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あいまいっ!  作者: 遠山竜児
第1章:曖昧な兄妹
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3月21日(月)ギャルゲーの妹

 一昨日の朝早く、ちょうど俺と穂波の学校が春休みに入ったあの日、両親はパリに出掛けた。なんでも結婚20周年旅行ということらしい。4月ちょっと過ぎまで、のんびり滞在するという話だ。

 鳴沢家は、父さんが会社員、母さんは専業主婦の片働き家庭だから、家事のほとんどを母さんに依存している。そのため、この春休みの間に俺達が餓死しないよう、食費その他もろもろの費用として2万円ずつ俺と穂波は渡されているのだ。ちょっと多すぎやしないかと思ったのだが、子供2人を置いて外国に行くのは少し後ろめたかったのだろう。俺達兄妹は大人しく受け取っておくことにした。

 とはいえ、4月から高校2年生の俺は、再来年に希望の大学に受かっていたら今頃一人暮らしをしているはずなので、この春休み中にできるだけ料理を作ったり掃除をしたりしようと意気込んでいる。母さんが出掛ける前に買い溜めをしておいてくれたので今の所スーパーに食材を買いに行ったりはしてないが、ネットで調理方法を調べたりして、簡単な料理から挑戦していってるのだ。

 味はそこそこ……いや、どちらかといえばマズい……が、一応許容範囲だ、自分の中では。栄養バランスを考えたメニューにしているし、自分で苦労して作った料理なら味覚補正がかけられる。それに春休みはまだ始まったばかり、毎日料理を作っていれば始業式までにはきっと上達している……はずだ。頑張ろう。

 一方の穂波はといえば……

 朝食はパンを焼いて食べているのだが、昼夜は全部外食という始末。俺が2人分の夕飯を作ってやったときも、「は? 別に頼んだ覚えなんてないんだけど」と一蹴しファミレスに行ってしまった。仕方ないので、残った分は次の日朝食として食べたが――

 それに、どうやら穂波は彼氏と一緒に飯を喰っているらしい。もちろん毎回ではないと思うが、さっきみたいに俺の好意をないがしろにしておきながら他の男と楽しくお食事しているのかと思うと、正直腹が立つ。

 ……決して、彼氏とやらに嫉妬しているわけではないと、ご理解頂きたい。



☆☆☆


「ふー! こ、う、りゃ、く、完!、了!!」

 ついに、ついに――

 やり遂げた。あらゆる災厄や困難を乗り越え、仲間の手助けも借り、ついに俺とリサは――――

 最高のエンディングへと、たどり着いたのだ!!

「……ひっく、グスン……。リサ、愛してるよ……。よかった、ここまで辿たどり着けて……」

 PC画面の奥にいる寺原リサに話し掛ける声が、自然と涙混じりになる。今までの二人の思い出が流れているエンドロールを見ながら、俺は幸福を噛み締めた。ヘッドフォンを通して流れるエンディングテーマ曲が、本だらけの俺の部屋をえもいわれぬ心地よさで満たしていく――



 ――俺は、ギャルゲーが好きだ。

 俺とギャルゲーの出会いは複雑過ぎるので説明は省くが、とにかく俺は大のギャルゲー好きなのである。去年の12月頃からハマり始めたうえに、全ルートをクリアーしたソフトはまだ2つしかないのだが、俺はすっかりギャルゲーのとりこになってしまっていた。

 この趣味を知っている者は、小学校からの付き合いの阪内さかうち大介だいすけしかいない。あいつはギャルゲーどころかゲーム全般に興味がないのだが、年齢=彼女いない歴の俺とは違い恋愛経験が豊富で、「ギャルゲーかよっ!」と突っ込みたくなるような体験を実際にいくつもこなしている。なので、ギャルゲーの話をしても非常に盛り上がるのだ。信じられないことに。

 今回俺が攻略した寺原リサというキャラは、自由の無い徹底した監視社会となった2036年の日本を舞台にした近未来型恋愛アクションアドベンチャーゲーム(R15作品)、『ディストピア』に登場するヒロインである。解放軍の主人公と敵対関係にある政府軍のリサは、予想通り本作最強の攻略難易度だった。

