6話 どんどん評価が上がっていく
ジノスの街に帰ってきたのは夕方のことだった。
御者を帰らせてしまったので廃坑からここまでは歩きだった。それでも不思議と疲れはなく、ライマルには大きな達成感があった。
ジノスは魔物の襲撃に備え、街を石塀で囲っている。四カ所ある門のうち、一番西側の門から街へ入る。
門番は何も言わなかった。
ボロボロの格好で通る冒険者は見慣れているのだろう。
「胴体、僕らで独占できてたらすごく儲かってただろうね」
「しょうがないよ。あの大きさは持って帰れないもん」
とはいえ、逆鱗や爪に牙、胃石など、貴重な素材はちゃんと集めてきた。これで当分は生活費に困らないだろう。
街の中央通りを進む。正面には三階建てのジノス市庁舎が見える。真っ白な壁が夕焼けに反射していた。
そのずっと手前、右手に冒険者ギルドはある。二階建ての大きな建物で、鷹の彫り物が取りつけられた扉が目印だ。
中に入るとざわめきが広がった。それぞれの冒険者たちがそれぞれの話に興じている。
駆け出しと思われる若者や、ベテランらしき中年の剣士。眉間に角の生えた亜人に、耳の尖ったエルフ。
街の中では、ここがもっとも様々な種族であふれている。
ライマルとリーシャは並んで受付カウンターに向かった。
「お疲れさまでございます」
両手を合わせて一礼したのは、シーナという名前の受付嬢。灰色の長い髪の女性だ。まつげが長く、知的美人の印象が強い。
「毒竜の討伐、完了しました。廃坑の確認をよろしくお願いします」
ライマルは丸めた依頼書をカウンターに広げて言う。
「一応、簡単な証明として毒竜の逆鱗を……これです」
鱗の一枚を依頼書の横に置くと、シーナは目をぱちくりさせた。
「え……えええっ!?」
それから大声を上げたので、建物の中にいた全員がこちらを見た。
うっ……見られるのは苦手だ……。
ライマルは思わずうつむく。自分の体型を何度も笑われてきたので、どうしてもおびえてしまうのだ。
ポン、と背中を軽く叩かれた。
リーシャが「自信持って」とささやいてくれる。
「毒竜が……西の廃坑の毒竜が討伐されましたっ」
シーナの言葉で、一気にざわめきが大きくなった。
「信じられねえ」
「あれは死人しか出てなかった依頼だぞ」
「中央から腕利きを呼ぶって話も出てたくらいなのに」
ふへへ、とリーシャが面白そうに笑った。
「わたしたち、どうやらすごいことをやっちゃったみたいだね」
「う、うん……」
シーナが興奮気味の顔でカウンターに両手を突く。
「これは一年近く達成者の出ていない依頼でした。何組ものパーティが挑みましたが、仲間のご遺体を背負って帰ってくるのが当たり前……それを、あなた方は二人で達成してしまわれたのですね」
「死にかけましたけどね~」
「あの、お怪我は? 服がボロボロですが」
「ライマル、どう?」
「毒のせいで気分が悪いかな」
「あははっ、そうだね。わたしも同じ」
「では、外傷はないと?」
「はい、ありません」
「ないです!」
「すごい……」
シーナはひたすら感心している。
「ええと、お二人は……」
カウンターの下からボードを取り出すと、シーナはページをめくった。
「ライマルさんとリーシャさん。昨日登録されたばかりではありませんか」
「事情があって、首都カフーから離れることになったんです」
「中央の方だったのですね。お見事です」
ギルドでこんなに褒められるなんて、首都にいた頃にはありえなかった。
「お二人は、まだ拠点をお持ちでない?」
「そうですね」
シーナはうなずき、奥の部屋に入っていった。しばらく待っていると、銀色の小さなプレートを持って戻ってきた。
「こちらはギルドに多大な貢献をしてくださった冒険者様にお渡ししております、銀鎧亭の宿泊許可証となっております」
「銀鎧亭? どこかの宿ですか?」
「この街で一番大きな宿です。その許可証さえ持っていれば自由に出入りすることができます」
「い、いいんですか?」
「毒竜には誰もが頭を悩ませていたのです。それを解決してくださった方にお渡しするのは当然のことかと」
「やったねライマル。まだ拠点決めてなかったし、お言葉に甘えよ」
「そ、そうだね」
シーナは別の書類を確認し、顔を上げた。
