2.リターニング・ベテルギウス
「おい、リサ。起きなよ、次移動教室だぞ」
大人気テーマパークのCMもホラーナイトからクリスマス仕様に変わって久しい十二月。怪原理里は、教室の片隅で一人微睡んでいた。
「……ん……おりむねかぁ……おまえもいっしょにねないか」
「ば、ばかっ!い、一緒に寝るだなんて、そんな」
……別に深い意味はなかったのだが。この折召紫苑という女は、どうもそういう類の言葉には敏感らしい。戸惑って真っ赤になっている顔は少し大人っぽく、あたふたした動きにつられて揺れる胸はとても大人っぽい。いや、普通の大人以上か。
べ、別にじっと見てるわけじゃないんだからねっ!たまたま視界に入っちゃうだけなんだからっ!
「と、とにかくだ。次は移動教室だから、早く起きないと間に合わないぞ?」
「はいはい、仕方ございませんね」
未だに意識がはっきりしない体を無理やり動かして理里は席を立ち、紫苑もそれに続く。
「次、何だったっけ」
「美術、かな。今日は静物画の最後の授業だったとおもう」
断っておくが、別に俺たちは付き合っているわけではない。互いに好きだということは知っているしクラスメイトにも知られているが、今はあくまで知らないふりをして、友達として接している状態だ。ラブソング的に言えば、『友達以上恋人未満』といったところか。
元々、俺たちはそれぞれの理由によりぼっちだった。そんな二人が一月程前に席替えで隣の席になり、スタ〇ド使い同士が引かれ合うように俺たちぼっち同士は惹かれ合った。
「それとさ、その〝リサ〟っていうのやめてくれないか。何だか女の子みたいじゃないか」
「そうか?かわいいと思うけど」
男心を理解できず、紫苑は不服そうに首を傾げた。そういう仕草ですらも俺を少しドキッとさせる。まったく、罪な女の子だよ。
「そ、そこが嫌なんだって……まあいいや、さっさと行こごほっ」
ろくに前も見ず教室を出ようとした理里は、ちょうどドアの前にいたらしい人影に気付けなかった。また、それが決して校内で接したくない者であることにも。
「おっはよーりーくん!今日もいい天気だねっ!で、そこのいろいろデカい女は誰?」
「げ、珠飛亜……」
彼女の名は怪原珠飛亜。理里の実の姉にして、高校入学と同時に彼がぼっちになる原因を作った張本人である。
「こ、こいつは折召紫苑っていってな、俺の友達だ。彼女とかじゃないから、断じて、絶対的に、絶望的に」
後ろで紫苑が何やら不服そうな雰囲気を放っているのを感じたが、ここはスルーしておこう。
「へえ~友達かぁ~。はじめまして、わたしりーくんのおねえちゃんの怪原珠飛亜ですー、いつもりーくんがお世話になってますー。いっとくけど、りーくんはわたしのだからねー。手を出したらしらないよー」
声色は明るいしこれ以上ないくらい笑顔なのに、身に纏うオーラは極北の冷気。……怖ええええ。マジ怖え。あと俺はお前のものでもなんでもない。
「こ、こちらこそいつもリサがお世話になってます。それと、リサの女性関係に関して口出しするのは、いくらリサの実のお姉さんでも無理だと思いますけど?」
紫苑も負けじと眉間に皺を寄せて言い返す。まずいッ!これは噂に聞くSHU☆RA☆BAというやつが始まるんじゃあないのかッ!
