十一話~盗賊との戦闘もどき~
人々が生活する上で身に付けた生活環境の中に物流というものがある。
海の近くに住まう者は海の幸を。
山の近くに住まう者は山の幸を。
畑を持つ者は農作物を。
手先の器用な者は工芸品を。
住まう地域や技術を用いて多種多様な商品を生み出し、それらを必要とする人々へと流通させ、その対価として金銭を求める。
この一連の流れは自然と生まれ、そして根付いていった。
それらは個人個人のやりとりもあれば、街と街のやりとりもあり、時として莫大な金額が動くこともある。
そういった際に必要となるのが商品を運搬する為の安全な道なのだが、魔物に襲われることもあれば、盗賊に身を落とした者からの強奪すらあり得るこの時代、物流の中心である商人は常に危険と隣り合わせであった。
民が存在してこその国であり、その民の生活に必要不可欠なもとである物流を重要視するのは国として自然な流れであり急ぎ物流経路形成の予算が確保された。
だが、如何に物流経路が整ったところで魔物や盗賊の存在がなくなるわけでもなく、今でも年間何百件もの被害が発生している。
この日もその被害が増える予定だった。
「命までは奪いません。早くここから立ち去ってください。」
そう、予定はあくまでも予定でしかない。
本来ならば金品を巻き上げ絶対的な優位に立つはずであった盗賊達は十人以上いるにも関わらず一人残らず倒れ伏し、対してたった一人しかいない子供が慈悲を与える言葉が放つという信じられない光景が広がっていたのだ。
盗賊達の身なりはボロボロで痩せ細っており食事もあまりとれないように見受けられる。
だからと言って、彼らは大人だ。
子供との体格の違いは非常に大きく、更にたった一人の子供に負けるようには思えない。
だがこの光景は否定しようのない真実なのだ。
怯え逃げようとするも腰が抜けて動けない者や、憎らしげに睨みつける者、完全に諦め虚空を見つめる者など様々だが、子供の言葉を聞くと何人かが笑い始めた。
「はっはっは、見逃してくれるってのか?」
「襲われたのに許すなんて僕偉いな~なんて思ってるんだろ!」
「そんな気なんてねえくせによ!」
自身らをあっという間に叩きのめした子供、ルルアをからかうように下品な笑いを浮かべるが、どこか虚勢に見えてきてしまうのはルルアが強者の立場にいるからだろうか。
ルルアにしてみれば、本当に命を奪うつもりなどないのだが盗賊である彼らからしてみれば何時殺されても文句を言えないことを理解した上での行動の為、ルルアの言葉を歪めて解釈してしまったようだ。
「…もう一度だけ言います。ここから立ち去ってください。」
再度、救いの手となる言葉を投げかけるものの、盗賊達はもはや聞く耳持たない。
「うるせえ!どうせ死ぬなら道連れ覚悟だ!行くぜ野郎ども!!」
おそらくリーダー格なのだろう男が怒声で号令をかけると、部下達が皆手持ちの武器を構える。
ナイフや棍棒が中心だがリーダーだけは国の正規兵が使うような立派な剣を持っている。
臨戦態勢をとられればルルアとて黙っていられない。
応戦するために理力を身体に巡らせ、すぐに動けるよう姿勢を低く構える。
互いに睨み合いの時間が訪れたがそれも束の間。
瞬きの一瞬の間に耳に響く程大きくがむしゃらな、悲鳴ともとれるような奇声を発しながら一斉に飛びかかってきた。
それはルルアにとって死にたくないと言っているようにも聞こえたが、再三の忠告に耳を貸さなかった彼らが悪いのだと意識を完全に戦闘に切り替える。
「アクアアーツ、ウェポンセレクト。フレニティ召喚。」
ルルアの手元で渦巻くように現れたのはただの水であった。
それは確かに水でしかなく、しかし青白い球体が出来上がるとその下に木製の杖のようなものが現れた。
フレニティというのがこの杖の名称なのだろう。
