傷
そういえば、クスノキってどんな木だっけ。
クスノキを目指せと言われてそのまま歩いてきてしまったけれど周りにある木はどれも全て同じに見える。
この木かな。
そう思って葉を見ると、扇が二つに割れたような形をしていた。
これはさすがにわかる。
イチョウだね。
さっきまでは息も切れ切れ学校を目指していたわけだが、もうとっくに間に合わない時間になってしまった。
今日のテスト、必修だったのに…
まぁ。いいか。こんなこともあるよね。死ぬわけじゃない。
諦めが早いのが私の取り柄。
周りから、絶対そこは諦めたらダメでしょう、という声が聞こえてきそうだけど、今の私にはテストよりもクスノキの方がよっぽど気になる。
私は成り行きに任せてクスノキを探してみることにした。
それに、第一、クスノキが見つからなかったら駅にはたどり着けないし。
ひんやりとした風が頬をなでていく。
なんだろう。すごく懐かしい気持ちになってきた。
神社には小さい頃は夏祭りや学校帰りに良く遊びに言ったりしたけれど、大学生になってからは一度も着たことがなかった。
今日この神社を突っ切ろうと思ったのも不思議なくらいだ。
お母さんに聞いた話だと、この神社の神主さんはすごくいい男らしい。
お母さんのストライクゾーンは広いから、どの程度信用性のある情報かはわからないけれど…
まぁ、確かに神主の息子を見る限りでは並み以上なんじゃないかと思う。
本当は小さい頃一度会ったことがあるはずなんだけど、私の記憶には残っていない。
なんでも私が神社で遊んでいる時に階段から落ちたんだそう。
その時私を送り届けてくれたのが神主さんだった。
いまでもその時の傷が左手の親指の付け根に残っている。
どんな落ち方をしたのかわからないけれど、この傷以外は目立った怪我はなかった。
でもその時の記憶はすっかり抜け落ちてしまっている。
病院では、落ちた時のショックで記憶がなくなることはよくあることらしい。
精密検査をした結果も正常だったからすぐに家に帰ることができた。
この傷を見るたびに何か大切なことを思い出そうと記憶を探る私がいる。
早く思いだせたらいいのに。
その何かは嫌なことではなくて、とても心地の良いことだって本能でわかっている。
だから思いだせなくてイライラすることはあっても、不思議と傷を見ても不快に思うことはなかった。




