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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

勇者製造シリーズ

勇者製造ノ過程ヲ説明スルト~元勇者と元悪魔のパーティーに降りかかる悪夢~

作者: kokusou.




 俺は、勇者らしい。

 


 ある日、神殿に天啓が降りた。らしい。

 それによると今代の勇者は俺と、もう一人ー噂では大変な美丈夫ーが勇者として選ばれた。らしい。

 全くもって実感がわかないので、とりあえず首をひねってみた。

 それを伝えに重そうな甲冑を着て馬に跨った―なんでも王宮の騎士さま、らしい―が来た時も「はぁそうですか。なにかお間違えのようですね」とか言ってしまったけど。

 なにせその時、俺は籠いっぱいのイモを抱えて、エプロンをしたまま庭に立っていたから。

 普通、勇者とくれば幼い時から騒がれた神童とか、今や片手では足りぬ功績の人物が推薦されるべきだろう。

 方や俺は自分で言って寂しいが、辺境の村のさらに片隅で一人暮らす、目立った功績どころか戸籍すら危うい存在だった。

 首を捻って当然である。

 更になんたって俺は『悪魔憑き』と言われる類の人間だ。

 生れついたオッドアイ。どちらが本当の色かは知らないけれど、右目は透き通るような青であるのに、左目は苛烈な赤を宿している。

 周りには大分叩かれた。らしい・・・。

 俺はどうも自分のことに疎くて、あまり自覚がない。石をぶつけられても、その翌日にはどうでもいいことにその事実はカテゴライズされるため、何も感じないのだ。

 それを遠回しに注意してくれたのは村の女の子たちだ。

 幼いころは遠巻きに嫌な眼を向けられていたのに、年頃になるころにはどうして優しくなったのかは未だに謎だ。

 とにかく周りから何と言われようと、あまり気にしていない。

 俺は自分で初めて水に映った自分のこの赤を見たとき、酷く懐かしい気持ちになった。

 自分の目を見てそんなことを思うなんて気持ち悪いかもしれないが、本当のことだし。

 だからそれを疎ましいなど思わないーそれどころか、愛しい。

 その衝動にわが身を任せ、胸を焦がすようなその想いに、その目を両手で包んで俺は静かに涙を零したのだから。

 けれど自分がどう思っていようと、それは『悪魔の御印』と言われていた。

 母は俺を生んだとき、父は狩りの帰りに崖から滑り落ちて死んだので俺を守ってくれる人はいない。自分が気にしなくとも、事実を翌日覚えていなくとも、確かに何度か命の危機とやらは訪れたのだ。

 けれど不思議なことに、幼い俺は死ぬことはなかった。

 腹がすけば鳥やら馬やらがなぜか食べ物を運んできてくれ、嵐が来てもそれはまるで俺の家を避けるように静かで。

 井戸は酷くぼろいのに、そこから湧き出る水が減ることもなく。お腹を壊したことなどない。

 なぜか知らない内に本棚の本が増えたので知識にも困らず。

 剣が凄く好きで、よく振るっていたがふらりと現れた覆面の旅人が相手をしてくれた。

 その人は酷く遠慮がない人で、ぼこぼこにされた。けれどそこそこ期待に応えれればよく頭を撫ででくれた。

 俺の頭を撫でた人は、親を除けばあの人だけかも知れないな。

「君の相手位しないと、あの子をあそこに閉じ込めている私が酷く責められるんだ。ヴィジーにあの子の世話を押し付けているからには云々」

 よくわからないが、親切な人だ。

 その人は、そういえば眼帯をくれた。これで左目を隠せ、と。

「これでまたヴィジーが苛められ、あの子が私の色が!と泣くのだろうな・・・しかしだ。仕方ないだろう?なぁ?」

 よくわからないが取りあえず頷いておいた。その日から眼帯をしているが、それで俺に降りかかる様々な事象が緩和されたことはない。

 あ、そういえば隕石が落ちてくることがあったなぁ。

 あれは正直驚いた。

 周辺の土地が抉れて悲惨だった。その翌日にはハリケーンが局地的に街を襲ったというし、この村は俺のせいで呪われているのだろう。

「これが、悪魔の力なのね!」

「なんと汚らわしい子供なんだ!」

 どう言われても、俺には響かない。

 あの人たちの言葉は俺を追い詰めるには不十分だ。

 心が震えない、と言えば分かってもらえるだろうか。何一つ彼らの言葉は俺に突き刺さらないのだ。


 

