第十六章:皇帝に謁見
魔界に戻った夜叉王丸は直ぐに美夜を迎えに来たベルゼブルを自分の部屋へと通した。
「俺に紹介したい奴とは誰だ?」
「人間界で燻っていた狼だ」
「狼だと?日本で狼は絶滅した筈だろ?」
「狼は狼でも、シベリア狼の流れを組むウールヴヘジンだ」
「ウールヴヘジンだと」
息子の言った名前にベルゼブルは立ち止った。
「あのラグナロク-神々の黄昏で全員が相手を道連れに死んだ、あのウールヴヘジンか?」
「ラグナロクに参加して死んだ奴の生まれ変わりだ。しかも、奴の相手は火の魔神。そいつを一人で片付けた」
さっき調べて分かったと言う夜叉王丸。
「輪廻転生か。それで、そいつの名は?」
「元は若人。今は草神彰久だ」
「草原の神が名字とは随分と豪勢だな」
「フェンが名字を考えて俺が名前を決めた」
「なるほど。それで、そいつの経歴は?」
「元営業マンで妻子に捨てられ会社からリストラされた」
「随分と可哀そうな経歴だな」
「しかし、これから変わる」
「そうだな」
二人は会話を終えると部屋に向かった。
部屋では草神彰久がポールモールを吸い続けて灰皿に山のように吸殻を増やしていた。
「彰久。こいつが俺の父親で皇帝のベルゼブルだ。別名をロリコン皇帝だ」
「こら!勝手に人の異名を変えるな!!」
ベルゼブルは夜叉王丸の紹介に怒りながら咳払いをして自ら名乗った。
「・・・ゴホン。馬鹿息子が失礼な紹介をしてすまなかった。俺の名は、ベルゼブル。バアル・ゼブルだ。地獄帝国皇帝を務める七つの大罪、『暴食』を司っている。別名、蝿王だ」
彰久は椅子から立ち上がると緊張した様子で45度の礼をして名乗る。
「草神彰久と申します。伯爵さまである夜叉王丸様には人間界で大変世話になりました」
「こんな人世破綻者が力になれたなら幸いだ。・・・・・なるほど。確かにシベリア狼の流れを組んだ素晴らしい戦士だ」
一通り彰久を見たベルゼブルは納得の笑みを浮かべた。
「あのシベリア狼の流れとは?」
「俺の息子が調べた結果、お前はシベリア狼の流れを組みラグナロクでは、火の魔神を一人で倒した戦士だったらしい」
「そう言えば、幼い頃からゲームとかで見る戦いの映像を見る時がありました」
「それが証拠だ。魔界へようこそ。ウールヴヘジン草神彰久よ。魔界を代表して貴殿を心から歓迎しよう」
ベルゼブルは優雅に一礼して見せ手を差し出した。
彰久は少し戸惑ったが、ベルゼブルの手を取り握手を交わした。
この時より草神彰久は人間を捨てたと言っても良いだろう。
握手を終えたベルゼブルは彰久に聞いた。
「今宵の宿はどうする?」
「夜叉王丸様の屋敷で過ごし訓練をする予定です」
「そうか。おい。飛天。俺も泊るが問題は?」
「別にないが。急にどうした?」
「久しぶりにウールヴヘジンと会ったんだ。こいつと一緒に酒を飲み交わしたい」
俺だって男だから戦士としての血が騒ぐと言うベルゼブル。
確かに彼は、天魔大戦でも陣頭指揮を執ったし、神と戦った時には先陣を切ったとも聞いていた夜叉王丸は、然して驚かなかったが、敢えて別な事を言ってみた。
「美夜ちゃんを連れて帰ったら即ベッドなのに今日は珍しいな」
「貴様は俺を何だと思っている?」
「ロリコンで超絶倫の馬鹿だ」
息子のあんまりとも言える発言にベルゼブルは眉間に皺を寄せたが、美夜の呼ぶ声を聞いた。
「ベルゼブル?何処ー?」
「美夜!!直ぐに行くぞ!?」
部屋を出ると愛する妻の元へと走り去って行った皇帝を彰久は茫然とした眼差しで見ていた。
「皇帝はかなり美夜さんを愛しているんですね」
「まぁな。さて、俺らは訓練所で軽く汗を流すか」
