第十四章:ウールヴヘジン
魔界の屋敷へと帰還すると先に帰っていたジャンヌ達が夜叉王丸とラインハルトを出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。飛天様」
ジャンヌが一礼すると夜叉王丸も軽く一礼してただいまと言い返した。
「ラインハルトさんもお帰りなさいませ」
ラインハルトはあたふたとしながらただいま帰りましたと言う。
その姿を見て皆は苦笑した。
屋敷の中に入り自分の部屋に行きドアノブに手を掛けようとしたが、寸での所で夜叉王丸は手を止めた。
『・・・・・この気はジークルーネだな』
部屋の外にも漏れているほど荒れている気を感じ夜叉王丸は少し間を置いてからドアを開けた。
中に入ると「物凄く怒っている」と訴えているような顔をしたジークルーネが立っていた。
「今まで何処に行ってたのよ?」
押し殺した声で訊ねてくるジークルーネの身体から放たれる気を真正面から受けながら、夜叉王丸は平然とした様子で、ソファーに座るとセブンスターを取り出して銜えた。
「何処に行ってたのかって訊いているのよ!!」
ジークルーネは怒鳴り声を上げた。
「昔の事は覚えてない」
夜叉王丸は火を点けたセブンスターを美味そうに吸いながら答える。
「昔の事って、ついさっきの事でしょうが!!」
ジークルーネは夜叉王丸の好い加減とも言える言葉に更に怒りを募らせていった。
「さっきも過去だ」
平然と煙を吐きながら夜叉王丸は怒りが頂点に達しているジークルーネに言う。
「ああもう!!何でこんな男に負けたのよ!?」
夜叉王丸の態度が変わらない事に頭を悩ませるジークルーネ。
「あんまり騒ぐな。頭痛がする」
「何よっ。あんたが元はと言えば気絶した私を置いて消えるのが悪いんでしょ」
「あれ位で気絶する方が悪い」
夜叉王丸は短くなったセブンスターを灰皿に捨てた。
「こ、の、性悪男!!」
「悪魔だからな」
ジークルーネの皮肉も軽く受け流した夜叉王丸はラインハルトと草神彰久の事を思い出した。
年若く将来有望なラインハルトと対照的に失業したばかりで妻子にも見捨てられた草神彰久。
どちらも共通点が無いと思えるだろうが、二人とも夜叉王丸という人物と出会った事に共通点がある。
草神彰久の方はラインハルトより直ぐに自立できると考えていた。
彼の心に宿るのは獣であり王でもある。
その彼なら少し刺激を与えれば直ぐに自立できる。
その他にもラインハルトよりは世間の荒波に揉まれているのも理由の一つとして上げられる。
「ジークルーネ」
唐突に夜叉王丸はジークルーネの名前を呼んだ。
「何よ。急に」
未だに怒りを鎮めていないワルキューレに苦笑しながら言ってみた。
「狼の戦士は知っているだろ?」
「狼の戦士?ああ、“ウールヴヘジン”の事ね」
ジークルーネは直ぐに望んでいた答えを出す。
ウールヴヘジンとは狼の衣を着た戦士と言う意味で、軍神オーディーンの仁通力を授かり狼の姿になり戦う者の事である。
俗に言う狼男だ。
「今は居るのか?」
「ラグナロク(神々の黄昏)で全滅したわ。それがどうしたのよ」
「人間界で狼を宿した男を見つけた」
「人間界で?珍しいわね。昔の人間界ならいざ知らず今の人間界で獣を宿した人間がいるなんて」
ジークルーネは貴重品でも見つけたような声を出した。
「あぁ。近い内に明日にでも魔界に連れて来るが、その時は力を貸せ」
北欧神界のワルキューレなら夜叉王丸だけでやるより効率が良いと思い言ってみた。
「何処に行っていたのか教えたら良いわ」
抜け目がない女だと思いながら夜叉王丸は頷いた。
「分かった。人間界に行ってた」
「何の為に?」
「単なる暇つぶしだ」
「暇つぶしね。まぁ、良いわ。じゃあ、その男をウールヴヘジンにするのを手伝えば良いんでしょ?」
「あぁ。鎖さえ千切ってしまえば、もう後は自分の意志で変身は出来るからな」
獣を宿す者には元来からその狂暴なまでの力を鎖で縛られている。
