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第四章:思わぬハプニング

「先ずは肩慣らしだ。軽く準備運動だ」


夜叉王丸はユニコーンに乗りながら十文字手槍、朱鷹を振り下ろした。


それを合図に茨木童子が指揮する砲撃隊と弓弩隊が矢の霰を降らせ始めた。


夜叉王丸の攻撃に兵士たちはどよめいた。


「相手が怯んだぞ。次、槍騎馬隊。突っ込んで陣形を崩せ。突撃隊、槍騎馬隊の援護をしろ」


ヨルムンガルドとフェンリルが指揮する突撃、槍騎馬隊が突撃してどよめく敵の陣形を崩した。


その行動に一切、無駄がなく実に的確に相手の弱点を突いていた。


「敵が飛竜部隊を投入してきました」


伝令の兵士が飛竜部隊の現われたのを伝えにきた。


「ダハーカ。出ろ」


ダハーカは瞬時に飛竜姿になり飛竜部隊を率いて飛び上り飛竜部隊の迎撃に向かった。


夜叉王丸とゼオンは地上で風の翼の活躍を見ていた。


その周りを近衛兵と新鋭隊が護るように取り囲んでいた。


今、戦っているのはアビコール公爵が指揮する軍団だ。


学生たちは取り合えず最初、夜叉王丸達が戦うのを見て勉強する事となった。


誰が夜叉王丸と組む事で、アビコール公爵とバール王が揉めた事からくじ引きで決める事となり、バール王と夜叉王丸が組む事となった。


そしてバール王と夜叉王丸の軍団は素早くアビコール公爵の軍団を押していたが、流石と言っても良い位にアビコール公爵の軍団は、一瞬どよめき崩れた陣形も直ぐに立ち直ってきた。


