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21. ザ・セカンド・ティタノマキア その⑤

(…………)


 しかし、巨大彗星が柚葉市で目撃される十分ほど前、溢れんばかりの闘志に燃えていたはずの紫苑の心は、少し沈んでいた。


(……何やってんだろ、あたし)


 天界の南端。人界や冥界へと続く扉の前に整列した、軍勢の最前列。前世での戦績を買われ、紫苑は『メンバーがひとりだけの独立遊軍』としてここに配置されることになった。


 他にも、何人かそういった英雄はいる。なぜかまたしても右隣に立っている手塩、左隣にあろうことか理里の宿敵である邪眼(じゃのめ)地獄(へる)、その他最強の勇者と名高いヘラクレスなどなど。


 注目株となってしまったわけだが、先ほどのような戦意は今の紫苑には皆無だった。

 というのも。あの後よくよく考えてみたところ、この戦いの真実に気づいてしまったのだ。


 今回の敵であるテュフォーンは、実のところ、理里の父親であるわけだ。つまり、あたしは今から、愛するヒトの肉親を殺害することになるのだ。

 あの家族は温かい。きっとそのうちの一人の喪失は、彼、いや彼らにとってとても残酷なことなのではないか。


 そんな、理里を傷つけたくないという思いに惑わされて、どうも気乗りがしないのだった。

 悶々としている紫苑の様子を見て取ったのか、視線を前に向けたまま、手塩が言う。


「戦場において、迷いは禁物ですよ」

「…………でも」


 紫苑は視線をそらす。そんなことは知っている。ケンカでも組み手でも、危険な目に遭うのは心の迷いがある時だった。


「今は何も考えずに、ただ前を見ていなさい。自分がしたことの是非は、時の流れが決めてくれます。だから、今この時だけは、自分の道を信じなさい」

「……先輩……」


 一ミリたりとも動かないと思っていた鉄面皮が、少し笑った気がした。


「フン。甘いな、テセウス」


 もう片方の隣に立つ、ピンク色の長髪と赤いマントを夜風になびかせる、中性的な顔立ちの美青年……地獄が、鼻を鳴らして侮蔑を向けた。


「何か文句でも? 転生組随一のキラキラネームさん」

「そのことには触れるな! 結構気にしてるんだ!」


 手塩が無表情で聞き返すと、ペルセウスは声を荒げる。


「……ごほん。とにかくだテセウス、そんな蛮人を甘やかして何になる。理屈は簡単だろう。俺たちは正義の味方で、これから悪をぶち倒す。その自覚がないのなら、悪と付き合っていた女などは、今すぐここを立ち去るべきだ」

「…………っ」


 これには、さすがの紫苑も虫唾が走った。目にオレンジ色の光を纏わせ、キッ、と地獄の青と金の瞳を睨みつける。


「ほう、闘る気か? いいだろう、ちょうど魔神退治の肩慣らしをしたいと思っていたところだ」


 コキッ、と首を鳴らす地獄。拳を握る紫苑。溜息をつく手塩。

 一触即発の雰囲気が流れた、その途端――


「もう、ダメでしょうへーちゃん!」


 挑発するように顎を上げていた地獄の上半身が、突如として何者かに頭を押さえつけられ、前方にがくんと折れ曲がった。


「はっ……はな、せ……」

「はなしません! ちゃんとあやまりなさい!」


 反発する地獄の後頭部を右手一本で制し、叱責したのは、三十代後半ごろの、なんとなく理里の母と同じ雰囲気が感じられる女性。身長は紫苑と同じくらい……百七十センチほどで、体型も彼女に近く、ふくよかとセクシーのギリギリ後者側のラインを走っている。腰まで伸ばした少し巻かれた茶髪と、今は少し吊り上っているが、本来は穏やかであろう大きな目が印象的だ。


