3月23日(水)兄妹でお出かけ〔2〕
兄貴と一緒にチケットを買い終わった私は、映画館のグッズ売り場で兄貴に買ってもらうグッズを吟味している。支度に時間がかかった罰で買わせるのだから、高いやつを買わせようかと一瞬思ったけど、すぐさまその考えを打ち消した。もともとグッズには興味なかったし、せっかく兄貴から買ってやるって言ってくれたのにいじわるなことをするのは気が引けたからだ。それに……
兄貴が私に買ってくれるものなら、なんだっていいから欲しいな。
…………ななななーんて嘘だよーん(?)
そそそそんなこと微塵も考えてないし? 強いて言うなら、タダで貰えるものなら何だって貰っときな的な貪欲精神だし? べ、べつに兄貴からプレゼント貰えることを喜んでるわけじゃないんだから!!
私は頭に浮かんだありえない思いを必死に掻き消し、グッズ選びを再開した。やっぱりどうせなら、自分が気に入ったものを兄貴に買ってもらおう。そう思い私は、当初よりも真剣に商品棚を見回した。
デビル・バスターのグッズは、携帯ストラップやクリアファイルから、ぬいぐるみや抱き枕まで多種多様に揃っている。種類が多過ぎて、逆に決まらない。そうこうしているうちに、デビル・バスター上映まであと10分を切ってしまった。
「どうせなら、俺も何か買っとこうかな」
時間が迫っているのに気付いてないのか、隣で兄貴はのほほんとしている。まったくこれだから、今日の朝も電車乗り遅れそうになるんだ。
ふと、兄貴が何を買うのか気になって、手元を覗いてみた。兄貴は、劇場版デビル・バスターのメインキャラがプリントされた携帯ストラップを手に持っている。
「お、これ良いな。ちょうど携帯ストラップ付けてないし、穂波、俺これ買うわ」
兄貴は一瞬で買う品を決めてしまった。携帯ストラップを手に取り私の顔の高さでちらつかせた。
「あっそう。ま、まあ、好きにすれば?」
携帯ストラップか…… カメラを使うときに邪魔になるからと付けない友人がいたが、私はカメラはあまり使わないほうだし、ケータイに付けないにしてもカバンとかに付けられる。
最初はそんなに興味がなかった携帯ストラップが、兄貴が手にしてからやけに魅力的に見えてきた。
……べべべ別に、兄貴とお揃いにしたいから欲しいとかじゃないし! もう時間もないことだし? 私もそれでいいかなーって何となく思っただけなんだから!
深い意味なんてないけど、私も兄貴と同じストラップを買おうと思った。本当に、深い意味なんてないんだから!
「じゃ、じゃあ私もそれ……」
「お、穂波、これなんか良いんじゃねえか? ほらお前、ちょうど目覚まし時計壊れたばっかだろ?」
そう言って兄貴が手に取ったのは、デビル・バスターのマスコット的なキャラ、『エリー』という黒色で丸っこい形の悪魔を模した、目覚まし時計だった。エリーは私の中でも1、2を争うほど好きなキャラだったし、この目覚まし時計のデザインもなかなか良い。兄貴の言うとおり今の私は目覚まし時計を持っていない。こんなグッズが売っていることに気付いていたら、さっきまでだと間違いなくそれにしたと思う。けど……
「で、でもそれ、高くない?」
「そうでもないぞ。1500円しかしないみたいだし」
「あ、えーっと……」
「いいぞ別に。1500円くらいなら遠慮しなくったって」
違う。遠慮とかじゃなくて、何だろう…… よくわからない。
……そもそも、私が携帯ストラップを選ぶ理由なんてとくになかったわけだし、ここで目覚まし時計買ってもらうのが普通ってものよね。エリー大好きだし実用的だし元々持っていた目覚まし時計壊したばっかりだし。けど……
「うん。じゃあそれにするわ。ありがとね」
内心の葛藤を悟られないよう、あっさりとした口調で、私は目覚まし時計を買ってもらうことを決めた。
……べつに、携帯ストラップのほうがよかったなんて、これーっっぽっちも思ったりしてないんだから。
☆☆☆
「やばかったよな! めっちゃ面白かったよな!?」