「ほぉう。流石はアビコール殿の軍団だな」


夜叉王丸は何処か楽しそうに笑った。


「バール王も予想範囲なのか微動だにしておりません」


シルヴィアは少し離れた場所で様子を見ていたバール王の表情は微塵も揺らいでいない事に驚いていた。


「伊達に地獄総軍の総帥を務めている訳じゃない」


夜叉王丸は広野で繰り広がれる戦いを見ながら答えた。


どちらも引かなかったが、ダハーカの奇襲部隊がアビコールの飛竜部隊を倒した事で夜叉王丸とバール王の軍団が勝利した。


「流石は夜叉王丸殿の飛竜部隊ですな。私の飛竜部隊を打ち倒すとは」


戦いが終わって少し休憩時間が入り煙草を吸っているとアビコールが話し掛けてきた。


「アビコール殿も流石は切り込み隊長と異名を取るだけあって手強かったです」


素直な感想を述べた。


「いやいや。それにしても、あの仮面の騎士・・・・・・・ラインハルト殿は強いですね」


ラインハルトの名前を小声で言った。


演習が始まる前にジークに上半身を丸呑みにされていたラインハルトだが、今は上空で的確に手綱を操作し敵を打ち倒していた。


先ほどの滑稽な姿が嘘のようだ。


「まぁ、彼にも目標がありますから」


何かとは言わなかった。


まさか公爵令嬢に告白する為に鍛えていますなど、口が裂けても言えない。


「きっと夜叉王丸殿のような武人になる事でしょうな」


アビコールの勘違いな発言に夜叉王丸は何とも言えない様子だった。


そんな夜叉王丸とアビコールが話しをしている所を学生たちは、惚れ惚れとした表情で見ていた。


英雄である夜叉王丸が指揮する軍団、風の翼。


その軍団が今、目の前に居るのだから当然と言えば当然かも知れない。


次はビレト、ザパンの軍団とウリクス、バエルの軍団が広野で演習をして夜叉王丸とバール、アビコールの軍団は学生たちと見物だ。


「やれやれ。久し振りの演習だと些か疲れるな」


セブンスターを蒸かしながら夜叉王丸は少し肩を叩いた。


「まぁ、仕方ありませんね」


ヨルムンガルドがモークルを拭きながら答えた。


「午後が山岳戦でしたっけ?」


ゼオンがパリ・ジェンヌを吸いながら聞いてきた。


「あぁ。向こうに見える山岳地帯の要塞を攻めるらしい」


左側に見える山岳地帯に聳える要塞を見た。


「はー、あそことなると戦車部隊と槍騎兵部隊が厳しいですね」


山岳地帯となれば広野とは違い馬などは使えない。


「あぁ。あそこを攻めるとなると少し厳しいな」


夜叉王丸もゼオンの意見に同意した。


「ここは奇襲部隊の活躍が期待されるな」


チラリとダハーカを見ると任せろ、と胸を叩いた。


夜叉王丸は満足気に笑ってセブンスターの灰を地面に叩き落とした。


「・・・皇子様。少し問題が起きました」


シルヴィアが敬礼して夜叉王丸に近づいてきた。


「問題?何だ?」


周りの者も気になっている様子だった。


「要塞が山賊の一味に占領されました」


「山賊の一味?」


夜叉王丸は少し驚いた。


あの要塞はウリクス、バエルが指揮する兵士たちが護っていて、山賊風情が占領できる物ではない。


「敵の人数は?」


「詳しくは分かりませんが、五十人から六十人ほどかと」


「結構な数だな。だが、東は職を失うような経済難ではないだろ?」


東の地は経済も安定しているし王族にも下手な反乱を起こす者は居ない筈だった。


「それが、少し最近にヤクザ者同士の喧嘩で片方の組織が潰されて住んでいた地を追い出されたそうです」


「なるほど。ヤクザ者となれば仕方ないな」


夜叉王丸はセブンスターを吸いながら頷いた。


だからと言って、許すほど甘くない。


「しかしヤクザ者の五十人くらいで占領されるほど兵士は弱くないだろ?」


「それが、敵の中に滅法強い二人が居るそうです」


シルヴィアは山賊に要塞を占領されたのを軍人として許せないようだった。


「ほぉう。滅法強いね」


夜叉王丸は少し楽しそうな顔になった。


「バール王達はどうすると?」


「まだ検討中です」


「飛天様。ただ今、バール王から指令が来ました」


シャルロットが敬礼して夜叉王丸にバール王からの指令を伝えた。


「ウリクス、バエルと一緒に兵を率いて要塞を取り戻せ、か」


「はっ。どうなさいますか?」


「やるしかないだろ?しかし、滅法強い二人か。もし良ければ採用しても良いな」


天魔大戦で失った戦力を埋め合わせるのに良いかもしれないと夜叉王丸は思った。


「・・・・皇子様」


シルヴィアが咎める口調になった。


「まぁ、行ってみるしかないな」


夜叉王丸はセブンスターを地面に捨てて足で揉み消した。