まるで水の結晶であるかのような美しい球体へ、絡みつくように造形されたその杖はただそこに存在するだけで周囲へ潤いをもたらすような、そんなイメージを植え付けるには十分な程インパクトの強いものであった。
だが、今から始まるのは戦闘だ。
フレニティの及ぼす効力がただ潤いを与えるなどとは到底思えない。
その証拠にルルアが地面に突き立てると周囲が霧のようなものに包まれ始めた。
「構うな!突っ込め!!」
得体のしれない杖の存在は恐怖心を呼び起こすが、それを部下に悟られないよう、自身を叱咤するよう再度怒声で指示を出す盗賊のリーダー。
だが、その次の瞬間には恐怖心を通り越して絶望感が胸を占めてしまっていた。
「アイスジャベリン…。」
ルルアの理術により何十もの生み出された凍てつく刃を持つ槍、アイスジャベリン。
それらが全て盗賊へ向けられていたのだ。
生きようともがくあまりに救いの手に気付かず払いのけてしまった彼らは愚かとも言えるが、それも仕方のない時代であることも事実だ。
なんにせよ、ルルアが空中で待機させているアイスジャベリンを放てば彼らの命は終わる。
それもあっけなく。
「掃射!」
先程までとは一転して一切情けのない一言が放たれた。
「…え?」
盗賊のリーダーが思わず疑問の声をあげる。
それはそうだろう、先程まで自身らへ死を付き告げるべく幾重にも重なり浮遊していた槍の全てが消えてしまったのだから。
部下も皆が同じ気持ちでいるようだが、その時に周囲を見るべきではなかった。
「っ!?お前ら…それはどうしたんだ。」
冷や汗が途端に噴き出してくる。
信じられない、信じたくない光景が目に飛び込んできたからだ。
「お頭…あんた…腹が。」
「…俺も?」
半ば他人事のように感じていたが、既に自身もその信じたくない光景の一部であったことに恐怖し、そしてわかってしまった。
もう全てが終わったのだと。
部下達の腹部にはその奥が見れる程見事に貫かれた痕がある。
ならば自身にも同じように風穴があいているのだろう。
意を決して見てみればやはりその通りであった。
「あ…ああぁっぁぁぁぁぁあっぁぁぁぁぁ!!!」
認識した瞬間に訪れるのは激痛であった。
脳が理解できなかったからこそ感じずにいられた痛みは他の者へも伝染するように広がっていき、皆が発狂し血反吐を吐きながら悶え苦しみながらやがて息を引き取る寸前となっていた。
「それでは失礼します。直に目が覚めるでしょう。」
眉ひとつ動かさずにその場を後にするルルアだが、去り際の言葉は現状と一致していない。
だが、彼らはそのような疑問など持つこともできずに、そのまま眠りについた。
だが…。
「お頭…俺たちは死んだんじゃなかったんですかい?」
「…そのはずだ。」
それは数分の眠りという短かなものであった。
いち早く目覚めたリーダーともう一人の若い男は互いに確認し合うが訳がわからなかった。
確かにここにいる全ての人間の腹部には穴が開いており、助かるなど万が一にもないような状態だったはずなのだ。
だというのに、皆もそして自身もそういった傷が見当たらない。
「…幻だったのか?」
思い当たる可能性を考えるが、その答えを持つ者はこの場にいない。
わかることは、まだ生きているということだけである。
何にせよ皆が無事ならば急いで拠点へ戻ろうと、未だ眠りこけている部下達を叩き起こす。
それぞれの反応は違うが、生きていることを不思議に感じ、それでも生きていることを喜んでいるようだ。
その証拠に皆の足取りは非常に弾んでいるものであった。
一方で盗賊達と遭遇した道の外れにある小さな森にある湖畔ではルルアが少しばかりの休息をとっていた。
コートについたフードをかぶりリュックを背負ったその姿は、一見するとただの旅人に見えなくもないが、実質エルフとわかってしまう耳を隠すためのものであり、本人からしてみればうっとうしくて仕方がないようだ。
