3月29日(火)待ち合わせ
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午前10時、B駅の西口改札前で、私は友達を2人待っていた。
B駅は県内有数の大きな駅で、通勤ラッシュを過ぎた時間でも多くの人が行き交っている。派手な恰好をした若者や、スーツ姿の中年男性、白髪の生えたお婆さんなどなど。
その人込みの中から――
お目当ての友達を1人、見つけ出した。
「颯姫ー!」
腰まで伸ばした髪を揺らし、スカートをなびかせ、ハンドバックをガタガタ鳴らしながら――私は彼女の下へと走っていく。
「おう、穂波! 久しぶり」
ニカッと犬歯を剥き出しにして笑みを浮かべている、背の高いスレンダーな女の子は――
私の友人、木立颯姫だ。
うなじが見えるくらいに後ろ髪を上げた長いポニーテール。無造作にワックスでスタイリングした髪。
あえてボロボロにしたジーンズに、髑髏がプリントされたTシャツ。
首や手首に銀色のアクセサリーをちりばめた、パンクな恰好をしている。
「さーつきっ!」
走ったままの勢いで、私は颯姫に抱き着いた。けど、颯姫は全く動じない。余裕たっぷりに、私をギュッと抱き留めてくれた。
「ほーなみっ! ったく、可愛いヤツだなオメエは」
「エヘヘ。颯姫だ颯姫だ颯姫だぁ! 会いたかったわ!」
「おうおうおう! 俺も会いたかったぜ! ったく、ちょっと見ない間にまた可愛くなりやがってよぉ!」
颯姫の胸の中で、私はグシグシと頭を撫でられていた。ちょっと乱暴だけど、そこがまた堪らない。姐御肌の彼女に、ずっと甘えていたくなる。
凛々しくて美しい。
そんな彼女が、私は大好きだった。
「颯姫……大好き! もっとギュッてしてっ」
私より頭一個半くらい高いところにある颯姫の顔を見上げながら、私はさらなる甘え攻撃を仕掛けた。
「ったく、穂波は甘えんぼさんだな。ほらよっ!」
「アンッ! さ、颯姫ぃ……」
「穂波……ヘヘっ」
颯姫だ……
颯姫の感触、颯姫の匂いだ……
好き好き、だーい好き。
春休み入ってから会えなかった分を補うように、こうして颯姫成分を全身で吸収していたのだけれど……
「ふみゃあ!」
背後から突然――
何者かに、スカートの中に手を入れられた。
……まあ、私にこんなことをする人間は1人しかいないんだけど――
「私にも、穂波ちゃん成分下さいな!」
「あ、蒼! やめなさいこのヘンタイ!」
「よいではないかよいではないか~、減るものじゃないんですよぉ?」
スリスリスリと私のお尻を撫で回してくるこの痴漢は――
颯姫と同じく、私の友人――
天櫛蒼だ。
ちっちゃい背丈に、ボブカットの髪。目もくりりんとして愛らしい。ウサギやハムスターみたいな小動物のようだ。
見た目だけ見れば、超可愛い美少女なんだけど――
「今日の穂波ちゃんのパンツは、ピンク色だぁ!」
――この通り、超を3つくらい付けてさらにハイパーとかスーパーとかウルトラとかも付けて良いほどの、ドヘンタイだ。
「いい加減にしろっ!」
「アイタっ! 穂波ちゃん、オデコにグーは酷いですよぅ!」
「うるさいこのヘンタイ! バカバカバカ! アンタはいっつもヘンタイなんだから! このヘンタイ大魔神!」
「そんなに褒めないでぇ。嬉しくなっちゃうよん」
罵倒されているのに満面の笑みを浮かべている……
一体どこに褒め要素があったっていうのよ。
「し、死んじゃえこのヘンタイ! 冥土で悔い改めなさい!」
「メイド!? メイドの国なら行きたいな――って痛い、痛いよ穂波ちゃん! アンッ、ダメェ! 目覚める、何かに目覚めちゃいますぅ!」
もう目覚め済みじゃないの……?