「久し振りに骨がありそうな男を見れそうで楽しみだわ」
ジークルーネは何処か嬉しそうに笑う。
笑えばそれなりに可愛いのだが、と思いながらも夜叉王丸は口には出さずに心に留めて置いた。
『こいつに言えば付け上がる』
心の中で言いながら夜叉王丸は二本目のセブンスターを銜えてジッポで火を点けた。
3本目の煙草を吸い終わる頃にジャンヌが夕飯の準備が出来たと言いに来てジークルーネと二人で部屋を出た。
居間に行くと料理は既に並べられていた。
メニューは夜叉王丸の好物であるハンバーグ・ステーキとポテトサラダで料理を見て夜叉王丸は顔を綻ばせた。
ジークルーネは毒舌を吐こうとしたが、美羽、ヴァレンタイン、黒闇天、カリの睨みを見て言うのは得策ではないと思い口を閉じた。
席に着くと合掌してから食事は開催された。
「相変わらず、お前が作るハンバーグは美味しいな」
格別だと褒め称える夜叉王丸の顔は子供のように幼く見え女性陣の苦笑を誘ったが、ジャンヌは笑顔で礼を言った。
「飛天様の為に作りましたから」
男を悩殺しそうな言葉を言うジャンヌに夜叉王丸は笑顔で答える。
その何気ない会話も長年、付き合ってきた二人だからこそ出せるものだとジャンヌを除く者は思う。
「そう言えば、綾香ちゃんと真琴ちゃんが内に遊びに来たいと言っていたぞ。真夜」
夜叉王丸は帰る時に言われていた事を思い出し義妹に伝えた。
「私も美羽も大歓迎だけど、飛天さんは大丈夫なの?」
二人とも夜叉王丸達が人外の者だと幼い頃から知っている。
別に姿を見られたりしていた訳ではないが、幼い子供だけにある直感というものらしい。
「別に構わない。ベルゼブル達なんかも娘が増えたと言っているだろ?」
幼い頃に魔界の屋敷に遊びに行った時に、ベルゼブル達と偶然にも会った綾香と真琴は怖がりもせずに懐いた事から、ベルゼブルを始めとした悪魔からは娘のように可愛がられている。
「誰?その二人は」
ジークルーネが口にデミグラス・ソースをべっとりと付けながら聞いてきた。
「餓鬼か。お前は」
夜叉王丸はハンカチを取り出してジークルーネの口を拭いてやった。
女性陣は、特にカリと黒闇天は初めて見るだけに衝撃は強く唖然としていた。
クレセントは無表情に見ていた。
「ちょっ、何すんのよ!!」
口を拭かれた事に反感を抱いて顔を真っ赤にした。
「口の周りに付いていたソースを拭いてやっただけだ。餓鬼じゃあるまいし綺麗に食え」
汚れたハンカチを折り畳んで仕舞い食事を開始する夜叉王丸。
「~~~~~~~!!」
ジークルーネは人前で口を拭かれるという恥ずかしい思いをして真っ赤になりながら食事を再開した。
結局、彼女は聞きたい事を聞かずに食事を終える事になった。
それから食後を終えた後で夜叉王丸は自室でダハーカと一緒に酒を飲んで一日の疲れを癒していた。
「はぁー。一日の終わりに飲む酒は格別だな」
ダハーカはウォッカのストレートを飲みながら豪快に喋る。
「まぁな。今日は何かと騒がしかったしな」
アルコール度50という高めのワイルド・ターキー8を氷が入ったグラスを手に答える。
「ところで彰久をどうするんだ?」
草神彰久の事をダハーカは気になって聞いてみた。
「先ずは鎖を断ち切って野性を解放させる。その後、メニューをやらせてフランス外人部隊に送る」
「なるほど。外人部隊で新たにフランス国籍とフランス名を得る算段か」
「ご名答だ。まぁ、そこからは後で考えるがな」
グラスを傾けながら夜叉王丸は答えるとダハーカは満足気に頷いた。
「鎖が切れたらメニューなんて簡単じゃないのか?」
ダハーカは悪魔ではなく悪龍である事から野獣、獣人の底力を知っていた。
獣人は悪魔より骨格から肉体などが桁違いに強い。
その半面で本能の赴くままに動く傾向があるのが悪魔との違いでもある。
「だろうな。しかも狼ともなれば尚更だ」
グラスを傾けながら夜叉王丸は答える。
「確かに。まぁ、あいつの頑張り次第でもあるがな」
まぁ、その点は問題ないだろうと二人は結論付けて酒を飲み続けた。