「明日、調査班を派遣して依頼の達成を確認させていただきます。報酬金はそのあとのお支払いとなります」
ライマルとリーシャは同意し、ギルドを出た。
「おいおいおいおい」
うしろから低い声が追いかけてきた。長身の男で、黒い鎧に身を固めている。
「てめぇら、なかなかやるみたいじゃねーか」
ライマルは思わず縮こまる。威圧するようなしゃべり方はどうにも苦手だ。
男はジロジロとこちらを見る。それから舌打ちをした。
「こんなデブとちっこい女の二人であの毒竜を倒しただとぉ? 話盛ってんじゃねぇのかよ?」
「ちょっと、いきなり失礼じゃないの!?」
リーシャがムッとした口調で言う。
「さっき証拠の逆鱗をちゃんと出したよ? それでも足りない?」
「ああ、そうだなぁ。俺が倒すはずだった獲物を倒したんだ。その腕前――見せてくれよおっ!」
男が剣を抜き、斬りかかってきた。
リーシャは後ろに跳んでかわす。次の狙いはライマルだった。
「デブが調子乗ってんじゃねえよ!」
「真面目にやってます!」
しっかり言い返すと同時に、ライマルはスキルを発動する。
一気に跳躍し、男の背後に着地した。
「な……」
男が振り返る。
「お、思ったより身軽じゃねーか」
ごほんと咳払いし、男がライマルに向かってくる。
「避けてばっかいないで反撃してみろやぁ!」
「くっ、仕方ない!」
ライマルはまっすぐに突っ込んだ。鋼化が発動する。
男の剣が胴体を直撃するが、スキルの力ではじき返す。
ライマルは体をねじって、男の胴体に右肩からぶつかっていった。その瞬間、重量化を発動。一気に重くなったライマルを受け止めきれず、二人は折り重なって通りに倒れ込んだ。倒れたと表現するにはあまりに重すぎる音で。
「かっ、かぁ……」
超重量の下敷きになった男は白目を剥いている。鎧を着ているから骨は折れていないはずだ。
ライマルはホッと息を吐き出した。
おおーっ! と歓声が上がって、ライマルはびっくりした。通りにいた人々が、こちらを見て拍手しているのだ。
「えっ? えっ?」
わけがわからず、ライマルは困惑する。
「兄ちゃん強いな!」
「荒くれガランをぶちのめしたぞ!」
「久しぶりに胸がスカッとしたわぁ!」
そんな声が飛んでくる。
「よう」
また横から新たな声がした。
見るからに厚手のコートを纏った黒髪の男が話しかけてきたのだ。男は体に鎖を巻きつけていて、何かを背負っている。
「俺はここのギルドで世話になってるダイナ・パルクスっていう。あんたら、よくやってくれたな」
「は、はあ。向こうが斬りかかってきたのでつい……」
「ダイナさん、この人やばい人なんですか?」
早速名前で呼んでいるリーシャはさすがだった。
「そいつはこの街じゃ腕利きの部類でね、実績を盾に好き勝手やって荒くれガランって呼ばれてるんだ」
「はーん、調子乗っちゃってる人なんですねえ」
「実際まあまあ強いからみんな言いなりになるしかなくてな、それを黙らせたからみんなお前さんを賞賛してるってわけさ」
「ダイナさんは雰囲気的に負けそうに見えませんけど?」
「俺はこいつより強いよ?」
当たり前のように言う。
「でも俺、ソロだからさ。数の暴力で嫌がらせされんのは勘弁してほしくて……」
「黙認してたと」
「君らには感謝してる。毒竜も倒してくれたんだってな。ありがたいぜ」
ダイナという男はどこか言葉が軽くて、風のようにつかみどころのない人という印象を受けた。
「ま、今回は剣を抜いたしさすがにギルドも動くだろう。後始末は俺が引き受けるから、お二人さんは銀鎧亭に行くといい。毒竜と戦ったんだろ? ゆっくり休みな」
「はーい、ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます!」
ダイナに礼を言うと、二人はその場を離れた。
「ライマル、やっぱ自信ついてきたね」
リーシャが嬉しそうに言った。
「そ、そうかな?」
「今までならああいう状況で反撃なんて絶対できなかったじゃん。それができるようになったのはとっても大きな成長だよ」
「ま、まずくなかったかな?」
「相手は嫌われ者だったみたいだし平気でしょ。堂々といこう!」
常に前向きなリーシャのおかげで、ライマルも自然と同じ方向を見られるのだった。