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あいまいっ!  作者: 遠山竜児
第1章:曖昧な兄妹
18/36

3月23日(水)兄妹でお出かけ〔5〕

☆☆☆


 穂波が試着室の向こうで着替えている間も、俺と絵里奈は空白の4年間を埋めるように会話を楽しんでいた。

 いくら幼なじみとはいえ、4年、それも成長期の間の4年も会っていなかったら、ここまで仲良く会話できるはずなさそうなのだが……

 俺と絵里奈は、大丈夫だった。

 気兼ねも気遣いもない自然体で

 昔と同じく笑い合っている。

 俺には、それがたまらなくうれしかった。


「へー、今日は穂波ちゃんと2人でお出かけなんだー! 君たち昔っから仲良いよね~☆ ワタクシ嫉妬しちゃいますよぉ?」

 深い意味などなく発しただろうその言葉に、俺は狼狽した。

「そ、そんなんじゃねえって! デビル・バスター見たかったんだけどお互い一緒に見に行く相手がいなかったから、仕方なく一緒に行くことにしただけって言ったろ。両親が旅行でパリ行っちゃってるし、た、たまには兄妹2人でどっか行くのも良いかな~って思っただけでその…… 別にそういう関係じゃ」

「? そういう関係ってどーゆー関係?」

 絵里奈は頭にハテナマークを浮かべている。

 ――そうか、俺が意識過剰になっているだけで、俺と穂波の仲が良かった頃しか知らない絵里奈にとっては、別段驚くようなことじゃないんだ。

「い、いや、何でもない。……そういえば絵里奈は今日は1人なのか? 家族と一緒とか?」

「えっとね、ここの近くに親戚が住んでるから家族で挨拶に来たんだけど、お母さんもお父さんも親戚さんと仲良くお酒呑みまくって酔い潰れてるから私だけ抜け出してきたんだよね。ここのショッピングモール一度見てみたかったからさ」

「ああなるほどな。そういえばご両親は大の酒好きだって言ってたっけ」

「そうそう。別にアル中とか悪酔いするわけじゃないから良いんだけどね~。でも私暇になっちゃって。多分、買い物終わったらこのまま親戚の家戻らずに直接私の家に帰るかな~」

「そっか。……あ、だったら、俺達と一緒に回らないか?」

 名案が浮かんだ。

「俺達もショッピングモール回ったら帰る予定だからさ、良かったら付き合えよ」

 正直、穂波と2人きりで買い物しているこの状況は好ましくない。周りの人達にカップルだと誤解されるかもしれないし、何より俺の精神が持ちそうにないのだから。いつまた、穂波を女として意識してしまうかわかったもんじゃない。

 ――元々俺達は、お互い一緒に映画見に行く人が見つからなかったから、仕方なく兄妹で行くことにしただけなんだ。穂波も、俺なんかと2人きりで買い物なんて、嫌じゃなくても気まずさくらい感じているに決まってる。

「え? 良いのー? やったー☆ じゃあ、ご一緒させていただきますっ! あでも、穂波ちゃんは?」

「穂波も良いよな? 絵里奈が一緒でも」

 ガシャーッ!!

 乱暴にカーテンが開けられ、試着室から穂波が出てきた。薄ピンクのロングワンピースと、その他色々な服が入った買い物かごを手に提げ、元の服装に戻っている。

 ……だが、明らかに様子が違った。

「別に良いわよ。勝手にすれば?」

「ほ、ほな……」

 ちょっ、穂波さん!?

 め、目が怖いんですが……

 一見普段通りの顔と言葉使いだが、目が全てを物語ってる。目は口ほどに物を言うらしいが、そのことわざには全力で頷こう。穂波の不機嫌さと怒りが刹那せつなに理解できた。

 ――そんな凶器みたいな目で、穂波は俺と絵里奈をギロリと睨むのだ。震えあがるほど怖い。

「じゃ、私、レジ行ってくるから。アンタはそこで待ってなさい」

 その声も、普段より低い。怒りを押し殺しているように聞こえる。……非常に気のせいであって欲しいのだが。

「えっと…… ほな…み?」

「穂波ちゃん……?」

 あまりの眼力に絶句した俺と絵里奈を置いて、穂波はスタスタと歩き去ってしまった。気のせいか、早歩きしているように見える。まるで俺達から早く遠ざかりたいかのように。

 去り行く穂波の後ろ髪が、あまりの憤怒に逆立っている……ような気がした。


 穂波の姿が見えなくなった後、俺と絵里奈は揃って顔を見合わせた。

「穂波のやつ、どうしたんだろう……」

「……ひょっとして私、穂波ちゃんに嫌われているのかな?」

 絵里奈は少し表情を曇らせた。

「そ、そんなことねえって。昔は一緒に遊んだりもしただろ?」

「いやでも、穂波ちゃん私のこと覚えてないみたいだし……」

「だったらなおさら、お前が嫌われる理由なんてない。考え過ぎだ」

「でも…… あ、そうかっ!」

 クイズ番組の解答者がボタンを押すように、絵里奈は自分のふとももを叩いた。

「穂波ちゃん、嫉妬しているんじゃないのかな?」

「はぁ!? 嫉妬!?」

 突然何を言い出すんだコイツは。

 いや、待てよ……

「……あ、なるほどそうか!」

 そうかそうかそういうことか。

 これなら説明がつく。

「ね、ね? 鳴くんもそう思うでしょ?」

「確かにそうだな。……お前、スタイル抜群だもんな」

「はい!?」

「穂波は綺麗な女とか見ても、憧れるんじゃなくて毒づくタイプだからな。同性に対しても好き嫌いが激しいやつだし、困ったものだ」

 うんうんと納得している俺を見て、絵里奈はちょっとだけ頬を膨らました。

「もー! 褒めてもらったのは嬉しいけど、違うって! 穂波ちゃんは…… 鳴くんと仲良く話している私を見て、焼き餅焼いてるんじゃないかってこと!」

 ……フリーズした。

 頭も体も。

「………………はあ!? 何言い出すんだよお前は!」

 焼き餅!?