「……ちょっと、誰に断ってりーくんを〝リサ〟なんてダッサいニックネームでよんでるの?りーくんはりーくんであってりーくんなんだけど」
「いいじゃないですか、リサを何と呼んだってあたしの勝手でしょ。〝りーくん〟なんて子供っぽいのよりはよっぽどましですよ」
理里はそそくさと退散を始めた。いつかこのような状況が起きることは想定していたが、これはもう俺の手に負えるものではない。
「調子に乗らないほうがいいよお?ちょ――っといろんなトコが大きいからって、このすひあさまをナメるとケガするから」
「そっちこそナメてんじゃないよチビ。こうみえてもあたし、空手三段なんだからな」
「なんだとこのデカ女ぁ――っ!」
「やるかこのブラコンがぁ!」
珠飛亜の身長一六六センチ、B86・W60・H82。対する紫苑の身長一七一センチ、B90・W65・H86。
確かに珠飛亜から見れば紫苑はいろいろデカいし、紫苑から見れば珠飛亜はチビだなとどうでもいい納得をして、身長一七三センチの理里はその場を後にした。
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「まったく、今日は災難な一日だったよ」
午後四時半の遅めのおやつを食べ終えて、理里は呟いた。
「いいじゃない、修羅場を作れる男の子なんてなかなかいないんだから」
苦笑して答えたのは、母の恵奈。まつ毛が長くエッジの効いた目と、胸元に揺れる天文学的サイズの爆乳は、息子ですら少し目を奪われるものがある。
「そーだぞ、オレなんかこの世に生まれて二十五年間一度もそんな状況になったことないんだから。嫉妬でキラー〇イーンが発現しそうだぜ」
恨めしそうに兄の希瑠も答える。まあ二十五歳にしてニートの男がそんな幸せな問題に直面することの方が稀だと思うが。
「バイ〇ァダストまでは進化しないことを祈るけど……でも、希瑠兄さんって意外とモテないよな。身長一八〇越してて顔もまあまあイケてるのに、何でだ?」
「簡単な話だよ、オタクでニートで総白髪で目が死んでるからだ」
分かってないな、と希瑠は肩をすくめる。その様にはどこか哀愁が漂っていた。確かに、二十五で総白髪というのは珍しいけども。
「まあまあ、自虐はその辺にしておきなさい。それはそうとりーくん、けるくん、少し耳に入れておきたい話があるのよ」
「何だ?」
母さんがこんな風に自分から話を切り出すのは珍しい。何てったってうちは大家族なので、基本的に子どもたちが話題をもってくるからだ。それだけに、真面目な話だと伺えた。
「最近、私たちの同類の殺害事件が多発しているらしいの」
『!!』
二人の表情が深刻になった。
「死因はすべて棍棒のようなものによる撲殺。遺体は元の顔が分からないくらいにズタズタだったそうよ」
「棍棒か……巨人系のやつらが暴走したのか?」
「いや兄さん、その可能性は低い。そんなデカいのが暴走してたら、どっかの正義の味方さんがとうの昔に倒しているだろうし、周囲に被害も出ているはずだ」
「なるほど、確かにそうか……となると、残る可能性は」
「その正義の味方、ね」
ここで、恵奈が口を開いた。
「……『英雄』、か……」
英雄。それは俺達の社会で、『本来の我々を見ることができ、なおかつ対等に渡り合うことができる人間』と定義される。旧人の時代からそういう人間は存在しており、俺達をちょくちょく『討伐』していたらしいが、俺達にとっては迷惑な存在でしかない。
「まあ、あなたたちが負けることはそうそうないと思うけど……一応心には留めておいて。それと、このことは珠飛亜たちにも伝えてね」
『ああ』
良く似た声が、図らずもハモった。
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紫苑の家は、理里の家から近くもなく遠くもない。ちょうど高校までの二キロの道のりの中間――つまり、一キロほど離れた場所の、理里がよく通る道沿いにあった。仲良くなると共に家がそのような位置にあることが分かって、現在は毎日一緒に帰っている。
「昨日はうちの姉貴が本当に悪いことをした。ごめん」
「え?あ、ああ、もういいよ。それにしても、噂通りのお姉さんだな……」
