3月28日(月)妹の殺人技
☆☆☆
「これで良いのよ……。兄貴に彼女ができて、私にも彼氏ができれば……」
洗い物を終えた私は、自室のベッドで漫画を読んでいた。けれど、その内容は全く頭に入ってこない。
「私は別に、兄貴と付き合いたいとか思ってるわけじゃ……ないんだから……」
本当に良いの?
と誰かが耳元で囁いてきた気がしたので、私は慌てて寝返りをうった。
――本当にこれで、良いに決まっている。だって私たちは、兄妹なんだから。
――でも、嫁にしたいっていう独り言を聞いたとき……
すごく、嬉しかった。
だって私も、兄貴が兄貴じゃなかったら、夫にしたいって思――
――ガサ、ガサガサ。
思考を遮るかのように、突如、嫌な音がした。まるで虫がはいずり回っているような、そんな音が。
――ガサガサガサ。
音の正体を確かめるために、周りを見渡してみると……
「ソレ」は意外と、近くにいた。
――私の、お腹の上に。
「キ、キッ、キャァアアアアア!!!!!!!!」
☆☆☆
「どうした穂波!?」
1階のリビングでテレビを観ていた俺は、穂波の悲鳴を聞いて慌てて階段を駆け上がった。2階に着いた瞬間、穂波が自分の部屋のドアを開け放ち弾丸みたいに飛び出してくるのが見えた。
「大丈夫か!? いったい何が……っておい!!」
「あに、あ、ああ兄貴ぃ……、ゴキ、ブ、……イヤァァァ!!」
そう叫んだ穂波が……
上半身にブラジャーしか付けていない、下半身のみパジャマ姿の穂波が……
ダダッ、ドーン! ガバッ、ギュッ!
なんと俺に、猛スピードで抱き着いてきたのだ!!
「ちょ、おま! 裸! っておまっ、何やってって、ちょ、ちょっ、ちょおぉぉぉ!!」
「兄貴、ゴキブリ! ゴキブリなの! た、助けて!」
涙目で上目使いはやめてくれ!
しかも上半身裸で抱き着きながらって、俺を殺す気か!?
つか何で裸!? なんでブラだけしか着けてないの!?
「ゴキブリ!? ――ってゴキブリが出たのか!?」
穂波の抱き着く力が半端なく強いので、俺はそのままの状態で説明を求めるしかなかった。
「わ、私の部屋で、お腹の上に、ガサガサって!」
ガクガクガクガクと頷く穂波。
「た、助けて……兄貴ぃ……」
――アウトだった。
だが言わせてくれ。この状況でアウトしないとか、男失格だろ。
――穂波の柔らかな肌が、その感触が、服を着ていない分リアルに伝わってくる。しかも、本当に微かだが、胸の……感触も。
――ああヤバイ。甘酸っぱい香りまで、どんどん俺の脳髄を刺激してくる。コイツ、匂いまで俺好みとか勘弁してくれよ……。つくづく、妹であるのが悔やまれる。
――そして何より、この顔と声が。
潤んだ目元、はかなげな声。
普段は強がりな穂波が、こんなにも切実に俺を求めてくるなんて……
――クラクラ……してきた。
理性……? 倫理……?
……何それ……喰えるの……?
そんなもの、もう俺の中には残ってねえよ。
――限界だ。
穂波が俺にしているのと同じように、俺も穂波の背中に手を回し……
「――って、何をやってんだ俺は!!!!!!」
回しかけて、慌ててその手を引っ込めた。
――あっぶねえ!
危ねえ危ねえ危ねえ!
もうすぐで俺、犯罪者!
理性も倫理も喰えないし!
理性仕事しろ! 倫理ちゃんと守ろうぜ!
「わかったわかったわかった! わかったから、一旦離れろ! そ、それから、頼むから服を着てくれ!」
俺はなおも激しく抱き着いている穂波を無理矢理引きはがし、急いで俺の部屋から黒いジャンパーを引っ張り出して穂波に投げ付けた。穂波は急いでそれを着ると、涙混じりの声で「助けて……助けて……」と譫言のように呟き始めた。
「わかったから。俺が退治してやるから。で、お前の部屋に出たのか?」
穂波はコクりと頷いた。
「じゃあ、俺がぶっ殺してくるから」
俺はとりあえず、自分の部屋に落ちていたティッシュの箱を掴み、そいつを武器にすることにしたのだが、
「殺さないで! 潰したりしたら、私の部屋に気持ち悪い汁が……ってイヤァァァ!!」
「わかったわかったから! 生け捕りにして外に捨ててくるから!」
「……外で殺して。跡形もなく燃やして。燃やした煙りも空気中に出ないように封じ込めて」
「わかったから。お望み通りにしてやるから、お前は俺の部屋で待ってろ」
殺す気はあっても燃やす気なんてサラサラないが、穂波を安心させるためにとりあえず頷いておいた。
――ていうか今の事件で、俺のシスコン度数が急上昇しちまったかもしれん。このままじゃ、マジで妹に手出しちまいそうだ……。
しかも、俺が手出しても穂波なら受け入れてくれるかもしれないから……
余計に怖い。
そもそも、穂波が俺に手を出すようなことがあったら……
間違いなく、確実に、俺も穂波に手を出しちまうだろうな。
ギャルゲーやラブコメみたいな展開なのに、素直に喜べない。
……それもこれも、コイツが俺の妹だからなんだよ!!
ああ、運命を呪わせてくれ……