3月29日(火)再会、そして……
☆☆☆
「ちょっと早過ぎたな……」
人波に飲まれながら、俺はB駅の西口出口に向かって歩いていた。待ち合わせの時間にはあと30分近くもある。おそらくまだ誰も来ていないだろう。
主催者の大介によると、今日の集まりは合コンと言うよりも、個人開催の新入生歓迎会みたいなものらしい。
俺と大介が通っている高校にこの春入学予定の新1年生と、俺達新2年生の男女が集まって、お好み焼きを焼きながら交流する、という内容みたいだ。
――というか、入学式もやっていないのによく歓迎会なんてやろうと思ったな。
大介のことだからきっと、いち早く新入生の女子にアピールしようとかそういう魂胆だろうけど。
駅の構内から外へ出たところで、待ち合わせ場所に指定された犬の銅像の方を見てみた。予想通り、待ち合わせらしい若い男女は誰も――
「……って、あの人は……」
銅像の横に、見覚えのある人が立っていた。
ほんの数時間前に出会った、名前も知らない女性。
貧血で倒れそうなところを助けてあげ
た、あの大人っぽいおしとやかなセミロングの彼女。ふちなし眼鏡が知的で似合っていた。
彼女は俺に気付いたのか、俺のほうを向いて少し驚いたような顔を見せると――
笑顔で小さく、手を振ってきた。
――まさかこんなにすぐに、しかも別の場所で再開するなんて……
チャンスの神様は、なかなかに寛容だったようだ。
――今度は、後悔しない選択肢を選ぶしかないだろ。
笑顔で手を振り返し、彼女の元へ小走りで近づいていく。
彼女は軽く会釈をすると、
「またお会いしましたね。あの時はどうも、ありがとうございました」
「いえいえ! 当然のことをしたまでですから」
にこやかな笑顔を浮かべ丁寧なお辞儀をしてきた彼女に、俺も思わず頭を下げた。ただし俺のは、緊張のせいかロボットみたいにカクカクだったが。
「ふふっ。やっぱり謙虚なんですね。……そういうところ、素敵だと思います」
――す、素敵!?
いきなり何を言い出すんだこの人は!?
これが俗に言う、脈ありってやつなのか!?
「そそそ、そんな! そんなことないですって!」
「そんなことありますよ」
優しく教え諭すようにそう言うと、彼女は俺のほうへ一歩前に出て、
「本当にありがとうございます」
ニコッとほほ笑んだ。
「ど、ど、ど、どうも……」
――やばい。いまさらだけどこの人……
可愛すぎるぞおい。
しかもなんか良い感じだし、もしかしてフラグ立ってる? 立ってんのかコレ?
年上の女性はハードル高そうだが、彼女を助けた俺の第一印象は悪くなかったはずだ。多分。
……よし。ここは攻める。
さりげなく攻める。
俺だって、いつまでも年齢=彼女いない歴の情けない男でいるつもりはないんだ。
「あ、そ、しょういえば、良かったらお名前聞いてもよろしいですか?」
……噛んだ。
見事に噛んだ。
童貞故の情けなさが露呈しちまった……
「はい。海橋夕凪と申します。海の橋って書いて、みはしって読みます」
夕凪……
珍しい名前だな。風の止んだ夕暮れの海、か……
でも確かに、穏やかな海のような人だ。静かで、優しげな。
「海橋夕凪さんですか。――良いお名前ですね」
「ふふっ。ありがとうございます。良かったら貴方様のお名前もお聞かせ下さい」
「俺ですか? お、俺は鳴沢タカトシと言います。春から高校2年生の、16歳です」
「鳴沢タカトシさん、ですね。よろしくお願いします」
そう言って海橋さんは、軽くお辞儀をした。それに釣られて俺も、「こ、こちらこそよろしくお願いします」と深々と頭を下げた。
――よろしくってことは、これから先何らかの関係が続いていくってことで良いんだよな? そうだよな?
「高校2年生ってことは……私の一つ先輩ですね」
「…………はい?」
「私、4月から高校1年生になります」
――そうなの?
高校生、年下、後輩?
え、だって、こんなに大人びているのに……
スタイルもなかなか良くて、少なく見積もっても大学生くらいにしか見えなかったのに……
「鳴沢さん、今、私のこと老けてるなって思いませんでした?」
海橋さんはぷくっと頬を膨らませて、若干不機嫌そうな顔をした。
「あ、いや、その……」
「ふふっ、冗談ですよ。慣れてますから」
と思ったら、一転してやんわりとした笑顔になった。
「違うんです!」
「え?」
俺は思わず声を張り上げて、
「大人っぽくて素敵だな、この魅力を出せるのは年上に違いない、と思ってたんです!」
「え? 鳴沢さん……」
はっ、しまっ……
俺は何を言ってるんだ!?
ついさっきまで互いの名前も知らなかった間柄なのに……
「ありがとうございます。こんな嬉しいことを言って頂いて……光栄です」
彼女は俺の顔を真っ直ぐ見て――
ニコッ。
周りの人波が静まり、穏やかな海に変わったかのように錯覚させるほどの、慈愛に溢れた笑みをしてみせた。
最近鬱気味で、何も手につきませんでした…
今日から執筆活動を再開させたいと思います。