「お前ら、少し実戦をやるぞ。準備しろ」


兵士たちは軍団長の言葉に瞬時に反応して準備を開始した。


その時間、僅か三分。


素晴らしいタイムだった。


「これからウリクス、バエル王の軍と一緒に要塞を占領した山賊一味を倒す。行くぞ!!」


ユニコーンに乗り朱鷹を掲げると兵士たちはおぉ!!と獅子の如く猛々しい声を上げた。


それを聞いていたバール王、ビレト、ザパン、アビコールは流石だと笑い合い学生たちは風の翼の凄さを目の辺りにした。


山岳地帯の入口付近まで行くとウリクスとバエルの二人が既に待っていた。


「どうやって攻めるんだ?」


夜叉王丸が二人に近づいて聞いた。


「奴らは兵士を一ヶ所の場所に監禁しているらしい」


バエル王が兵士たちの監禁場所を教えた。


「滅法強い二人が指揮の元で見張りを交代で立てている」


やはり空からの攻撃が有効だと二人は言った。


「ダハーカ。頼む」


夜叉王丸の言葉にダハーカは面倒臭いと言いながら頷いた。


「私とバエルの軍が正面から突破します。皇子様の軍は背後から逃げた者の捕縛を頼みます」


明らかに脇役的な役目だが、東を治める領主としての沽券に関わると夜叉王丸は分かっていたから素直に頷いた。


「了解した」


夜叉王丸は槍騎兵隊と戦車部隊に逃げた者の捕縛を命じ突撃部隊と弓弩部隊には背後からの奇襲を命じた。


「配置に着き次第、開始する」


夜叉王丸の命令に直ぐに兵士たちは行動を開始した。


ウリクス、バエルが指揮する東軍が要塞への攻撃を開始した。


飛竜部隊が空からの攻撃に要塞の兵士たちは打てる手がなくされるがままで、あっさりと東軍の侵略を許した。


「どうやら誰も逃げなかったようだな」


夜叉王丸がユニコーンに乗りながらセブンスターを吸いながら暇そうな口調で言った。


「油断は禁物ですよ。皇子様」


シルヴィアが戒める口調で言った。


しかし、夜叉王丸の耳には、最後の抵抗とばかりに抗う敵兵の声しか聞こえず、逃げようとする兵士の声は聞こえなかった。


「あと五分くらいで終わりますね」


ゼオンも耳に聞こえた声と音を聞いたのか気軽そうな声を出した。


「・・・・そうでもないようですよ」


人間姿のフェンリルが少し緊張した声を出した。


「どうした?」


夜叉王丸が近くまで行き尋ねた。


「例の滅法強い二人組が奮戦しているようです」


狼である彼には通常の倍以上の視力、聴覚、嗅覚が発達しているため夜叉王丸たちが聞こえない音なども感知する事が出来る。


「東軍の兵を二人で倒しているようです」


そして仲間を連れて逃亡して来ると喋るフェンリル。


「お前ら、用意しろ」


兵士たちが剣や槍を構え夜叉王丸も朱鷹を握り直した。


背後から数十人の男たちが山岳から降りてきた。


「動くな。山賊」


夜叉王丸の合図に風の翼が取り囲んだ。


「脱出した後で悪いが、大人しく投降しろ」


朱鷹を向けて勧告する夜叉王丸だが、兵士たちは武器を降ろさなかった。


「あくまで抵抗するなら、力ずくでも大人しくさせるぞ」


夜叉王丸が朱鷹を振り下ろそうとした時に兵士たちの中から二人組が出てきた。


鋼色の髪を真後ろで纏め、中肉中背の身体にぴったりに合った黒鋼の胸部や胴体を護る金属製のリベットを装着したスパイク・レザーアーマーを装着し、下は短めのスカートを履いて、その上から足甲と手甲をして革手袋とブーツを履いていた。


雪のような顔は戦いをしてきた割に汗一つなく額に着けた金とルビーで出来た鉢金が妖しく光っていた。


黒マントを羽織って、どの兵士よりも太く巨大な剣、ツヴァイハンダーを持って鋭い視線を夜叉王丸に向けていた。


ツヴァイハンダーとは、別に腰には革の鞘に収まったツヴァイハンダーよりは、小さいが大きな剣、クレイモアがぶら下がっていた。


ルビーのように赤い瞳は鋭く猛禽類のように獲物を狙っているように夜叉王丸を睨んでいた。


右眼に刻まれた一線の刀傷が生々しく戦って来た道のりの凄まじさを物語っているように思えた。


もう一人は、カールが掛った肩まで伸びた金髪のセミロングで額に白い羽を付けた鉢金を装着し、濃紺色のドラゴンの鱗を使用したスケイルアーマーを着て、下半身はスカートのような布で隠されていた。


両手には北欧の海賊、ヴァイキングが好んで使用した円形の盾、バックラーと日本の十文字槍を真似て作った西洋の槍、ルンカを持っていた。


腰には、ヴァイキングが愛用していた斬撃を重視した幅広で肉厚な剣であるヴァイキングソードをベルトで結ばれてぶら下がっていて、その姿は北欧神界でも有名なワルキューレの姿だった。


