プロローグ
ほとんど修正なしですが修正版プロローグです。
それではどうぞです。
人はいくつもの分岐点を迎え、選択し、後悔し、それでも先へと進んでいく。
もしもあの時…。
皆誰でも一度は考えるであろう想像は決して得ることはできず、超えることのできない壁の向こう側で確かに存在している。
振り向くことはできるが、戻ることはできない。
やり直すことができないからこそ人はその人生を大切に感じ、懸命に生きていくのだろう。
もっとも自らに、或いは社会や世界そのものに絶望し生きることを諦める者もいることは否定はできない。
誰もが真っ直ぐ歩けるわけでもなければ、誰もが真っ直ぐ歩ける可能性がないわけでもない。
要は分岐点を迎える人次第なのだろう。
選択することで取り巻く環境は変化し、そして人格もそれに伴い形成されていく。
穴だらけの理屈なのだが、少なくとも今この場にいる二人には間違いなく当てはまる考え方であった。
五体満足に生まれながら、心を失った虚ろな人形である男性。
名をユウという。
純粋な魂だけの存在故に、身体を持たないエネルギー体の女性の思考を持つ者。
名をユキという。
2人は互いに出会うまで生きていなかった。
だが、死んでいたわけでもない。
存在を許されなかった。
許されるわけもなかった。
全てが満たされた今となっては思いだすことも、何も感じることもない過去の出来事。
大切なのはお互いが傍にいるという現実だけである。
二人にとって環境の変化は出会いを与えてくれた。
いや、掴み取ったと言うべきだろう。
互いが互いを強く求め、願い、そして自身らを含む全てを犠牲にしてようやく出会い、足りない部分を補いあい初めて存在を許された。
もはや二人は離れることなどできない。
ユウはユキが居なくては再び人形と化すだろう。
ユキはユウが居なくては再び身体を失うだろう。
身勝手な行動による様々な代償の上に成り立った出会いだが、既にそれを咎める者もいない。
現実を否定し、現実を壊し、それでも存在するために新たな世界を創造し現実に在り続ける超越者たる二人。
創りだされた現実は、何者も侵すことのできない独立し、孤立し、自立した世界。
数の概念など無視するかのごとく長い年数を二人だけで存在してきた。
大きくはない家に手入れの行き届いた庭で。
周囲にはただただ自然があるだけの簡素な世界で。
そんな中でお茶を啜っているユウと、そのお茶を点てたのであろうユキが寄り添いあい、前方の空間に映し出される異なる世界の光景を見ていた。
「この世界も終わりか…。」
溜息と共に漏れるユウの呟きは、静寂の世界に響き渡る。
その一言はもちろん、もう一人の住人であり寄り添っているユキの耳にも届く。
「複雑な感情。人の死を喜んでる、怒ってる、哀しんでる、楽しんでる。正しく喜怒哀楽。」
「一応俺も人間だからな。感情ぐらいあるさ。」
「一応?」
「ああ、一応な。」
「それなら私も一応人間ということになる。でもそれは置いておいて、普段以上に大きく感じてることが疑問。」
「俺自身、そこまで違いがあるようには感じないんだがな。」
「いつもユウと繋がってるからわかる。ユウはもう少し自分に意識を向けるべき。」
お互いの心情を理解するなど、まず不可能ではないだろうか。
どれだけ相手を想おうと他人の心の内側まで知ることなどできはしないのだからそれは当然だと言える。