何で未だにニコニコ笑ってるのよ。
私けっこう本気で殴ってるんだけど……
「ったく蒼、オメエもちょっと見ない間にヘンタイぶりに磨きがかかってやがるな」
蒼と私のやり取りを見て、やや呆れ顔をする颯姫。
毎度の光景過ぎてすっかり慣れてしまっている。
「ありがとうございますぅ!」
「お礼言うとこじゃないでしょ、このヘンタイ……」
もうだめ。
きっと、このヘンタイには常識とか通用しないんだわ。
将来牢獄に入らないことを祈るしかない……
「颯姫ちゃん颯姫ちゃん、私の事もギュッとして下さいな!」
「まあ良いけどよ……、変なとこ触ったらジャイアントスイングだからな」
「こんな人が多いところでジャイアントスイングなんて、通行人の方々に迷惑過ぎますぅ! やるならお尻ペンペンにして下さい! もちろんパンツを降ろして、直接お尻を……」
「自重しろヘンタイ!」
あまりのヘンタイぶりに、思わずツッコんでしまった。
「ハイハイ、ヘンタイでけっこうですよーうだ。……ではでは颯姫ちゃん、ギュギュっと……」
颯姫に向けて、つぶらな瞳で上目使いをする蒼。傍から見ても、思わずキュンときてしまうほど可愛い。庇護欲をそそられる。
「……わーったよ。ほらっ」
そんな蒼の小動物攻撃に負けたのか、苦笑いをしながらも、私にしてくれたみたいに蒼を抱きしめた颯姫。おまけに頭をグシグシと撫でている。
「ったく、オメエも黙ってりゃあ可愛いのによ」
「颯姫ちゃん……」
颯姫の胸に顔を埋め、うっとりとした顔を浮かべている蒼だったけど――
「寂しいよぅ…………胸が」
ピキッ!
血管がはち切れる音が、颯姫のこめかみから聞こえた――気がした。
「な、め…………とんのかおんどりゃあああ!」
ゴツンッ!
男勝りの力を持つ颯姫の、本気のゲンコツが――蒼の脳天をカチ割った。
「いっ……たーい!」
さすがの蒼でも、これは効いたみたい。
頭を押さえながら、涙目でうずくまっている。
でも……良い気味だわ!
だってだってだって……
「なくて悪いか! 背が高いのに胸がなくて悪いか! 男みたいで悪いか!」
「そうよこの外道! アンタみたいな持ってるヤツには、持たざる者の気持ちなんてわかんないんだから!」
「そうだテメエこの野郎! チビ巨乳が調子こいてんじゃねえぞコラ!」
「ご、ごめんなさ……」
地面にうずくまって、肉食獣に追い詰められた本物の小動物みたいになっている蒼に、私も言葉の牙で噛み付いた。
「いいこと? 私たちはまだ13歳なの。成長期なの。将来があるの。希望があるの! それをペッタンコだのまな板だの洗濯板だの……」
「そうだそうだ! テメエなんて、背伸びんのに使う栄養が胸に回ってるだけだろうがよ! おととい来やがれってんだ、このチビ助!」
「もう許して下さい……」と懇願する小動物に、容赦なく怒りをぶつける私と颯姫。
……まあ、ちょっと八つ当たりな部分もあるんだけど……
「良いか!? 耳の穴かっぽじってよーく聞きやがれ!」
両手を腰に添え、仁王立ちをして蒼を見下ろした颯姫は、大きく息を吸って一言、
「貧乳に勝る乳はねえ!!!!」
地球の裏側にまで届くんじゃないかという怒鳴り声を発した。
――さすが颯姫だわ! 超超超カッコ良い!
もうホント、惚れちゃいそう……
……ってあれ?
なんか嫌な予感……
――ここは駅の改札前で、周りにはたくさんの一般人がいるわけで……
「さ、颯姫、周り……」
「……はっ! し、しまっ……」
気付いた時には遅かった。
視線、視線、視線。四方八方、視線のオンパレード。
大声で大胆発言をした颯姫に、みんな惜しみない視線を送っている。
「うう…………蒼の…………バッカヤロォォォ!」
「ま、待って颯姫!」
あまりの羞恥に耐え切れず――
颯姫も私も、ダッシュで駅の構内から逃げ出すしかなかった。
……涙目の蒼を置いて。
今更ですが、「あいまいっ!」というタイトルには「愛妹」と「曖昧」がかかっています。