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あいまいっ!  作者: 遠山竜児
第1章:曖昧な兄妹
5/36

3月21日(月)家を飛び出した妹〔2〕

☆☆☆


 今から8分ほど前――


 家を飛び出した穂波を追い掛け、俺も家を飛び出した。

 あんなパジャマ姿じゃ、華奢な体をしている穂波は絶対に風邪を引いちまう。

 奇跡的にそんなことにまで頭が回った俺は、自分の部屋のクローゼットからお気に入りの黒いジャンパー――俺が持ってる中で1番保温性が高い上着――を引っこ抜き、ダッシュで穂波を追い掛けた。

 玄関を開けると、すでにあいつの姿はいない。

 しまった――

 ジャンパーなんか取り出してる場合じゃなかったか……

 後悔しても遅い。今はそんな時間さえ惜しい。

 穂波はどこへ行った? どこか、穂波の行きそうな場所は――

「もしかして……」

 幼い日の記憶を辿たどり、心辺りを一つ……

 思い出した。



☆☆☆


「……何でここがわかったのよ……」

 俺が差し出しているジャンパーは手に取らずに、不機嫌そうな顔と声で、目を逸らしている穂波は呟いた。

 息を整えるのに10秒ほど使い、それから俺は口を開く。

「昔……お前が小さい頃さ、何かあったらよくこの公園で泣いてただろ…… 今みたいに」

「わ、私は泣いてなんかないっ!」

「少なくとも部屋を出たときは泣いていた」

「っ……くぅ……」

 穂波は何も言い返せないらしく、悔しそうな顔で頬を膨らました。薄暗い街灯に照らされた目元は、やっぱりまだ潤んでいるみたいだ。


 穂波は小学校低学年だった頃、親に叱られたり俺と喧嘩したりしたとき、毎回と言っていいほどこの公園のベンチへと逃げ込んでいた。それを探し出して慰めてやるのが、当時の俺の役目だったのだ。

 幼い頃の穂波は、俺のことを『お兄ちゃん』と呼び、今よりも大分懐いてくれていた。しかし、小学校高学年――いわゆる思春期に入った頃から、徐々にそう呼んでくれなくなり、『アンタ』とか『タカ』とか『兄貴』や『バカ兄』という呼び名に変化してしまった。そして最近では、会話自体がめっきり減少していってる。

「べ、べつに、追い掛けて欲しくなんてなかったんだからね! そ、それをアンタが勝手に……」

 少し頬を赤らめ、ソッポを向く穂波。

 ――ツンデレかよっ! ってか…… 可愛い、な……

 こんな時にでさえ、思わずそう感じてしまう。いや、こんなときだからこそ、か――

 普段の穂波にはあまり見られない心細げな雰囲気が、余計にあいつをかわいく見せるんだ。

 一瞬、さっきまでやっていた『ディストピア』のユキと、今ここにいる穂波とが重なってドキリとする。もしこの状況がギャルゲーだったら、フラグを立てるチャンス……

 待て待て待て落ち着け俺よ。リアルとゲームをごっちゃにするな。こいつはどんなに可愛かろうが俺の妹なんだ。

 その妹が泣いているなら、兄貴として、するべきことが他にあるだろ!

「そ、そんな恰好じゃ風邪ひくぞ。これ、着ろよ……」

 グイッと、ジャンパーを穂波に押し付ける。穂波はそれを引ったくるように受け取ると、「そ、そこまで言うなら着てやるわよ……」とブツブツ文句を言いながらもジャンパーの袖に腕を通した。そして再び膝を抱え、アルマジロのように小さく丸まる。

「……まだ、帰る気はないのか?」

 返事代わりに、コクンと小さく頷く穂波。

「……分かった。落ち着くまでここに居ればいい。話くらいは聞いてやるよ」

「ア、ア、アンタには関係ないでしょ! べべべ別にアンタに聞いてもらいたい話なんてないしっ! ア、アンタはもう帰りなさいよ! 私ももうしばらくしたら帰るから! わ……私のことなんかほっといてよ!!」

「ほっとけるわけねえだろ!!」

 気がつけば、俺は思いっ切り声を荒げていた。ビクンッと大きく震え、穂波が顔を上げた。その表情からは驚きと、突然怒鳴りつけられたことに対する恐怖が伺える。

「心配しちゃ悪いかよ! 何があったかは知らねえがよ、お前がこんなに苦しんでるのに…… お前をこんな真夜中に公園に一人ぼっちで置いて、ノコノコ帰れるかっつーんだよ!!」

 近所迷惑だとかそんなもんは、まったく考えていなかった。俺の台詞にそんなに驚いたのか、穂波の目が大きく見開かれていく。

 俺は感情のおもむくまま、大声で言葉を吐き出し続けた。

「……俺がいるだろ! 話したくないなら何も話さないでいい! けどよ! ……し、心配くらいは…… させてくれよな……」

 言ってて照れ臭くなってきたため、途中から語気が弱くなっていた。しかし、こんなに自分の感情さらけ出したのは久しぶりだった。

 ……少々さらけ出し過ぎかもしれないが。

 ――もしかして俺は、穂波を必要以上に恐がらせたり…… あるいは怒らせたりしてしまったのかも……

 気になって穂波の顔を覗き込むと、何やら真っ赤な顔で口をぱくぱくさせていた。しかも目の焦点が定まっていない。

 ……怒りで声も出ない状態か!? マ、マズイ、早く謝らねば……

「ご、ごめ……」

「こ、このバカっ!!」

 バカ!?

 ……確かに俺はバカだ。傷心の妹にあんなに激しく怒鳴るなんて……

 心遣いとか思いやりとか常識とか、そういうものが欠けていたのだからな。

 よし、これから繰り出されるであろう凄まじい罵倒を、俺は甘んじて受けいれよう。そして反省して、謝って…… それから、何か穂波の力になれるようなことをする。

 ――そう決心したのだが……

「ア、ア、アンタどーゆーのつもりなの!? ししし失恋の弱みに付け込んで、く、く、……口説こうとするなんて!」

 予想だにしなかった言葉が、穂波の口から飛び出した。

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