 彼らが侮辱の言葉を吐く度に、俺は俯いて薄く笑うのだ。

 ―――俺を本気で殺せる人を、俺はたった一人知っているんだ。

 顔も思い出せない。

 声も分からない。

 何も分からない。

 けれどその人のことを知っているから、俺はすべてに耐えられる。

 ―――あの人に比べればと馬鹿らしくも知りもしないーもしかしたら架空の人物なのかも知れない人を比べて笑うのだ。



 

 

 

 まぁ冒頭に戻るとする。

 なんだかんだで俺は二十歳を迎え、天啓を受け、そして旅立ったのだった。



 

 

「はじめまして」

 さらりと髪をかきあげたこの金髪美男子は、ウォッツェ・ド・ハルガンドニア・デル・・・なんとかというらしい。長すぎて覚えていない。

 正直、宿の一角には似合わないごてごてした服装。横には胸をこれでもか、と言わんばかりに胸を寄せてあげた随分挑発的な格好の女たちが枝垂れかかっている。

 これが都会の流行はやりというものなのか。世の中とは広いものだと俺は一人舌を巻いた。

 ―――とりあえず、なぜ俺は彼女らにじろじろ見られているのだろうか。頬を染めているのは噂に聞く化粧とやらのせいなのか。実によくできている。誰かがしているのを見たこともないので、もはや俺の中で化粧とは未知の世界と化していた。

 なぜか彼女らを見て不機嫌になったウォッツェが、ふんと鼻を鳴らした。

 どこか恨みがましいその視線に俺は辟易する。なぜ初めての顔合わせがこんなことになっているのだろうか。何か俺が失敗したのか。

 俺のコミュニケーション能力が低いことは分かっているので、俺にはどうしようもない。

 とりあえず挨拶を返す。

 

「はぁどうも」

「どうも?」

 

 ウォッツェは眉を顰めた。

「君、言葉遣いがなってないね。僕は天啓を受けた勇者ウォッツェだよ?もっと礼儀ってものがあるだろう」

「?・・・立場は俺と一緒ですよね」

「はぁあぁぁ?!全然ちがーうっ!君と僕?同じ土俵なわけがなーい!!」

 アウチ!

 とでもいいたげにウォッツェは自分の額に手を当てている。

 なんなのだろう。

「いいかい?!僕はね、王都国立魔術学校主席卒!魔術学校一の美貌と言われていた男だよ?!爵位は子爵!後々は侯爵も夢じゃないとは思うがね!天才、それは僕のためにある言葉っっ」

 面白い思考の人物のようだ。

 それが彼に対する俺の第一印象だった。

 



 

 そして翌日。

 俺は彼と二人で魔物十頭を相手取っていた。

 種族はウォーウルフ。だらしなく空いた口から垂れる唾液が、じゅうと音を立てて草を焦がした。

 ―毒持ちか。

 冷静に相手を見るシヴィル。ひくっと隣の彼の喉が鳴った。剣を持つ手がかたかたと震えている。

「っなぁに!むむむむ、む、武者震いさぁあぁぁっっ!!!」

 ・・・俺は何も言っていないんだが。

「こ、こ、ここんな低級!僕一人で十分だぁっ!」

 彼は叫ぶとぶつぶつと詠唱を始める。顔が若干青い気がする。彼も化粧をしているのだろうか?化粧とやらは、実に多彩だな。

 そんなことを考えている間に、彼の詠唱が終わり、翳した手に光が集まる。

 ―大規模魔法エル・ライトニング。

 ・・・囲まれているのに、なぜ直線魔法なのだろうか?

