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マット売りの少女がドアマットヒロインの幻を見てマジ切れするお話

掲載日:2026/03/09

「マット、マット、ドアマットはいかがですか? 泥も雪もきれいに落としてくれる、上等なドアマットはいかがですか?」


 新年も明日に迫った昼下がり。少女が物売りをしている。年のころは10代前半。くすんだ茶色の髪に、粗末な服を身にまとったその姿はどこか見すぼらしい。そんな少女が雪のちらつく中、懸命に呼びかけている。

 

 ドアマットを売り歩くとは珍しい。時折、物珍しさにひかれて目を止める者がいる。だがそのほとんどが一瞥しただけで視線を逸らす。

 少女が手に掲げているバスケットに収められた織物のドアマット。凝った模様が織られたそれは、売り文句通り上等なもののようだ。しかし、バスケットに張られたその値段は、平民が興味本位で買うには高く、貴族が使うには少々安いという中途半端なものだった。

 この年末にわざわざ道端で、微妙に高価なドアマットを買おうとする酔狂な者なんて、めったにいるものではない。寒さも厳しく、雪がちらつき始めている。なおさら足を止める者はいない。

 好奇の目が向けられることはあっても、声をかける者はほとんどいない。実際に買う者となると皆無だ。それでも少女は諦めることなく、声をかけ続けた。




「ドアマットものの小説が流行っているからといって、本物のドアマットが売れるわけじゃないのに……!」


 日もだいぶ傾いた頃。疲れ切った少女は路地裏に入って一休みしていた。口からこぼれ出たのは、この状況に対する不満だ。

 確かに今、この王都ではドアマットが流行っている。しかしそれは家の出入り口に敷く実用品ではなく、恋愛小説のジャンルのことだ。

 

 何らかの事情で周囲から虐げられるヒロイン。ドアマットのようにその存在を踏みにじられることから、『ドアマットヒロイン』と呼ばれることがある。現在、この王都ではそうした恋愛小説が流行っている。理不尽な状況にあるヒロインが一転して幸せになるという、劇的な展開が好まれているのだ。

 でも、だからと言って、家の出入り口に敷くドアマットが売れわけがない。


「ドアマットを売ってこい! 全部売ってくるまで帰ってくるな!」

 

 家具屋の親方にそう言われ、寒空の下に放り出された。少女は孤児だ。家族はいない。どれほど理不尽であっても、雇い主の親方には逆らえない。

 10年前、この王国では魔王軍との戦いがあった。勇者の登場によりかろうじて勝利を得たが、王国の負った傷は深く大きいものだった。戦災孤児が王都に溢れ、孤児院はどこも満員だ。家具屋を追い出されたら行き場はない。

 

「ああ、寒い……寒い……」


 それでもこの寒さは耐えがたかった。暖を取らなければじきに動けなくなる。少女はマッチを持っていた。そしてバスケットの中にはたくさんのドアマットが入っている。重くてかさばって、なかなか売れない可燃性の織物。

 

「よし、燃やそう」


 少女はきっぱりと決断した。ここで寒さに震えていてもらちが明かない。全部売って来いとは言われたが、一枚くらいなら何とかごまかせるかもしれない。なにより、もう寒さに耐えられそうもなかった。迷っていれば命に関わる。

 少女はドアマットを地面に置くと、マッチで火をつけた。燃えさしがないので火が点かないのではと心配したが、織物性のドアマットは意外なほどよく燃えた。

 それほど大きな火ではない。それでもこの寒空の下、何よりもかけがえのない暖かさがあった。夢のようなぬくもりだった。

 そうして火にあたっていると、不思議な光景が目の前に浮かんできた。

 

 

 

 瀟洒な庭園の中に設えられたガゼボ。そこに小さな嗚咽が響いていた。

 美しい銀の髪の少女がテーブルについていた。貴族の令嬢のようだ。

 なぜ泣いているかと言えば、つい先ほど婚約者から冷たい言葉を投げかけられたからだ。

 

「お前のようなつまらない女といるのは時間の無駄だ!」


 そう言って婚約者は立ち去った。

 婚約者は伯爵子息。令嬢は子爵令嬢。爵位が上の婚約者には逆らえない。

 婚約者は眉目秀麗で成績優秀、それに加えて魔力も高く、魔法の扱いにも長けている。学園でも人気が高く、いつも女子生徒たちに囲まれている。

 令嬢は真面目なだけが取り柄の地味な少女だった。成績はそれなりによかったが、魔力は並程度。目鼻立ちはそれなりに整っているが、華というものがない。婚約者のそばにいる見目麗しい令嬢たちにはとても太刀打ちできない。