だが、ユウとユキはその不可能を現実に可能とし、それは繋がっているという言葉に表れている。
魂の融合と共有。
生物にとって根源となる魂が繋がることによって、お互いがお互いを認識し記憶や感情・思考などを共有、そして理解できる領域にまで至ったのだ。
尚、意志の疎通としては会話を用いた方法をお互いに好んでいるようだ。
魂が一体化している事実を踏まえれば二人の容姿にも合点がいく。
漆黒の髪を持ち、双子とも見間違えてしまう程似たような顔立ちをしているのだが、つまりは、魂が同じものであるためにその容姿も似通ってくると結論付けても問題ないだろう。
心を失ったユウに感情があるのも、本来であれば魂だけの状態であるユキが肉体を持つにいたったのもこれが起因する。
強いて違いをあげるとすれば髪の長さと着用している服、そして身体つきぐらいではないだろうか。
ユウは髪を短くまとめ、比較的しっかりとした身体、そして黒や灰色等のダークカラーを基調とした落ち着いた服を着用している。
それに対してユキは髪の手入れをしていないのか伸ばし放題で、華奢で真っ白な身体、そして喪服のような真っ黒な着物を着用している。
お茶を点てたのがユキと考えれば着物を着用しているのはこの場だけの可能性もあるが、重要な事ではないため割愛する。
尚、魂が融合した際に純白の何一つ汚れのない指輪が誕生したのだが、まるでマリッジリングであるかのようにお互いの左手の薬指にしか嵌らず、夫婦としても繋がりを得たのだがその時のユキの喜びようは正しく狂喜と呼ぶにふさわしいものであった。
「それともう少し私にも意識を向けてほしい。」
「意識しなくてもユキの考えてることはわかるさ。」
「答えになっていない…でも嬉しいこと言ってくれたから許す。」
「それはどうも。」
ただただ淡々とした会話が終わると再びお茶を啜るユウ。
よく見てみれば茶菓子も用意されているが、先程まであっただろうか?
そのような疑問などまるで持ち合わせずその茶菓子を当然のように口に運ぶ。
ユキがユウにだ。
「あ~ん。」
「…ん。」
堂々としているユキとは違いユウにはどこか羞恥心があるようだ。
二人だけなのだからと、やや恥ずかしげにではあるがユキからの茶菓子を受け入れる。
「美味しい?」
「当然。」
一言で片付けられた評価だが実は最高の賛辞であり、それを知っているからかユキは本当に幸せそうにほほ笑むと、ある意味病的なまでの白さを持つその頬に紅をさしたかのような赤みが帯びてきた。
どうやら照れているようだが、どこか濃艶な顔をしているようにも見える。
それを見て見ぬふりをしているのだろうか、ユウはただただお菓子を食べ続けることで視線を合わせないようにしている。
その後、しばらくしてお茶の時間を終えると、ユウが空間に映し出されている崩壊した世界の光景を別のものへと変化させた。
すると、先ほどまでの表情からは到底想像できない程の真剣な雰囲気を纏ったユキが真剣な口調で話しかけてくる。
「ユウが決めたことなら私は反対しない。」
「悪いな。」
突然の言葉は会話としての脈拍が全くなくあまりにも不自然な流れであった。
それもそのはず、ユウの思考を読み取った上での発言なのだから当事者以外には不自然に感じても仕方がない。
ユウが戸惑うこともなく反応できたのもまた、自らの思考を読み取った上での発言であったことを理解しているからこそだ。
ではその思考とは?