紺色の瞳は夜叉王丸を捕らえて逸らそうともせずに睨んでいた。


「飛天夜叉王丸か?」


猛禽類のような瞳を持った女が馬上の夜叉王丸に聞いてきた。


「あぁ。飛天夜叉王丸だ」


夜叉王丸が頷くと猛禽類の女は名乗りを上げた。


「我が名はヴラド・ブローディア・クレセント。アルバルド公爵に仕えていたヴラド一族の長の娘だ」


「・・・ヴラドの生き残りか」


夜叉王丸は目を細めた。


女、クレセントが言ったアルバルド公爵は、数十年前にサタナエルに味方して夜叉王丸に殺された公爵だ。


魔界でも温厚で義理堅い性格だった公爵は皆から好かれていた。


しかし、家計は先代が食い漁った事で火の車だった。


そこにサタナエルが眼を付けて家計を助ける代わりに裏で汚い仕事をさせていたのだ。


最初は公爵も反対していたが家族を養えない為に仕方なく受け入れた。


それを実行していたのが、クレセントの一族ヴラド一族だ。


ヴラド一族は傭兵上がりの騎士で、一族の全員が殺人術に長けていて戦場の汚れ役をしていた。


数百年前にアルバルド公爵家に拾われて騎士の称号を得たが、サタナエルの策略により暗殺者として使われていた。


夜叉王丸も過去に何度もヴラド族の暗殺者に襲われた事がある。


どの刺客も隙がなく何度か手傷を負った。


サタナエルを始末した後は、秘密警察が率先して反乱分子を摘発し、アルバルド公爵が一番に狙われた。


公爵は、一族を直ぐに首都から逃がし、ヴラド族も逃がそうとしたが、一流暗殺者としての意地があったのか夜叉王丸を殺す為に残った。


公爵が磔で処刑された時、ヴラド族は一族全員で夜叉王丸に戦いを挑み全員が皆殺しにされた。


その一族の生き残りだとクレセントは言った。


「私は、公爵夫人の護衛の為に参加できずに一人だけ生き残った」


悔しげに唇を噛むクレセント。


「生き残った私の人生は、惨めなものだ。身体を売り山賊紛いの行動までした。だが、それも貴様を殺すためだけに今日まで耐えてきた」


ツヴァイハンダーの剣先を夜叉王丸に向けて淡々と言った表情で喋った。


「戯言を言うな!貴様の一族は皇子様を狙った不届き者。それを怨むなど恥を知れ!!」


シルヴィアが怒鳴り声を上げて言い返した。


「貴様には関係ない。これは私と夜叉王丸の問題だ」


ルビーの瞳は冷酷とも言える位に冷め切っていたが、シルヴィアを睨む瞳の中には怒りが混ざっていた。


「私と勝負しろ」


夜叉王丸に向き直り要求するクレセント。


「ちょっと待ちなさいよ!!私の方が先でしょ!!」


クレセントの隣でワルキューレの女が怒った。


「私が先に夜叉王丸と戦うって約束よ!?」


女は夜叉王丸に向き直るとクレセントと同じように名乗った。


「夜叉王丸!!私を覚えているでしょ!?」


「・・・・・ジークルーネか?」


夜叉王丸は少し顔を顰めて言ってみた。


「そうよ!!貴方に屈辱的に負けたワルキューレのジークルーネよ!?」


女、ジークルーネは怒り心頭に叫んだ。


「飛天様。知っているのですか?」


シャルロットが近づいて耳元で聞いてきた。


「・・・昔、北欧で戦った事がある女だ」


まだ根に持っていたのかと嘆息する夜叉王丸。


「そうよ!!忘れもしない五百年前。あの時、貴方が私を初めて膝を屈させた男よ!!」


ジークルーネは高々に叫んだ。


彼女が夜叉王丸と初めて会ったのは、今から五百年前に北欧で開かれた武道大会だ。


当時、彼女は最年少でワルキューレの地位を確立させ総指揮官であるスクルドの片腕として活躍していた。


そんな時に夜叉王丸と武道大会の決勝戦で戦って数分で負けたのを根に持って今まで追い回していたと話す。


しかし、路銀も無くなって山賊の仲間に入ってクレセントと出会い運よく夜叉王丸と出会ったと言った。


それを聞いた風の翼、山賊の男たちは皆が口を揃えて一言を言った。


『女の執念は怖い』


女性であるシルヴィア、シャルロット、クレセントは、ただ無表情で居た。


「さぁ、私と勝負しなさい!!」


ルンカとバックラーを構えてジークルーネが叫んだ。


「文句は無いわよね?クレセント」


ギロリとクレセントを睨むジークルーネ。


「・・・・・・・」


クレセントは嘆息してツヴァイハンダーにあるリカッソ(刃根元)に革紐を括り付けて背中に背負った。


「・・・・好きにしろ」


腕を組んで後ろに三歩下がった。


「さぁ、勝負しなさい!!」


夜叉王丸は嫌そうな顔をしたが、仕方ないと思いユニコーンから降りた。


「お前ら手を出すな」


風の兵士たちは武器を下ろしたがシルヴィアは納得いかないのか食い下がった。


「皇子様!!こんなワルキューレ崩れの要求など聞くことはありません!!」


「そうしないと向こうが納得しない」


夜叉王丸は短く答えると朱鷹を構えた。


中腰で構え左足を引き右足を一歩前に出した構えだ。


対してジークルーネはルンカを前に突き出しバックラーを胸元に引き寄せていた。


一同が固唾を飲んでいる中でジークルーネが動いた。


ゆっくりと走り出し除々にスピードを上げてルンカを繰り出した。


夜叉王丸は一歩も動かずに構えを解かなかった。


「はっ!!」


ジークルーネはルンカで顔面を突いてきた。


夜叉王丸は朱鷹を反転させて石突でルンカを弾き直ぐに突きを繰り出した。


「甘いわ!!」


バックラーで石突を受け止め、ルンカを繰り出そうとしたが、夜叉王丸は朱鷹を放してジークルーネの右腕を掴むと、一気に背負い投げをした。


ドシッン!!