 エンドロールを見終わり、しばらく目を閉じて余韻に浸る……

 戦場で芽生えた、許されざる敵同士の恋。戦うことでしか伝えられない、互いの愛……その全てが報われた、最高のエンディングだった。

 俺はベッドの上にねっころがり、再び回想モードに入ることにした。



 しばらく後

 ベッドの上から壁に掛かっている時計を見ると、まだ夜の9時だった。午後7からゲームを始める前は、朝からずっと勉強をしたり本を読んでいたりしていたので、まだゲームに使える時間はある。

「そういえば、まだ全キャラクリアしてないんだよな……」

『ディストピア』にはまだ攻略するべきヒロインが一人残っていることを思い出した俺は、さてどうしようかと思案した。

 リサ攻略は一昨日から開始し、今日エンディングを迎える計画だったのだが正直深夜12時くらいまでかかることを覚悟していた。しかし、今までの経験が生きてきたせいか思ったよりスムーズに進めることができた。この春休みはギャルゲーと将来の夢のための勉強に身を捧げると決めていたので、正直あと2時間はギャルゲーをやりたい。がしかし……

「妹キャラ、か……」

 唯一残っている、朝井あさいユキというヒロインは……主人公の実の妹なのだ。しかも、背がちっちゃくて貧乳で切れ長の目に黒髪ロング、おまけに気が強くてニーソックスがデフォルトという、穂波にうりふたつのキャラである。

 年齢は16歳で主人公と一つしか変わらないのだが、幼児体型のいわゆるロリキャラで、穂波と同じ13歳くらいにしか見えない。

 ――さすがに、これを攻略するのは気が引けた。実際に妹を持っている身としては、たとえ2次元の話でも妹を恋愛対象に見ることなどできるわけがない。リアルの妹がどれだけ最悪かを知っているし、攻略中にゲームの妹とリアルの妹を重ねてしまうことは目に見えている。そんなことになったら、ゲームに集中するどころの話ではない。人として、侵してはならない領域に踏み込んでしまうことになる。

「妹萌えとか、理解不能だぜまったく……。なんで妹を持ってないやつの妄想に振り回されなきゃなんないんだよ。Teaは何考えてるんだっつーの」

 Teaというギャルゲー制作会社に文句を垂れつつ、俺はしばらく迷っていたが――

『ディストピア』は、全ヒロインを攻略しないとストーリーやちりばめられた謎などが完全には解明されない作品なので、ユキルートも攻略することを決めた。

「仕方ない、仕方ないんだ。あくまでストーリーを楽しむためにやるだけた。絶対に感情移入はしないぞ……」

 そう決心して、再びモニターの前に座り『ディストピア』を起動させた。


 そして2時間後――


 後悔しながらモーレツに感動するという、奇妙な状態に陥っていたことは言うまでもない。


「ユキ! 俺が絶対、護ってやんよ!! 絶対死なせはしねえ!! 死んでも護ってやる!!!」

 ――俺は浅はかだった。このゲームを舐めていた。……これはすごい。開始2時間ですでにどっぷり引き込まれていた。

 なんだよコレ……今までで1番すげえルートじゃねえか!

 最初こそ穂波みたいにツンツンとがって主人公に牙向きまくりでうんざりしたが、少しずつ、少しずつ主人公に心を開いていき――ついにデレを見せ始めた。

 めちゃくちゃ感情移入しちゃってるし、しょっちゅうユキと穂波が重なってビビるけど……もうかまうものか! 徹夜してでもクリアしてや……

「ドンドンドンッ!!」

 その時、ヘッドフォンの外から、床や壁を激しく叩くような音が聞こえていることに気が付いた。

 何だ一体……

 まさか強盗!?

 不安に思い慌ててヘッドフォンを外す。音はどうやら、隣の部屋――穂波の部屋から聞こえるようだった。それだけではなく、今度は穂波の叫び声が俺の耳に飛び込んできた。

「ふざけないでよ!! どうして……どうして急に別れようなんて言うの!? 今日だって普通にデートしてたじゃない!!」

 ……穂波? なにやってんだ? 別れるとかどうとか……彼氏絡みか? 電話でもしてるみたいだな……

 なにやら不穏な空気を察知した俺は、ゲームを一時中断し、穂波の部屋に向けて聞き耳をたてることにした。

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