「起源世界まで消えて、娯楽がなくなるのは勘弁してほしいからな。」
無数に枝分かれしたもしもの世界、俗に言うパラレルワールドには考え得る全ての世界が、そして予想だにしない世界もまた存在している。
そして、それらの世界の誕生の起源となり根本となった世界が、今空間に映し出されている世界に他ならない。
だが、数多のパラレルワールドはある要因によりその大多数が消滅してしまった。
先程まで映し出されていた崩壊した世界もその内の一つに数えられる。
そう遠くない未来で起源となった世界も同じ道を辿ることが確定しているというのはあまりにも無慈悲な事実である。
つまり、ユウは自らの欲求である『娯楽』を求め、起源世界の消滅を防ごうと介入を決意したのだ。
とはいえ、ユウ自身は直接手を出すつもりはない。
二人にとって起源世界の消滅を覆すことなど今この瞬間にでも一瞬で実行することのできる本当に些細な事柄ではあるが、それでは意味がない。
あくまでも起源世界の住人の手による事態の解決が重要なのだ。
もちろん、ユキも共に介入する。
そうでなくては、ユウの介入を許容するはずもない。
離れるなど有りえはしない。
有ってはならない。
二人で創造したこの世界には起源世界の消滅など一切影響はないためユキ自身に介入する意志は微塵もないのだが、そこは発言の示す通りユウの意志を尊重しているのだろう。
柔らかな笑顔を浮かべユウを見つめるユキの心は純粋な愛情で隙間なく埋め尽くされている。
読み取るまでもなく際限なく流れてくる重く深い想いは、人によっては耐え難いものとなるかもしれないが、その相手であるユウには非常に心地よいものとして感じられるようだ。
「じゃあ、枷を付ける。ユウも私に付けて。」
「ああ。」
向き合い、見つめ合い、そして唇を重ね合わせる。
するとお互いの髪の色素が透明感のある美しい白銀になるまで失われていった。
変化があったのは髪だけではない。
お互いの左手の薬指には先程までの純白とは対極の漆黒の指輪が嵌められていた。
「ここまで力を落とさないと崩壊する世界か…。」
「私たちの場合はどこの世界に行っても似たようなもの。起源世界はその性質上許容できる容量は大きい。それでもここまで落としてギリギリ。」
髪の色素が抜け落ちたことは力の抑制を表していた。
その為の枷の媒介として指輪を用いたことにより純白から漆黒へと変化したのだろう。
タイミングから考えれば先程の口付けが力の抑制の方法なのだと認識できるが、実際には口付けする必要は一切ない。
だが、その行為が全く無駄なのかと言えばそうでもなく、口付けによる魂の共鳴を起こすことで力の抑圧の効率は間違いなく高くなっている。
もっとも、若干時間をかければ同じ結果を得ることは容易なため、お互いに求めあっただけという可能性もある。
尚、現在の力を数字に表わせば一割どころか、形容する値が不明確な程に抑えられているのだが、世界そのものが許容できるギリギリだと言うのだから驚くしかないだろう。
「起源世界でアカシックレコードにアクセスってできるものなのか?」
「おそらく不可能。アクセスしようとしただけで世界が即崩壊する。」
「そうか、なら今の内に確認しておくか。」
「私たちが降り立つ時点で狂う。でも過去を知る上でなら役に立つ。」
「そういうことだ。それに元の歴史を知っていないと介入も難しくなる。」
過去に起きた出来事、そして未来で起こる出来事が記されるアカシックレコード。
それは本来ならば何者も接することのできない絶対不可侵の領域なのだが、超越者たる二人にとってはそういった認識はないようだ。
言ってしまえば食事や睡眠と同列でしかないアカシックレコードへのアクセスはものの数秒で終わりを迎えた。
「知ってはいたが、本当に途中までの歴史は俺の記憶を再現しているんだな」
「許可したこと後悔してる?」
「多少はあるがそれほどでもないな。ただ、その後の歴史も争ってばかりだってことは気になる。」
「生物の性。私たちも昔はその中にいた。」
「まあな。さて…歴史も確認したしそろそろ行くか?」
「うん。でもその前にもう一つ確認。私たちは力の有無に関わらず起源世界へ存在しているだけで良い意味でも悪い意味でも未来は変わる。あまり干渉しすぎると元の歴史以上に早く消滅する。」
「それはわかってる。だが、半端なことしてたら結局変わらないしな。不必要な干渉はしないことだけは気を付けるさ。」
「ん、じゃあ行く。」
会話が終わると二人の存在感が徐々に希薄になっていく。
まるで蜃気楼のようにそこに存在するというのに存在しないような曖昧な、けれど間違いなく転移しているのだろう。
やがて完全に消えてしまった。
無人となった世界は己が主人の帰りを待ちながら眠りにつき、時が止まったかのごとく全ての動きが停止した。
向かう先は崩壊が確定している起源世界。
救済の鍵となるは『絶対なる指導者』『神の代行者』『最強種の王者』の三柱。
定められし滅びの時は刻一刻と迫っている。
それでも慌てる必要はないのかもしれない。
二人にとってはだが。
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