そう。理里がぼっちだったのは、姉のブラコンが過ぎるための、ただのとばっちりだった。何せあの姉にはデリカシーというものがなさすぎる。三年の棟から一年の棟までわざわざ一緒に弁当を食べに来るし、人前でも構わずイチャついてくるし、体育の時間にグランドから「り――く――ん」と叫んできたりもする。またそれに対する彼の曖昧な態度もあって、理里はシスコンとみなされぼっちの覇道を突き進むというのがこれまでの人生必敗パターンだ。
ちなみに紫苑がぼっちだった理由は、ただ単に「身長が高くて近づきにくい」というだけである。少し大人っぽいキリッとした顔立ちだし、それにその身長も加わって、美しいもののどこか排他的なオーラを放っていたので、理里もはじめは近寄り難かった。
「根はいい人なんだ。温かい目で見てやってくれないか」
「ふふっ、それはちょっと難しいかな。リサをとられかねないし」
紫苑は誘うように笑った。そんなセリフをさらっと言われると、何だか付き合ってるみたいじゃないか……。
「それよりも、だよ。おまえ、あたしたちがキャットファイトしてる間どっかに逃げてただろ」
「ぎくっ」
……やっぱりバレてましたか。
「もうちょっと頼れる男になれよなー。じゃないと女の子は寄ってこないぞっ」
「う、うるさいな!誰だってあんな状況怖くて近付けねえよ!」
あの竜虎相見えるような状況を自分が作り出していると思うと罪悪感でいたたまれないという理由もあったが、八割は恐怖だった。
「まったく情けないな……でもそういうところ、ちょっとかわいい」
「……っ、そりゃどうも」
同い年なのに『年上のお姉さん』じみた紫苑の表情に、理里は照れくさくて顔を背けた。
――が、背けた方向から、思いもよらぬ音が聞こえてきた。普通の人間には聞き取れない、異質な音が。
「折召」
「ん?なんだ?」
「ちょっと用事を思い出した。先に帰ってくれないか」
「えっ、そんな急に」
「急ぎの用なんだ。悪いけど今日はここでな、また明日」
「あ、ああ……」
それだけ言い残すと、理里は押していた自転車に飛び乗り、先ほど顔を背けた方向へと全速力で走っていってしまった。
「……ばか」
理里の去った方を、紫苑はいつまでも見つめていた。
――――――――――――――☆―――――――――――
「来たな、怪原理里。テュフォーンの居場所、話してもらおうか」
「……ヘカトンケイルか」
向かった先にいたのは、数え切れない程の頭と腕をもった5メートル程の巨人だった。さっきの音はおそらくこいつの雄叫びだろう。
「お前らも学習しないな。父さんは行方不明なんだ、俺もその居場所は知らない」
「フン、外れか。しかしお前も生かしておくと後々厄介だろうからな」
これも聞き飽きたセリフだった。用がないと分かれば、怪物だというだけで殺そうとする。
「嫌いだな、お前みたいなタイプ。まあほとんどの英雄はお前と同じ行動を取るだろうが」
「遺言はそれだけか?ならば、遠慮なく殺させてもらうッ!」
ヘカトンケイルが跳躍した。衝撃で近辺の地面が震える。だが、理里は一歩たりとも動かない。
「フハハハハハッ、抵抗もできず潔く死を待つというわけだな?その行動に敬意を表し、跡形もなく消し飛ばしてくれる!!」
無数の拳が、構えを取る。
「死ねエエエエエエエエエエいッッ!!!!!」
連撃、連撃、連撃。拳爛豪華な殴打の嵐で、ヤツを叩きのめす。これで生きていられる者はそういまい。しかし、手応えが何かおかしい。敵を殴っているのに、砂山を吹き飛ばす様な感触がするのだ。
拳が地面に当たっているのだろう、と納得して殴るのをやめたヘカトンケイルの前に、驚くべき光景が現れた。
――木端微塵に消し去ったはずの理里が、無傷で立っている。その左目を、禍々しい金色に光らせて。
「この俺と対峙した相手は、その時点で既に俺に負けている」
「貴様、なぜ!そしてその左目は何だッ!」
「蛇皇眼。ひいばあさんから受け継いだ、俺の最強の武器だ」
「馬鹿な!その眼が最強の武器だとッ!?俺にはなんのダメージもないじゃあないかッ!」
現に今、俺は痛みを感じていない。体が拘束されているわけでもない。なら、こいつの言う「武器」とは一体どんなものなのか。
「その腕を見たうえで、お前はそんなことを言っているのか」
言われるがまま、ヘカトンケイルは自分の無数の腕を見た――いや、その時には既に彼の腕は無数ではなかった。
