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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ずっと貴方を怨んでいました

作者: 斗瀬

「ずっと貴方を怨んでいました」


 それが、死に際に愛人が俺へと残した最後の言葉だった。


 明かりの点いていない暗い部屋で、俺は一人その言葉を反芻する。

 金も地位もある俺は、男である愛人を正妻に迎えることは出来なかった。常に二番手とされていたことが、堪えられなかったのだろうか?


 その考えに、俺は頭を振る。


 確かに、正妻はあの女だ。しかし、彼女には子供を産んで貰ったあと、ほとんど会いに行っていない。

 俺の愛が愛人にだけ注がれていたのは、周知の事実だった。


 ならば何故?


 俺は愛人との出会いを思い出す。

 愛人とは、あの倒錯した世界、あの特殊な学園で出会った。





「会長さまだ!」


「相変わらず、カッコイイ……」


 廊下を歩く俺に熱を孕んだ視線を寄せる男達は、金に任せて女のように美しい化粧を施し身体を磨き上げているものばかりだ。そのため、男に見えない程美しい容姿をしている。

 だが、そこに、本物の女の姿はない。

 当たり前だ。俺が生徒会長を勤めたあの学園は、全寮制の男子高だった。

 良いとこの子供や、優秀な子供が集められた学園では、家柄、優秀さ、そして容姿の優れたものが傾倒され、倒錯的な感情を向けられる。俺はその頂点に君臨していたのだ。


 頂点になり調子に乗っていた俺は、今では考えられない程浅はかさで、やりたい放題だった。

 気に入ったものを食い散らし、気に入らないものは排除する。

 それでも、優秀さを損なうことなく、高校にしてはハードな生徒会の仕事もこなしていた。

 そんな毎日を送る俺に変化が訪れたのは、ある転入生がキッカケだった。



 副会長が気に入ったオタクっぽい転入生。



 興味本意で近付いたソイツは、まさに珍獣であった。


 俺のキスを嫌がり、殴り飛ばすという愚行を行い、俺達生徒会に面と向かって変だと言い捨てる。


 変なのはお前だ。


 そう思いながら、俺の転入生への興味は膨れ上がった。

 学園の外はそういうものなのだろうか? そんな疑問と、初めての思い通りにならない人間への新鮮さがが好奇心を呼び、俺を転入生へと夢中にさせた。


 俺にとって、転入生は閉鎖された学園の外、広い世界そのもの。だが、そんな転入生が常に連れていたのは面白みのない平凡な男だった。

 俺を含む生徒会の人間、その他にも学園で特別扱いを受けるもの達に言い寄られているというのに、ただ、席が隣だったというだけの男を、転入生は誰よりも大切に、特別なものとして扱った。


 憎い。あの男が憎い。


 なんの努力もせずに転入生に愛される男に憎悪したのは俺だけではなく、転入生の取り巻きと化した全ての者だった。

 俺達は転入生に見付からないように男を痛め付ける。

 親衛隊という、俺達を盲目的に愛する者達を手足にし、自分達でも手を下しながら、俺達は男を追い詰めた。


 ある日、俺はその暴力を性的なものに変えてみた。


 正直、溜まっていたのだ。


 転入生に言われて、セフレを切った俺は、今更一人で慰める気にもなれず、欲求不満だった。だから、好みでもない男にまでムラムラし、襲ってしまったのだ。


 そのとき、俺は初めて男に取り柄というものを見付けた。


 まさに名器、俺は男の身体に夢中になった。憧れていた外すら、男の身体の前には廃れて見える。

 だから、その身体が傷付けられることが許せず。俺は男を常に傍に置くことで守った。


 傍に置くことで必然的に俺は男を知っていく。家は貧乏だが、成績の優秀さでこの学園に招かれたこと、料理の上手さ、どうしようもないくらいお人よしで、気が弱いこと……。


 俺の中の男が、一人の人間として形を持って行く。


 男は、俺に色んなことを教えてくれた。


 転入生が生徒会の仕事を見て「生徒がそんなに沢山の仕事を押し付けられるのは可笑しい」といったのに対し、男は「この学園の生徒は、将来この国を背負う人間ばかりです。他校より仕事量が多いのは、大事なことを任せることで責任感を持たし、社会の作り方を学ばせる為と、聞いています」と言った。