その証拠に人に見られる可能性があるというのに、フードをとってしまっている。
もっとも、このような場所を訪れる者など本当に稀な事を知っているからこその行動であり、更に見られても対処できる力を今のルルアは要している為にそこまで神経質にはなっていないのが現状となっている。
何にせよ顔を洗いさっぱりしようと、湖の水面へ顔を覗かせるがそこに映っていた姿はルルアのものではなく、新たにルルアを触媒としたメリアーヌの姿であった。
「見事なお手前ですね。」
「…あの、顔を洗いたいので出てこないでくれますか?」
「あら?このままでも洗えるはずですが?」
「単純にやりづらいんですよ。」
「そうですか。では少し引っ込んでおきましょう。」
メリアーヌの姿が確認でき、更に会話ができることこそがルルアの身体に完全に定着した証なのだろう。
だが、だからと言ってわざわざ湖を媒介にして姿を見せる必要があるのだろうか。
そもそも、湖に映っているメリアーヌに姿が映り込んでいるだけなので、水に触れることはできるが、顔を洗っている姿を真正面から見られているというのは避けたい。
メリアーヌが定着して数日の間に実感したことだが、彼女にはこういった細かい配慮を求めることは無駄でしかないようだ。
確かに伝説上の偉人に違いはないのだが、どこか抜けているような世間一般の常識を知らないような、そんな印象ばかりが目立ってしまう。
それでも、その知識の豊富さには驚くばかりだ。
先程盗賊を死に追いやったように演出したのは、導師としての知識から用いた理術であり、盗賊のリーダーが予想していた通り幻を生み出しただけにすぎないのだが、相手にそれを悟らせないその技法こそがメリアーヌの知識から授けられたものなのだ。
如何に理術について疎い相手でも、気付かせずに幻に囚われることはない。
誰にでも宿る理力が無意識に抵抗し、その影響で何かの違和感に気付くからだ。
もっとも、違和感に気付けたから幻を破れるかと言われれば、それはまた別の問題となるが、幻が解除されてからでしか気付かれないということはやはり尋常ではない技術となる。
そのおかげで相手を傷つけることなく無力化できるようになり、争い事に不慣れなルルアにとってはありがたいことこの上ない。
いつかは正面切っての戦闘もあるのだと覚悟はしているが、それでも争わなくて済むならそれに越したことはない。
甘いとも臆病ともとられる考えだが、その姿勢を崩すつもりはない。
「もういいですか?」
本人の言う通り、少しの間湖から姿を消していたメリアーヌだが、それほど時間をかけずにまた戻ってきた。
その姿が、暇なのだと訴えかけているようで緊張感が一気に抜けてしまう。
「いいですけど、何か話でもあるんですか?」
「ありませんが、暇なんです。」
あろうことか、本当に暇なのだと訴えかけてくるメリアーヌ。
「私は暇じゃないですが。」
「そんなことを言わずに相手してくださいよ。」
出会ったころに感じた圧倒的な存在感などどこへ行ったのか。
本当に、伝説の存在なのかと問いかけたくなるルルアを誰が責められようか。
今感じるのは、どこか抜けた情けない姉を相手にしている弟の気分だけであった。
だが、それで良いのかもしれない。
常に緊張感を持っていてもただ疲れるだけだ。
そう結論付けて、どうせ相手するのならまた理術について教わろうとするルルアだが、その勤勉さにやや呆れるメリアーヌであった。
旅立ってからはまだ十日。
まだまだ先は長い旅路となることは間違いのないことだが、ルルアの心境にも少し変化があり、少しだけ楽しくなってきたようだ。
結局、一時間程理術についての知識を深めると湖を発つこととなった。
目的地は、様々な情報が集まる港街ノイアス。
現在、徒歩で後三日程の位置にいるのであった。