 

 婚約者に好まれなくてもこの婚約を解消することはできない。貴族の婚姻は家同士の取り決めであり、個人の感情で左右できるものではない。それに、爵位が上の者に逆らえばどんな報復を受けることになるかわからない。

 

 どんな扱いを受けようと、家のために我慢するしかない。それでもつらい気持ちに変わりはない。婚約者は令嬢の涙を嫌う。だから一人になったとき、こうして声を押し殺して泣くのだ。

 

 ドアマットのように踏みにじられても、耐えるしかないのだ。




「ふざけんな!」


 マット売りの少女は叫んだ。庭園のガゼボは消えた。少女は先ほどと変わらず、薄暗い路地裏にいた。

 

「金持ちとの結婚が決まったら! 幸せにになんなきゃだめでしょ!」


 マット売りの少女は夢を持っていた。孤児の自分が手っ取り早く幸せになる方法は、金持ちに見初められて玉の輿にのることだ。現実にそんな幸運が訪れることなんて、まずありえないことはわかっている。それでも、そんなことを夢見ていなければ、つらい毎日をやり過ごせないのだ。

 そんな少女にとって『自分より金持ちの男と婚約したせいで不幸になる』というのは、受け入れがたいことだった。


 燃え尽きたドアマットを何度も踏みつけた。

 そうするうちになんとか気持ちも鎮まった。落ち着いてくると、今見た光景は何だったのだろうと考えた。

 少女はドアマットものの恋愛小説を読んだことがない。彼女にとって本は手の届かない高級品だし、そもそも字だってそんなに読めない。それでも、ドアマットものがどういう内容なのかは噂話でだいたい知っていた。

 今見たのはその『ドアマットヒロイン』だった。

 

 先ほどまで寒さに震えて気が遠くなっていた。ドアマットを燃やして暖をとるうちに、どうやらドアマットから連想してあんな幻を見てしまったらしい。

 

「あたしはあんな風にならない! 金持ちと結婚して、絶対幸せになってやる!」


 火で暖を取ったことで少しは体力が回復し、腹が立ったことで気力も取り戻した。

 少女はドアマットを売るために、大通りへ向かった。

 

 


「……やる気になったからと言って売れるものでもないよね……」


 日も暮れ始めた頃、少女は再び路地裏にいた。あれからドアマットをどうにか売りさばこうと頑張ってみたが、もともと大して需要がない商品な上に場所が悪ければ時期も向いていない。頑張ったところで急に売れるわけがなかった。

 雪の降りも強くなり、もう積もり始めている。寒さに耐えるのも限界が来た。再びドアマットを燃やして暖を取らなければ命に関わる。少女は迷うことなくドアマットに火をつけた。

 全然売れなくて忌々しいドアマットだったが、こうして燃える分には暖かで心地よかった。

 炎の揺らぎはどこか幻想的で、また何か幻を見てしまいそうだと思った。

 

 

 

「なにをやってるんですか、このグズ!」


 貴族の住まう豪華なお屋敷の廊下。そこで見すぼらしい姿をした少女が、ドレスで着飾った令嬢から叱責を受けていた。

 近くには倒れて水をこぼしたバケツがある。そのことを叱られているらしい。

 少女は本来、こんな扱いを受ける身分ではない。この貴族の家の直系の娘であり、叱責している令嬢は義理の妹だ。

 

 かつてこの家には美しく聡明な夫人がいた。しかし不幸にも病に倒れてしまった。治療のために高価な薬を買い求め、家は莫大な借金を背負ってしまった。夫人は不幸にも回復せず、そのまま命を落としてしまった。

 そんな窮地の時、援助を申し出て再婚したのが今の義理の母だ。義理の母には娘がいて、義理の妹となった。

 義理の母も妹も、少女のことを目障りに思っていた。そして少女のことを下女のようにこき使い、ことあるごとに意地悪してきた。

 

