第八章:騒々しい客人
「これで問題ありません」
ジャンヌがポンポンとジークルーネの太股を叩いた。
屋敷に戻った後は直ぐに怪我をした太股の治療に当たった。
と言っても貫通したため内部の傷は軽傷で見た目ほどではなかった。
軽い治療魔法を施し上から消毒液と包帯を巻いて終わりだった。
本来なら軍医のソフィーがする筈だが、夜叉王丸が休暇を与えた事でジャンヌがする事となった。
「あ、ありがとうございます。ジャンヌ殿」
ジークルーネは気恥ずかしそうに礼の言葉を言った。
高飛車な態度の彼女もジャンヌから放たれる気に恐縮な態度を取っている。
それほど彼女の気は洗礼されており清楚で美しかったのだ。
「いいえ。気にしないで下さい」
笑顔で喋ったジャンヌは手を洗うと言って部屋を出て行った。
現在いる場所は居間で夕食の準備などをするためヴァレンタイン、美夜、真夜、美羽は調理場に行っている。
居間に居るのはダハーカ達とクレセント、カリ、黒闇天、そして夜叉王丸だけだ。
「何て素敵な女性なの。この屋敷にあんな“淑女”が居るなんて知らなかったわ」
チラリとクレセント、カリ、黒闇天を見るジークルーネ。
「・・・・何よ。私の顔に何かあるの?」
「別に。ただ、貴方達はジャンヌ殿には足元にも及ばないと思っただけよ」
馬鹿にした口調で笑うジークルーネ。
「何ですって?!」
カリは髪を逆立たせた。
「これ犬娘。そのように怒ると思う壺じゃぞ」
今にも飛び掛かりそうになカリを止める黒闇天。
「誰が犬よ!!誰が!?」
「そのように怒るな。耳に響く」
黒闇天は溜め息を吐きながらカリを宥めた?
「お前も屋敷に住む以上は不毛な争いはするな」
夜叉王丸はジークルーネに釘を刺した。
「私がどう言おうと勝手でしょ?」
勝ち気な眼差しで夜叉王丸を睨む。
「ここは俺の屋敷でお前は居候だ。家主を崇めるのは筋じゃないのか?」
「主人様の言う通りです」
ヨルムンガルドがモークルを直しながら言った。
「皇妃様が止めたとは言え、貴方を追い出すも居候させるも最終的には主人様が決めるんですよ。ちょっとは主人様のご不興を買わないように努めたらどうです?」
冷静に容赦なくヨルムンガルドは喋り続けた。
「何よ。ロキの息子の分際で・・・・・」
「父は関係ありません」
感情の乱れが無い声で喋るヨルムンガルド。
「私はこの屋敷の執事であり主人である夜叉王丸様の忠実なる下僕。主人に不快な思いをさせないのが役目です」
これ以上の狼藉は許さないとヨルムンガルドは身体から気を放った。
「・・・・・ふん」
勝ち目がない事を悟ったのかジークルーネはプイッと顔を背けた。
これからの生活が大変だと夜叉王丸は感じながら傷が治るまでの辛抱だと自分に言い聞かせた。
夜叉王丸は嘆息して椅子から立ち上がると自分の部屋へと向かった。
その足は重く見えた。
自室に戻った夜叉王丸はコートの中からセブンスターを取り出して口に銜えた。
「やれやれ。面倒なことになったな」
再びコートの中に手を入れてジッポを取り出そうとした手を止めた。
「何か用か?」
ギシリとソファーに背を預けながら背後に立つクレセントに尋ねた。
暗い壁を背にしているため余計に姿が見え辛かった。
「・・・・特にありません」
無愛想な声が返ってきた。
夜叉王丸は止めていた手を動かしてジッポを取り出すと口に銜えたセブンスターに火を点けた。
火が夜叉王丸の顔を薄暗い部屋の中で照らした。
ふぅ、と白い煙を出した夜叉王丸はソフト帽を深く被り瞳を閉じた。
久し振りの演習と思わぬハプニングに軽い疲労を感じた。
『飯の時間まではまだあるし仮眠くらいなら取れるだろ』
そう思い素早く寝息を立てた。
同室に居たクレセントは壁に背を預けたまま主人が寝たのを確認すると気配を鋭くさせ辺りを警戒した。
自分の一族を皆殺しにした男だが、今は仕える主人で自分が望んだことだ。
心の中で何者とも知れぬ者の声が罵倒を浴びせてきたが気にしなかった。
一方ジークルーネは撃たれた足を物ともせずに黒闇天にしつこく付き纏っていた。
「いい加減に教えなさいよ。誰なのよ?貴方はっ」
廊下を歩く後ろ姿の黒闇天にジークルーネは質問を浴びせた。
「くどい。童は黒闇天。それ以下でも以上でもない」
振り返りもせずに答えた黒闇天は早歩きで自分の部屋まで行くとバタンとドアを閉めた。
「ちょっと開けなさいよ!!」
ドンドンとドアを叩くジークルーネ。
しかし、無言が返って来るだけだった。
ジークルーネは諦めたのか背を向けて去って行った。
「あの娘、絶対に異国の神の娘ね」
自分を倒した強さは魔族程度ではない
力は大抵、親の力が影響する。
もっとも親の力が偉大だから子が偉大とは限らない。
力を自在に操り更に強くなるには修練が必要だ。
あの黒闇天は力をセーブしているとジークルーネは撃たれた時に感じた。
「本気になれば足の一本くらいは壊せたわね」
包帯が巻かれた太股を見やる。
人間が使っている銃に自分の力を注ぎ弾丸として発射する。
画期的でユニークだ。
「是非ともワルキューレに入れたいわね」
良からぬ事を考えそうな笑みを浮かべてジークルーネは立ち去った。