彰久は頷いて夜叉王丸と一緒に訓練所へと足を運んだ。
訓練所に行くと兵士が訓練をしたり雑談を交わしていた。
その中にはゼオン、ダハーカ、フェンリルの姿もあった。
「おぉ。来たか相棒。そしてようこそ彰久」
「おう。さて、彰久。ここでは訓練を行うが、スポーツ、武道の経験は?」
「まぁ、幼い頃から父に色々な武道を教えられました」
気恥ずかしそうに言う彰久に夜叉王丸は苦笑する。
「それなら多少の体力はあるな。ここで一月も訓練すれば更に逞しくなるぞ」
特にお前は、なと言う夜叉王丸。
「それじゃ、軽く腕立て5000回に腹筋と背筋を7000やってから、50キロの重りを背負って走るのと水泳をやってみろ。おい。お前ら何人かやってみろ」
ハード過ぎる内容だが、彰久は分かりましたと言い他の兵士も頷いた。
「では・・・・・・始め!!」
夜叉王丸の掛け声を合図に数人の部下と彰久は開始した。
兵士たちは目にも止まらぬ速さで腕立てをするが、彰久はそれ以上に速かった。
「ヒュー。随分とやるな」
ダハーカは口笛を吹いた。
「流石はウールヴヘジンだな。それと彰久自身が変わりたいという気持ちの表れか」
「どちらも正解だな。おっ、もう背筋か」
速いな、と夜叉王丸は言い彰久を見た。
常人、人間では確認し切れない速さで彰久はトレーニングをする。
「これなら一月も待たずに外人部隊に送れるんじゃないのか?」
「いや。訓練は大事だ。そりゃ、実戦と訓練とじゃ違うが、訓練をしっかりやれば実戦で変な目に遭っても問題ない」
なるほど、と頷きダハーカは煙草を夜叉王丸に進めた。
「今夜は酒飲みで明かすか?」
「ベルゼブルもそう言ってた。おい。お前ら!今日は皇帝が酒を献上してくれる!!覆いに励め!?」
甲高い声が出ると同時に兵士たちは訓練を再開する。
「さて、俺はベルゼブルに酒を用意するように言ってくるから後は頼む」
「OK。そっちもしっかりと蝿王から酒をふんだくれよ?」
夜叉王丸は笑いながら訓練所を後にして美夜の部屋へと向かった。
美夜の部屋に行くと、何やら部屋からギシッ、ギシッ、とかイヤ、ダメなど聞くには、毒な声と音が聞こえてくる。
「おーい。ベルゼブル。少しいいか?」
無遠慮にもドア越しに声を出すと、少ししてからドアが開いてベルゼブルが裸で半分ほど出てきた。
「お前は、俺の邪魔をして楽しんでいるのか?」
些かと言うか、かなり立腹した声と態度で夜叉王丸を見るベルゼブル。
「誰が好き好んで女と楽しんでいる最中を邪魔するか」
そういう事をするのは下品な奴らだと答える夜叉王丸。
「要件を言え。俺は忙しい」
ベッドで美夜を可愛がっているのが忙しいのか?とは流石に夜叉王丸は言わずに要件を伝えた。
「たっく。そんな事を言いに来るお前は律義過ぎて嫌味だ」
今は、と言う養父に夜叉王丸は苦笑する。
「用件はそれだけだ。また美夜ちゃんを可愛がってやれ」
「ちょ・・・・・ひ、てん、さ・・・・・・・・・ん、まって・・・・・・」
部屋から美夜の掠れた声が聞こえてきたが、彼は敢えて無視した。
「まぁ、頑張ってベルゼブルに可愛がられなよ。美夜ちゃん」
彼は言うだけ言うと部屋を後にしドアが閉まると同時に再び声と音が聞こえ始めた。
「・・・ラインハルトには毒だな」
弟子には刺激が強すぎると彼は言いながら、ラインハルトを迎えに行くのを忘れていた事を思い出す。
携帯を取り出して見るとラインハルトからの着信後があった。
『伯爵さま。どうしたのですか?』
「迎えに行くのを忘れてすまないな」