「何だとおッ!」
無数にあった腕が、だんだんと彫像のように固まり、崩れ落ちてゆく。ほとんどの腕にはもう、肘から先がない。
「さっき俺を殴っている間、砂山を潰すような感覚があっただろう。それはお前自身の腕だ。そして――もう一度言う。この俺と対峙した相手は、その時点で既に俺に負けている」
侵蝕は、下半身にも伝わっていた。だんだんと足に感覚がなくなっていく。動かなくなっていく。
「――完敗だ、テュフォーンの息子よ」
その言葉と共に、ヘカトンケイルは白い巨像と化した。
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「珠飛亜、今英雄を一人『眼』で倒した。迎えに来てくれ」
「うっそーりーくんすごいかっこいい待ってていますぐKISS」
返事を聞ききる前に電話を切り、理里は傍の壁にもたれこんだ。この『蛇皇眼』は能力こそトップクラスだが、リザードマンという基本スペックが低い怪物である理里にはその力が強すぎ、一度使うと数時間は眠りに落ちるほど体力を消耗する。そのためこうして迎えを呼ばなくてはならない。
ヘカトンケイルの巨像は、彼の腕がそうなったように塵となって消えた。曾祖母や父のオリジナルの眼はあらゆる生物を石化させる能力を持つが、隔世遺伝のためか理里のものは少し違って、石化させた生物の体が非常にもろくなり、放っておいても数十秒程で崩壊してしまう。
まどろみ始めた理里。だが、その前に予想もしていなかった人物が現れた。
「お、折召!?先に帰れって言ったじゃないか」
「くるな……今すぐ、あたしからはなれろっ!」
紫苑は身中に潜む何かと戦うかのように、全身を震わせていた。その様子にただならぬものを感じ、理里は走りだそうとする。しかし体力の消耗が思いの他激しく、足取りがおぼつかない。
「はぁ、はぁ、どうしちまったんだよ」
不安とともに彼女の方を振り返った、直後。
「うあっ……ぐうっ……うああああああああっ!!!」
紫苑が苦痛の叫び声をあげ、その両目がオレンジ色の閃光を放った。それと同時に、全身がこれもオレンジ色のオーラのようなものに包まれ、そのオーラが筋骨隆々の巨人の上半身の形をとる。最後に巨人の頭上に十八個の光点が何かを象るように並び、それをなぞって古代ギリシア風の男性の像が現れた。
それは、遠い昔の星の本で何度か見た、冬を代表する星座。左手に獅子の皮、右手に棍棒を持った大男。
――まぎれもない、オリオン座だった。
「嘘だろ……?紫苑が『英雄』だって?しかも、〝星落ち〟だとっ?」
十四年前のクリスマスイブ、突如天界を襲った俺の父テュフォーンと戦うため、星座の英雄たちは全て天界に呼び戻された。かろうじて父を撃退した彼らは、現世に逃げ延びた父を追うためにあらゆる時代に転生したという。それらを俺たち怪物は〝星落ち〟と呼んでいた。だが、まさか紫苑がっ!
「天装、聖棍〝リゲル〟召喚」
無機質な表情になった紫苑が呟くと、空中に彼女の身長の一・五倍ほどもある棍棒が出現した。オーラの巨人が紫苑の動きに合わせてそれを乱暴に掴み取る。よくみると、それは血に濡れていた。
――件の連続殺害事件の犯人も、こいつだったというのか。
巨人が(正確には紫苑が)棍棒を担いで、ゆっくりと向かってくる。しかし、もはや理里は動くことができなかった。
……どの道俺は、こうなる運命だったのかもしれない。ただ自分と家族の生活の安寧のためだけに、数知れぬ英雄を殺してきたのだ。最後に愛する人の手で殺されるなら、俺にとってこれ以上の幸せはない。
巨人が棍棒をついに振りおろした、その時だった。硬質なもの同士が勢いよくぶつかる音がして、棍棒が受け止められた。
「あたしのりーくんに、何してるわけ」
天使のような二枚の白い翼と、それが生えるライオンの体。顔だけは人間に近いが、口は耳まで裂け、目は白い部分と黒い部分が入れ替わり、頭には悪魔の如き二本の角。
怪原珠飛亜の真実の姿、スフィンクス。
「す……ひあ……」
土壇場で助かったにも関わらず、理里の心にあるのは一点の曇りもない恐怖だけだった。珠飛亜が本気でブチ切れてしまったら、彼女の怒りが溢れ出してしまったら、紫苑に命の保証はない。たとえ『英雄』となってしまった今の紫苑でも、殺させるわけにはいかない!