「うぉりゃぁぁああぁぁぁ!!!」

 俺の疑問に答えてくれる者はおらず。

 彼の叫びとともに一直線にエル・ライトニングが放たれる。

 地面が抉られ、「キャウン?!」とウルフが驚きに目を見張った。慌てて陣営を崩したが、二匹が巻きこまれて塵と化した――十匹中たった二匹が。

 俺はもう何を言えばいいのか分からなかった。残り八匹のウォーウルフ達は素早く陣形を立て直して、俺たちに向き直った。脳みそも低級だからか、既に俺たちをその腹に収めることしか見えていないのだろう。

 ―――隣にいる男がはぁはぁと息を乱してふらふらしているから余計にあいつらは図に乗るのだろうな。

 俺は剣を構えなおすと意識を集中させる。途端に俺の体が青の光に包まれた。

 ―――肉体強化。

 呟くと俺は駆けた。まず突っ込んできた一匹目の口に剣をお見舞いして、そのままぶった切る。振り向きざまに二匹目の首を引き裂き、ウォッツェを襲おうとした三匹目を、まだふらふらしている彼に足払いをかけて彼を地面に倒してから切り払った。

 その時「げふぅぅうっ?!」という声が聞こえた気がしたが、あの美形がそんな声をあげるはずはないだろう。と納得。空耳だ。

 次、次、次、次!最後の逃げようとした一匹の背に躍りかかり、その背を真上から貫いた。その口から飛び散る毒を浴びないように、俺は突き刺した背筋からそのまま首筋を切り裂きながら最後に首を吹っ飛ばした。

 その首がウォッツェの目の前に丁度「コンニチハ!」と言わんばかりに口をあけて転がっていったため、彼は声にならぬ悲鳴を上げていた。

 ・・・どうしたというのだろうか?魔物の生首なぞ珍しくもないだろうに。

 彼は剣で汚物でも扱うかのようにウルフの首を転がすと、俺に向き直った。

 剣についた血を拭う俺に、また彼の顔が青くなった気がする。むむ、化粧とはいつでも使えるものなのか!

 こほん、と彼は咳払いをすると、剣をしまい、大仰に腕を組んだ。

「ふ、私の手助け、エル・ライトニングがあったから楽に勝てたようだな!まぁ私がそれ以上手を下すまでもなかった小物だったしなぁ!」

 彼が大声でそんなことを言っていた、と思ったら彼の横から赤い何かが飛んできた。

「ざけんなぁあぁぁぁぁっっっ!!!」

「ごふぅぅうぅぅぅ?!?!」

 彼の麗しい顔に美女ーといえる女の足がめり込んでいたのが見えたのは、まだ完全に肉体強化が消えていなかったからだろう。

 そのまま彼は吹っ飛び、何もない草原を300メートル程の短い旅行をしたところで地面とキスした。

 美女もそのあとを追い、どこからか現れたのか分からない美形―少年のような姿をしているが、とんでもない美形だ。きらきらしている。目がくりくりとしていて、それを縁取るまつ毛がまた長―――

 そこまで彼を観察して彼もその姿を直ぐに小さくしたので観察中断。

「―――なんということでしょうか!!鮮やかなとび蹴り!元悪魔かわせない!10,000のダメージだぁぁ!」

 なぜか美形少年は吹っ飛ばされた彼のもとに駆け寄り、実況している。その手にはマイクが。しかも黄金色だ。なぜあのごてごてした指で持てているのか気になったが、吹っ飛ばされた距離が距離なので俺は現在走っている途中だ。観察不可、と。

「元悪魔立てなーい!!あ、ワン!ツー!スリー!」

「カウントなんて数えるまでもない、私の勝ちよ」

「勝者!パーメラーぁあ!!」

 ・・・なんだろうか、これは。ようやく追いついた俺は、美女の手を握って天高く掲げる美形にとりあえず会釈した。

 彼ははっとしたように俺を見ると、その瞳を極限まで開いた。わなわなと手を震わせ、その場に崩れ落ちる。その装飾だらけの手を顔に押し当て、彼はがたがたと震えた。

「な・・・なんてことだ・・・!!この僕がこんな真似を・・・!!!パメラに毒されているんだ、そうだ、そうに違いない・・・!!誰かそうだと言ってくれ・・・ファーザー!!!!」

 急に深刻そうになってどうしたのだろうか。俺の顔に何かついていたのだろうか。

 その彼を目にも留めず彼女は俺を見てぴたりとその動きを止めた。俺もまるで時間が止まったかのように彼女を見つめた。

 ―――紅い。

 猛るような紅い髪が背に流れ、その目には本当に火を灯しているかのようだ。女物の鎧を着ていながらその容貌の豊満さが失われることはない。

 本当に、この世のものなのか分からない、と思うと同時に、何か熱いものが頬を濡らした。

 ―――?

