3月23日(水)兄妹でお出かけ〔3〕
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ファミレスを出た後、俺と穂波は駅前のショッピングモールへと向かった。俺達の地元にはないほど非常に規模が大きいそのショッピングモールは、駅前だというのに駐車場まで完備されていて、電車で来る客も車で来る客も大勢まとめて飲み込む、まるでブラックホールのような場所だった。
中に入ると俺達は、まず衣服売り場から回ることにした。ショッピングモールの入口から、同じ1階にある衣服売り場へと、2人でスタスタと歩いていく。回りを見ると家族連れだけでなく若いカップルも大勢いたので、もしかして自分達もそう見られているのではないかと焦りが出てくる。
――改めて考えれば、俺がどう思おうと、俺と穂波みたいな若い男女が2人で映画見に行ったりファミレスで食事したり買い物していたりする様子は、傍から見ればカップルがデートしているようにしか見えないだろう。俺と穂波は3つも離れているわけだが、はたして何人が兄妹だと正確にわかってくれるだろうか。もしくは、兄妹だとわかった上で、兄妹でイチャついてる変態カップルだと思うのかもしれん。
穂波は俺と違い目が覚めるような美少女だが、血が繋がっているだけあって顔のパーツは俺と似通っているところが多い。髪の色はもちろん、少しキリリとした目や鼻、それに唇など……。どれも若干似ているというだけだが、顔全体的の雰囲気で見るとよく似ていると思われる。まあ、俺をあと7割増しくらいにイケメンにしてさらに女に変換しついでに年齢を3つ下げたのが穂波、という感じだろう。俺と僅かでも顔が似ているなんて穂波は死んでも認めたくないだろうが、両親親戚友人にも言われる客観的事実だ。諦めろ、妹よ。
周りの客からどう見られているのか、考えれば考えれるほどマイナスなことしか浮かばないが、まあいいだろう。どうせここなら知り合いに遭うこともあるまい。どう思おうが、ここですれ違う人々は所詮一期一会の出会いなのだ。関わることもこの先ないだろう。
とは言いつつ周りの視線を気にしながら歩いているうちに、俺達は衣服売り場へと到着した。売り場の真ん前にある、まるで客引きをしている店員みたいに見えるマネキンを眺めながら、俺はふと疑問に思った。
「なあ穂波、お前、先々週の日曜も服買ってなかったか? 母さんと2人で服屋行って、大量に買って帰ってきたろ」
「うるさいわねぇ…… 女の子は服買うのが好きなの! そんなこともわからないんじゃモテないわよ? かわいそー」
まったくかわいそうじゃなさそうだ。哀れむというよりバカにしている。
「う、うるせえよ。お前こそ、そんな……」
お前こそ、そんな態度していると彼氏できないぞ ――という言葉が喉の先まで出てかかり、慌てて飲み込んだ。
――すっかり忘れていたが、穂波は彼氏にフラれたばっかりなんだ。そんな女に投げかける言葉じゃないことくらい、モテない俺にもさすがにわかる。こんな言葉を言ったら間違いなく、この3日間で築いてきた穂波との良好な関係が一気に瓦解してしまう。それだけならまだしも、穂波を酷く傷付けてしまうかもしれない。兄としてというより人として、そんなことは御免だった。
「……いや、なんでもない」
俺は努めて平静を装った。
「? ……変なの」
穂波は若干訝しんでいるようだが、俺が言おうとしたことには気付いていないみたいだ。
――よかったぁ。と、俺は心の中でホッと胸を撫で下ろした。
「じゃ、私はあっちで女物の服見てくるから。買い終わったらメールするわ」
「え? お、おう…… そんじゃあな」
穂波はそそくさと、女性向け売り場へ行ってしまった。俺はその後ろ姿を見つめ、しばらく呆然と立ちすくんでいた。
――――別に、「これ似合う?」「いや、こっちのほうがいいんじゃないか?」と仲良く一緒に服を選ぶことなんて、期待していなかったさ。
――繰り返す。別に期待などしていなかった。ほ、本当だぞ?
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服選びを開始してから僅か15分ほどで、俺は会計を済ませてしまった。グレイのワイシャツやブルーのジーンズなどを買ったのだが、もうちょっと時間をかけてもよかったかもしれない。まあ俺は穂波と違ってファッションに無頓着だから、時間をかけてもあまり良くはならないだろうが。
衣服売り場前の通路に置かれたベンチに腰掛け、買い物終了した旨を穂波にメールすることにした。
実を言うと、穂波のメールアドレスを俺は知らない。穂波が小学校5年生になりケータイを買ってもらったときは、俺と電話番号もメールアドレスも交換したのだが、それから半年と経たずにメールが通じなくなってしまった。元々穂波とはほとんどメールしていなかったが、俺が自分のメールアドレスを変更した時に変更を知らせるメールをあいつに送ったら送信エラーになってしまったのだ。
……つまり、穂波は自分がメアド変更したことを、俺には教えてくれなかった、というわけだ。まあ鳴沢家は全員ケータイの機種が同じなので、電話番号をメアド代わりに使うことができるメールでやり取りができるから、先程もメールを送ることができたのだが。
数分後、返信がきた。おおかた、「わかった」とか「もうちょっと待ってなさい」といった内容だと思ったのだが、少し違った。「今すぐ試着室まで来なさい」だそうだ。
なんで試着室? そう思ったが、試着室に人を呼び付ける理由などこれくらいしかないだろう。つまり……「服着てみたから似合ってるかどうか見なさい」ってことじゃないか。
――おいおいマジかよ。とんだサプライズだぜ。
たかが妹の服装を見るだけなのに、入試会場へ行くかのような緊張を感じながら、俺は穂波の元へと向かった。
ピンクのカーテンに覆われた試着室が、横一列に六つほど並んでいる。そのうち一つの前に、穂波のものと思われる靴が爪先を試着室側に向けてピッタリと揃えてあった。
「穂波、来たぞ」
穂波が試着した姿を見たらしっかりとした感想を言わなければ…… と緊張しながら穂波を呼ぶと、
「ま、待って! まだ着替え中…… あ、開けたら殺すわよ!!」
カーテンの向こうから声がした。
「わかったわかった」
人を呼び付けておいて、自分はまだ着替え終わっていなかったわけですか。まあ別にいいけど。
……それにしても、なんでこんなに緊張しているんだ俺は。穂波の服見てやるだけなのに、妙にドキドキしちゃってよ。
わけのわからない緊張感に苛まれながら、俺は穂波の着替えが終わるのを待ち…… ん? 着替え……?