理里は最後の力を振り絞り、駆け出そうとするも、時既に遅し。
珠飛亜は、ブチ切れていた。
「潰す……絶っっっ対に、ぶっ潰す」
未だ棍棒と爪とで鍔迫り合いを続ける二人の周辺から、どす黒い液体が湧き出してくる。それはやがてローブを纏う人間のような形をとり、顔に有名なムンクの「叫び」に似た仮面が現れた。
『蛮装行列』。珠飛亜の怒りに呼応して現れる、恐るべき殺人人形たちだ。
「コオオオオッ」
一体が手を斧のように変形させて、巨人の腹部を切り裂いた。ぐらりと、巨人の体勢が崩れる。
その隙を、珠飛亜は逃さなかった。棍棒を跳ね除けて文字通り飛びあがり、ヤツの首筋に喰らいつく。
「グオオオオオッ、ゴオッ!」
巨人も引き剥がそうとするが、珠飛亜は全く離れない。またその間にも、無限に量産される人形たちが、巨人に襲いかかる。
勝敗は決したも同然だった。
巨人へのダメージが一定限度を超えたのか、ついに紫苑が倒れた。またそれによって、巨人の体もだんだんと消えてゆく。
「りーくんを誘惑して油断させて殺そうとするなんて、よく考えたねこのド畜生が。死よりも恐ろしい地獄、味わわせてあげる」
生身の体で倒れている紫苑をめがけ、人形たちはピラニアの如く飛びかかった。
――瞬間、全ての人形が爆散した。
「っ!?どうしてっ!」
理里が、本来の姿を顕現させてどうにかそこに立っていた。全身は黄緑色の鱗に覆われ、人形の残骸である黒い液体が滴り落ちる爪は刃に変化し、頭髪はあるものの顔はトカゲそのものとなっている。
「はぁっ、こいつは、悪くないんだ。英雄の姿を顕す前、こいつは、自分の中のモノをおさえようと、必死だった。おれに、逃げろと、言った」
「でも、こいつはりーくんをころそうとしたんだよ!なのになんでかばうのっ!」
「それは……こいつのことを、愛してるから、だ」
珠飛亜は、冷水を頭からぶっかけられたような衝撃を受けた。
「なんで、わたしが、まけるの……こんな、女に」
棒立ちになった珠飛亜をよそに、理里は紫苑に駆け寄った。
「折召、折召っ!起きてくれ、頼む!」
返事は、ない。
「そんなやつ、しんだほうがいいんだよ。りーくんをころそうとするやつなんか」
「珠飛亜、何てこと言うんだっ!いくらお前でも、許さね」
ドシュッ。
手元で、鈍い音がした。ハッとして振り返ると、赤い血だまりが広がってきていた。――意識を取り戻した紫苑が、理里の爪で、自らの体を刺し貫いていた。
「おまえ……何やってるんだよ」
それしか、言葉にできない。すぐさま体を人間に戻したが、もう遅い。
「そんな顔……ごほっ、するなよ」
紫苑は、血を吐きながらも笑っていた。
「このままリサと一緒にいても、あたしはいつか暴走して、リサを、殺してしまうとおもう……げほっ、そんなの、あたしにとってもリサにとっても、いやなことだろ」
「だからって、死ぬことなんてないじゃないか!俺は今までに多くの人間を殺してきた。結局ろくな死に方なんてしないんだ!でも、お前になら殺されても構わない。好きな人に殺されるなら、何の悔いもないっ!」
何気に告白してしまったが、構うものか。
「ふふっ……いま、『好きな人』って、言ったな?……あたしも、おんなじ」
「そんなこととっくに知ってる!ずっと、ふたりで、一緒にいたいんだ!だから死ぬんじゃねえ!」
紫苑の顔に、血の気がなくなっていく。たぶんどこの病院に担ぎ込んでも、もう手遅れなのだろう。
自分の中の理性がそんなことを囁いたが、理里はそれを信じなかった。この現実が虚構だという根拠のない希望がまだ心の中に巣食い、その希望が現実になる気がして、ただ紫苑を抱く手に力をこめていた。
「今はお別れかも、しれないけど……星になって、ずっとみてるから。待ってるから。だから、あたしの分まで、楽しんで」
紫苑は体を起こし、理里と唇を重ねた。しかしその最初で最後の口づけは、長くは続かなかった。
紫苑の体から、力が抜けた。唇が離れた。
「紫苑?おい、紫苑!どうしたんだよ、紫苑!目をあけてくれよっ!」
折召紫苑、享年一六歳。また一つの魂が、かの世界へと旅立つ。
――――――――――――――☆―――――――――――
『ここで、臨時ニュースです。十四年前のクリスマスイヴに突如消滅した星座のひとつであるオリオン座が、つい先ほど夜空に再び現れました。NASAによりますと、『十四年前の現象と同じく原因は全く不明で、奇怪かつ不可解なことだ』ということです。同NASAは、今後も原因の究明に勤める方針を発表しています。では、次のニュース……』
《続く》




