第三章:東の国
屋敷に戻った夜叉王丸は早速アラストールに診療の事を任せてOKを貰ったとソフィーに伝えた。
「アラストール様なら安心です」
ソフィーは安心したように眼鏡を取って息を吐いた。
「奴なら下手な奴より大丈夫だろ」
夜叉王丸は少し口角を上げて笑った。
「この一週間は一切、仕事をするのを禁止するぞ。何処か体を休められる所へ旅行にでも行け」
これは命令だと自分が毛嫌いしている言葉を言った。
しかし、それはソフィーの身を案じての態度だと解っているソフィーは頷いて頭を下げた。
「ありがとうございます」
頭を下げるソフィーの頭をポンポンと叩いて夜叉王丸は部屋を出た。
ソフィーの部屋を出た後はダハーカ達が待っている客室へと足を運んだ。
「遅かったな」
部屋に入るとダハーカと他の部隊長達が煙草を蒸かしていた。
「悪いな。それじゃ、始めるか」
夜叉王丸が椅子に座ると全員が頷いた。
「先ず今回の演習内容を説明する」
ジャケットの中から書類を取り出した。
「今回は野戦から山岳戦を目的とした演習だ」
敵が山岳地帯へ逃げて要塞に逃げ込んだ時に、どう対処するかなどを詳しく説明する夜叉王丸。
「野戦と山岳戦とは戦いの基本だな」
ダハーカが伝説の煙草と謳われる紙巻き煙草、ジョーカーを蒸かしながら喋った。
野戦は戦いにおいて基本中の基本だが、山岳戦なども故意に山に城や要塞などを築き戦に備える事から基本とされた。
今回は学生なども居る事から基本とされている野戦と山岳戦を選んだらしい。
「あの、僕も参加ですか?」
おずおずと年配達が居る中でラインハルトが手を上げた。
彼は一兵士に過ぎないが奇襲部隊の隊長であるダハーカがいい加減な性格である事から伝達パシリとして同行されたのだ。
「当たり前だ。お前も兵士だろ?」
何を馬鹿な事をと皆に笑われた。
「でしたら、顔を隠させて貰えませんか?」
『顔を?』
皆は首を傾げて口を揃えた。
「その、僕の同級生もとい学生の皆は先生の軍団に入りたがってるんです。それで・・・・」
一度だけ言葉を切った。
「僕だけが、兵士として入っていると知られると・・・・・・・」
「逆恨みされる訳か」
茨木童子が納得したように頷いた。
「逆恨みとは馬鹿な事だが、怨まれた方は溜まったもんじゃねぇからな」
ゼオンとフェンリルはうんうん、と頷いた。
「んな物は気にしなければ良いだろ」
ダハーカは笑い飛ばしたが、夜叉王丸はラインハルトの願いを聞き入れた。
「よし。良いだろう」
「おい。飛天」
「俺も似たような目に遭ったから、こいつの願いも解る」
夜叉王丸の言葉にダハーカは頷いて素直に引き下がった。
長い年月を共に歩んで来た相棒だからこそ解り合えるとラインハルトは身を持って感じた。
「まぁ、顔を隠してでも良いから参加はしろ」
ラインハルトは礼を言って頷いた。
「まぁ、俺らの軍団は天魔大戦以降、兵を補充していない。今度の演習で見込みが居る奴らが居たら俺に言え。交渉して見る」
軍団長達が頷いて他に言う事もない事から軍議は終了した。
軍議が終了した後、夜叉王丸は一人でシングルモルト・スコッチのグレンギリーをオールドファッションド・グラス、通称ロック・グラスに氷と一緒に注ぎロックで飲んだ。
口の中にほろ苦さが広がった。
「やれやれ。演習は面倒臭いな」
愚痴を軽く言いながらグレンギリーを飲み切り新たに注いだ。
軍の演習に参加する事を命令されてから一週間が経過して夜叉王丸達は、軍団を率いて旅立った。
今回はシルヴィア、シャルロットの近衛兵、新鋭隊も一緒だが、二人は少し学生たちを連れて来るように命を受けて後で合流する手筈だ。
演習をする場所は山岳地帯が多い東の地だ。
ユニコーンに乗って軍団の中央を練り歩く夜叉王丸は、上空を見上げて一人だけ飛竜の尻尾にしがみ付いている兵士を見つけた。
「おーい。ラインハルト。何とかしてジークの背中に乗れ。見っとも無いぞ」
ラインハルトは夜叉王丸の言葉を聞いて何とかジークの背中に乗ろうとしていた。
「やれやれ。あいつとジークはまだまだですね」
ゼオンが夜叉王丸の真上をベルゼブルから頂いた風竜ストームに乗りながら話し掛けてきた。
ダハーカは空中で一人飛んでいた。
「主人様。ダハーカを呼んで乗っては如何ですか?」
団長が地上で副長が上空では、見た目が悪いとヨルムンガルドは暗に言った。
「そうだな。おーい。ダハーカ!!乗せてくれ!?」
ダハーカは夜叉王丸の声を聞くと遥か高い上空から急降下してきた。
夜叉王丸は、ユニコーンからジャンプするとタイミング良くダハーカの背中に着地した。
軍団の者たちは、二人のコンビネーションとも言える乗り方に口笛や拍手を浴びせた。
夜叉王丸は片手を上げてみせた。