ジークルーネの身体が大きな音と共に地面に叩き付けられた。


夜叉王丸は直ぐに朱鷹を拾いジークルーネの首筋に刃を当てた。


「また俺の勝ちだな」


刃を当てながら夜叉王丸は言った。


ジークルーネは悔しそうに唇を噛んだ。


「おい。こいつを拘束しろ」


夜叉王丸は近くにいた兵士たちに命令した。


ジークルーネは激しく抵抗したが、数十人の男たちに羽交い絞めにされて大人しくなった。


その場面をクレセントは無表情に見ていた。


山賊達に至ってはジークルーネをあっさりと打ち倒した夜叉王丸を畏怖するような眼差しで見ていた。


「・・・・次は私だ」


クレセントがリカッソの革紐を解きツヴァイハンダーを握り進み出た。


夜叉王丸は朱鷹をダハーカに預けて朧月を引き抜いて、左足を引き右足を大きく半円を描く様に左足と距離を取った。


剣先は相手に向かって斜め上に構えていた。


「・・・・・・・」


クレセントは頭の左側に剣を構え切先を牛のように夜叉王丸に向けていた。


実戦向けの殺人剣術と謳われるドイツ流剣術の雄牛の構えだ。


「・・・参る」


クレセントが間合いを詰めて夜叉王丸の頭上に振り下ろした。


速く正確に兜を被っていない夜叉王丸の急所である脳天を狙っていた。


夜叉王丸は瞬時に朧月を斜め上に上げてツヴァイハンダーの刃を斜めに受け流した。


ギィィィン!!


鉄と鉄がぶつかり合い火花が散った。


クレセントの刃を受け流した夜叉王丸は、そのまま刃を横にしてクレセントの首筋に向けて放った。


対してクレセントはリカッソを掴み片手で夜叉王丸の脇腹を狙って切り上げてきた。


「ちっ」


舌打ちをしながら夜叉王丸は背後に差した国重を抜いて、ツヴァイハンダーを受け止めて朧月を片手で動かしクレセントの首を狙った。


クレセントは、大きく後方に跳び朧月を避けたが、ギリギリの所で首筋を少し斬られて血が出た。


「流石は魔界最強の剣士と言われるだけの腕だ。後少し遅かったら首が飛んでいた」


流れる血を拭いながら無表情に喋るクレセント。


しかし、額から微かに汗が流れているのを夜叉王丸は見逃さなかった。


「そっちも相討ち狙いで俺を殺そうとしただろ?流石は決して退かぬと言われたヴラド一族の生き残りだな」


ニヤリと笑う夜叉王丸。


その様子をダハーカ達は黙って見ていた。


何時の間にかバールやアビコール達も集まり周りは騒然としていた。


生徒たちは安全の為にと避難させられて居なかった。


「・・・次は、その首を頂く」


クレセントは再び剣を構えた。


今度は下段に構え剣先は地面に向けた愚者の構えだ。


夜叉王丸は右手に持った朧月を後方に下げて左手を前に突き出した。


剣先は水平に向けられている平手突きの構えだった。


「次は俺から行くぞ」


夜叉王丸は両膝をバネのように縮め一気に跳躍してクレセントに突きを繰り出したが、クレセントは地面に向けていた剣先を振り上げて朧月を交わそうとした。


だが、夜叉王丸の左手が一瞬だけ早くツヴァイハンダーの刃を素手で握った。


完全に上がり切る前だった事から手が切れる事はなかった。


「な、にっ!!」


クレセントも流石に予想外だったのか瞠目した。


その瞬間を見逃さずに夜叉王丸は突きを首に目掛けていた。


やられると思いながらクレセントは目を瞑らなかった。


自分を殺す男の姿を見届けたいと思ったからだ。


しかし、剣先は寸で止められた。


「・・・・何故、やらない?」


少し驚いて眉を顰めた。


「お前、俺の元で働かないか?」


突然に怨んでいる男に言われた事に眼を見張った。


「・・・言っている意味が理解できない」


「お前は俺に負けた。お前を生かすも殺すも俺次第だ」


「それで?」


「俺は才能がある者は欲しい。お前は剣の才能がある。その剣の腕を俺の為に振らないか?」


「・・・・・・」


クレセントは少し考えた。


この男は怨んでいる者を何で自分の傍に置こうとしているのか?


