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あいまいっ!  作者: 遠山竜児
第1章:曖昧な兄妹
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3月23日(水)兄妹でお出かけ

 時刻は深夜0時を回っている。

 部屋の明かりは消したけど、窓から入ってくる街頭の明かりが、ベッドの上の私を照らす。

 早く眠りたいのに、頭が冴えて眠れない。昨日の夜眠れなかった分長く昼寝しちゃったのも原因かもしれない。

 あのときから……

 一緒に映画行こうと兄貴に誘われたときから、私の心は手綱たづなをなくした馬みたいに制御がきかないんだ。考えたくなんてないはずなのに、兄貴の姿ばかりが目に浮かぶ。

 映画観に行きたいけど1人じゃつまらないって言ってたから、本当に仕方なくついでに一緒に行ってあげようかって思ったのに、まさか兄貴のほうから誘ってくるなんて……

 びっくりして変な失言までしてしまった。ついでにかりんとうも……

「くすっ」

 思わず笑ってしまう。兄貴には悪いことしたなって反省してるけど、今思い出すとなんだかすごくおかしい。おでこにかりんとうぶつけられて「グハァァァ!!」だって、ふふっ。

 兄貴は本当に、なんとなく誘ってみただけなんだろうか。私も男心ってやつはわからないし、まあどうでもいいか。

 昨日の夜同様に兄貴が眠りを妨げているけど、今夜はなんだか穏やかな気持ちでいることができた。



☆☆☆


「ほら、早くしなさいよこのグズ!! 電車遅れちゃうでしょ!!」

 日は既に出ている、朝7時45分。穂波が1階から急かしているのが嫌でもわかる。その声にはやはりイライラがにじみ出ていた。

 ――マズイ、早く支度完了させなきゃ。

「すまん今行く!」と、シャツのボタンを留め終えるなり荷物を引っつかんで自室のドアを開け放ち、俺は慌てて階段を駆け降りるのだった。


 今日は朝から、穂波とデート…… じゃない嘘だ違うありえない。穂波と2人で映画を見に行くだけだ。ついでに昼飯も一緒に食べてくるだけで、ついでに買い物とかも一緒に行く予定になっただけで、決して男女のアレコレではない。

 ――世間一般にはそれをデートと言うんじゃないだろうかと、ほんの一瞬微細で不粋な考えが頭を過ぎったが、大丈夫。

 なぜなら、穂波は妹だから。

 これはあくまでも「家族でお出かけ」ってやつだ。今日はたまたま両親が不在だが、そこら辺の仲が良い家族となんら変わりのないことをするだけ。

 一通り自己正当化を終えたところで、玄関で靴を履いている穂波の斜め後ろに降り立った。

「もう! 遅いじゃない! 何やってるのよ!」

 穂波は玄関の段差に腰掛け靴の紐を結んでいるので、こっちに顔を向けず文句を言ってきた。

「す、すまん。財布探してたんだ」

 今日は6時半には起床して、それよりも前に起きていたらしい穂波が作った朝飯を食べ、時間には余裕があったはずなのに……

 財布が見つからずに探し回っていたのだ。我ながら恥ずかしい。結局、机の引きだしの奥に隠れるように入っているのをついさっき見つけたわけだが。

「もう、このバカ兄…… あれ? 解けない?」

 穂波の靴紐を覗き込むと、何やら堅結びになっているようだった。紐を解くのに悪戦苦闘している。

 お前こそ、何やってるんだか…… と穂波の斜め後ろからその様子を見ていると……

 黒いニーソックスに包まれた穂波の脚に、目が行ってしまった。さらに視線が移り、白を基調とした少々短めのスカートと黒ニーソで区切られたふともも回り――

 いわゆる『絶対領域』にも。


 アウト…… じゃないギリギリセーフ。

 けっこう危なかったが、なんとか持ちこたえた。思慮道徳理性など善の感情をフル動員したうえ、機動隊が凶悪犯を取り押さえるかのように必死だったけど。

 朝っぱらからアウトなんてしてたら、今日一日持つわけもない。ここで真人間の道を踏み外すわけにはいかなかった。


 妹が好みど真ん中の脚をしているというのは、幸運なようで実は限りなく不幸な事だ。いつも見つめられるほど近くにいるのに、妄想に使うことは決して許されないからだ。

 もしこれが、クラスメートや幼なじみや先輩やら後輩やらの脚だったら、遠慮なく脳内で触りまくれるのに……

 内心名残惜しくも、俺は穂波の美脚から目を逸らし、今日一日決してあいつによこしまな感情を抱くまい、と心に誓うのだった。



☆☆☆


俺と穂波が乗り込んだ数秒後、「プシュー」と音を立て、電車のドアが閉まっていく。ふう、なんとか間に合ったな。

 車内には空いている席がいくつかあるくらいで、2人並んで座れそうな座席は一カ所しか見つからなかった。穂波がそのうちの一つに座ったので、俺はその座席の左隣りに腰をおろし、ホッと一息ついた。