 このひっくり返ったバケツもそうだ。義理の妹は、わざわざ少女が掃除しているところにやってきて、意図的に足を引っかけてバケツをひっくり返したのだ。

 口答えすれば鞭で打たれる。立場の弱い父は守ってくれない。家の使用人たちも義理の母の支配下にある。味方はいない。

 少女は情けなさとつらさのあまり、涙をこぼす。義理の妹はそれを見て嗜虐的な笑みを浮かべると、よりいっそう激しく少女をののしった。

 少女はこの家を逃げ出すこともできない。頼れる当てはいないし、大好きな母が守ってきた家を離れるのも嫌だった。

 

 ドアマットのように踏みにじられても、耐えるしかないのだ。



 

「めちゃくちゃむかつく!」


 マット売りの少女は叫んだ。幻は消えた。少女は先ほどと変わらず、薄暗い路地裏にいた。


「義理でもなんでも、家族になったなら仲良くしなさいよ!」


 マット売りの少女は孤児だった。つらいのも苦しいのも、家族がいないからだと思っていた。現実の家族がみな幸せとは限らない。それでも、家族がいることはとてもいいことなのだと思っていた。

 

 そんな少女にとって、『義理とはいえ家族に虐げられて不幸になる』というのは受け入れがたいことだった。

 

 燃え尽きたドアマットを何度も踏みつけた。


「あたしはあんな風にならない! 仲良し家族を作って、絶対幸せになってやる!」


 火で暖を取ったことで少しは体力が回復し、腹が立ったことで気力も取り戻した。

 少女はドアマットを売るために、大通りへ向かった。




「頑張っても無理なものは無理……」


 少女は再び路地裏にいた。あれからドアマットをどうにか売りさばこうと頑張ってみたが、やはり無駄に終わった。雪もだいぶ積もってきた。日もとっぷり暮れて人通りも絶えつつある。もう道端で物売りしてどうにかなる状況ではない。

 夜になり冷え込みが増してきた。もう今晩は残ったマットを燃やしてなんとか夜を乗り切るしかない。明日の朝、家具屋の親方に土下座でもなんでもして許してもらおう……そんなことを考えながら、再びドアマットを燃やした。

 するとまたしても、目の前に幻が浮かび上がった。

 

 

 

 少女は孤児だった。物心ついた頃には路上でゴミ漁りをしていた。

 

「お前、うちで働かないか? ちょうど手が足りないと思ってたんだ」


 朝、家具屋のゴミ箱を漁っていると、家具屋の親方にそう声をかけられた。断る理由がなかったので頷いた。

 与えられた仕事は主に雑用だった。朝は早くから作業があり、夜が更けても後始末がある。店内の掃除に、親方の作業で出る廃材の片づけ。重い材料を運ぶなど、仕事はいくらでもあった。少女の身にはどれも重労働だった。それでも三度の飯が出て、ちゃんと寝る場所があるだけ、路地裏での生活よりははるかにましだった。

 親方は口数が少なくてぶっきらぼうだった。いつまで世間でいう家族のつながりみたいなものは感じられなかった。

 

 そうして過ごすうちに、少女は今の生活を失うのが怖くなった。働けば食べ物をもらえるということは、働かなければ何も得られないということだ。だから毎日懸命に働いた。親方は口数が少なく話が嫌いなようだから、自然と少女も無口になった。

 

 親方は腕のいい職人だった。貴族から発注が来ることすらあるほどだった。だが、そのことが窮地を招いた。

 ある時、家具の出来で貴族と口論になった。親方の仕事は確かなものだったのに、貴族が難癖をつけてきたのだ。自分の腕を信じる親方は、理不尽な文句を受け入れることができなかった。

 平民相手なら大した問題にならなかっただろう。だが、貴族相手なら話は別だ。プライドを傷つけられた貴族は様々な圧力をかけてきた。いくつもの大口の客を失い、生活は目に見えて苦しくなった。

 

 それでも少女は懸命に働いた。ちゃんと働いていれば食べ物がもらえると信じていた。

 だが世の中、そんなに甘いものではなかった。

 

「ドアマットを売ってこい! 全部売ってくるまで帰ってくるな!」


 親方からドアマットを押し付けられて寒空の下に放り出された。ドアマットが流行っていると聞いて、親方が高級な糸を使って編み上げた織物のドアマット。そんなものが道端で売れるはずがない。