「そうね! あれはここ数年で見た映画の中で1番面白かったわ!」
映画を見終わり昼食を摂ることにした俺と穂波は、映画館近くのファミレス店内で、劇場版デビル・バスターの感想を言い合っている。テーブルの上には、穂波が頼んだピザと俺が頼んだ海鮮風ドリアが乗っかっているが、俺と穂波は話に夢中で食事にはあまり手をつけていなかった。
お昼のかきいれ時なだけあって、店内には家族連れや若い男女やスーツ姿のサラリーマンなどがごった返している。回りのお客達も大声で会話しているので、俺達兄妹も遠慮なく盛り上がることができた。
「シャドウが捨て身でバリーからアスカを庇ったときなんか、本当に感動ものでさ」
「そう? 私にはあの展開予想できたけど…… あ、でも、バリーのナイフがシャドウの胸に刺さったときは冷や汗かいたけど、アスカがプレゼントしていたお守りが身代わりに刺さっていたのには驚いたわ。すごくホッとした」
「……それこそ予想できたんじゃないか?」
時刻はまだ12時30分。午前中に映画を見終わった俺達は、昼飯の後に近くのショッピングモールで買い物をする予定だ。せっかく遠出するんだからついでに買い物くらいしていこうと、俺と穂波は昨日そう決めていたのだ。
映画は予想以上に面白く、俺達は未だに興奮を抑えきれないでいた。行きの電車の中よりも喜々として会話を楽しんでいる。どうやら穂波も、かなりの上機嫌みたいだ。グッズを買い終わって場内に入ったときは心なしか不機嫌そうに見えたのだが、今はそんな心配はない。映画だけじゃなく俺との会話も楽しんでいるようだ。
お互い頼んだメニューを食べ終えた後も、俺達は10分以上会話していた。内容はほとんどデビル・バスターの話だったが、まあ上出来だ。穂波と少しは仲良くなれているなと実感できたからな。そして、そろそろ店を出ようかという話になったとき……
「アンタ、顔にソース付いているわよ」
「え?」
「ほら、ここ、ここ」
そう言って穂波は、自分の右頬をちょんちょんと指指した。ソースってことは、ドリアにかかっていたホワイトソースのことか。俺は慌てて紙ナプキンをテーブルから1枚取り出し、自分の右頬を拭ったのだが、
「違うわよ、逆逆。私から見て右だから、アンタからしたら左頬」
「あ、そうなの? じゃあこっちか…… 取れた?」
「全然取れてないわよ。もっと下」
「ん…… どう?」
「取れてないって。しっかりしなさいよ」
「……ああもう、穂波、取ってくれ」
面倒臭くなり、俺は穂波に持っていた紙ナプキンを差し出した。
「はあ!? し、仕方ないわね…… ほら、じっとしていなさい! ……まったく、なんで私が……」
断られるとばかり思っていたのだが、穂波はぶつぶつ文句を言いながらも紙ナプキンを受け取ってくれた。怒っているというよりは、なんだか照れ臭そうだ。俺は言われたとおりにじっとしていると…… テーブルに乗り出した穂波の顔が、俺の顔の前にだんだんと近づいてきた。
……やばい、地雷踏んだか? なんだか緊張してきちまったじゃねえか。
これは顔に付いたソースを穂波に取ってもらうだけ、それなのに俺の心拍数がどんどん上がっていく。
そういえば、穂波の顔も若干赤い。あいつも、緊張しているのか……? いやいやまさか。俺達は…… 兄妹なんだぞ!
穂波の顔が俺の視界を埋めていく様に耐え切れず、ギュッと目を閉じた。そのすぐ後、俺の左頬に紙ナプキンが押し付けられるザラザラとした感触がした。
穂波が俺の頬っぺたに…… それってなんだか、恋人同士みたいじゃ…… などと、些細なことなのに大袈裟に考えてしまう。
「はい、取れたわよ」
――ようやく終わったぁ!
ソースを拭ってもらうだけのはずだったのに、妙に長く感じてしまった。目を開けると、元の位置に座って少々不機嫌そうな顔をしている穂波が目に入った。
「お、おう…… サンキューな」
何だよこれ…… まるで付き合いたての初なカップルみたいじゃねえか。
気まずい空気から逃れるように、「そろそろ行こうか」と俺は退出を提案した。