その姿を何とかジークの背中に乗ったラインハルトは惚れ惚れとした様子で見ていた。
「格好良いなー」
ラインハルトは溜め息を吐いた。
それを感じ取ったジークは、ラインハルトを振り落とそうと躍起になり夜叉王丸とゼオンが仲介に入りやっと治まった。
そんな騒ぎを起こしながら夜叉王丸が率いる風の軍団は東の地へと到着した。
東の地はウリクス、バエルが王として治めていて、北に勝るとも劣らない軍事国家として名高いが王であるウリクスは比較的温和な性格だ。
もう一人の王、バエルは好戦的な性格ではあるが、領民の受けは良くウリクスとも仲良くしている。
この東の地は山岳地帯と広野地帯が多く、その二つの地を二人の王が割って収めている訳だ。
演習場に着くと既にバール王とビレト、ザパン、アビコールなどがウリクス王、バエル王と会談をしていた。
「飛天夜叉王丸伯爵様。ただ今、ご到着しました」
伝令の兵士が夜叉王丸の到着を伝えると総出で出迎えられた。
「ようこそ。夜叉王丸様」
「おう。飛天。よく来たな」
ウリクス王とバエル王が夜叉王丸に挨拶をした。
「この度は、演習への招待、痛み入ります」
夜叉王丸は次に上層部に社交辞令として棒読みで礼を述べた。
ビレト、ザパンは明らかに眉間に青筋を立てたが、バール王とアビコール公爵は笑顔で夜叉王丸の到着を祝った。
「いやー。夜叉王丸殿。この度は一緒に演習をして頂き光栄です」
アビコール公爵が笑顔でダハーカから降りた夜叉王丸の手を勝手に取ると握手してきた。
「して、カリは何かご迷惑を掛けていませんかな?」
握手をしてきて直ぐに娘の様子を聞いてきた。
夜叉王丸の不況を買っていないか心配しているのだ。
何せ彼と義理の親子になりたいと公言して止まない位で、自分の娘を花嫁候補として屋敷に送り込んで来たのだから。
「カリ殿は実に良い娘です。きっと良い嫁になりますよ」
アビコールの質問に少し嘘を混ぜて答えた。
「飛天殿。あちらに居る兵士は誰ですか?」
バール王がアビコールをさり気なく押し退けるようにして聞いてきた。
兵士とは一人だけ荒い息をしている顔の半分を兜と布で隠しているラインハルトだ。
将軍であるバール王から見えれば熟練者が多い夜叉王丸の軍団で一人だけ息を切らしている姿に不審を抱いたのだ。
「あー、あいつは近頃になって取った弟子です」
何と答えたら良いのか困りながら正直に答えた。
「で、弟子ですとっ。そのような話は聞いておりませんぞ!!」
バール王は狼狽しながら詰め寄ってきた。
魔界の総軍を指揮する将軍にして優れた剣の使い手でもあるバール王もアビコール公爵と同じく夜叉王丸と親子になりたいと思っている悪魔だ。
ただ、彼には子供が居ない事からアビコール公爵に一歩、遅れを取っていると感じている。
そこにアビコールが更に追い打ちを掛けた。
「おぉ。あれは先日、見掛けた夜叉王丸殿のお弟子殿ではないですか。まだ新兵ではあるが、中々の見所がありますな」
アビコールはラインハルトに一度だけ夜叉王丸の屋敷で面識を持っていた。
しかし、彼も名を馳せた軍人だけあって一目で夜叉王丸が初めて弟子にしたラインハルトの非凡に気付いたのだ。
「なっ!!アビコール殿は彼を知っているのですか?」
バール王の質問にアビコール公爵は頷いた。
「えぇ。先日、妻と一緒に夜叉王丸殿の屋敷に招待された時に会いました。いやいや、あれで中々の才能をお持ちだ」
アビコール公爵の話にビレト、ザパンなどの軍人たちもラインハルトを凝視した。
ラインハルトは、と言うと上層部に見られている事も知らずに相棒の雷竜、ジークに上半身を丸呑みにされて暴れていた。
何とも滑稽な姿だ。
しかし、風の翼では見慣れた風景であり、これから起きる事も予測できた。
ジークが行き成りラインハルトの上半身を飲んだまま首を大きく上げて地面に叩き下した。
だが、下半身だけのラインハルトは瞬時に気づき地面に当たる瞬間に、風の魔術で衝撃を緩めてジークの口を開けて脱出した。
初めてに比べれば上達した方だ。
それを見た上層部は思い思いに感想を述べた。
「・・・・ふむ。何とも滑稽な姿だが、瞬時に衝撃を緩めて間を置かずに脱出した所を見ると見た目よりは出来るようだな」
ビレトは猛禽類のような瞳を細めながら言った。
「確かに。流石は飛天が弟子にした所、か」
ザパンの方もふむふむと頷いた。
バール王はと言うとアビコールから夜叉王丸に招待された事と夜叉王丸が弟子を取ったのに自分には言わなかった事で、奈落の底に落とされたような顔になりウリクスとバエルに支えられていた。
その様子を見て夜叉王丸は、軽く息を吐きながら後でかなりバール王に怒られるなと思い逃亡手段を考えた。
それから30分くらいして学生たちを引き連れてシルヴィアとシャルロットの隊が到着して演習が始まった。