幾ら才能があっても百害あって一利なしの存在である自分を採用するなど理解できない。


しかし、これは彼女から言わせれば良い機会だ。


今まで怨みだけを柱として生きて来たが、正直に言えば疲れて安定した生活を望んでいる自分がいた。


娼婦に山賊、いい加減に疲れてきた。


今回も報酬が高いからと釣られて参加した。


そして仇敵と戦い敗れて死を覚悟したが、思わぬスカウトの話。


『・・・・自分の為に生きても良いな』


一族を皆殺しにした夜叉王丸は憎くないと言えば嘘だが、初めに比べれば薄れている。


『・・・・私にとっては、その程度の怨みだったのかもしれないな』


簡潔に自分の心を整理すると行動は早かった。


「・・・・分かりました。貴方に仕えましょう」


夜叉王丸から離れてクレセントはツヴァイハンダーの剣先を逸らし逆手に持つと片膝を着いた。


「この身命は、ただ今から飛天夜叉王丸様の物です」


「意外と早く整理が着いたな」


少し驚いた夜叉王丸にクレセントは淡々と答えた。


「正直に言ってしまえば、貴方を憎む気持ちはまだあります。しかし、一生を掛けて怨む程ではありません」


所詮、私にとってはその程度の怨みだと言った。


『淡泊だが、割と根に持たない奴だな』


それに比べて自分は数千年も経つのに今だに怨み続けている事に少し呆れる部分があった。


「よし。これから頼むぞ」


「御意に」


クレセントは頭を垂れた。


「ちょっと待って下さい!!皇子様!?」


シルヴィアが眼を吊り上げて怒鳴り込んで来た。


「こ奴は貴方様を殺そうとした一族の娘ですよ」


だから何だ?とばかりに聞く夜叉王丸。


「だから何だ?ではありません!!敵を召し抱えるなど頭が可笑しくなりましたか?!」


獅子の如く髪を逆立たせ眼を吊り上げて夜叉王丸に詰め寄るシルヴィア。


「まだ呆けてない」


「でしたら・・・・・・・・」


「俺は賛成だぜ」


ダハーカが二人の間に割って入った。


「この姐ちゃんは使える。それに、本心から安定した生活を望んでいる。下手な事をしなければ問題ないだろ?」


もし問題を起こせば始末すれば良いとダハーカは付け足した。


「私もダハーカの意見に賛成です」


ヨルムンガルドがモークルの位置を直しながら賛同した。


「今、我が軍は人手不足です。使える人材は使いましょう」


「俺らも賛成です」


ゼオン、フェンリル、茨木童子も頷いた。


「貴様らは可笑しいぞ!!」


シルヴィアは信じられないと絶叫した。


「俺はこいつの相棒だ。相棒は何が合っても片割れを護る」


ダハーカは非常に刃の薄い湾曲した片刃の刀身をした愛剣、破滅の序曲の柄を握った。


「もしも、この姐ちゃんが飛天を殺そうとしたら俺が殺すだけだ」


琥珀色の縦眼でクレセントを見た。


「・・・好きにしろ」


クレセントは瞳を瞑り答えた。


「という訳だ」


夜叉王丸はシルヴィアに言った。


「なにが・・・・・・・・もがもが!!」


まだ文句を言おうとしたシルヴィアをシャルロットが口を塞いだ。


「私もシルヴィア殿も了承しました」


ニッコリと笑ってシャルロットは夜叉王丸に言った。


「お前は反対しないのか?」


「私は飛天様の味方です。それに本当に、その女が飛天様を殺そうとすれば私も生かして置きません」


笑みから鋭い豹の様に鋭い視線を送るシャルロット。


「アビコール様やバール様は飛天様のご器量に感服しております」


ビレト、ザパンの方は怒り心頭でウリクス、バエル王が二人を説得していると言った。


「なら良い。それから・・・・・・・」


夜叉王丸は山賊達に向き直った。


山賊達は既に武器を捨てて大人しくしていた。


「こいつ等はどうするかな?」


元は組織を潰されたヤクザ者。


「んー」


夜叉王丸は暫し悩んでいると山賊の一人が前に進み出た。


「畏れながら夜叉王丸様に申したい事があります」


「何だ。言ってみな」


「この度の騒動は頭である私が主犯です。部下達には一切罪はありません」


裁くなら自分だけにしてくれと言う主犯に夜叉王丸は、バール達にも話すから待てと言ってバール王達を集めて緊急軍議を開いた。


その間、ジークルーネが暴れ出してクレセントと揉めてシルヴィア、シャルロットが揉めているのを夜叉王丸は後で聞かされた。


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