3月22日(火)兄貴の夢〔2〕
「国連って…… 国際連合のこと?」
国際連合については、学校の歴史の授業で少し触れたぐらいの知識しか私にはなかった。
「そう。国際連合のUNHCRって機関に入って、あ、UNHCRっていうのは難民に関する色々な問題を解決していく組織なんだけど、そこでさ、人を救う活動がしたくてね」
自分が将来やりたいことを話しているからだろうか、兄貴のテンションが上がってきたらしく、早口になる。
「いやまあ、最終的には世界の貧しい国々で活躍できればいいから、他にもいろんな組織とか機関とかにも興味あるんだけどさ。とにかく、実際にその国に行って、その場所で仕事がしたいんだ」
「そうなんだ………。 だからアンタは、こういうニュース見てるとき目がマジになってるのね」
「そう? ……ああ、そうかもしれないな。今の俺にはそういう国や人のためにできることはあまりないけど、いつかは絶対やってやる、的な意気込みっつーか、そーゆーこと思いながら見てるって感じだ」
再びスプーンを手に取り、兄貴はシーフードカレーを口に運んだ。テレビの画面はすでに、B級グルメ特集のコーナーに移っている。
――知らなかった。兄貴が、そんな立派な夢を持っていたなんて。
勉強が得意な兄貴は、県内でも有数の進学校に通っている。しかし、中学3年生になるまでの兄貴は勉強がまったくできない、いわゆる落ちこぼれだったのだ。それが受験が近づくに連れてどんどん伸びていったらしく、最終的には、絶対無理だと親にも先生にも言われた志望校に合格した。
それからの兄貴は、よく私に『勉強教えてやろうか』と聞いてくるのだが、その押し付けがましい感じが嫌いで、私はほとんど断ってきた。だから、兄貴の頭が良いところは好きじゃなかったのだけど……
「兄貴はさ、なんでそういう夢を持ったの?」
「そうだな…… 中3のとき、たまたま見たテレビの特番がきっかけかな。たくさんの国が、内戦や飢饉で苦しんでいる実情を見て衝撃を受けて、それから俺がなんとかしなくちゃって思った。だから勉強頑張ってさ、世界の問題を理解していって役に立てようってなったワケよ」
――やっぱり、そうだったんだ。
兄貴が急に勉強できるようになった理由は知らなかったし、興味もなかったんだけど……
真相を知ったこの瞬間、自分の兄貴が何だか誇らしくなった。私はまだ明確な夢とか目標とかを何も持っていないのに、兄貴はしっかりと将来について考えているし、しかも、貧しい国々の人を救う、だなんていう立派な夢を持っているんだ。
カッコ良い……
思わず、そう思ってしまう。けど……
別に、いいや。立派な夢に向かって真剣に考えている人間をカッコ良いと感じるのは、たとえ相手が自分の兄貴でも、自然なことだと思う。
私は素直に、この自分の感情を受け入れることができた。兄貴はカッコ良い、と思う感情を。あくまで、立派な夢を持っているってところだけの話だけど。
「……ま、まあ、なかなか良い夢だと思うわ。だから…… が、頑張ってね……」
うう、は、恥ずかしい……
こんなに恥ずかしいのに何で言っちゃうの?
私バカなの? 死ぬの?
頭が丸ごと火の玉になったかのように、自分の顔が熱くなっているのがわかる。恥ずかし過ぎて、兄貴の顔をまともに見られない。
「え、が、がん……? あ、えーっと…… お、おう! 頑張るからな。ありがとよ」
兄貴の顔もほんのり赤らんできた。やっぱり兄妹だからか、変なところがそっくりだ。
結局また、食卓は静かになってしまった。私はシーフードカレーを食べ終わるまで、テレビをただ何となく眺めているしかなかった。