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あいまいっ!  作者: 遠山竜児
第1章:曖昧な兄妹
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3月21日(月)家を飛び出した妹〔3〕

「は、はあ!?」

 何を……

 言っているんだコイツは!?

 俺が穂波を……

 口説く!?

 おいおい、俺の妹とんでもない勘違いをしているぞ! 今すぐ弁明しなければ!

「ち、ちげえよバカ! 心配したり慰めたりするのは、その……当たり前……だろ。……あ、兄貴なんだからさ」

 そ、そう、俺はあくまでも、『兄貴』としてあんな――今思えば顔から火が出るほど恥ずかしい台詞を、叫んだんだ。く、口説こうとか気を引こうとか……

 そうゆー思惑は一切ない!

 する気もない!

 なぜなら!

 こいつは俺の!

 妹だから!

「え!? ち、ちがうの!? ……ってええ!? だ、だって私てっきり…… 」

「と、とにかく落ち着け、な。兄貴が妹を口説くはずなんてないだろ」

 とりあえず俺は、全力でこいつをなだめることにした。

 ――さっきよりもさらに顔が赤くなっているぞ。まるでトマトみたいだ。

「ま、ま、まま紛らわしいのよこのバカ!!」

「ちょ、おまっ! お前が勝手に勘違いしたんだろ!」

 ほ、本当にひどい勘違いだ……

 俺まで顔が赤くなっちまうじゃねえか!

「……」

「……」

 それからしばらく、D公園は静寂に包まれた。俺たち兄妹の間にあるのは、ただただ気まずい沈黙のみ。互いに目線は合わせず、あっちこっちへと泳いでいる。


 今日は、星も月も出ていないみたいだ。空が墨をぶちまけたように黒い。

 これがもしギャルゲーだったら、満天の星に月明かりが穂波の顔を照らして、よりロマンチックな雰囲気に……

 そ、想像してはダメだ! 危険過ぎる!

 それこそ本当に、口説き文句の一つや二つを言ってしまいたくなるから。


 ――どれくらいたったのだろうか…… 10分? 20分? 1時間? いやいや30秒くらい? それはわからなかったが、穂波がついに沈黙を破った。

「あ、あのさ……」

「お、おう……」

 相変わらず真っ赤な顔をしているほなみと、思わずかしこまってしまうおれ

「一応、礼は言っておくわ…… ありがと」

 穂波は上目使いに俺をちらりと見た。その顔に、わずかに笑みが浮かんでいるのを俺は発見したが、穂波はすぐにプイっとソッポを向いてしまう。

 な、なんだよその笑顔…… くそっ! なんつーか…… 反則? じゃねえか。

 何が反則なのかは、俺にもよくわからなかった。

「おう……」

 返事をしようとしても、言葉に詰まる。もっと何か気の利いた台詞はないのかと模索しているうちに、

「じゃあ、私そろそろ帰るね……」

 穂波は立ち上がり帰る意志を示した。

「お、おう…… 帰ろうか…… ってお前、は、裸足じゃねえか!」

「今気付いたの? ……靴、履くの忘れてた」

 穂波の足は何の布も纏わず、地面にじかに接していた。俺の手の平よりも小さいんじゃないだろうか、そんなこじんまりとした足裏で、穂波は自分の体重を土の上で支えている。

「お、お前いくらなんでも靴忘れるとか…… はぁ。……ほら、家までおぶってやるから、乗りな」

 俺は穂波に背を向けると、右足で立て膝をつくようにしゃがんだ。

「いいわよ! じ、自分で歩いて帰れるし!」

「バカ言うなよ! 何か踏ん付けて怪我したらどうすんだよ! ……てかお前、部屋出るときにガラス踏ん付けたりしてないか? 大丈夫かよ」

「してないわよ! それに帰りも、大丈夫……なんだから」

 ――ったく、何いつまでも強がってんだよ…… 頭が冷えて冷静になった後じゃ、裸足で家まで帰るのは正直恐いくせに。

「ここから家まで、そんなに近くもないだろ? 利用できるやつは例え兄でも利用しとけって。……それによ、役立たずの兄貴にはなりたくねえからさ、ここは一つ、大人しく乗っかってくれねえか?」

