3月22日(火)兄貴と朝食
朝7時30分、兄貴が2階からキッチンへと降りてきた。
「お、おはよう……」
「おう……」
兄貴に『おはよう』なんて言ったの、ずいぶん久しぶりな気がする…… ま、まあ、昨日色々世話かけたし、挨拶くらいちゃんとしておくのが、筋ってものよね。
「朝飯…… 作っているのか?」
「うん…… 昨日は迷惑かけたから、そのお詫びと……お礼に……」
「え、もしかして…… 俺の分も?」
兄貴は目を丸くした。
「べ、別に! たまたま早く起きたからであってその、あの…… そ、そうよ! アンタの分も作ってやるって言ってるの! 悪い!?」
うう…… 私ったら、なんでこうトゲトゲしちゃうのかな…… 今日一日くらい、穏やかに接しようと思ったのに……
「い、いや…… 素直に嬉しい…… ありがとな」
な、何顔赤くしてるのよ! は、恥ずかしいのはこっちのほうだっつーの……
兄貴と顔を合わせていられなくなり、私は「フンッ」とソッポを向いて料理の続きを再開した。
☆☆☆
結局昨夜は、一睡もできなかった。
――当たり前だ。彼氏にフラれたうえに、兄貴の思わぬカッコイイ姿を見せつけられたんだ。色々考え過ぎちゃって、眠れるわけもない。
結局、普段より早く朝食を摂ろうと思い、キッチンに降りてきていつも通りパンを焼こうとしたのだが……
ふと、思い付いた。兄貴に朝食を作ってやるのはどうだろう、と。
べ、別に、料理で兄貴の気を引こうだとか、そんなことは断じてない。ただ純粋に、何らかの形で……
お礼が、したかったんだ。
たまたまいつもより1時間半も早く起きてきたんだ。兄貴に朝食くらい、作ってやっても良いかもしれない。あくまで、お礼なんだから、当然の行いよね……
というわけで、私は炊飯器でご飯を炊きながら、昔兄貴が好きだと言っていた気がするアジの開きと、和食には欠かせない味噌汁を作り始めたのだった。
☆☆☆
「いただきます……」
リビングのテーブルの座席に、私と向かい合うように兄貴は座っている。食卓には二人分の朝食―― アジの開き、みそ汁、お椀によそったご飯が置いてあり、その一つ一つをゆっくり見回すと、兄貴はアジの身を箸で摘んで口へと運んだ。
「ど、どう?……」
正直、上手く作れたのか不安だ。一応味見はして、大丈夫だと思ったけれど、人に食べてもらうのはやっぱりドキドキする。
「……おいしい」
兄貴の顔が、わずかに綻んだ。
「ほ、ホント?」
「ああ。美味い、美味いぞこれ! 味加減も焼き加減も絶妙だ!」
「ホントに!? ……よ、良かったぁ……」
ああマズイ。私もニヤニヤが隠しきれない……
でも、やっぱり嬉しい。
兄貴に、美味しいって言ってもらえて……
「ああ、本当に美味いよ。……お前、料理得意だったんだな」
そういえば、兄貴の前で料理作ったことなんて、今までなかった気がする。
「い、一応私だって女の子だし…… お母さんに昔習ったりもしてたから……。 しばらく作ってなくて、ちょっぴり不安だったけど。 ……意外?」
「いや、意外というか…… じゃあなんで外食ばっかり…… あ、す、すまん」
私が春休み入ってから彼氏と一緒によく外食に行っていたのを思い出したのだろう。兄貴は慌てて謝ってきた。
「べ、別に気にしなくていいわよ! ……お母さんからたくさんお金もらっていたし、料理とかするのが面倒くさかっただけなんだから」
「そ、そうか…… そ、それにしても! このアジの開きも味噌汁も、最高だよな~! 最近自分の作った正直微妙な飯しか食べてなかったから、余計に美味しく感じるよ、ホント」
「そ、そう…… ああ、あ、ありがと……」
もう! そんなに褒めないでいいって!
……ニヤニヤがどんどん、溢れてきちゃうから。
兄貴に褒められ嬉しくなる気持ちを、私は抑え切れないでいた。そして……
「いや~、こんな料理だったら、毎日食べたいな」
何の気無しに言ったであろう兄貴の言葉に、
「そこまで言うんだったら…… 作ってあげてもいいわよ…… 毎日」
思わず、こんなとんでもないことまで言ってしまった。
「え!? その…… 良いの?」
信じられないといった表情をする兄貴。
「べ、別に良いわよ…… どうせ彼氏もいなくなって春休み中暇だし、久しぶりに料理作ったら案外楽しかったし…… アンタが食いたいんだったら、ついで…… そ、そう、ついでに! ……つ、作ってあげても、い、いいわよ……」
そそそそう、ついで! これもついで! たまたま新しい趣味を見つけたそのついでなんだから!
と自分で自分に言い訳をしつつ、一方でワクワクしている自分を、私は感じていた。
「じゃ、じゃあお願いしようかな…… ありがとな、穂波」
兄貴はそう言って照れ臭そうに微笑んだ。
――だからそんな嬉しそうな顔しないでよ……
私まで…… 嬉しくなっちゃうじゃない……
気持ちを紛らわすかのように慌ただしく、私も朝食に手を付けるのだった。