一話~孤児~
ここから二十数話の間は主人公は一切出てきません。
第一章は三人いる副主人公の内の一人目が登場します。
都心部から大きく離れた森の中にひっそりと佇む小さな教会。
その横には、小さな孤児院がくっつくように建っており数多くの子供たちの声が聞こえる、活気に満ち溢れた場所であった。
魔物に両親を殺され孤立した者や、家が貧しい為に捨てられた者など孤児院へ辿り着いた経緯はそれぞれだが、共通していることは一人では生きていけない程に幼い者ばかりだということだ。
まだまだ、親の保護の元で育つべき年齢で社会へと放りだされてしまった彼らは、そのままであれば間違いなく死んでいただろう。
例え死ぬことはなくとも、奴隷として売買される結末ぐらいしかないのが現実の残酷なところだ。
だが、それを良しとせず積極的に動いた者がいた。
それがこの教会の神父、ロクシス・サマールである。
にこやかな笑顔と真面目さがにじみ出す几帳面な性格が特徴である壮年の男性であるロクシスは、子供たちを迎え入れる院の設立、そして運営にかかる費用全てを懐から出し孤児院を設けたのだ。
決してロクシスが富豪というわけではないのだが、若いころからの地道な貯えがかなりの額に達しており、更に物欲など皆無な為全額を院へ注ぎ込んだのだ。
もちろん、それだけで今後も安定した経営ができるわけもない。
如何にロクシスの貯えが多かろうと、いつかは底をつくのだから。
だが、それも既に解決済みである。
現在の孤児院の立ち位置は国が管理するよう移行され、ロクシスの手からは離れたのだ。
当然国が無条件で動くなどあるわけもなく、ロクシスや他の孤児院の運営者が長年働きかけた結果である。
だが、予算こそ確かに割り当てられることとなったが管理するにしても国そのものも人手が足りていないのが現状であり、継続して孤児院の院長を任されることとなったことは内心嬉しいことであった。
「ふぅ…。」
狭く簡素な部屋から見える外の景色は既に暗くなっており、孤児達も寝ているのか風の音ぐらいしか聞こえない。
そんな環境だったからか、教会と孤児院に関する書類で埋まった机から発せられたロクシスの溜息は妙に響き渡って感じる。
実は仕事を切り上げる際の癖なのだが、それを知っているのはロクシス本人ではなく、この部屋に入り浸りになっている孤児の一人であるルルアだけである。
ロクシスの作業を邪魔しないよう、部屋の片隅のソファーで読書をし、時折その薄い金色の美しい長髪をクルクルと手で弄びながら時間を過ごしていたが、いつもの癖がでたことで仕事の終わりだと判断し、か細い声で話しかける。
「…終わったんですか?」
風の音にも負けてしまいそうな程に小さく消えてしまいそうな声。
だがロクシスにはしっかり聞こえていたようで、頬笑みをルルアへと向ける。
「えぇ、今から片付けますのでルルア君も読んだ本はしっかり戻しておいてくださいね。」
「え?あ…はい。」
ルルアが周りを見渡すと多数の本が散らばっていた。
言われて初めて気がついたのか、どうやら読書に夢中で周りのことは全く目に入っていなかったようだ。
言われた通りに片づけをしようとしたのだが、何度も往復することを何となく億劫に感じた為、一気に運ぶことにした。
その考え事態は特に問題ではなかったが、運ぼうとした本の量が問題であった。
未だ成長途中の小さな身体を超える程高く積んだ本の束を運ぼうとしたのだ。
その結果、予想通りといえばそれまでだが思いっきり転んでしまい手痛い目にあった。
怪我こそなかったが、あまりにも情けない。
その光景をニコニコ楽しそうに見ているロクシスだったが、ルルアと目が合いお互いに笑いあった。
そこからは、しっかり自身で持てる量だけを本棚へ戻していくルルア。
「…終わりました。」
如何に多数の本が散らばっていたといはいえ、そう時間がかかるわけでもなくルルアが片づけを終えるのはロクシスよりも早かった。
報告をしようとロクシスに近づくがそれよりも早く声がかけられる。
「よくできました。しかし、こんな時ぐらいは調べ物も休んだほうがいいと思いますよ。まだ痛むでしょうに。」
「大丈夫です…もう慣れましたから。…僕は大丈夫です。」
左腕を軽く触って痛みがないかを確認していくルルア。
実は、今日の午後に左腕に傷を負っていた。
大なり小なり子供が怪我をすること自体は少なくないが、慣れるほど多くの傷を負うなどあり得るのだろうか。
長袖の服を着ている為に見えないが、身体中がぼろぼろなのかもしれない。
それを証明するかのように動き一つ一つがぎこちなく感じることがよくあり、身体そのものが悲鳴を上げている可能性が高い。