 紫苑と手塩が固まっているのを察し、女性は顔をこちらに向けた。


「あっ、どうもすみません、うちの子がとんだご無礼を……なんとお詫びしたらいいのか」

「はぁ!? うちの子⁉」


 紫苑は驚かずにはいられなかった。地獄もその言い分には不服らしく、


「なにが『うちの子』だ! 俺はお前の子どもだなんて認めた覚えなんかこれっぽっちもないぞ!」

「なっ……母親に対してなんてひどいことを言うのですか! そんなこといわれたら、お母さん泣いちゃいますぅ……しくしく」


 万力で地獄を捕らえたまま、もう片方の手で泣き真似をする、地獄の母親と名乗る女性。さすがに困惑した手塩が、遠慮がちに彼女に質問を投げかけた。


「あ、あの。ペルセウス様の母君ということは、あなたは、アルゴス王女ダナエ様ということでしょうか」

「いいえ、違いますわ。わたくしはペルセウスの妻・エチオピア王女アンドロメダ……もとい、邪眼地獄の母! 邪眼(じゃのめ)餡子(あんこ)、四十四さいですっ♪ ぶいっ♪」

「はああああああああああああああああああああああ⁉」


 彼女がピースサインを決めた瞬間、手塩が勢いよく後方にのけ反り、地面に頭をめり込ませた。


「せ、先輩⁉ どうしたんですか⁉」


 それまでのキャラを崩壊させるような手塩の行動に戸惑いながらも、紫苑はどうにか手塩の頭を地面から引き抜く。


 パラパラと土埃を頭から落としながらも、手塩は瀕死の様相でつぶやいた。


「なぜ……なぜこのような悪夢が……」

「せんぱーい! しっかりしてくださーい!」


 ゆさゆさと手塩の身体をゆするが、その目に光が戻る様子は無い。


「まあ、どうしたのです? 膝枕しましょうか?」

「頼む、あと三十年くらい黙っててくれ……」


 地獄はついに母の手に反抗することを諦め、その場に倒れこんだ。


「せんぱーい! 先輩がダウンしちゃったら、あたしはこのカオスに置き去りです! どうか気をしっかり保って!」


 後ろに並ぶ英雄たちがクスクスと笑っているのが聞こえるのに耐えられず、紫苑は絶叫した。

 しかし……マイペースな餡子が、ついにその矛先を紫苑に向ける。


「あら、オリオンくん……いや、今は紫苑ちゃんでしたね。こんなに可愛らしくなって! ぜひ、へーちゃんのお嫁さんになってもらいたいわ……あ、お嫁さんはわたくしでした♪ てへっ♪」

「ごへあぁ!」


 寝っ転がったペルセウスが吐血する。


「はぁ⁉ マジそんなのありえないから! あたしには、もう、好きな人が……いるからっ……」

「あら、それは残念。他のだれかさんにメロメロなのね♪」


 顔を真っ赤にして、両手を前に突き出し、全力で否定する紫苑に、餡子はニヤニヤと笑みを浮かべる。なお、その際に放された手塩が「ゴツン」と音を立てて後頭部を地面に強打し、気を失った。


「そ、そのっ……なんで、そんな状況になってるんですか」


 そっぽを向きながらも、紫苑は餡子に尋ねる。すると、餡子は「うーん」と首をひねる。


「それが、全くの偶然なのです。もともと同じ時代に生まれる予定だったわたくしたちなのですが……なぜか、わたくしだけ二十年ほど早く生まれてしまって。で、あれは確か、二十七の時でしたっけ? ひょんなことから、死んだ親友の子どもを育てることになって。そしたらそれが、へーちゃんだったのです! ね♪」

「ね♪ で済む話か! ……運命とは、時に残酷なものだ」


 地獄が溜息をつく。


「なるほど、つまりお二人は義理の親子だというわけですね」

「先輩!? 復活早っ!」


 何の脈絡もなく起きあがった手塩に、餡子はうなずいた。


「そうそう! といっても、正式な養子ってわけじゃないんですけどね。知ってます? 養子と養母って、関係を解消しても、場合によっては結婚できないんですよ? それじゃあ、ダメじゃないですか~。だから、へーちゃんの苗字だけ、お母さんと同じに改名したんだよね~♪」

