七話~偽りの奇跡~
共和国の首都であるトロイアにて、国全体の経理を担当している部署を訪ねるロクシス。
用件は今までに孤児院の運営にかかってきた費用をまとめた書類を提出、そして、今後の予算を算出してもらうだけという簡単な内容なのだが、少しでも不明確な内容があればその場その場で質問され、それに答えなければ正確な予算を出してもらえなくなる。
先日、国の役人が孤児院を訪ねてきたことがあったのだが、これらの申請を行うよう指導が入ったのだ。
その為、簡単ではあるが責任重大とも言えるだろう。
既にいくつかの支出の部分で内訳がよくわからないものや、院の運営に適したものではないものも含まれていたために、手痛く注意を受けている最中だ。
もっとも、もともとがロクシス自身も通るとは思っていなかったものなので、やはり通らなかったという認識ぐらいしかしてはいない。
それでも、担当してくれてる者が自身より一回り以上年下の為、頭ごなしに怒られるのは少しばかり気恥ずかしいものがある。
「もう少し、しっかりとした運用をしていただければこんなに出費がかさむこともなかったんですよ。会社経営の参考書に目を通してみてください。それだけで随分と変わってくるはずです。」
「これはかたじけない。帰り道にでも読ませていだきますよ。」
怒られながら、呆れられながら、時間をかけながら算出した結果、毎年の出費が八割で抑えられる計算が出た。
これでは経営難になってもしょうがないと、担当の者から言われ、再び気恥ずかしく感じるが、そこで突然凄まじい悪寒を感じた。
周りを見渡してみるが、誰かに敵意を向けられたわけではない。
何かを行使しようとした跡すらもない。
「どうしました?」
「…いえ、大丈夫です。」
勘違いなのだろうと自身へ言い聞かせるが、どうしても不安を拭いきれない。
言ってしまえば第六感とでも言うべきだろうか、直感のようなものが働いているようだ。
そして、この時のロクシスの直感は異常なまでに優れていた。
遠く離れた地にて、正確に言えばロクシスが神父として在籍している教会にてルルアに危険が訪れていたのだ。
ルルアが持つ、身体が突然切り刻まれるかのような怪我を負う症状。
過去に四度発生したのだが、ついに五度目が発症したのだ。
今までの傷が四肢だったこともあり、次にくるのは中心部のどこかだろうと大人たちは予想していたが、今回は規模そのものが違った。
「早く呼吸器を付けて!」
「心拍数がどんどん下がってきてます!」
「放射性物質の浄化急いで!血液の洗浄投与は二人から三人に人手を増やして!他は少し負担が増すけどこの子から溢れ出てる理力の処理を継続!しっかり処理してくれないと私の治療が届かなくなるから全力で!!」
幾人ものシスターが慌ただしく動いている教会内。
その中心に横たわるのは、四肢を除いた身体中から血を、そして非常に高密度な理力、そして放射性物質があふれ出しているルルアであった。
確かに光を宿していた瞳は、つい先程からただ虚空を見つめるだけとなり、意識があるのかどうかも怪しい。
溜まっている血を見てみると既に変色しているものもあるため、だいぶ時間が過ぎてしまったことがうかがえる。
だが、今尚新たな傷が刻まれ続けており、変色した血を鮮血に染め上げていく。
通常ならば既に致死量の出血であるが、シスター一人一人が全力で治療を行っている為にかろうじて命をつなぎとめているのが現状だ。
とはいえ、シスターの理力も無尽蔵ではない。
やがては、この騙し騙しの治療も継続することができなくなるだろう。
そして、それはルルアの命が終わることも意味する。
それでも懸命にルルアを救おうとしていたシスター達だが、その努力をあざ笑うかのように容態は更に悪化していく。
「右腕にまた傷が入りました!」
「左腕にもです!」
「両足からも出血してます!」
現状でも手一杯だというのに、以前傷を負った四肢も再び出血し始めたのだ。
これでは、十分すら持たないだろう。
「心拍数、更に下がってます!」
「血液の洗浄間に合いません!」
「理力が更に濃くなりました!放射性物質ももう処理しきれません!」
やはり、限界が見えれば弱音も出てくる。
これ以上は生命維持すら困難となった為に、諦める者さえ出てくるだろう。
事実、まだ諦める者は出ていないが、作業の効率は著しく低下し始めている。
「下がっても間に合わなくても処理しきれなくても…そのまま続けて!諦めないで!!諦めたら…この子は死んでしまうのよ!!!」
そんな中で大声を上げたのは、皆に指示を出し、自身は理法を絶え間なく発動し続け治療を行ってきた老齢のシスターであった。
かつて、共和国全体に名の知れた治癒に長けた術士であり、今はこの教会のシスター達を取りまとめる、名をエレンという。
その懸命さはどこから出てくるのだろうか。
誰が見ても手遅れだろうに、既に自身の理力も少なく疲労困憊だろうに、それでもまだ治療を続けようとする意志。
それは、正に慈愛に満ちた聖母ではないか。
この言葉を、そして行動を見れば諦めるわけにはいかない。
作業効率こそ変わりないが、皆が再び全力でそれぞれの役割を全うし始めた。
「聖メリアーヌ様…」