……意識してしまった。穂波が、この薄っぺらいカーテン1枚隔てた先で、その…… 服を脱いだり着たりしているのだということを。
――穂波の透き通るような肌が、服という防壁を取り去り徐々にその姿をあらわにしていく。
シャツのボタンが外れ、歳相応かそれより少し小さいかぐらいの小振りな胸が、ブラに包まれながらもはっきりとした輪郭を形どり――
シャツが完全に脱がされると、触ると壊れてしまいそうなくらい華奢な肩と腰がさらされ――
スカートがスルスルと下へ降りていき、脚フェチを魅了してやまない細くてしなやかな美脚がついにその全貌を――
ガシャー。
目の前でカーテンの開く音がした。
うわぁぁぁ!!
穂波のあられもない姿を妄想していた俺は、思わず下着姿の穂波が出てきたと勘違いしてしまい後ろへ飛びのく。
「は? あんた何やってるのよ」
「い、いや、何でもない」
俺は何っっっちゅーことをしてたんだ!! 朝立てた誓いをまた破っちまったじゃねえか!! い、妹であんな…… 妹のあんな姿を妄想するなんて!!
「あんた最近よく変になるわね。そろそろ心配になってきたわ」
心配というより呆れている穂波。
「だ、大丈夫だ。そんなことより……」
はたしてどんな服を選んだのだろうか。カーテンの開いた試着室に目をやるとそこには……
――淡いピンク色をした、ロングスカートのワンピースに身を纏った穂波が―― 俺の視線に気付いたからだろうか、少し照れ臭そうな顔をして、後ろで手を組みながら立っていた。
「ど、どう?」
斜め下に目を逸らし尋ねてくる。
「ど、どうって……」
「似合ってるのか似合ってないのかってことよ……」
普段こういう服をあまり着ない穂波だからか、余計にかわいらしく見えた。何と言うか、清純? な感じがする。
「す、すごく…… 似合っているぞ。普段と違っていて、新鮮だし……」
あんまり上手くは言えなかった俺の感想に、穂波はほんの少し満足そうな顔をする。
「そ、そう? 変じゃない?」
「変じゃねえって。よく似合ってるぞ。お世辞じゃねえからな」
実際、そのワンピースは穂波によく似合っていた。思わず見とれてしまうほどに。ロングスカートだから脚の輪郭がよく見えないのが残念だが…… まあ脚フェチは自重してっと。
「あああありがとう……。じ、じゃあ、他の服も選んであるから、ちょっと待ってて。今着替えるから」
そう言って穂波がカーテンを閉めようとすると……
「あれ? もしかして鳴くん?」
左から、明るくて快活な、女の子の声がした。声がする方を向くと……
「ああー! やっぱり鳴くんだ! ひっさしぶりー!」
5メートルほど先から、デニムのショートパンツに薄手のパーカーを羽織った、背が高くて非常にスタイルの良い、ショートカットの美少女が――
「も、もしかして…… 絵里奈!? 絵里奈か!?」
「もしかしても何も、鳴くんの幼なじみの、春川絵里奈だよ~ん☆」
――顔の横でピースを決めながら、こっちへ歩いてきていた。
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「いやー、本当に久しぶりだよね! 小学校卒業して私が群馬に引っ越して以来だから…… 4年ぶり!? そうだよね!? まさかこんなところで遭うなんてさー、超絶びっくりだよー!」
「本当に久しぶりだな! しかもこんなところで再開って…… 偶然ってすげーよなぁ。……ってもしかして、地元帰ってきたのか!?」
「よくぞ聞いてくれましたー! 実はワタクシ…… S橋町へ再び舞い戻ってきたのデス! 引っ越したんだよ!」
「マ、マジかよ! 帰ってきたんだ!」
「そうなんだよー☆ 鳴くん、また一緒に遊べるね☆」
「お、おう! ……そうだな、へへっ」
――何よアイツ何よアイツ何よアイツ何なのよ!! 突然現れてきて何様のツモり!?
兄貴も兄貴よ!! さっきまで私のことジロジロ見てたくせに、あの女に鼻の下伸ばしちゃって、バッッカみたい!! やっぱり胸!? 胸の大きい女が良いわけ!?
――って何で私が兄貴の好みなんか気にしなきゃなんないのよ!!! ありえない! べ、別に兄貴がどこの女に発情しようが勝手じゃない! まったく、何で私が……
兄貴と巨乳女は、まるで私なんかこの場にいないかのようにペチャクチャと喋っている。その様子が気に食わない。
……そ、そう、私はあくまでも、『私をシカトして』楽しそうに話しているアイツらにムカついているわけで、『兄貴と仲良くしている』あの女に嫉妬してたり、『巨乳女に鼻の下伸ばしている』兄貴にムカついているとかじゃないんだから!!!!!!!