第二十一章:皆で射撃
翌日、夜叉王丸達はバロンへと行き、過ごしていた。
彰久は昨夜と変わらず夜叉王丸達から何かと教えられて手帳に記入していた。
「ラインハルト君は男爵家の子供だったんですか」
「あぁ。まぁ、次男だから爵位は無いが、な」
「そう言う時は、どうなるんですか?」
「まぁ、大体が婿か養子、若しくは独立して軍人・学者になるかの道だな」
「あの子の場合は、公爵家の娘に恋をしています。どうなるんでしょうか?」
「はっきり言って希望なんて優しい物は無いな」
ダハーカが、ばっさりと言い切った。
「そうなんですか?」
「あぁ。あいつには、可哀そうだが無理だ」
彼が恋する娘の家柄は公爵。
そして彼の家柄は男爵。
最高家柄と最下位の家柄。
天と地も差がある。
「しかも、あいつは次男。爵位も継承できない奴に娘はやれないと公爵は言うだろうな」
会った事は無いが、鵺の調べで色々と分かり幾ら夜叉王丸の愛弟子であろうと無理だと分かった。
「虚しい恋ですね」
彰久は憐れみを覚えずにはいられなかった。
「あいつ自身、それを解かっている筈だ。解かっていながら強くなろうとしているんだ」
報われない恋でも、好きな人が幸せになれるように強くなりたい。
「・・・・・彼はもう十分に心は強いですね」
「あぁ。後は技量を持てば、良い」
「そう言う貴方は、自分を鍛えなさい」
ジークルーネが厳しい声で彰久を叱った。
「良い事?貴方はウールヴヘジンなのよ。強くて当たり前なの。だから、もっと強くなりなさい」
家柄が良いのだから、品行は良いに決まっていると決め付けるような言い方だった。
「おい。彰久はこれから強くなるんだ。鍛えているぞ。毎日」
お前はどうだと聞く夜叉王丸にジークルーネは大きく頷いてから言った。
「この私を誰だと思っているのよ?」
「自称、最強のワルキューレ」
「あんた殺されたいの?」
「二度も負けたくせに吠えるな」
ヴァレンタインにも負けたくせにと夜叉王丸は付け足した。
「あ、あれは油断・・・・・・・・」
「・・・・・勝負で油断するなどワルキューレとして恥ね」
クレセントが冷静に皮肉を込めて言った。
「何よっ。たかが、傭兵のくせして」
「・・・・・・・・」
「ジークルーネさん。そのように他人を悪く言ってはいけませんよ」
ジャンヌが見かねて割って入って来た。
「でも、ジャンヌさん」
「そのように言うのは、駄目ですよ」
「・・・すいません」
ジークルーネは、ジャンヌに怒られて少し落ち込みながら謝罪を口にした。
「流石はジャンヌちゃん。ワルキューレも手懐けるんだもの」
リリスがカウンター席に座りながら、ジャンヌを褒めた。
「そう言えば、彰久。お前、海外に出張しに行っていたって話していたな」
「えぇ。言いましたが?」
「何処にいたんだ?」
「アメリカとベトナム、それからイギリスとドイツにも3、4年ほど」
「そこで射撃とかやったか?」
「まぁ、拳銃と散弾銃は護身用として持てと勧められたので・・・・・・・・・・」
「そうか。外人部隊では、言わなくても解かると思うが、銃を使う。だから、今日からお前にも銃の練習をしてもらう」
「分かりました」
「ちょっと射撃やるなら私もやるわよ」
ジークルーネが口を挟んで来た。
「何だ。自称、最強のワルキューレ」
「人に変な渾名を付けないで!それはそうとウールヴヘジンがやるなら私にも撃たせてよ」
前々から興味があったと話すジークルーネ。
「別にいいけどよ。壊すなよ?」
「人を壊し屋みたいに言わないでよ」
「そうか?俺が会った時は、壊してばかりだったからな」
ジークルーネは昔の事を思い出して、羞恥で顔を赤くした。
そんなジークルーネを皆は笑いながら見た。
昼食を終えた夜叉王丸達は食後の一服を男達でしていた。
「食後の一服がこんなに美味いのは、初めてです」
前までは、余り美味くなかったと語る彰久。
「そういえば、お前、女房に家を追い出されてから、家には帰ったのか?」
「・・・いえ。もう私の持ち物は全部、勝手に処分されていたので」
「・・・・・酷い女に会ったんだな」
ダハーカは、とても同情的な目線で彰久を見た。
「ダハーカさんにも経験が?」
「いや無い」
