三話~受け継いだ記憶~
自然の素を含んだ樹木。
それは、理力を多大な含んだ不思議な植物。
大きく分けて六つに分かれる世界を構成している元素のどれかを取り込んだこの星の力を示す結晶でもある。
その全てを総称して自然樹と呼ばれており、太古から生き続けている個体もいるがその数は決して多くはない。
その理由としては近年増え続けている人類の森林伐採によるところが大きいのだと考えられる。
自然樹の妖精も今後減ってくるだろう。
あの方も随分嘆いていた。
空に浮かぶ街。
それは、物造りに特化した人々の集まり。
理術士とは似て非なる性質を持ち、特殊な製法を求め続けたその姿から錬金術士としての総称で呼ばれる。
それぞれの素材を掛けあわせることで全く異なる性質を持つアイテムが精製されるその技術は国宝級だと認識させられた。
しかし、どういった素材でも釜で煮詰めるのはいただけないと思う。
そういえば、以前頼んでいた品物は出来たのだろうか?
近々寄ってみなくてはいけない。
神が流した涙の滴。
それは、脆弱な人々の為に神々が施した生きる為の術。
放射性物質が蔓延した世界が現在のように人々が住まうことができる程に浄化できた決定的な要素。
その感謝の意を込めて当時はその力を神様からの贈り物として贈の一文字で表されていたが、それは徐々に理力としての呼び名が与えられる。
今現在、私が多大に保有している理力も元は神々からの恩恵によるものなのだと考えると、少しばかり嫌気がさす。
こんなことを考えているとばれたら国外追放ものかもしれないけれど、本当に神なんて嫌い。
「自然樹…錬金小国アートリア…贈。」
人と人が争う戦争。
それは、力を得た人々が醜く争い合った悲しき戦い。
贈により元々が戦争の絶えなかった人々はよりその戦いを激しくしていった。
かつて人々を恐怖で縛り付けていた悪魔の兵器は、力を持つ人間の出現により意味を成さなくなり、逆にその人間一人ひとりが兵器として見られ始めた。
権力者の私利私欲により、生きるための力は命を奪うための力へと変貌していったのだ。
人々はどういった状況であろうと争うことを止めないのだと改めて確信できた。
どうして今もまだ人間は生きていられるんだろう?
人と魔物が争う戦争。
それは、生物の頂点を競う虚しき戦い。
人々が贈の力を理力と定義し始めた頃、人間以外にも不思議な力を持つ生物が現れた。
醜く進化し放射性物質にも耐えうる身体を得た元動物たち。
現在で言えば魔物と称される魔力を操る人類の天敵が誕生したのだ。
ここにきてようやく人と人の争いは落ち着きを見せ、共通の敵である魔物との戦争へと突入する。
だが、魔物はどうやって進化したのだろうか?
あまり考えたくはないことだが、魔物は進化したのではなく変異したのではないだろうか。
放射性物質により変異し、その過程で魔力を得た。
別におかしな仮説ではない。
だが、そう考えると私たちに宿るこの理力は神からの贈り物なんかじゃ…。
結局は私たちもまた変異した、生態系から外れた存在でしかないのかもしれない。
そう考えるとこの星の純粋な生命体なんてもう存在しないのだろう。
人と魔物が協力した戦争。
それは、災厄を退ける為の協力し合えた異色の戦い。
後世に語り継がれる戦いだったと、誰かが言っていたがそんなことはないだろう。
世の権力者はこの戦いを闇に葬る予定だったのだ。
魔物の軍勢を利用するだけ利用して、事が終われば殲滅。
これほどまでに生物の定義を無視した戦争はなかったと思う。
魔物は悪だと言うけれど、これでは私たちこそが魔物ではないか。
仮に世の中にこの戦いが明かされたとしても、悪いのは全て魔物になるだろう。
それよりも恐ろしい存在は誰の目にも触れずにあのまま眠り続けるのだから。
でも私もそれが良いように思える。
このことをあの人に伝えたら苦虫をつぶしたような顔をしていた。
