
「全てを灼き尽くし、断ち斬り、灰燼へと帰す煉獄の焔よ。幾重にも揺蕩う服膺のひと欠片を喰らい……今こそ、我が命に応えよ!」
すると、手の甲から、黒い炎が発生する。その右手を真上に掲げる。
「魂魄転生……」
炎はゆらぎ、やがて何かの形をとりはじめる。右手の部分は細く短く、その先は太く大きく、しかし薄く。
「『黑燄煉劫儛』 第一形態 〝巨剣〟」
そして完成したのは、刃が極端に大きな、黒い炎でできた剣。幅は約一メートル、長さは刃の部分だけで二メートル近く、柄も入れるとそれ以上。
これこそ、恵奈のもうひとつの異能・『黑燄煉劫儛』。記憶をランダムにひとつ消費することで、決して消えない黒い炎の武器を作り出す。
しかし、
「焼べるは我が命。熾るは我が怒り――」
彼女の詠唱は、それだけでは終わらなかった。
「――今こそ、我が命に応えよ!」
二度目。狂戦士の鎧が彼女の上半身を覆う。そして鎧の肩口から、左右二本ずつの腕が飛び出した。
だが、まだ彼女は止まらない。
「焼べるは我が命。熾るは我が怒り――」
三度目。二本の脇差ほどの長さの剣――双剣が現れる。彼女は、右手にあった巨剣を一番後ろの左腕に持ち替え、真ん中の腕に双剣を持たせた。
四度目。死神が持つような狩鎌が、奥の右手に現れる。
五度目。彼女本来の左手が、オーソドックスな槍を掴む。
六度目、最後の詠唱。残る一番手前の右手に現れたのは、柳葉刀……俗に「青龍刀」と呼ばれる刀の刃を取り外して長い棒の先に取り付けた、なぎなたのような武器。三国志の英雄・関羽の愛用品として名高い偃月刀である。
剣、双剣、偃月刀、槍、狩鎌、そして鎧。六種類すべての武器を同時に扱う、『黑燄煉劫儛』の終極形態。
「全形態 〝究極戦女神〟」
目指すは宙に浮かぶ大地。この世で最も美しき異形、そしてこの世で最も醜い天使は、飛翔する。