 だから俺は放棄していた仕事を、再びやり始めた。


 転入生が「家柄や外見で態度が変わるなんて可笑しい!」というと、男は「人が知らない人に会って、最初に得る情報は外見です。最初の印象によって、交渉の流れに違いが出て来るのは道理です。それに家柄を無視出来る立場の人間、そういう責任を背負わされていない人間は、ここには殆どいないんです。家柄をみて対応が変わることは必然ではないのでしょうか?」



 転入生がただ否定して、崩していったものを、男はその中身や理由を考え、肯定していく。

 その言葉は、俺を安心させた。



 誰だって、否定されれば不安になる。

 俺は、俺を否定した転入生が自分より優れ、広い視野を持っているのではないかと錯覚し、転入生に不安を埋めて貰おうと、縋り付いていたのかもしれない。

 しかし実際はどうだろう? 俺を否定した転入生は、俺より本当に優れているのか? 視野が広いのか?

 答えはNOだ。


 転入生の否定は、転入生の狭い世界観の現れだ。他を認めたくないから、否定する。

 そうした弱さがあるから、転入生も男に惹かれたのだ。


 男は肯定し、理解しようとする。勿論、男も完璧ではないし、否定することだってある。それでも男は考えて、考えて、答えを出してくれる。

 その考えのモノサシは、俺や転入生より遥かに長い。

 俺は男に尊敬し、いつの間にか恋していた。


 だからあの日、あの裁きの日に、俺は男に告白した。


「好きだ。一生、傍にいてくれ」


 他の生徒会役員の私物が無くなり、閑散とした生徒会室で、男は少し呆然とした顔で、部屋を見ていた。


「その前に、教えて下さい。なぜ、他の役員をリコールし、転入生を学園から追放したのですか?」


「あいつらは仕事をせず、学園を引っ掻き回した。当然の処置だ。」


 俺は笑って「それに」と言葉を繋げる。


「あいつらはお前を傷付ける。

 俺はお前を守り、傍に置いとくためなら何でもするさ」


 男の肩が震えた気がするが、気のせいだろう。


「転入生は、僕を傷付けようとはしませんでした。むしろ……」


 その言葉に俺は途方もない怒りが湧いた。


「あれがお前を巻き込んだ全ての原因だ! もっとも憎むべき相手だ」


 怒りの理由が嫉妬なのは解っている。転入生が男を好きだったこと、守ろうとしていたことを俺は知っていた。

 知っていたから邪魔だった。

 男を好きなのは俺だけで十分だ。


「他の男の話しなんて、もう止めてくれ。

 愛している。お前の返事が聞きたいんだ。頼む、お前の一生を俺にくれないか?」


 俺が男を抱きしめると、男は震えた声で「……はい」と返事した。




 これが、俺と愛人の馴れ初めだ。確かに、俺は愛人に酷いことをしていた。告白の返事だって、半ば脅しじみていたのも自覚している。

 しかし、その分、有り余るほどの愛を与え続けた。


 働かなくていいよう、養った。愛人の家族にも、常に生活費を送り続けた。必要なものは全て揃え、最高の贅沢をさせた。そして毎日会いに行った。


 そのかいあってか、愛人は徐々に俺に心を開き、甘え、様々なおねだりもするようになった。


 あんなに甘いときを過ごしたんだ。俺達は幸せだったはずだろう?


「ずっと貴方を怨んでいました」


 何故そんな言葉を残した? 何がいけなかった?


