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戯れの物語  作者: もち
第一章~絶対なる指導者~
13/19

十話~嵐の中の贈り物~

次の日、ルルアの体調は驚くべき回復を遂げ既に万全な状態となっていた。

だが、問題となるのは窓から見える光景にあった。


「ひどい嵐です。」


孤児達の遊び場となっている大きな部屋の片隅で窓から外を眺めてみるが森の木々達は皆が大きく揺れ動き、その風の強さをものがたっている。

当然雨もすごい勢いで降り注いでおり、屋根を叩く音がひどく響き渡る。

こうなってくると心配なのが雨漏りである。

孤児院も教会も決して古い建造物ではないのだが、やはり金銭面的な理由でメンテナンスが十分に行えていないという事実があり、となれば所々にガタがきていてもおかしくはない。


「何ぼけっとしてんだ?」


「外を見ていたんです。明日には晴れるでしょうか?」


「どうだろうな。この時期はこんなもんなんだし、別に気にするようなもんじゃないだろ?」


「そう言われたらそうなんですけど…。」


「ん~やっぱまだ調子悪いのか?今日はどうせ外には出れないんだからゆっくりしておけよ。」


「…そうですね。」


リグロがルルアの様子に違和感を感じ話しかけるが、心ここにあらずといった対応で、周りから見れば確かに体調が悪くも見えてくる。

もっとも、周りの子供たちもリグロも奇跡の生還についてではなく寒空の下で倒れてしまったことしか知らないのだが…。

だからこそ、リグロの優しさが痛かった。

旅に出ることもロクシスにしか伝えていない。

いつも心配してくれる心優しき親友に何も伝えずにここを出るのはひどい裏切りになるのではないか。

そう考えるが、伝えたところでただの自己満足に終わるのではないか。

もしかしたらリグロは自身が思っている程、親しくは感じていないかもしれない。

だったら、いっそ何も伝えない方が何かと都合が良いのではないか。

勝手なルルアの妄想だが、かつての導師の記憶にある親しい者からの冷ややかな視線や拒絶を知っている為どうしても一歩が踏み出せない。

昨日のロクシスとの話しの勢いのままであれば今日の旅立ちは一向に問題なかっただろうが、嵐が来るなど旅立つ前にしっかりと別れを済ませろと言われている気がしてならない。

結局は、その日は考える事を放棄し、早々にベットへ入ることとした。

明日になればきっと晴れて悩みも吹っ切れると、あまりにも楽観的な思考で自身を誤魔化しながら。

だというのに、次の日も雨は降り続いていた。

その次の日も。

そのまた次の日も雨は降り続いた。


「ねえいつになったらおそとにでれるの?」


「あめあめふれふれもっとふれ~。」


ルルアよりも幾分か幼い周りの子供たちは雨のせいで外で遊べないと嘆く者や、雨そのものを楽しむ者など様々だ。


「あぁもう!ジメジメしてうっとうしいのよ!」


「おいおい、怒ったって仕方ないだろ。」


同年代であるカズハはあからさまに雨に悪態をついていて今にも暴れ出しそうだが、その横でなんとか手綱を握り抑えているリグロもやはりあまり今の現状を好ましくは思っていないようだ。