 最後の一言は余計だったかもしれない。また少し照れ臭くなった。

「わ……わかったわよ! そ、そこまで言うんだったら、おぶわれてあげなくもないわよ」

 穂波は意外にもすんなり、俺の背中に乗っかることを決めたようだ。

 俺の肩に手を回し、後から抱き着くような恰好になった穂波は、ゆっくりと体重を俺にかけてくる。俺は両腕で穂波のふともも裏をつかみ――

「よいしょっ」と掛け声を小さく呟いて、立ち上がった。



☆☆☆


 壮絶に色々と後悔した。

 ついでに自分の浅はかさや覚悟の足りなさを呪った。

 なぜなら……

 俺は今、実の妹で、その……

 せ、性的興奮…… しかけているからだ――


 死ね! 俺死ね!

 ……こんの変態野郎!


 ……ああ、自分で自分を殺したい……



☆☆☆


 ……よかった。穂波の助けに、なれたみたいだな。

 穂波をおぶって深夜の路地を一緒に帰っている俺は、ホッと安堵した。もし何もしてやれなかったら、今頃俺は無力感にさいなまれているとこだっただろう。

 ――まったく、世話の焼ける妹だよな……

 てか、13歳とはいえ軽すぎじゃないかこいつ? それになんだろ、後ろから良い匂いが……

 そして、気付いた。というより、意識してしまった――

 “見た目だけは”超ハイレベルに可愛いおんなのこが、俺の背中に――

 厚手のジャンパーを着ているとはいえ――

 ぴったりと、密着していることを!


 ――待て待て待て。あれは妹あれは妹、そんな変な感情は起こりうるはずが…… うっ、こいつ、甘酸っぱい良い匂いがしやがる……

 ――落ち着け落ち着け落ち着け。あれは俺の――妹だぞ! ……やわっこい体だなぁこいつ…… 脚とか、フニフニしてて気持ちい……

 ――だから落ち着けって! ……そうだ、素数を数えよう! ……2、3、5、7、11、13…… よし! 落ち着い…… ううっ、首筋に熱い吐息が……


 駄目だ。全然落ち着けない。堕ちてはいけない領域へと真っ逆さまにダイブしている。

 ――あいつはただの妹で…… それにいつもはあんなに性格最悪だし……


『一応、礼は言っておくわ…… ありがと』

 あの上目使いの表情を、思い出してしまった。

 あの隠しきれていなかった、口元の笑みも。


 ……アウト。

 完璧アウト。


「うおおおおー!!!!」

「ちょ、ちょっと! バカ兄! 何突然走り出してるのよ! と、止まりなさいよ!!」

 もーー無理! マジ無理! ホント無理!! ごめんなさい神様(?)!

 耐え切れねえっつーの! 一刻も早くこの状況を終わらせなきゃ、確実に俺はシスコン変態野郎へと成り下がってしまう!

「この…… 止まりなさいって言ってるでしょ!!」

「ガンッ!」と、後頭部に頭突きを食らわされた。

「いってえ!!」

 猛烈な痛みに耐え兼ねて、俺の脚がフラフラと減速する。

「急に暴走するんじゃないわよ! し、死ぬかと思ったじゃない!」

 ――いや俺のほうが、現在進行系で『人として』死にかけているんだが……

「もう、このバカ! アホ! 駄犬!」

「す、すまん……」

 さ、さすがに駄犬はないだろ…… 犬じゃご主人様は背負えないんだから、馬だとして駄馬?