 俺は愛人の部屋へと向かう。少しでも、愛人のことが知りたかった。




 俺が贈ったもので溢れた愛人の部屋。この部屋にくるたび、愛しい人が俺の物だと感じられ、満たされた。


 ふと、その中に俺が贈ったもの以外が有るのに気付き、そのことにイラツク。 愛人の全ては俺に満たされていなくてはいけないのに……。


 沸き上がる憤怒を抑え、俺はそれを手に取った。


「アルバムと、日記か?」


 双方、随分古く、愛人が俺の物となる前から使われていたことが伺いしれた。

 日記を開くと、俺と出会う前の平凡な日常が書かれていた。俺の書かれていない愛人の日常には興味が沸かず、俺はパラパラとページをめくる。


 ふと、転入生が現れたところで、俺は手を止める。


「チッ」


 愛人は、転入生を好意的に受け止めていた。


『この学園にきてから久しぶりに普通の人に会った気がする。

 ちょっと、オタクっぽいけど、仲良くなれたらいいな』


 気に食わない。コレに巻き込まれて酷い目に合うのだと、この頃の愛人に教えてやりたくなった。

 またパラパラとページをめくると、愛人へのイジメが始まったことが知れる。


『痛いよ。苦しいよ。なんで? なんでこんなことするの? 誰か、助けてよ……』


 イジメられていたことが書かれたページは、シワがよって色も変わっている。

 書きながら泣いていたのだろう。抱きしめてやりたい、もしもこの時に戻れるならば、昔の俺を含めた彼を害する者全てぶっ飛ばして、愛人を甘やかしたいと思った。

 暫く悲痛なページが続くと、突然、愛人らしくない雑な、書きなぐられた文字の羅列がページ一面に広がった。



『犯された!』


 ページ一面に書かれた文字に、俺は驚く。恐る恐るページをめくれば、幾分落ち着いた様子の文字が綴られていた。


『暴力やイジメだけならまだ耐えられた。でも、尊厳までぐちゃぐちゃにされて平気でなんかいられるか! 会長が憎い! 憎い! 憎い! 身体中をあの汚い男に蹂躙された。汚い、気持ち悪い、最低、最低!』