声が小さいのも、抑えて発声しないとそれだけで痛むからなのかもしれない。
その幼さと、男の子である事実とは裏腹に美しいという形容がぴったりの顔を見てみてみると、何かを耐え忍んでいるかのようにも感じる。
だが、ルルア自身が大丈夫なのだと言うのであればロクシスにできることは何もない。
逆にしてはいけないと判断するのがロクシスである。
人の内側に踏み込むというのは想像以上に困難なことであり、その後のお互いの関係がまるごと壊れるすることすらあり得る。
ルルアが何を考えて、何故我慢するのか、その答えはわからないがロクシスはルルアを信頼している。
だからこそ、深くは聞かない。
とはいえ、戸惑いはする。
初めて傷を負ったと聞いたのは、皆で食事をしている時だった。
突然痛みを訴え、見てみれば右足から大量の出血をしていた。
次は、文字の読み書きなど教育としての時間だった。
やはり突然痛みを訴え、今度は右腕から大量の出血を…
次は、皆で外で遊んでいる時だ。
ルルアと仲の良かった孤児の一人が息を切らせながらロクシスを呼びに来た。
急いで駆けつけてみたが、左足から大量の出血を…
今回の右腕で4回目になる。
身体の内側から切り刻まれているかのような傷であることだけはわかるが、原因そのものは特定できず打つ手がないのが現状である。
もしかしたら、他の孤児達にはない一つの身体的特徴が原因で周囲からのいじめにあっているのではないかと考えもしたが、何日にも渡り観察してみたがそういった様子も見られない。
拍車をかけるようにもう一つ原因不明の症状があった。
なんと傷口から高濃度の放射性物質が検出されたのだ。
魔物であってもここまでのものは検出されない。
この件に関して調べてみても、結局傷を負ったその時にしか検出されないことがわかっただけであった。
ただの傷であれば良いが事が事だけに、孤児の皆もルルアを避けるか、余所余所しくなっていった。
もちろん、心配して声をかけてくれる者もいるが、心配のしすぎは逆にルルアの神経を逆なでしてしまうことが多かった。
もともと孤立していた傾向ではあったが、それがより明確に浮き彫り見えてきたのだ。
更にロクシスには引っ掛かる事が一つある。
以前のルルアは敬語など使わず、もう少しはつらつとした子であった。
現状を考えれば落ち込んでしまい暗くなることも仕方ないことではある。
だがそれとは何か違う。
言ってみれば落ち着いたと表現するのが最も適切だろう。
それも怪我を負う度、徐々にだ。
「考えてもわからないものはわかりませんよ。」
「っ!?」
「顔に書いてました。」
確かに顔に出ていたかもしれないし、勘の鋭い子供もいることにはいるが、早々簡単に読み取ることなどできるものではない。
やはり、以前のルルアとは違う。
そう実感するも、関係が変わる事も変える必要もない。
なにせ、ルルアはロクシスにとって自身の子供であることと同義なのだから。
「…そうですね。今は今後何事もないことを祈るとしましょう。」
「ですね。早くお父さんから心配されずに行動したいので。」
「ふふっ。それでは怪我の治療を始めましょうか?」
「はい。お願いしますお父さん。」
ソファーに横になり、うつ伏せになるルルアの背中に手を置くと柔らかい光がロクシスの手から放たれる。
理を操る理力を用いた癒しの術の一種なのだろうその温かな光を受けると途端に眠気を感じ、すぐにうとうととしてきた。
さすがにこのまま寝るわけにもいかない為、起きていようと睡魔に抵抗するもあっさりと夢の中へと旅発っていく。
聞こえてくる寝息を聞きながらしばらく治療を続け、十分程度の時間の後ルルアをベットへ運ぶロクシス。
穏やかに眠っているその表情を普段から見せてほしいものだが、感情表現が苦手なのか滅多なことでは変化が見られない。
同時に、ここ最近は突如として訪れる身体への傷への恐怖からかより表情が硬くなった。
せめて夢の中だけでぐらい、何も心配することなく自然な笑顔でいてほしいものだと父としての想いから願うロクシスであったが、日頃の疲れと夜遅いということもあり自身もまた眠くなってきた。
それから先はあっという間に眠りに落ちていき、一つの部屋に二つの寝息が聞こえてくるのであった。
少なくとも今この時のルルアの寝顔は年相応な幸せそうなものであることは間違いないだろう。
なぜなら、信頼している父と共にいるのだから。
普段それほど長い時間を共にできない歪な家族であるが、それでもその繋がりはルルアにとっては非常に大切なものであった。
次話も読んでいただけると嬉しいです。