 何故今その単語が!?

 ……全く意味がわからない。

 穂波が焼き餅?

 いやいや有り得ないだろ。絶対に有り得ん。

「だって穂波ちゃん、あんなに鳴くんのこと大好きだったし……」

「そ、それは昔の話だ! 今なんてむしろ、仲が悪いくらいなんだぞ!?」

「本当に仲が悪い兄妹は、一緒に映画見たり買い物したりなんてしませんよ~☆」

 悪戯っぽく微笑む絵里奈。何だか少し楽しそうだ。

「そ、それはそうかも知れんが…… だからって、お前と俺が話しているくらいで嫉妬なんかするかよ! お、俺と穂波は…… 兄妹なんだぞ! だからそういう関係じゃ……」

「兄妹だから、だよ」

「は!?」

 絵里奈は一瞬真面目な顔をしてそう言ったが、すぐに元のニコニコした顔に戻って続けた。

「鳴くんが言ってる『そういう関係』が何なのかわかってきたかも。 ……だからさ、何も、恋愛感情とか絡んでるとは言ってないでしょ? 休日にお兄ちゃんと2人でお出かけしてたら、急に知らない女が出てきてお兄ちゃんと喋り始めました。しかも、私のことはほったらかしで仲良く楽しげに盛り上がって、さらに3人で一緒に回ろう……ってなったら、お兄ちゃんのことを異性として好きじゃなくても、妬いちゃうとは思わない?」

「だ、だからって、穂波に限って……」

「じゃあさ、もし君達の前に現れたのが私じゃなくて、穂波ちゃんの知り合いの男の子だったら? 鳴くんのことほったらかしでその子と盛り上がってたら、鳴くんはどう思う?」

「どうって……」

 少し想像してみる。


 ――俺と穂波は、今日一日2人きりで楽しんできた。 ……まあ、本音を言うと、俺は楽しかったさ。映画の話くらいしかしなかったけど盛り上がったし。シスコン化の危機さえ除けば、アイツと来て良かったって思ってる。

 ――だが、そこに突然俺の知らない男がやって来て、穂波と楽しく話し出す。……俺をほったらかしにして、2人で盛り上がっていく。揚げ句、3人で回ろうとかいう話になって……


 ――それはやっぱり



「ムカつく、かもな」

 ……認めるしかなかった。

 絵里奈は「でしょでしょ☆」とドヤ顔で頷く。

「まあ、あんまり難しく考えないでさ、もっと単純で良いかもしれないね。誰だって蚊帳の外にされるのは気分よくないし、私も焼き餅ってのは言い過ぎたかも。 ……あ、やっぱり言い過ぎじゃないや。だって穂波ちゃん、あんなに怖い顔してたもんね。鳴くんのこと良く思ってなかったら、あんなに不機嫌にならないよきっと」


 ――そうだったのか。

 穂波もやっぱり、俺と一緒で……

 楽しんでくれていたんだな。


 俺のこと、少なからず……

 良く思ってくれていたんだ。



「あ、あのさ絵里奈、悪いんだけど……」

 最後まで言い切る前に、絵里奈が遮った。

「わかってるよ。最後まで、穂波ちゃんと楽しんできてね☆」

 俺の幼なじみは、俺の言いたいことなど全てお見通しだった。

「あと、私の方こそごめんね、邪魔しちゃって……。鳴くんに会えたのが嬉しくて、つい」

「お前が謝るようなことじゃないって。悪いのは俺だ」

 俺が、無神経だっただけだ。



 俺とケータイのメールアドレスを交換して、絵里奈は去っていった。もうしばらくショッピングモールで買い物するらしい。

 一方の俺は、待っていろと穂波に言われていたが、いても立ってもいられずアイツの元へ向かった。

 謝らなくちゃ。

 お前のことほったらかしにしてごめん。

 お前の気持ち考えないでごめん。

 やっぱり2人で回ろう――って。



 ……おかしい。

 穂波が見付からない。

 レジに行ったんじゃなかったのか?

 レジに列んでいる人々を見ても、穂波の姿は見当たらない。

 買わないことにした服を元あった場所に戻しているのかと思い、女性向け売り場を探して見たのだが……

 やはり見付からない。

 トイレにでも行ったのかと思ったその時、女性向け売り場の一角にポツンと置いてある買い物カゴを見つけた。編み目状のカゴからは、薄いピンク色が見える。

 側に行って上から覗いてみると――

 穂波が着ていた、ロングスカートのワンピースが、そこに入っていた。

「――穂波っ!」

 ケータイがポケットの中で振動した。

 取り出して見てみると、メールが来ていた。……穂波からの。

 その内容は……



『用事思い出したから帰る。アンタはあの女と好きに遊んでください。

 あ、もう電車乗ってるから、追い掛けたりしないでよ?』



 ――あんのバカ!!

 俺は直ぐさま穂波に電話をかけた。

 ……プルルルルという電子音がもどかしい。早く終われ。


 ――前も言ったよな?

『ほっとけるわけねえだろ』って。

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