 初めて、愛人の受けたショックの大きさを知る。まだ沢山綴られている文章を、俺は読むことが出来ずにページを送って行った。

 愛人の様子がおちつくのは随分後の方だった。


『僕を犯すことは止めないけど、最近会長は変わった。

 僕を守っているつもりらしい。

 確かに、乱暴はされなくなったけど、四六時中会長が傍にいて吐きそうだ。監視されているみたいで気持ち悪いし、何処でも発情する。まるでサルだ。

 今では唯一の友達の転入生とも会えない。彼は確かに全ての原因だけど、僕を苦しめるのは会長達だ。

 彼に会いたい。何でもないように、笑い合いたい』


『会長が僕を気遣うようになった。何度も謝りながら、僕を求める。

 謝るくらいなら、僕を犯すのを止めろ』


『会長は何を考えているのだろう? これではまるで恋人扱いだ』


『会長は僕を好き? 何故? 身体? それとも…』


 愛人の日記に俺の名前が溢れて行く。そのことに俺は歓喜した。

 まだ文章に甘さはないが、きっとこれから増えるに違いない。

 俺は綴られる文字を堪能して、ページをめくっていった。


 温かい気持ちが俺を満たす。しかし、あの日、裁きの日の日記を読んで、俺の気持ちは怒りに包まれた。


『今朝、転入生が僕に告白してきた。誰かに好意を向けられるのは始めてで、僕は混乱して返答を先送りさせて貰った。でも、答えは決まっている。

 僕も彼が好きだ。

 だからなんだ。彼に巻き込まれる形で酷い目に遇っても、彼を恨めなかったのは……。ようやくその理由に気付いた。

 僕が好きなのは彼、会長なんかじゃ、ない』


『なのに僕は会長の物になる。

 馬鹿みたいだ。

 あの人は僕の自由を奪う。僕から僕の全てを奪う。

 転入生はあの人に学園を追放され、あの人以外の生徒会も役員を辞めさせられた。

 あの人が一番酷いことをするのに、僕の望まぬ裁きが、あの人以外に降り懸かる。

 あの人は怖い。僕を手に入れるために何でもすると言ったときの野生動物みたいな目、彼の話しをしたときの狂気じみた嫉妬の目。

 怖い。


 従わなければ、家族も、彼もただじゃ済まないかもしれない』


「嘘だ!」


 俺は日記を机に投げ付ける。信じたくない彼の思いが、そこに綴られていた。


「いや、まだ、まだだ!

 あんなに甘えて来てくれたじゃないか!」


 俺は震える手で、日記を拾う。日記には俺への罵倒と、蔑みが綴られ続けていた。


『あの人が卒業すれば自由になれると思ってた。なのに、あの人は僕に学校を辞めるよう言って来た。

 僕はあの人の屋敷に監禁された。

 医者になりたい。そう思って学園に入ったに、その学園で夢を奪われた。僕はなぜ生きている?』


『僕は屋敷の外に出られない。でも文句は言えない。僕がここにいれば家族も彼も安全だ。それに家族がお金に困ることもない』


『仲良くなったメイドが、彼のことを調べてくれた。

 彼は学園を追い出され、行き場を無くし、さらに好きな人、僕に振られたと絶望し、自殺した。


 僕はなんの為に……!?』


『まだ、家族がいる。

 僕は頑張らなくてはいけない』


『メイドが代わった。今度のメイドは僕と会話することを禁じられている。

 人との会話すら許さないあの人は、一体僕に何を求める?』


『あの人が結婚した。自由になれる?』


『あの人は僕に肯定を求める。あの人はただ自分だけのイエスマンが欲しかったんだ』


『あの人の望む通りにしよう。そうすれば、抜け道が見付かる』


『護衛付きで外に出ることが許され、なんとか監視の隙を見付けて、家族の様子を調べる。

 家族は、一家心中していた。

 家族に行くはずのお金が、一回も家族に渡らず、ピンハネされていた。

 悲しいはずなのに、笑いが止まらなくなった。

 僕は何だったんだろうか? 何をしたかったんだろう?

今日、僕は護衛に隠れてヒ素を買った』


『毎日少しずつ手に入れたヒ素を飲む。愚者の毒と言われるこの毒は、その症状や死んだあとの死体からでも、原因を特定できる。それでも、僕の死は邪魔されることはないだろう。

 あの人の愛人である僕は、屋敷の人間全ての敵だ。美しく優しい奥方様を悲しませ、聡明な跡取りの憎しみを一身に受けているのだから、全ては隠蔽される。あの人さえ気付かなければ、この死はなんとも容易なものだ』


『僕が隠し持っていたこの日記も、アルバムも、あの人へ残すことにする。怨念というものがあるのなら、この日記に全てをこめよう。あの人から貰ったこの果てしない憎悪をあの人に返したい』


『見ていますか? 本当の僕の気持ちを、読んでくださいましたか? ご覧の通り、僕は一度も貴方を愛したことはありません。

 ずっと、ずっと貴方を怨んでいました』


 その文字を読むと同時に、アルバムがバサリと落ちる。

 落ちた反動で開かれたページの写真には、見たことのないほど、楽しそうに笑う愛人の姿が移っていた。

 これが愛人の本当の笑顔。俺が奪ったもの……。



 サワリと、開けた覚えのない窓から風が入り、アルバムのページをめくる。

 パラリパラリとめくられるページには、様々な表情の愛人が移っていて、俺を見ている。


 アングルも、何もかも違う写真、なのに愛人の目線は全て、今ここに佇む俺に集められている。


 めくられたアルバムの最後のページ、そこには無表情でこちらを見る愛人の写真が貼られていた。


 あまりBLって感じが入ってなくて申し訳ないです。

 ここまで読んで下さり、ありがとうございました。

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