わかってる。
私も本当はそれが最善だなんて思ってない。
でも、私たちにもできることとできないことがある。
願わくばいつか、本当に安心して暮らせる時代が来ますように。
「境界戦争…人魔戦争…封神戦争。」
頭に浮かんでは消えていく光景や様々な理論、知識や感情。
ルルアは、それらが何なのかを何故か知っていた。
歴史や現在の国々の境界線や現存する生物や神話的な生物。
それらは書物を読み漁るルルアにとってみれば当然知っているものだが、あくまでも知識としてであり、そこに実際に見たという事実はない。
では、今のこの状況は何なのだろうか。
夜の冷える星空の下でロクシスの帰りを待っていたルルアだが、気が付けば温かな光が視線の中で眩く輝いていた。
瞬きをしたその一瞬で現れた光に驚くも、次の瞬間にはよくわからない映像が次々と流れる現状が広がり、周りを見渡しても元の景色は一切見えなかった。
「胸が…痛い。」
ルルア自身、他の孤児達と比べて頭の回転が速いと自負していたが、今尚頭に直接流れてくる数多の映像と情報は、脳内で処理できる許容範囲を明らかに超えていた。
その為、身体が危険信号を発し始めたのだが、それは脳を支える頭ではなく何故か胸へと現れた。
ひどく懐かしい。
けれど悲しい。
ひどく愛おしい。
けれど憎らしい。
自然に胸へ手をやり、過去を思い出すかのごとく俯き深く瞳を閉じる。
知っているのに知らない。
知らないのに懐かしい。
懐かしさが恐い。
いくつもの感情が複雑に絡み合う中で、いよいよ流れてくる情報も終わりを迎えたようだ。
知り得た全てをまとめてみると、どうやら一人の人間の記憶のようだ。
幼い頃のものはなかったが、日記でも書いているかのように箇条書きされたような実にわかりやすい内容であった。
だが、もしもこれが本当に記憶なのだとしたら大変な事態だ。
自然樹や理力の昔の総称である贈については調べれば誰にでもわかることなのでさして目新しく感じる箇所はなかったが、錬金小国アートリアや各戦争についての詳細、それ以外にも世界に眠る財宝や禁じられた術や法等、公開すればそれだけで世界が揺れ動くのではないかと思われるものが大半だったのだ。
それらの情報が事実なのだとすれば、ルルアの頭の中は正に宝の山が眠っている状態となる。
並の者ならばその宝を狙った輩に襲われるのではないかと恐怖するかもしれない。
強欲な者ならばその宝を自身の手にしようと人の道を外すかもしれない。
だが、ルルアはそのどちらでもなかった。
それも当然だと言えよう。
幼いが故にその価値がまだわからないのだ。
「ずっ……方を…っていま……。」
情報の整理が終わったのを見計らったかのごとくノイズ混じりの声が聞こえてきた。
お世辞にも良い声には聞こえなかったが、それが女性のものだということ、そして脳内へ直接聞こえてくるものなのだということはわかった。
「わた…の次……い手。」
懐かしげで愛おしげで、けれど悲しげに憎らしげに。
先程ルルアが感じた感情そのままがルルアへ向けられているように感じられる。
「ご……なさ…、本当は……終わ…せた……た。」
どういった内容なのかよく聞こえないが、後悔の念を大きく含んでいるのだろう。
その証拠に声そのものが震えているように感じる。
「…してな…て言…ません。で……、諦めな……くだ…い。」
声を出せずにただその光を見つめ続けているルルアだが、何故かその光の先に一人の女性の姿が浮かんで見えた。
前髪を切り揃えたセミロングに豪華な装飾のついたローブを身につけた、幼さと大人びた雰囲気を併せ持つ不思議な雰囲気を放っている。
その姿を見た瞬間に既視感を抱いたのは先程までの情報の延長線上のものなのか、それとも実際に彼女と出会ったことがあるのか。
考えてみるものの当然答えなどでるわけもなく、ルルアの心情は更に複雑なものとなっていった。