即答するダハーカに彰久は、机に突っ伏しそうになった。
「お前は人をおちょくり過ぎだ」
「俺的には慰めたつもりなんだが」
夜叉王丸の咎めにダハーカは肩を落とした。
「そんなんだから女にモテないんだよ」
「喧しい。俺は大和撫子を求めているんだ」
「ダハーカさんの女性の好みは、古風ですね」
彰久は物珍しそうな顔をした。
「何だよ。可笑しいか?」
「いえ。ただ、今の時代で大和撫子のような女性を求めているのにちょっと・・・・・・」
「確かに今の時代は、男女共同社会だからな」
「それの割には男女差別だがな」
ダハーカは、夜叉王丸の答えに皮肉を付け足した。
「でも、魔界では無いのではないですか?」
「それがあるのよ」
リリスが彰久の問いに答えた。
「私が男女差別を無くすようにしたんだけど、やっぱりまだあるのよ」
「まぁ、これは何処の世界に行こうがある問題だな」
夜叉王丸はセブンスターを吸いながら言った。
その後、4時に真夜達が来てバロンは活気づいた。
黒闇天達は制服の上からエプロンを付けて仕事をしていたが、客足は余り良くない。
しかし、彰久達と談笑を混ぜて客は居ないが、賑わっていた。
6時に閉店した夜叉王丸は綾香、真琴をディムラー・ダブルシックスに乗せて自宅へと送り届けた。
二人を自宅に送ってから道場に行くと、二人の老人がラインハルトを挟んで言い争いを繰り返していた。
一人は、宗斎。
もう一人は・・・・・・・・
「・・・厳冬殿」
夜叉王丸は道場の中へと入り、初老の老人に話しかけた。
「おぉ。これは飛翔殿。お久し振りじゃな」
老人、厳冬は人懐こい笑みを浮かべて夜叉王丸に笑い掛けた。
「尾張から来たのですか?」
「いやいや。今回は、偶然じゃ」
笑みを浮かべているが本当かどうか怪しい所だ。
「そうですか。それで、どうして宗斎殿と言い争いを?」
「宗斎殿がラインハルト殿と話をさせないからじゃ」
「何を言うのですか。貴方がラインハルト殿を尾張に無理やり連れて行こうとしていたから阻止しただけです」
両者は互いに言い分を言った。
「お二人の気持ちは分かりました。しかし、ラインハルトはこれから用事があります」
夜叉王丸はラインハルトを後ろに下げた。
「飛翔殿。わしとラインハルト殿を引き離すつもりか?」
女みたいな言葉を言う厳冬に夜叉王丸は呆れながら口を開いた。
「彼から聞きましたよ?免許皆伝を授けるというではないですか?」
「このような才能を持つ青年に何時までも修行をさせるのは、勿体ないと思っただけです」
「貴方の言い分は分かります。しかし、彼の師は私です。それに彼自身、まだ修行が足りないと思っているのです」
だから、まだ免許は早いと夜叉王丸は言った。
「・・・・・うーむ」
厳冬は渋面を浮かべた。
「何れ私がそちらに窺いますので、ここは折れて下さい」
出来るだけ相手の顔を立てて言った。
「分かりました。それでは、今日は引き上げます」
厳冬は渋々と言った様子で折れて道場から出て行った。
「すみませんね。飛翔殿」
宗斎は申し訳ないと頭を下げた。
「いえ。あの方の事だから、自ら来ると思っていました」
「そうですか。それでは、ラインハルト殿。飛翔殿。また明日」
「えぇ。それでは・・・・・・・・」
夜叉王丸は弟子を連れて道場を後にした。
車に乗り込んで走らせた夜叉王丸は弟子にどういう経緯になったかを聞いた。
「私が師匠の帰りを待っていたら、行き成り現れて・・・・・・・・・・」
免許皆伝を授けるとか突然、言われて動転したと話すラインハルト。
「あの爺さんは、突発的な行動を起こすのが得意だからな」
夜叉王丸は溜め息を吐いた。
「まぁ、今度は気を付けろ」
ラインハルトは頷きながら出来るなら、もう会いたくないと思った。
魔界に戻った後、ラインハルトは訓練所へと行き、夜叉王丸は射撃場へと赴いた。
射撃場へ足を運ぶと既に彰久が待っていた。
傍らにはジークルーネ、ダハーカ、クレセントがいた。
「遅いわよ」
ジークルーネが開口一番に夜叉王丸に毒づいた。
「開口一番に毒舌を吐く女はお前くらいだ」
夜叉王丸は溜め息を漏らしながら彰久に視線を移した。
「アメリカでは、どんな銃を使っていたんだ?」