「危なかったわ…… まったく、アンタのせいなんだからね! わかってる!?」

「お前だって靴紐解くのに5分も使っ……」

「ああ!? なんかいったかしら?」

「……なんでもありません」

 右隣りの穂波に一睨みされ、何も言い返せない。まあ、実際に俺のほうが財布探すので時間喰ってたわけだし、悪いのは俺だよな。

「ホントにバカ兄なんだからアンタは……」

 俺の隣でぷくっと頬を膨らます穂波。マズい、家を出たときよりも不機嫌そうだ。

「まあそう言うなって。向こう着いたらなんかおごってやるから」

「え!? ……じゃあ、劇場グッズも?」

 物で釣られるのかよ。現金なやつだな。

「わかったわかった。あんまり高くないやつな」

「う、うん! じゃなかった……し、仕方ないわね。アンタがそこまで卑屈になるんだったら、それで許してあげるわよ」

 一瞬嬉しそうな顔を見せたが、すぐにツンツンとした顔に戻った。

 本当に素直じゃないやつだな……

 てか、そんなに劇場グッズが欲しかったのか? 昨日はグッズの話なんて少しもしていなかったけど。


 走り出した電車の中、俺達は『デビル・バスター』の話でそこそこ盛り上がった。やっぱり共通の趣味の話題は、ここ数年あまり会話をしてこなかった兄妹同士でも効果があるらしい。

 今日俺達が行く映画館は、鳴沢家の最寄り駅であるB駅から、電車で40分ほどのところにある。本当はもっと近くに映画館があるのだが、穂波が知り合いに遭遇したくないからというので遠出をすることにしたのだ。

 ……いやまあ、あれだけ正当化しておいてなんだが、たしかに兄妹2人で映画見に行くところは見られたくないよな。それに、俺みたいなやつを彼氏だと誤解されるのもこいつは嫌だろうし。

 なんだか複雑な気持ちの俺と、不機嫌だか上機嫌だかわからない穂波を乗せて、ガタンゴトンと電車は揺れる。


 電車がB駅を出てからけっこう時間が経ち、俺と穂波の会話も減ってきた。普段あんまり会話をしてこなかった溝は、そう簡単には埋まってくれない。

 ――思えば、本当に久しぶりだった。昨日今日とあれだけ会話をしたのも、穂波と2人で出かけることも。

 俺のほうから穂波に話し掛けることはよくあったが、穂波の返事はいつも一言二言で会話にまで発展しなかったし、家族でどこか出かけることはあっても穂波と2人きりでなんて、そもそもあったかどうかも疑わしい。

 お互い無言になった少し後、穂波がケータイをいじくりだしたので、俺もケータイで友達のブログでも見ようかと思い、ズボンの右ポケットにケータイを取り出そうと手を伸ばしたのだが……

 穂波のふとももが、目に入った。俺のすぐ右隣りに座っている穂波。その黒ニーソに包まれた膝が―― 俺の膝と触れ合うくらい近くにある。

 ……やばい、意識してしまった。というより、今まで意識しなかったのがもはや奇跡だ。それほどまでに俺と穂波は密着しているのだから。電車の座席だから当然だが、この距離はマズイ。……かと言って席を立つのも不自然だし……

 俺は脳ミソフル回転で打開策を思案した。こういうときに限って、席に座りたそうなご老人などが一人も見当たらない。俺は自分の不幸と浅はかさを呪った。穂波の隣になど座るべきじゃなかった。多少不自然でも、初めから立っておくべきだったのだ。

 ……これじゃあの時の二の舞じゃねえか。裸足で家を飛び出した穂波を、おんぶして帰った時と……

 あの時の感覚が蘇る。俺の背後に密着していた穂波。やわらかい感触がして、熱っぽい息がして、良い匂いがして…… 甘酸っぱい、なんだろう……柑橘系の良い香りがしてたな……


 …………やっちまった。

 ……アウト。

 完璧アウト。

 …………脚だけじゃなく、隣にいる穂波の匂いまでも意識してしまったから。

 ……甘酸っぱい香りが、俺の鼻をくすぐる。


 ガァァァアアア!!!!

 俺の、バッカヤローーー!!!!


 耐え切れずに席を立ち上がる。限界マジ無理ホント無理。兄が兄でなくなり妹が妹でなくなる俺はただの変態じゃなくてシスコンのレッテルを貼られたド変態になり家族からも友人からも蔑まれ絶望的になり死……

「ちょっとバカ兄、降りるんでしょ? さっきから何ぼーっと突っ立ってるのよ」

 精神崩壊を起こしかけ絶望的な妄想を繰り広げていた俺は、穂波の声で我に返った。開いた車内ドアから見える駅のホームの看板は、俺達が降りる予定のW駅に着いたことを知らせていた。

「た、助かった……」

 実際には既にアウトしていたのだが、なかったことにした。人は忘れることで前に進めるのだよと、悟りを開いたような気持ちで自分に言い聞かせ、怪訝な顔をしている穂波と一緒に俺は電車を降りるのだった。

次回、タカトシの幼馴染に遭遇して穂波が!?

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