「貴…が……災厄………ことを……てい…す。」
大きな瞳から流れ出る涙を拭おうともせずにただ一心に自身を見つめるまま彼女はルルアを抱きしめる。
当然のごとく涙はルルアへと零れ落ちていくが、それよりも早くルルアの頬は濡れていた
その理由はわからない。
ただただ複雑に絡み合う感情の果てに辿り着いたものは悲しいという身が切り裂かれそうなものであったのだ。
これ以上は言葉では到底言い表すことなどできない。
見たこともない母親の愛情に包まれたかのようで、けれどすぐに別れがくるようで。
今まで意識してこなかったが母という存在を追い求めていたのかもしれない。
そしてその対象として出会って間もない、人であるのかも怪しいこの女性を選んでしまったのだ。
「さ………ら、私の……。」
耳元で呟かれたというのに、やはりノイズがかかったかのような音声でしか聞こえない。
だが、ルルアの直感が一部の言葉をしっかりと耳にした。
さようならと。
「待って!待ってください!!」
消えてほしくない。
傍にいてほしい。
そんな悲痛な想いを言葉にして全力で声を荒げてみるが、彼女はまるで最初から何も存在していなかったかのように、その全てが解き放たれたように消えさってしまった。
残ったのは、ルルアの頬を伝う涙の痕だけだが、それも今や彼女の涙なのか自身の涙なのか定かではない。
身体がやけに重く感じ、力が入らず立っていられない。
さすがに倒れこむまでいかないがその場に尻もちをつき、彼女がいた虚空を見つめ続ける。
その間も涙は流れ続ける。
こんなに、泣いたのはいつ以来だろうかと、妙に冷静な一部の思考で考えるが、その時間もすぐに終わりを迎えた。
「…あ。」
理解できなかった。
次の瞬間、思わず目を閉じてしまう程の輝きが辺りを覆うと、元々ルルアが見ていた星空が戻ってきたのだ。
これにはさすがに驚きを隠せず恐る恐る立ちあがり周囲を見渡すが、いつもの見慣れた風景がそこにはあった。
「…夢?」
先程の現象は何だったのだろうか。
考えてもわかることではないが、夢にしてはあまりにもリアルだった。
だが、夢だと割り切ってしまえばおかしな感情に振り回されるずにすむ。
実際に、つい先程まで感じていた様々な感情は今ルルアの中には存在していない。
「っくしゅ!…やっぱり寒いですね。」
再度感じる寒さに両手で身体を包むようにしてしゃがみ込むと何やら地面が濡れている。
ほんの数滴の水が零れたかぐらいのものではあるが、間違いなく土は湿っているのだ。
と、そこで初めて気付いた。
自身が泣いていることに。
「…あれ?何で…涙が?さっきのは夢だったんじゃ…。」
認識した瞬間に、再度襲い来る負の感情の嵐。
「は…あはは。」
夢だと割り切ろうとした出来事はやはり現実であり、この感情も本物のようだ。
涙は既に垂れ流し状態で、もはや止めようとする気も起きない。
だというのに、その表情は笑顔であった。
ただ、それは全てを諦めた末に自然と出た何かが壊れたような笑顔であり人としてどこか一歩外れてしまったような、そんな印象を受けるものであった。
「僕が…。」
今日の昼まではいつもと変わらない毎日の繰り返しになるはずだった。
どこで狂ったのだろうか?
ここではない、何か隔絶されたような場所で古の記憶を見せられ、妙に懐かしい女性と出会い、そして今この時だからこそわかる突き付けられた自身の役割。
彼女の言葉が聞き取れなくともその全ての記憶が自身へと宿り、そして理解してしまったのだ。
「導師なの?」
それは誰にも聞かれることはなく、一面に広がる草木や大空へと吸い込まれ消えていった。
今日この時を持って、世界は大きく揺れ動く。
絶対なる指導者である導師の手によって。
読んでいただけありがとうございます。
次話も読んでいただけると嬉しいです。