「ついでに下の名前も変えてくれたらよかったのによ……どれだけコンプレックスだと思ってんだよ……何だよ、『地獄』と書いて『HELL』と読むとか……『邪眼地獄』ってどんな地獄だよロックすぎるだろアアアアアアアアアアア!!!!」

「ちょ、お前!?」


 地面を頭で連打しはじめた地獄を、紫苑は慌てて止める。しかし、


「えぇ~、お母さんはいいとおもうけどな~? だってカッコいいじゃない? じゃがんじごくー、じゃがんじごくー♪」

「連呼するなアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 火に油を注ぐ餡子の言葉により、地獄のヘッドバンキングはさらに激しくなる。


「ちょ、お前、落ち着けって!」

「ペルセウス殿、冷静になるのです。戦の前に頭が呆けてしまっては、力が発揮できませんよ」

「うるせえ! どうせなら今ここで殺せ! 殺してくれ!」


 暴走する地獄は、紫苑と手塩の言葉を聞きもしない。


「あの……お取り込み中のところ申し訳ないのだが……」

「きゃっ⁉」


 穏やかな気持ちになっていたところで、後ろから、囁くような声が紫苑にかけられた。


「だ、誰っ⁉ …………おお……」


 振り返ると。そこに、巨人が座っていた。

 巨人と言っても、全長五十メートルの壁から顔を出すようなものではない。しかし、体育座りをしているにも関わらず二メートルに届きそうな、いかめしい筋肉に覆われた肉体は、まぎれもなくそう表現するにふさわしいものだった。


「おお、ヘラクレス! どうしたのです」


 知己であるらしい手塩が、喜ばしそうに起きあがって、巨人に語りかける。


(……って、ヘラクレス⁉)


 ヘラクレスといえば、ギリシア神話界で最強と名高い英雄ではないか。神話に疎い紫苑でもその名は知っている。


「じきに、アポロン様が到着なされる……出陣は間近だ……なので、談笑はそろそろやめた方がいい……」


 図体のわりに小さい声で、ヘラクレスは忠告した。


「なるほど。感謝します、我が朋友よ。聞いての通りです、皆様配置に戻られますよう」

「……分かった」

「は~い♪」

「……はい」


 手塩に促されるまま、紫苑たちは元の立ち位置に戻る。

 すると、噂をすればなんとやら、チャリオットに乗った金髪の男神が、弓矢と竪琴を携えて、テレポートで姿を現した。


「……皆の者! 準備はよいか!」

『ウオォ――――――!!!』


 威勢のいい歓声。それに応え、アポロンも声を張り上げる。


「我らは、全ての英雄と神々が参戦するこの大戦の(さきがけ)である! よって、どの部隊よりも雄々しく、どの部隊よりも闘志を爛々と輝かせなくてはならない! その覚悟はあるか!」

『ウオォ――――――!!!』

「冥府の王より、この戦いのためだけに与えられた幾度目かの命、その魂が燃え尽きるまで、戦う覚悟はあるか!」

『ウオォ――――――!!!』

「何としても彼の魔神を打ち砕き! 精霊界、天界、人界、冥界……全ての平和を勝ち取る決意はあるか!」

『ウオォ――――――!!!』

「よろしい……貴君らの熱き思い、確かに受け取った……

 ――いざッ! 出陣ッッ!!!!」

『ウオオオオオオオオオ――――――ッッッ!!!』


 巨大な扉が、轟音を立てて開く。その先には、真っ暗な夜空が広がっている。

 アポロンは、天馬に鞭を振るい、その宙空へと躍り出た。するとどうだろう。戦車の通ったあとに、この隊列がちょうど収まるほどの幅の、光の道が形成されていくではないか。


『ウオオオオオオオオオオァ――――――ッッッ!!!』


 英雄たちの正義の進軍の光はこの夜、彗星となって闇を照らした。

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