3月22日(火)シスコンな兄貴、ブラコンな妹
穂波が作ってくれた昼飯を食べ終わり、3時くらいまで本を読んで過ごしたあと、俺はパソコンで調べ物をした。
調べた内容は……
『シスターコンプレックスについて』である。
――俺は知っておかなければならなかった。自分が今まさに陥ろうとしている、この状態について。
調べた結果、シスコンになる原因は社会不安や家族問題なとが挙げられることがわかったのだが、どうにも俺には当て嵌まりそうにない。ただし原因は学者ごとにいくつもの説があるらしく、定説と呼べるものはないそうだ。
もう一つ、わかったことがある。シスコンとは姉や妹に恋愛感情を抱くことだとばかり思っていたが、姉妹に強い愛着や執着を持つことをシスターコンプレックスというらしいので、恋愛感情を抱いていないからセーフとは一概に言えないのだ。つまり……
「俺は、限りなくシスコンに近いのかも知れない……」
ショックのあまり「ドンッ」とベッドの上に倒れ込んだ俺は、それでも自分がシスコンだということを認めなかった。あくまで、ギリギリスレスレなのであって、完全にはなっていない。そう自分に言い聞かせなければ、これから先生きていけそうにないのだ。
「ちっくしょう…… 誰かどうにかしてくれよ……」
正直、一昨日までのトゲトゲした穂波が恋しくなってきた。
☆☆☆
日も落ちてきた午後4時頃
私は自室の椅子に座り、机の上のパソコンと睨めっこをしていた。画面には、オススメの料理レシピを紹介しているWebサイト、『風の食卓』のトップページが開かれている。このサイトは、とある主婦が個人で運営しているブログなのだが、今日見渡してみたレシピサイトの中では1番メニューの数が多く解説も丁寧だったので、今日の夕食はこのサイトを参考にしようと思ったのだ。
「う~ん、今日の夕飯はどうしようか…… アイツは他に何が好きなんだっけ? 魚とか、魚介類が好きだったような…… ん~、いつも同じテーブルでご飯食べてるのに、なんで思い出せないのかな…………って、なんで私がアイツの好みなんか考えなきゃいけないの!? ついでに作ってあげるだけなのに!」
……絶対おかしい! これはあくまで、料理するのが楽しくて仕方ないからどうせなら他の人にも食べてもらって感想とか聞いてみたいな~とか思っているだけだし、それなのにアイツが好きそうな料理を作ることばっか考えちゃってるし、アイツに『美味しい』って言ってもらうのばっか楽しみにしてるし、私の料理食べたときのアイツの笑顔が忘れられないし、そもそもアイツのこと自体が頭から離れないし……
「も、もしかして私って……」
ブラコン、なのかな……
そんなことを思ってしまった。恐ろしくて、とても口には出せなかったけど。
「ダメ! そんなのダメよ私! あ、あんなやつ別にどうとも……」
目を覚ませ! という感じに、私は「パンパンッ!」と両手で頬を叩いた。しっかりしなきゃ! 私はアイツとは違うんだから!
――私は昔から、兄貴のことをシスコンだと思っていた。私のこと構ってばっかだったし、無意識だとは思うけど、私のことよくいやらしい目で見てくるし(特に脚を)、私が彼氏と電話しているのを聞いたら、突然イライラした雰囲気になって舌打ちすることだってあったのだから。
やっぱり、アイツには元々シスコンの気があるとしか思えない。客観的に見ても、おそらくそうなんじゃないか。本人は自覚がないかもしれないけど……
そんな兄貴のことを、私はぶっちゃけ気持ち悪く思っていたんだ。
昨日の、あの事件までは。
私を公園まで追い掛けてくれた、あの時までは。
俺がいるだろと言ってくれた、あの言葉を聞くまでは。
――本当は私のこと、いやらしい気持ちとかじゃなくて…… 大切に、大事に、思ってくれていたんだよね…… 妹として……
兄貴の性格が優し過ぎることは、私もよく知っている。困っている人を見ると放って置けないタチなのだ。
道端で喧嘩しているオッサン二人を宥めようとして巻き込まれて殴られたり、コンビニのレジで小銭を床にばらまいてしまったおばさんを見て、拾うのを手伝おうとしたら、金を盗むなと怒鳴られたり…… 誰かを助けたその度に、兄貴は損をしている。それでも、誰かを助けたいという思いは変わらないみたいだ。
私だって、実際は何度も兄貴に助けられてきた。けれども私は、素直に感謝ができず、昨日の夜のように―― 『ほっといてよ!』などと、逆に傷つけるようなことをしょっちゅう言ってしまうんだ。
――兄貴のそんなところ、本当は嫌いじゃないのに。
とりあえず、様子を見よう。もしこれから先ずっと、兄貴のことばっか考えているようだったら、私はブラコンに目覚めちゃったんだってことをきちんと受け入れて――
しっかり、治していこう。
客観的に見て、今の私はブラコン気味だと思うけど、昨日あんなことがあったばかりなんだから気の迷いってことも十分ありうる。むしろそうであってほしい。
「こ、この件は保留ってことで、うん、そうしよう」
私はパソコンのマウスを握り、再び画面と睨めっこを始めた。
昨日元カレにフラれたばかりなのに、考えているのは兄貴のことばかり――
この時点で、すでに重症なのでは?
……ということに、私はまだ気付いていなかった。