その要因の一つに洗濯物が乾かないということがある。

普段から泥だらけになりながら遊ぶ子供たちは毎日大量の洗濯物を生み出し、そこまで衣類の数も多くないという現状により、生乾きの服を着なくてはいけないこともでてきた。

たった二日や三日の雨と言っても馬鹿にはできないのだ。

毎年恒例の事だからと言って慣れるわけもなく、結果的にイラついてしまう。

そんな中で、飽きずに外の景色を眺め続けるルルアの服はと言えば実は全く濡れていない。

嵐が過ぎ去っても風邪を引いてしまっては元も子もない。

そこで、皆には悪いと思いながらも自身の服だけこっそりと炎の理術を用いて乾かしたというわけだ。


「まるでまだここでやることが残っているとでも言っているようですね。」


「…やっぱりそう考えてしまいますよね。」


音もなくルルアの横に立つとそのまま一緒に窓から外を眺めるロクシス。

意識せずとも発揮される周囲の感知能力により自然と会話を始めるルルアだが、自身と同じ考えをロクシスが持っていたことでやや平常心は乱れつつあった。


「先日までは快晴でしたからね。空模様からは嵐の前兆も感じられませんでした。先日の奇跡的な生還の事もふまえて考えると神様が何かを伝えようとしているように感じますね。」


「神様ですか…。人々は人智を超えた不思議な出来事を空想上の存在を作り出しそれを神と名付けた。そしてそれらを信仰する集団ができそれが宗教として根付きより神という存在は昇華されていった。やがて、その存在は現実に体現され、信仰する者達へと祝福を与えた。」


「ルルア君?」


「私は信仰心の欠片もありません。そんな私に神からの祝福だとか、助言なんかがあるなんてあり得ないと思います。」


やや早口に述べられたルルア言葉は神に対しての憎しみすら感じされるものであった。

それに気付いたロクシスだが、全身に鋭い剣を構えているようなルルアの異様な迫力に押され何も言えなかった。

ルルアではない、全くの別人だと言われても思わず信じてしまいそうな程の変化であった。


「それでも私は神様を信じているんです。」


それに気付いたのかは定かではないが、ルルアは自身の溢れ出ている鋭い雰囲気を内に抑えこみ、にこやかにほほ笑みながら矛盾を孕んだ言葉を紡ぐ。


「本当の神様を。」


先程までの憎しみを感じさせた神と今の親愛を感じさせる神様とどのような違いがあるのか。

その意味はロクシスには到底理解できなかったが、先程までの異様な雰囲気から解放されたのだからと、影で安堵する。

認めたくないが、心のどこかでルルアに恐怖した自身がいた。

特別強く理力を感じたわけでもなければ、自身へ殺気を向けられたわけでもない。

それでもロクシスの直感がルルアの存在を危険と感じとったのだ。

この場を去ろうとする本能を理性で無理矢理に抑え込み、ロクシスはその場を離れずにルルアと共に居続けた。

冷や汗をかきながらも父として息子の力になろうと。

もっともここからは、ルルアも以前のような振る舞いを見せいつの間にかロクシスが抱いた危険性は全く感じられなくなっていたので、楽しい時間が過ごせたと言える。

だからこそ、ロクシスはルルアの行動が読み取れなかった。


「これでしばらくはここには戻ってこれませんね。」


皆が寝静まった夜。

ルルアはどしゃぶりの雨の中、孤児院と教会をぼんやり眺めながら一人呟いた。

なかなか止まない雨だが、別に歩けないほどではない。

だったら、旅に出ることに何の支障があろうか。

そう判断したのはロクシスとの会話の中で、神と神様について話していた時だ。

この嵐が神の仕業なのだとし、そして神が望むルルアのやり残していることが親しい者達への旅立ちを告げることなのだとすれば、それは間違いなくやってはいけないことになる。

導師としての記憶が訴えるのだ、神を信用してはいけないのだと。

果たして旅立ちを告げることで何がどう変わるのかは想像できないが、それでもルルアは記憶からの警告を受け入れた。

次に出会った時に皆から責められるのだとしても嫌われたとしても構わない。

皆が無事であればそれで良いのだ。

だからこそ、今この時の旅立ちを選んだ。


「リグロ…きっと君は孤児院に残ってお父さんの跡を継ぐんでしょうね。でも、もう少し勉強もした方が良いですよ。お父さんもこの前国の人から運営方法が悪いと言われたらしくて勉強してましたよ。頑張ってくださいね。」


