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違和

久しぶりに鈴を外に出してやった。

ここのところ、ずっと家に引きこもりだった俺につきっきりで、退屈そうにしていた。

たまには猫孝行でもすべきだと、気まぐれい思ったからだ。

俺には孝行できる存在は鈴しかいない。


鈴は俺から離れることが嫌なのか、しばらく頑として動かなかった。


わかったよ。俺も一緒に外へ出るから。



鈴を抱き、久しぶりに外へ出ると、クスノキが青々とした葉を誇示している。

暖かい風が着流しの裾や襟元から入り、からだに沿って流れていく。

確か、前回外へ出た時は色のない枝に厭らしいほどに眩しい雪が乗っていた。



鈴は、俺がすぐに家に入らないことをちらりと確認し、安心したのか俺の腕から飛び出す。

だいぶ猫らしく振舞い始めた。

ずっと一緒にいると、こいつが猫だということを忘れてしまう。

いや、俺が人間だということを忘れているのかもしれないし、鈴が自分のことを人間だと思っているのかもしれない。


どちらにしても俺と鈴は同じ世界に生きているということだ。

それでいい。

それがいいんだ。


鈴は蝶を追いかけて境内の方へと走っていく。

視界の片隅に常に鈴を入れながらも、久しぶりの外の空気と自分の吐きだす空気を同じ濃度にしようと心を落ち着かせる。

外に出ることは俺には億劫なことこの上ない。

人の気配が漂う世界に幼い頃から拒絶反応を示す。


さっきは心地よく感じたあの風も、今ではもう不快にしか思えない。

目を瞑ると額から汗がにじみ出る感覚が鮮明に感じ取れる。

毛穴から水分が出てくるその一瞬も感じ、余計に気分が悪くなる。


「…鈴」


辛くなると鈴を呼ぶ。

鈴はどんなに遠くにいても、俺が呼べばその滑らかな毛並みを俺の手に摺り寄せてくる。

それだけで俺は気分が随分良くなる。


早く、俺のところへ来てくれ。


「鈴…?」


もう一度鈴の名前を呼ぶが、来る様子がない。目を開けるだけでも苦痛を伴ったが、鈴に何かあったのではと不安になり、ヨロヨロと立ち上がる。


「鈴、どこにいるんだ?」


境内の前まで歩いてやっと見つけた。

鈴は変な女と遊んでいる。

あいつが俺以外の人間といるところなんて始めて見た。


「鈴」


多分、俺はそう言った。

心臓はとち狂ったように鼓動を刻み、全身の血液が逆流しているような錯覚に陥る。

ますます気分が悪くなってくる。

もう、意識に何もかもがひっかからない。

早く、鈴に触れたい。


鈴は変な女の攻撃をかいくぐり、俺のもとへ駆け寄ってきた。

その様子が必死で、まだ俺は捨てられたわけじゃないと少し安心した。


俺以外の人間に触らせているとこ初めて見た。


鈴に向かってそう言ったはずが、変な女は勘違いしたらしい。

振り返って俺たちを見る。

久しぶりにこんな近くで人間を感じ、不快感は募る。


うざい。こっち見んな。


鈴の毛並み、甘えた声に集中し、この場を離れることに専念する。


「ちょ、ちょっと待ってください」


変な女が呼び止める声がする。


うざい。


うざい。


何?と言って振り返ると変な女は金魚のゆい口をパクパクさせていた。


「お前、何?うざい。消えろ。」


それだけ振り絞り、変な女から離れていくと、少しずつ意識がはっきりとしてくる。

鈴が申し訳なさそうな目で俺を見て鳴く。


無事にここにいてくれればいいんだ。


鈴の頭をなでてやる。



そして気がついた。


なんで俺はあの女に呼び止められて振り返ったりしたんだ。


なんで俺はあの女に向けて言葉を発したんだ。



もう一度鈴は鳴き、俺の胸に頬を摺り寄せた。



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