ラインハルトが出ると夜叉王丸は先ず迎えに行くのを忘れていた事を謝罪し、これから迎えに行く事を伝えた。
『ありがとうございます』
「いや。それで今どこだ?」
『今は、その何と言うか、淑女の方に囲まれていまして・・・はい』
耳を澄ませば数人の女子の声が聞こえてくる。
「何だ。お前もついにナンパでもしたか?」
『いえ。そのバロンに行こうとしていた途中に声を掛けられまして・・・・・・・・』
今はカラオケに行こう、と誘われていると言うラインハルト。
「だったらカラオケを楽しんで来い。それから迎えに行く」
ラインハルトは何か言おうとしたが、夜叉王丸は直ぐに携帯を切った。
「あいつには悪いが、少し女慣れしてもらわないとな」
何とも無責任な師匠もいたものだと自分を笑いながら夜叉王丸は訓練所へと再び戻った。
訓練所に戻ると彰久がポールモールを吸い他の兵士は草臥れた姿で夜叉王丸を出迎えた。
「どうしたんだ?」
「こいつら彰久に合わせて訓練をしてダウンしたのさ」
ダハーカが笑いながら言う。
「ぐ、軍団長も人が悪い・・・・・こいつが獣人なら最初に教えて下さいよ」
兵士の一人が夜叉王丸に息も絶え絶えに言う。
夜叉王丸は苦笑して答えた。
「そう言えば、ラインハルトはどうした?」
「どうやら女子に逆ナンされているらしい」
「まぁ、あいつ容姿は良いからな」
灰銀の髪にオッド・アイなんて王子様みたいなものだと言うダハーカ。
「これで少しは女慣れして欲しいんだが」
「まぁ、出来るならな」
二人は溜め息を吐いた。
恐らくは無理だろうという結論が二人にはあった。
その後、訓練を終えた彰久を連れ食卓の場へ行くと既に夕食の準備は出来ていた。
「今日はステーキです」
ジャンヌは彰久の歓迎と言い彼のステーキはフェンリルが何時も好んでいる牛肉のサーロイン・ステーキだった。
「おぉ。この香ばしくて歯ごたえがありそうな匂いは最高だ!!」
フェンリルは真っ先に席に着き彰久も2番目に着いた。
「やれやれ。盛りの着いた餓鬼みたいだな」
ダハーカは笑いながら席に座り全員が腰を下し合掌してから食事を開始した。
「皇帝陛下はどうしたのですか?」
彰久が訊くと夜叉王丸は黙った。
「伯爵さま?」
「お前、耳を澄ませてみろ」
言われるまま耳を澄ませた彰久だが、直ぐに顔を真っ赤にしてステーキを頬張り始めた。
「・・・・・・・・」
夜叉王丸は何も言わずに食事を続けた。
ジャンヌたちに至っては分かり切っていたのか何も言わずに食事を続けていたが、どこか顔が赤かった。
食事を皆が済ませた頃になってベルゼブルと美夜が来た。
ベルゼブルの方は嬉しそうだが、美夜は疲れ切った顔だった。
「・・・飛天さん。酷いじゃない。私を置いて行くなんて」
「いやー。今回は、この馬鹿息子を孝行息子に思えたよ。俺は」
ベルゼブルは笑いながら美夜の腰を抱き寄せた。
『・・・・・今夜は終わるけど後の2日かは、あれで終わらせないからな』
美夜は軽く悲鳴を上げるが、逃げようにも逃げられずに終わる。
「ジャンヌちゃん。悪いけど美夜の食事を用意してくれないか?俺は要らないから」
「畏まりました。美夜様、ステーキで良いですか?」
「・・・・それでいいわ」
美夜は疲れ切った身体を動かしながら椅子に座った。
「さて、飛天。俺らは酒飲みとしよう」
「そうだな。彰久、来い」
彰久は頷き夜叉王丸たちの後を着いて行く。
ジークルーネも後を追おうとしたが、クレセントが先に動きジークルーネを羽交い絞めにした。
「貴方が行くと混乱するから大人しくしなさい」
「は、離しなさいよ・・・・・・・・ぐっ」
メキメキと音を立てジークルーネは沈んだ。