いつだって、自身の手を引っ張って色々なところへ連れて行ってくれた。

本当は本が読みたい時もあったけれど、しつこく外で遊ぼうと誘ってくるから根負けしていた。

それでも一緒にいることが本当に楽しかった。


「カズハ…この前の理術の適正でひどいことを言ってしまい申し訳ありませんでした。でもそうならないよう理術の習得頑張ってくださいね。それと、将来は研究職なんてぴったりなんじゃないかと思ってます。」


ルルアと同じように読書が好きな彼女だが、それだけでなく活発で外で遊ぶこともよくしていた。

仲が良くなるにつれてリグロに対するように拳が飛んできていたが、それが何故か楽しかった。


「シスターエレン…いつもご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。この身体に傷跡が残っていないのは貴方のおかげです。ですが私にあんな事はもう起こりません。なのでもう少しご自身の身体をご自愛ください。もう…長くはないのでしょうから。」


幾重も身体が切り刻まれながらもルルアの身体にはその傷跡が一切ない。

シスターエレンの治療の才が類いまれなるものであったからこそのものだが、彼女も高齢の為力の行使は命を削るような行為であることを知っていた。

それでも彼女を頼らざるを得なかった自身が情けなく感じる。


「リップルさん…いつだって貴方は優しく見守ってくれていました。お姉ちゃん…と呼んでみたかったんですけど恥ずかしくて呼べませんでした。これからも兄弟の皆をよろしくお願いしますね。…皆はそう思ってないかもしれませんけれどね。」


悲しい時には共に泣いてくれたこともあった。

嬉しい時には共に喜んでくれたこともあった。

いつもにこやかに、けれど怒る時は誰よりも怖く、だからこそ大好きだった彼女の笑顔。


「お父さん…こんな形で出ていく私を許してはくれないでしょうね。ですが私は神に敷かれたレールを走るつもりはありません。わかってくれとはいいませんが、馬鹿で身勝手な息子がいたことをたまにで良いので思い出して下さいね。お叱りは帰ってきた時に存分に受けますのでどうかお元気で。」


