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あいまいっ!  作者: 遠山竜児
第1章:曖昧な兄妹
19/36

3月23日(水)曖昧​な兄妹

☆☆☆


 部屋のベッドの上で私は布団に包まり、小さく丸まって膝を抱えていた。

 あの日の、公園のベンチのときみたいに。

「バカ……、私のバカ……」

 今更だけど、本当に後悔している。

 あの女……、春川絵里奈、だっけ?

 帰りの電車で思い出したけど、確かに兄貴の幼馴染で、私も何回か遊んだことがある。よく調子に乗るけど明るくて優しい良い女だった。私も、絵里奈って呼んで懐いてたっけ。

 兄貴は数年ぶりに幼馴染に会えたから嬉しかっただけなのに、私ったら変にムカついちゃって……。ホント、小さい女。それに……

 あんなに激しくムカついたってことは、兄貴をあの女に取られた気がしたからってこと? それってもしかして……

 私が、兄貴のこと好……

「わかんないよもう! ……兄貴のことなんて、ちょっと前までは何とも思ってなかったのに……」

 曖昧な感情は空回り。

 兄貴に変な感情抱いてる私もいれば、

 実の兄にそんなもの向けるのを激しく拒む私もいる。

 今のところは……

 拒む感情の方が、強い。

 当たり前だ。相手は実の……

 兄貴、なんだから。


「ギィィ」という、鳴沢家の玄関が開く鈍い音がした。

 私が家に着いてから20分と経っていない。

 薄々予感は……

 してたけど。




☆☆☆


「穂波、ごめん」

 俺は服屋の買い物袋を横にドサっと置き、ドアの向こうにいるはずの穂波に謝った。

 ……返事はない。

「俺さ、ちょっと舞い上がってたんだ。久しぶりに絵里奈に会ったからさ。……悪かった」

「べ、別にアンタが謝るようなことなんて何もないわよ! 大体私は用事思い出したから帰っただけだもん! 謝るのはこっち! どうもすみませんでした!!」

 ドアの向こうから穂波の怒鳴り声がする。声の感じから察するに、俺のいる方とは反対方向に向けて叫んでいるのだろう。ドアを挟んでても、俺と顔を合わせるのは嫌ということか。

「穂波!」

 俺はすうっと大きく息を吸い込み、それからゆっくり吐いて……

 気持ちを落ちつけてから、続けた。

「俺はさ、今日、楽しかった。映画が、じゃない……、お前と一緒に出掛けるのが、だ」

「…………」

 穂波がどんな反応をしているのか想像できないが、続ける。

「すっげー楽しかった。デビル・バスターの会話くらいしかしなかったけど、それでも、楽しかった。絶対、俺1人で行くよりもお前と一緒の方が確実に楽しかったはずだ。だからさ……」

 自分がどんな顔をしているのかは、想像できた。

 ……トマトみたいな顔しているだろうな。

「良かったらまた、一緒にどこか出掛けないか? お前の気が向いたらでいい。今度は、歩きながら色んな話してさ。だから……」

「うるさい!!」

「――っ!?」

「何もかも、兄貴が悪いんだ。兄貴があの夜、私を追い掛けてきたから……

 兄貴があのとき、カッコいい言葉なんか投げ掛けてくるから!!」

 ――何だ? 穂波は何か、とんでもないことを言いだしそうな……

「あの出来事がなければ、私がこんな気持ちになることもなかった!

 ……私って単純よね…… 彼氏にフラれて傷心中だからって、よりによって兄貴にときめくなんて……」

 ときめく? おいおいそれって……

「あれから兄貴と一緒にいても、前よりは居心地良くなったし時々嬉しくもなったけど、それも全部あの夜に兄貴に変な気持ちを抱いちゃったからで、あの夜がなければそう感じることもなかったはずなの!

 そう、全部あの夜兄貴が私を追い掛けてきたせいだ! だから……」

 そこで一旦言葉を切った。

 少し間を置いて、穂波が示したのは

「もう、優しくしたりしないで」

 きっぱりとした、拒絶の意思。

「実の兄なんか好きになりたくないのに、このままじゃ……本当に好きになっちゃうから……」

「穂波……」

 穂波が俺のこと……

 知らなかった。

 気付かなかった。

 いや、気付かないフリをしていた?

 兄妹だからありえないって、自分に言い聞かせてたのかもしれない。

 ――穂波は今、自分の気持ちを正直に俺に伝えてくれている。

 死ぬほど恥ずかしがっているだろう。兄の俺に、自らの複雑な胸中を吐露しているんだ。衝動的かもしれないが、それがどんなに勇気のいることか……


 だったら俺も、言うしかないだろ。


「俺だって……俺だって! しょっちゅう思い悩んできたさ! お前に何度惚れかけたって思ってるんだ!」

「えっ!?」

「……俺だって、実の妹に惚れたくなんかねえよ。だからと言って…… お前に冷たくすることも、できない」

「だだだ、か、ら!! アンタのことなんて知らないわよ!! 私が、私がアンタのこと好きになっちゃうの嫌だからやめてって言って……」

「関係ねえ」

「――っ!?」

「コイツは俺のエゴだ。惚れた腫れたとかの感情抜きで、お前を護りたい」

「何でよ!? ……どうして……」

 どうしてだって? そんなの決まっている。

「……当たり前だろ、兄貴なんだからさ」

「………………っ!?」

「妹大事にするのは兄貴の特権であり義務だ。妹と仲良くしたいって思うのもな」

「な、何カッコ付けてんの!? バカなの!? それでもし私がアンタに惚れちゃったら、どう責任取ってく……」

「一生幸せにする」

「っ…………!?」

「お前が俺に惚れる!? アホか、んなことされたら俺もお前に惚れちまうに決まってんだろ。

 ……そうなったら、妹だろうが何だろうが、どんな壁が立ちはだかろうが……

 俺が一生、お前を護る。兄貴としてだけじゃなく、恋人としてもな」

 ――恥ずかしい。

 気分が高揚している状態とはいえ、こんな……

 こんなほぼプロポーズみたいな台詞、マジで恥ずかしい。

 ギャルゲーの主人公の告白を大声で叫ぶ方が、まだマシだ。


 ――けど、全部本心だ。


 ったく仕方ない……


 認めてやろう。

 俺はシスコンだ。

 妹のことが大事で大事で仕方ない、変態シスコン野郎だ。


 だが、それがどうした。

 兄貴なんてな……


 シスコンなくらいが調度良いんだよ!!


「ガバッ!」

 ドアが急に、部屋へと引かれた。

 眼前には、目元が潤んだ私服姿の穂波が……


「このバカ兄!!」


 目が合った0.5秒後、「ドンッ!」と穂波は俺を突き飛ばし――

 馬乗りになった。

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