「リボルバーです。確か・・・・・S&W M36チーフスペシャルでした」
「あの小型拳銃か」
夜叉王丸は頷きながら散弾銃は何を使っていたと聞く。
「散弾銃は・・・・・・・・・レミントンのM870、でしたね」
記憶の中から探り出すようにして彰久は言った。
「随分と実用性が高い散弾銃を選んだな」
「友人がゴリ押しで進めて来たんです」
「なるほど。まぁ、良い。取り合えずお前さんにはリボルバーが良いな」
夜叉王丸はドアを開けて、射撃場の中に入り、ガンロッカーを開けて彰久に選べと言った。
「こんなに一杯あると選ぶのに苦労します」
彰久は、どれにするか迷った。
「あんたが遅いから私が先に決めるわ」
ジークルーネが彰久を押し退けて手近にあった拳銃を取った。
シルバー色のコルト・アナコンダだった。
コルト社が開発した44マグナム弾を使用するリボルバーでステンレス製のため水などに強い。
ダブルアクション式でコンバット・シューティングなどに採用されるリボルバーとして名を馳せた。
「お前が選びそうな銃だな」
「何よ。その言い方は」
夜叉王丸の断言したような言い方にジークルーネは眉を顰めた。
「別に。選んだなら、退けろ。彰久も決めたようだ」
ジークルーネは文句を言いながら退けた。
「私は、これにします」
彰久が手に取ったのは黒いリボルバーだった。
「ほぉう。S&W M28か」
ダハーカが目を細めた。
S&W M28はS&W社が開発したリボルバーでM19の耐久性の問題を解決する為に大型のLフレームを採用した357マグナムのリボルバーだ。
しかし、そのため大き過ぎて肝心の買い手である警察からは採用されなかった。
だが、その威力と耐久性からベトナム戦争では特殊部隊がサイド・アームとして正式ではないが、採用している。
「中々の目利きだな。これなら問題は無い」
夜叉王丸は彰久の選んだ銃を称賛した。
「そうなんですか?」
「あぁ。アナコンダに比べて357マグナムだし、黒だから太陽光に反射したりもしない」
「なるほど。しかし、44マグナム弾は威力があり過ぎるのですか?」
「あぁ。44マグナムは対人相手には威力が強過ぎる。まぁ、化け物相手には申し分ないがな」
「そうですか」
「それで、どんな理由でこれを?」
「何となく、ですね」
「そうか。弾は、直ぐそこにある」
彰久は直ぐ隣にある緑色の箱を取り上げた。
「そっちは38スペシャル弾、赤い箱は357マグナム弾だ」
彰久はギコチナイ手つきでスイングアウトさせると38スペシャル弾を装填し始めた。
「ちょっと私の弾は?」
ジークルーネが彰久を押し退けて聞いて来た。
「そこの端にある焦げ茶色の箱だ」
夜叉王丸は箱を教えると彰久の方を見た。
彼は既に射撃台へと立っていた。
「撃った事があるなら、感覚は解かるだろ?」
「えぇ」
彰久は通常の銃より重い筈のM28を軽々と持ち上げて引き金を引いた。
M28から火が吹いた。
6発を全部、撃ち終わったM28からは白い煙が出ている。
「的には3発が命中して3発が掠ったか。お前、本当に2年前か?」
夜叉王丸達は、余りの良さに目を見張った。
普通ならどう考えても簡単に当たる物ではない。
それなのに半分も命中させた。
「まぁ、熱中していたので」
彰久は苦笑した。
「これなら一週間もあれば完璧にこなせるんじゃないか?」
ダハーカが顎に手を当てながら呟く。
「まぁ、他にも叩き込む事はあるから、な。取り合えず続けてくれ」
彰久は頷いた。
ジークルーネも射撃を開発した。
彰久の銃に比べて、威力が高い為か少し踏ん張っていた。
「お前でも踏ん張るんだな」
「これでも乙女よ」
ジークルーネは怒った。
「それは失礼した。で、どうだ?使い心地は」
「そうね。少し力むけど、パワーはあるわ」
「それなら、それを貸してやる」
「貸すの?頂戴」
「壊さないと約束するならくれてやる」
「壊さないわよ!?」
夜叉王丸の言い方に怒りながらジークルーネはコルト・アナコンダを乱暴に布に巻いていたベルトに挟んだ。
夜叉王丸は、壊さないでくれよと思いながら彰久を見た。
片手で撃つ彰久は、まったく微動だにせず撃ち続けた。
確実に物に出来るだろうと夜叉王丸は思った。