孤児院を運営し、教会の神父でもあるロクシスを誰もが父と慕う。

その中でも、特にその繋がりを求めている傾向にあることは自覚していた。

だが、その繋がりがこれで切れるものではないことは先日の話でしっかりと理解できた。

強く逞しくけれどたまに哀愁の漂う父だが、それでも胸を張って大好きなのだと言える。


「アロエリさん…。」


何人もの人達について独り言を呟き自身の中でのケジメを付けていたが、ただ一人アロエリに対しては言葉がでなかった。

あの日以来会うのを避けてきたが明日、ルルアが旅立ったと知った時に未だ精神的に不安定な彼女は果たしてどんな反応をするだろうか。

不謹慎ではあるが、悲しんでくれれば嬉しく思う。

願わくば毎日をあの無垢な笑顔で過ごしてくれればと神ではない神様へと膝をつき祈る。

地面の泥が跳ねまわり服を汚していくがそのようなこと気にもしない。

祈りが終わり、ゆっくりと立ち上がると最後に一言添える。


「また会う時は笑顔で迎えてくださいね。」


本当に心からのお願いであったが、その願いは無残にもあっさりと破られる。


「いや。」


大雨の中だというのに不思議と大きく耳に残る否定の声。

おそらく呟いただけだったのだろうが、ルルアにはどんなものよりも響きわたり、雨の音そのものが少しずつ遠ざかっていくように感じる。

声のした方向を向くと、予想通りの人物がただ真っ直ぐに立っていた。


「アロエリ…さん。」


ルルアが最後までケジメを付けきれなかったアロエリは、当然ながら雨でずぶぬれになっており、その長い髪が顔にかかり表情は窺えない。

だが、ひどく怯えているようにも悲しみを帯びているようにも見える。


「るるあくん…。」


「…はい。」


もう完全に雨音など聞こえない。

ルルアの全神経はアロエリの言葉を拾うことに集中していた。

だからこそ、続く言葉はしっかりと耳へと、心へと伝わった。


「いっちゃやだ!!わたしをおいていかないで!!」


ルルアと共にありたいと願う悲痛な願いであり叫び。

実際に大声で、泣きじゃくりながらのものであったそのアロエリの言葉はルルアの決意を鈍らせるには十分なものであった。

何故この場に居るのか。

何故旅立つことを知っているのか。

様々な疑問が浮かびしばらく俯いてしまうが、意を決して顔を上げるとアロエリへ歩を進める。


「アロエリさん、よく聞いてください。」


「いや!どこにもいかないっていってくれなきゃきかない!」


子供が駄々を捏ねるかのような反応だが、だからこそアロエリの気持ちがより強くルルアへ届いてしまう。

心が張り裂けそうに痛むが、それでもルルアは止まらず歩んでいく。


「いや…こないで。こないで!」


泣いてしまう程に離れたくない人が近づいてきているというのに、アロエリが抱く感情は恐れであった。

決定的な別れを告げらると本能的に感じたのだ。

だが…。


「え…るるあくん?」


訪れたのは温かな包容だった。

濡れて冷え切った体を温めるように、その細い身体が壊れないよう愛しむような。

そこでようやくアロエリも落ち着きを取り戻したようだ。

ルルアの背中に手を回し包容に応えるように、ルルアを逃がさないようにより強く抱きしめる。


「明日風邪ひかないようにしっかりと身体を拭いて温かくして寝てくださいね。」


「るるあくんといっしょならきっとだいじょうぶだよ。」


「…明日私はいません。」


「…そんなのいやだ。」


「ごめんなさい。でもどうしても行かなきゃいけないんです。」


「どうしてなの?」


「アロエリさんと一緒にいたいからです。」


「…よくわからないよ。」


「今はわからなくて良いんです。もしかしたらずっとわからないかもしれませんけどね。」


抱き合いながらの呟くような会話は、雨の中でも温かく感じられた。

それでも、二人の道が分かたれる現実は紛れもない事実であり、互いに声もなく涙を流す。


「また…会いましょうね。約束ですよ。」


「あ…。」


アロエリの耳元で告げられた本当に最後の別れの言葉。

抱きしめられていた両手が身体から離れ今は遠くにあり、手を伸ばそうとももはや届かない。

この場を去るルルアの後ろ姿を声にならない声で引きとめようと叫ぶが、それも無駄とわかると、アロエリのとれる行動はただ呆然と眺めるだとなった。


「るるあくん…るるあくん。」


いつも一緒にいてくれた人。

いつも遊んでくれた人。

何かを隠していたが、それでも大切にしてくれていることはわかっていた。

いつの間にか傍にいないと不安に感じるようになっていた。

そんな人が離れていく。

それでも…。


「また…あうっていってくれた。」


ルルアは再開を約束してくれた。

ならば、今は泣く時ではなく、自身の精一杯の想いを伝えるべきだ。

では、どう伝えれば良いのか。

急成長した思考で導き出されたアロエリの答えは詠い、歌うことであった。

ありがとうの気持ちを込めて。

ごめんなさいの気持ちを込めて。

また出会える日を楽しみにしながら、ルルアの為だけにルルアへの想いを込めたアロエリの精一杯の贈り物。

どこまでも透き通る声で表現されたその愛の歌は、余すことなくルルアの元へ届けられる。


「アロエリさん…ありがとうございます。行ってきますね。」


既にその姿が見えないというのに、届いたその想いはルルアの胸へと刻み込まれ、心の枷が一つ消えたようにも感じられる。

そんな旅立ちとなったのだった。

読んでいただきありがとうございます。

ところで、後書きにいつもお礼とか書いてますが、逆に邪魔になりそうだと思ったのでこれから後書きは本当に何かお伝えがあるとき以外は書かないことにします。

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