 なんだろう。

 思わず触れた頬は濡れていた。

 その俺を見て彼女は眼を見開き、次いで破顔―――

「っ・・・なにがお」

 は、コンマ0.1秒で終了し、鬼の形相になって、何か言いかけたウォッツェの顔に肘鉄をぶち込んだ。

「はぁぁぁあぁあぁん?!?!てめぇふざけんじゃねぇよ!どこの貴族の坊ちゃんだっつぅのぉお!シヴィルに助けられて置きながら・・・いいやそれよりもシヴィルを危険にさらしやがって!殺す前に竜に繋いで世界中引きずり回してやる!!!その後は爪を剥いで指を折って手足を引き千切ってから意識があるうちに隕石到来メテオストライクでしめねぇぇ!!!前世で好き勝手してくれやがって、今果たさずにこの恨みいつ晴らせというのっ」

 あはははははと天高く笑う彼女に先ほどの麗しさはない。

 俺の背筋をぞくりとした何かがかけあがる。

 ――――殺される!!!

 生れて初めて心から思った。

 その彼女がこっちを向いた。

 てっきり恐怖を抱くかと思ったが―――

 俺に訪れたのは安堵だった。

 彼女はおそるおそる俺に近づくと、戸惑ったように手を伸ばしかけ、それを目を潤ませたままぴたりと止めた。

 思わず俺は自分から彼女の腕の中に入っていた。

 ―――なんでだろうか。

 彼女が息をのむ音と、次いで鼻をすする音がした。

 ごめんね、ごめんね、苦労をかけてごめんね、自由にしてあげられなくてごめんね、まだ想っていてごめんね、

 堰き切ったように流れ出す彼女の言葉を俺は理解できなかったけれど、ただその背を抱き締めていた。


 

 泣きやんでどこか恥ずかしそうな彼女に、俺はレベル1のコミュニケーション能力をかき集めて一言目を発した。

「はじめまして、どこのどなたでしょうか?」

 ―――結論からいうと俺は大変な間違いをした。

 




 

 

 

 

 

「こっこんな化け物と旅をしろというのか!!!」

 顔面蒼白とはこのことをいうのだろうか。

 ウォッツェはテーブルの上を叩き、その拍子にパンが宙を舞った。そのパンをキャッチして、赤髪の美女パメラが悠然とほほ笑む。

 美形少年ヴィジーは自分の分をしっかり空中に確保している。・・・魔術だろうか?用途が随分大胆だ。

 俺は顔に飲みかけていたスープが諸かぶってしまった。パメラが慌てて拭おうとしたが、それを丁重に辞退して自分のナプキンを使う。

 幾らするのか分からないハンカチなど恐れ多くて使えない。なんなのだろうか、あの透けるようなハンカチは・・・見たことがない。

 パメラは幾分不服そうだったが、次いでウォッツェを睨みつけた。ウォッツェがびくりと体を揺らす。

 ・・・俺でもそうなると思う。同情する。

「ええ、私たち神殿から天啓を下されたの。あなた達のフォローをするようにね」

「足手まといなぞ・・・!!」

「私はSS級ランクの戦士―――彼は古代魔術師よ。不服があるの?」

「SSっ?!古代?!はぁぁぁあぁ?!!」

 なんのことだろうか。

「馬鹿かっ!SS級と言えば一人で覇竜を相手にする化け物だ!古代魔術師など今は滅びたといわれる、歩く国家級戦力だ!・・・う、嘘だ。何かの間違いだ。魔王城近くに存在すると言われていたが・・・もう伝承のようなもので・・・」

 彼が頭を抱えるのを、俺は黙ってみていた。

 ―――よくわからん。

 というのが本音だった。


 

 そこで今まで静かに食事をしていた美形少年が口を開いた。

「―――諦めろ。まずこの中でパメラに逆らえる者など俺を含めていないのだからな」

 どこか疲労に満ちたその言葉に、反対できるものなどやはりいなかった。

 彼女の満足そうな笑顔。

 俺は少しその頬を染めた。

 な、なんだ?

 とにもかくにも。

 ここに、男三人が女一人に尻に敷かれた完全女王体制ができあがった瞬間だった。

 



 

 こうして勇者A(前世勇者B)と勇者B(前世悪魔)と最強美女(現魔王役・前世勇者A)と古代魔術師(実はカミサマの一人)の珍道中は始まったのだった。

 




 

 


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