 売れないものを押し付けて、全部売ってくるまで帰ってくるなというのなら、その意味することはひとつだ。野垂れ死にしろということだ。

 ついに、捨てられる時が来たのだ。孤児だった少女は、いずれそうなることを覚悟していた。だから文句も言わずに売りに出た。そしてドアマットをすべて売るというわずかな可能性に賭けて、丸一日かけて頑張った。

 仕方ないこと。そう、あきらめていた。

 

 ドアマットのように踏みにじられても、耐えるしかないのだ。




「いっちばんムカついた!」


 マット売りの少女は叫んだ。今見た幻は、少女自身の半生だった。孤児だから仕方ない。耐えるしかない。いままではそれが当たり前だった。

 

 しかし、今は違う。これまで見た2つの幻で、踏みにじられるヒロインを見た。耐え続けるその姿に腹を立てた。だからこそ、耐えてばかりの自分のことが受け入れられなかった。

 少女は生まれて初めて、自分の境遇に対して心の底から怒りを覚えた。こんな理不尽を押し付けられて、このまま寒さに震えて死ぬなんて絶対に嫌だ。親方に一言くらい文句を言わなければ気が済まない。

 少女は決意を固めると、親方のいる家具屋へ向かった。




「よくもあたしを殺そうとしたな! この家具屋に火をつけてやる!」

「うわあ、なんだなんだ!? いったいなにごとだ!?」


 家具屋の中。突如押し入ってきたマット売りの少女を見て、家具屋の親方は腰が抜けそうなほど驚いた。

 彼が驚くのも無理はない。少女は筒状に丸めたドアマットの先端に火をつけて、松明のように振りかざしているのだ。本当に今すぐ火事を起こしそうな勢いだった。

 親方は30代後半のがっしりした体つきの男だった。それが少女の勢いに押されて及び腰になっているのはどこか滑稽な光景だった。だが緊迫したこの雰囲気は、なにひとつ冗談ごとでは済まされない。

 親方は狼狽しながら問いかけた。

 

「お、お前を殺すって……いったいなんのことだ!?」

「売れもしないドアマットを押し付けて、全部売るまで帰ってくるなと言ったでしょ!? この寒空の下で野垂れ死にしろってことでしょ! ふざけんな、この人でなし!」

「そっ……そんなつもりはなかったんだ! お前のことを殺そうだなんて……そんなこと、考えるわけがないだろう!?」


 そう言うと、親方はぼろぼろと涙をこぼし始めた。これには少女も勢いを削がれた。寒空に子供を放り出す人でなしが、まさか涙を流すとは思わなかったのだ。

 ひとまず話を聞いてみようかと思った。火のついたマットは危ないので、ひとまず外の雪だまりに突っ込んで消火した。

 

「……わかりました。何かありそうですから話だけは聞いてあげます。でもおかしなことをしたら『シュッ』ですからね」


 少女はマッチを構えながら警告した。家具屋の中は可燃物が多い。たとえマッチ一本でも、今の少女が手にしたならば、それは立派な凶器だった。


 緊迫した空気の中、親方は涙をぬぐって事情を話し始めた。




 貴族の機嫌を損ねて、家具屋の危機に陥っていた。少女が思っていた以上にその経営は厳しいものになっていた。このままでは家具屋がつぶれ、少女ともども路頭に迷うことになってしまう。

 だから親方は、ドアマットを持たせて「全部売ってくるまで帰ってくるな」と言ったのだ。ああ言えば、愛想をつかして戻ってこないと思った。

 ドアマットは餞別代りだ。親方の手掛けた上等なもので、売ればそれなりの金が手に入る。そうすれば少女は別の場所に行けるだろう。少なくともこのまま家具屋にとどまるよりはずっとマシなはずだ。親方はそう考えて少女を送り出したのだ。




「だからっ! ドアマットものの恋愛小説が流行っているからって、本物のドアマットが売れるわけじゃないんですよっ!」

「そうだった……そうだったなあ……俺はどうかしていたんだ……」


 思わずツッコミを入れる少女に対し、親方はがっくりと肩を落とした。

 

「それでも、何枚かは売れたんだろう?」


 親方はバスケットに残ったドアマットが減っていることに気づいた。少女は気まずげに目をそらした。

 