「お願いします、どうかこの子を…」
「助けてください…」
口々に漏れ出る祈りの言葉。
諦めはしないが、終わりを知っている。
ならば祈るしかないではないか。
シスターエレンも何度も何度も心の中で聖メリアーヌへと祈りを捧げた。
だが…
「…心肺停止。生命活動を完全に停止しました。」
それでも奇跡が起こることなど無かった。
誰かが告げる、命の終わり。
無情にも訪れた死。
この結末を予想していたからこそ懸命に治療に向き合った。
懸命に向き合ったからこそ信じたくなかった。
「あまり外で遊ばない子で、よく教会に本を読みに来ていましたよ。すごく聞きわけの良い子で私の手伝いをしてくれたこともありました…」
些か内向的ではあったが、素直なルルアを好ましく思っていた。
「私も手伝ってもらったことあるよ。細い身体付きだし顔も可愛いし、よくシスターの服着せたりして弄っちゃたこともあったなぁ…」
中性的な顔立ちをしており、可愛いが故に虐めてしまっていた。
「それで、あんたロクシスさんに怒られたことあったもんね。あはは…」
そんなルルアとの付き合いを外で面白おかしく眺めていた。
皆がルルアと過ごした過去を思い出す。
目の前の状況を認めたくない為の、一種の逃げなのだろう。
だが、その事実は嫌でも心が認識していく。
「大きくなったら医者に…なりたいって…言って…」
「いくら悪戯しても笑って…許して…くれて、でもやっぱりちょっとだけ…怒ってて…」
「私に愚痴を言いに来たりしてたよ、あ…はは…」
皆が子供のように泣きじゃくる中、涙こそ流してはいるものの、ルルアをただじっと見つめるリップル。
「皆さん…せめて安らかに眠れるように祈りを捧げましょう。」
ルルアに自身は何ができるか。
懸命に考え、そして出た答えは祈ることであった。
逆に言えば祈ることしかできないのだった。
涙は止まらなかった。
止めたくなかった。
死んだことがひどく悲しい。
心が裂けそうだ。
原因のわからない症状がひどく憎い。
人はこれほどまでに憎しみを抱けると初めて知った。
救えなかった自身がひどく情けない。
どうして自分には力がないのだろうか。
自問自答を繰り返し、深い闇に落ちそうになりながらもリップルは祈った。
ルルアの幸せを願いながら。
「シスターリップル…そうですね。もう…この子にしてあげられることは…これぐらいしかありませんものね。さあ、皆さんも一緒に…。」
シスターエレンに言われ、皆がルルアを囲み無言で目を閉じ祈りを捧げる。
皆が涙を流している為に完全に静寂とは言えないが、しばらく誰も全く声を発しない時間が流れた。
だが、祈りが終わりを迎えようとしていた時に突然この場に似合わしくない声が教会内に響いた。
「るるあくんねてるの?」
見てみれば、ルルアの血で汚れきった他のシスター達と違って一切汚れていないアロエリが、ひょっこりとルルアの顔をのぞき見ていた。
本当に不思議そうにしているアロエリを見て再び他のシスターが涙を流す。
この子はルルアの死を理解できていないのだと。
普段と同じようにルルアと遊びたいのだと。
そう考えたからだ。
確かにその考えは正しかった。
だが、同時に間違ってもいた。
「おはようのちゅうだよ」
何を考えたのかアロエリが突然ルルアへキスをしたのだが、するとどうだろう、目もくらむような眩い光が辺りを、教会を、孤児院にいたるまで覆ってしまった。
(今こそ真なる覚醒を。)
幻聴なのだろうか、その時この場にいる全ての人がその声を聞いた。
やがて、光が収まると先程までと何一つ変わらない光景が皆の目に映ってきた。
「ねえおきてよるるあくん。」
「…う…あぁ…。」
だが、アロエリが一言ルルアへ声をかけると確かに心臓も息も止まっていたルルアが瞳を開けたのだ。
それだけではなく、切り刻まれた数多くの傷は全て初めからなかったのかのように一つも残すことなく消えていた。
ほんの数秒の静寂の後に、凄まじい歓声が上がる。
「傷は大丈夫?痛いところはない?」
「ルルア!よく生き返った!!」
「ぐすっ、よかったね。ほんとよかったね。」
皆が三度涙を流す。
だが、これはうれし涙。
先程まで流していたものとは根本的に違う。
「…これは?」
「るるあくんおねぼうさんだよ。」
「アロエリ…さん。」
自身が寝ている横から屈託のない笑顔を見せてくれるアロエリ。
そこで事の経緯を思い出した。
そして、メリアーヌとの会話を。
「うまく…いったんですね。」
「へ?なにが?」
「いえ…いいんです。」
頭上にクエスチョンマークがついてもおかしくないほど、疑問があるという顔をするアロエリだが、その横からリップルの声が割って入ってくる。
「ルルア君、とにかく今は休みなさい。」
「そうですね…そうさせていただきます。」
瞼が異様に重たい。
これなら今すぐにでも眠りに入れるだろう。
少し泣いた痕が見えるが、今は優しい頬笑みを見せてくれるリップルと、また寝るのかと駄々を捏ねるように拗ねているアロエリの様子を眺めながら夢へと旅立っていった。
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