3月29日(火)出会い、そして……
D公園は、砂場やブランコ、滑り台やシーソーなど、一通りの遊具が揃っているなかなか大きな公園だ。
今日も、幼稚園児くらいの子供たちが砂場で親と一緒に遊んでいたり、小学校低学年~中学年くらいの子供たちがジャングルジムに登ってはしゃぎあったりしている。
「貧血、ですか?」
彼女と一緒にベンチに腰掛けた俺は、とりあえず彼女に容態を聞いてみることにした。
「はい……そうみたいです。昨日の朝から……何も食べていなくて……」
納得だ。
彼女の顔は精気を無くしていて、まるで何日も水をあげていない花みたいになっている。本来は綺麗に花を咲かせることができるのに、決定的に養分が足りていない。
「あ、もし良かったら、これ……食べますか?」
俺はスーパーのレジ袋から、鮭弁当を取り出した。もちろん、箸も一緒に。
「え? ……そんな、ここまでして頂いたのに、申し訳ないですよ……」
「気にしないで下さい。全然オッケーですから」
「でも……」
「もしかして、鮭はお嫌いで?」
「いえ、……大好き……ですけど……。食べて、……良いんですか?」
「もちろんです! あ、あそこの自販機で飲み物買ってきますよ。何が良いですか?」
「えっと……じゃあ、お茶を……」
「わかりました! では、買ってきますね」
俺はベンチから立ち上がり、右斜め20メートルほど先にある、公園内の自販機にダッシュで向かおうとしたのだが……
「あっ、あの……、お金は、後でちゃんと、お渡ししますから。……お弁当の方も」
「そ、そんな! 遠慮しなくても大丈夫ですよ」
「えっと……」
「それよりも、早く元気になってくれた方が、俺は嬉しいですから」
まだ何か言いたそうな彼女に笑顔を向けて、俺は自販機へと向かった。
そしてしばらく後、自販機でペットボトルのお茶を2本買って戻ってきた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう……ございます」
彼女はお茶を受け取ると、俺に軽くお辞儀をして「いただきます」と言ってから弁当に手をつけた。どうやら、俺が戻ってくるまで食べていなかったらしい。
彼女はゆっくり、一口ずつ箸を口へ運んでいく。
背筋を伸ばして脚を閉じた座り方も、落ち着いた食べ方も、すごく上品だ。ただ弁当を食べているだけなのに、優雅にすら思える。
顔色さえ悪くなければ、春の公園で昼食を楽しんでいる綺麗な女性として、絵になっていたはずだ。
――しばらく、無言の状態が続いた。
彼女は、ゆっくりとではあるが、箸を休めることなく食べている。昨日の朝から何も食べていないんだ、腹が減っていて当然だろう。
俺は彼女の食事を邪魔しないように、隣で静かにお茶を飲んでいた。
弁当を半分ほど食べ終わると、彼女が話し掛けてきた。
「あの……、本当にありがとうございます。助けていただいて……」
「い、いえ。感謝されるようなことなど……」
「……謙虚、なんですね」
彼女は俺の顔を見て、クスりと笑った。
「見ず知らずの人にここまでしてくれる人なんて、なかなかいませんよ。いくら感謝してもし足りないくらいです」
顔色が大分良くなった彼女。元気も出てきたようだ。
「えっと……そんなことないですよ……あ、ありがとうございます」
そこまで言われると、さすがにテレる。
しかも、顔色を取り戻した彼女の笑顔は……
とても、可愛かった。
穂波の笑顔はギュッと抱きしめたくなるような気持ちにさせるが、彼女の笑顔は癒し系で、むしろこっちが優しく包まれたくなる。
「あの……。お礼、させて下さい。あ、とりあえず、お金払わせて下さい」
彼女は財布を取り出すつもりか、自分の上着のポケットに手を入れて探り始めた。
「いえいえいえ! だ、大丈夫です! 諸事情によりお金たくさんもらってたんで!」
「でも……」
「それより、もう体調は大丈夫なんですか? どこか悪いとことか、ありませんか?」
「はい。おかげさまで……」
「よ、良かったです! それじゃ俺、急いでるんで! さようならー!」
「あ、ちょっと……」
俺はバルサンが入ったスーパーのレジ袋を掴み、逃げるようにその場を立ち去った。
☆☆☆
「しまった……」
D公園を出て自宅へと歩きながら、俺は後悔していた。
ナンパ目当てで助けたと思われたくなくて、互いの名前も交換せずに立ち去って行ったのだが……
よくよく考えたら、チャンスだったんじゃないか。
穂波の「宿題」の件や、俺自身のシスコン化の問題もあり、ちゃんとした彼女を作ろうと俺は考えていたはずなのに……
やっちまった。
出会い、フイにしちまった。
さっきの女の人は、俺に少なからず好意を持ってくれていたみたいだった。
しかも綺麗だったし、大人っぽいところとか俺の好みだったし……
彼女に一目惚れしたというわけではないけど、順調に会話とかしていけば将来的に恋に落ちるかもしれない人だった。
そもそも、穂波は確かに可愛いし、というか可愛い過ぎて恋に落ちる一歩手前なのだが――本来は俺のタイプではない。
俺はさっきの彼女みたいな、大人っぽくておしとやかでお姉さんタイプが好きなのであって――
決して、穂波のようなガキなど……
…………ま、まあ、ツンデレは好きだし、あの脚は俺のタイプド真ん中だし、最近は色々と良いところが見えてきたりしてますます好きに……
……って、結局穂波もタイプじゃねえかよ!!
死んどけこのシスコン!!
――まあそれは置いといて。
逃がした魚は、確かに大きかった。
フラグを立てる又とないチャンスだった。
なのに俺は……
「……まあ、人助けができただけでも善しとするか」
これは負け惜しみではない。
大事なことなので二度言うが、負け惜しみではない。
……本当だからな!!
次話は穂波サイドです。