「それは……寒くて死にそうだったので、暖を取るため何枚か燃やしてしまいました!」

「おおう、なんてこった……」


 親方は顔を覆ってひざを折った。

 あのドアマットはもともとは貴族相手に売るために丹精込めて仕上げたものだ。でも貴族とひと悶着あったせいで売る機会を逸していた。それが売れもせずに燃やされてしまったのは、職人として思うところがあるのだろう。少女もさすがにばつが悪くなって視線を落とした。

 

 なんとも言えない空気になった。

 少女は深々とため息を吐いた。どうやら、親方は嘘を言っているようではないようだ。

 少女のことを見捨てたわけではなかった。むしろその逆で、少女の身を案じてのことだったのだ。

 

 二人はどちらも思い違いをしていた。ドアマットが売れると思い込み、少女のことを考えて送り出した親方。自分は捨てられたと思い込み、絶望した少女。追い詰められた状況のせいで、どちらもまわりのことが見えていなかった。ただそれだけのことだったのだ。

 

「……本当に、あたしを殺すつもりはなかったんですか?」

「当たり前だ! お前はいつもよく働いてくれている! 幸せになってもらいたいと思っているんだ!」


 親方は顔を上げて答えた。その目に嘘はないように思えた。

 少女は孤児だった。自分はこき使われているだけだと思い込んでいた。でも親方はきちんと自分のことを考えてくれていた。それならまだ、やり直せると思った。


「ねえ親方。もう少しやってみましょうよ! それでダメだったらしかたありません。二人で路頭に迷うのもいいじゃないですか。だからもう少し、頑張ってみませんか?」


 親方は目をぱちくりさせた。


「お前、急に明るくなったな」


 そうだった。少女はこれまで、親方に合わせて口数を少なくしてきた。仕事をしなければ食べ物をもらえない。見捨てられても当たり前。そんな風に考えてきた。

 でも、それではダメなのだ。路地裏でドアマットヒロインの幻を見て、知ったのだ。


「踏まれても耐えるだけじゃ、なにも変わらない。ドアマットならそれでいいけど、あたしたちは違う。自分の足で立って、声を上げなきゃダメなんです! そのことがわかったんです!」


 その言葉に、膝を屈していた親方は立ち上がった。その目の奥には熱い炎が燃えていた。

 

「そんなふうに言われちゃ、座ってなんかいられねえ……そうだな、まだ終わったわけじゃないよな! よおし、やるぞ! 明日から忙しくなるぞ! 覚悟しろ!」

「はい! 親方!」


 檄を飛ばす親方に、少女は明るい声で元気に答えた。




 あの年末の夜から5年ほど過ぎた頃。

 王都の一角に家具屋がある。一時は店が傾いたと言うが、今の盛況ぶりをみれば誰もそんなことを思わないだろう。

 かつてこの店は貴族向けの高級な家具作りに力を入れていた。だが経営不振をきっかけに、平民向けの安くて丈夫で扱いやすい家具へと舵を切った。

 魔王との戦いから10年が過ぎ、ようやく復興の流れが強まった。家具屋の方針転換はその需要にうまく乗り、大当たりしたのだ。

 その家具屋には看板娘がいる。訪れると、とびきりの笑顔で迎えてくれる。


「いらっしゃいませ! 椅子にテーブル、タンスに食器棚! うちは安くていいものをたくさんそろえていますよ! 特にドアマットがおすすめです! うちのドアマットはとってもしっかりしていて、どんなに踏まれたって大丈夫なんですよ!」



終わり

ドアマットヒロインという言葉を少し前に知りました。凄い言葉だと思いました。

なんとかドアマットヒロインのお話は書けないかなあとあれこれ考えていました。

すると、「マッチ売りの少女って改めて考えてみるとかなりのドアマットな感じではないか」と気づきました。

そしてこのお話が出来上がりました。

なんか最初に思い描いたドアマットとは違った感じになりましたが、なんとか形になってよかったです。


2026/3/9 18:20頃

 読み返して気になった細かなところをいくつか修正しました。

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― 新着の感想 ―
タイトルを思わず二度見して、で、読んでみたら すでに一行目で笑わされちゃったから もう「参りましたw」で高評価するしか無かった。 かてて加えて、少女のセリフの前後の「間」が良かった。 「よし、燃やそ…
面白かったー!ドアマットヒロインは私もすごいパワーのある言葉だなって思ってました。 最後まで引き込まれて読んで、途中笑って、最後はほっこりでした!好きです!
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