 ……いやいやそんな問題じゃなくて。

「…………ごめん」

 激しく罵倒されていると思ったら今度は、首筋から、熱っぽい吐息と共に切なくてか細いささやきが聞こえてきた。

「……は? なんでお前が謝るんだよ」

 その妙に色っぽかった声に若干ゾクゾクしてしまったので、意味を理解するのに数秒要した。

「バカ兄とか駄犬とか言ったことを謝ってるのか? それなら別に気にすることじゃ……」

「そうじゃなくて…… ほら、大暴れしたり家飛び出したり…… 心配かけて…… ごめん……」

「そっちのことか……」

 さっきまでとは一転、穂波は急にしおらしくなった。その申し訳なさげな雰囲気にあてられ、さっきまでの俺の興奮も波がひくようにスーっとおさまっていく。

「どうしてアンタは…… そんなに、心配して…… くれる……の?」

「……言ったろ、心配くらいさせてくれって。 ……当たり前だろ、兄貴なんだからさ……。 これからは、もっと頼ってくれても良いからよ。 ……ま、まあ俺じゃ、頼りないかもしれないけどさ」

 俺の肩に回している穂波の腕が、ギュっと強く抱きしめてきた。

「ああ、あ、あ、…… あり、ありがと……」

 俺の台詞がそんなに意外だったのか非常にたどたどしくなりながらも、穂波は俺に礼を言ってきてくれた。




 結局俺は穂波を背負ったまま再びゆっくりと歩きだし、10分ほど経ったあと家に着いた。

 ギリギリ……

 本当にギリギリ、俺はシスコンゾーンへ堕ちずに済んだ。

 ……繰り返す。俺は堕ちなかった。あと1分長かったら危なかったがな。

 ……本当だ。 きっとそうだ。 多分堕ちなかった! ……かも。




 ……死にてえ。



☆☆☆


 結局、私は兄貴におぶわれて家に帰った。

 家に着くと兄貴が、『お前は裸足で外出たんだから、風呂入ってこいよ。ガラスは俺が片付けとくからさ』と言ってくれたので、私はその言葉に甘えることにした。

 ――もちろん、最初は私も断りはした。ここまで世話になっときながら、さらに自分で壊しためざまし時計の後片付けをやってもらうなど、いかに兄貴でも申し訳なさすぎる。だけどアイツが、『怪我したら危ないだろ。俺に任せろ』としつこいくらいにうるさかったので、渋々従うことにしたのだ。

「なんでアイツ…… あんなに優しいのよ…… それに、あの台詞……」

 湯舟の中で、私は思い出した。不覚にもキュンときてしまった、アイツの台詞。そして……

 私の壮絶な、勘違いを。

「バカバカバカバカ! 私のバカ!」

 かつてないほどのこの恥ずかしさを打ち消すように、水面をバシャバシャと叩く。

「――おおお落ち着くのよ私! ア、アイツはただの――兄貴じゃない!」

 そう、アイツはただの兄貴――

 お節介焼きで、くだらないことでウザったいほど話し掛けてくるし、時々私のこといやらしい目で見てくるし、ゲームの女の子に話し掛ける声が部屋の外にまで漏れてて気色悪いし……

 そんなどうしようもない、あ、兄貴なんだから!!


 けど……

 私のこと、心配してくれた。わざわざ公園まで、追い掛けてきてくれた。家まで私を、おんぶしてくれた。部屋の掃除まで、してくれている。それに……


『心配しちゃ悪いかよ! 何があったかは知らねえがよ、お前がこんなに苦しんでるのに…… お前をこんな真夜中に公園に一人ぼっちで置いて、ノコノコ帰れるかっつーんだよ!!』

『……俺がいるだろ! 話したくないなら何も話さないでいい! けどよ! ……し、心配くらいは…… させてくれよな……』


 あんなに嬉しい台詞、人から言われたのは初めてだった。


「もう…… バカ兄……」

 湯舟に入ってからまだ3分と経っていなかったが、すっかりのぼせてしまったみたいだ。

 ……湯舟のせいだけじゃ、ないんだけど。

予想以上にたくさんの人が読んでくれているみたいで、とても嬉しいです。

こんな若輩者が書いた作品ですが、これからもどうぞよろしくお願いします。


ちなみに、あいまいっ!という小説は、筆者が実際に見た夢の話が元になっております。

タカトシというのは実際に夢に出てきた名前で、穂波はその後自分で考えました。

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