31話 昔のあいつじゃない
ガーケルは大剣を振るってシンオーガに斬りかかったが、足が尋常でなく硬い。振り下ろした剣が跳ね返される。
どんな構造になっている?
理解が及ばない。
「くっ、槍が通らない!」
ケインの刺突も無効に終わる。
シンオーガが右の拳を叩きつけてきた。二人はバックステップで回避する。幸い、動きはそこまで速くない。しっかり見切れば避けることができる。
だが、かすっただけでもありえないダメージを受ける。さっきも、指先がかすっただけの冒険者が一人、肩の骨を折られて脱落した。
ガーケルは〈鋼化〉が使えるから比較的安全だが、周りにとっては一撃一撃が致命傷。こちらの攻撃は通らない。こんな相手は経験したことがなかった。
「ひひひひ! もう奴を止める術はない! さっさと諦めろぉ!」
後方で騒いでいるのは捕縛された魔法使いだ。ネヒト・カナモールに雇われて召喚の魔法陣をこの地に描いた。
「貴様、あいつを止められないのか!」
「無理だね! 悪いが、召喚を完全に制御できなかった。本当なら男どもの魂だけじゃなく、処女二人の血と肉体が必要なんだ。なのに依頼していた奴らが冒険者に邪魔されて連れてくるのに失敗した。だからそれなしで召喚してみたが――ご覧の通りさ。あいつはもう暴走するしか能のないただの魔物。誰の言うことも聞かない!」
失敗したくせに開き直っている。このままシンオーガが都市部に侵攻したら大変な惨事になるというのに。
「おい隊長さん! まだ固定化は完全じゃねえんだよな!?」
ガーケルは訊く。
「まだ大丈夫だ! しかし、長引けば完璧に固定されてしまう! それまでに決着をつける!」
「できるのかよ。今の状態でこれだぞ……」
「ガーケル、どいて」
ロゼが杖をシンオーガに向けた。
「そこの魔法使い、シンオーガは火属性を有している! 同じ属性は効果が薄くなるぞ!」
「知ってる」
隊長の言葉にも、ロゼはそっけなく返す。
「氷よ……青氷球!」
後方から氷属性魔法による攻撃が放たれる。冷気を纏った球体がシンオーガの右腕に命中する。球体は爆発し、魔物の腕を氷づけにした。
「おおっ――」
喜べたのは一瞬だけだった。
シンオーガがうなり声をあげると、氷が瞬く間に水に変わり、滴り落ちる。
「うそ……あの濃度の青氷球が十秒持たないなんて……」
ロゼの絶望する声が聞こえる。
グオオオオオオオオオオオオッッ!!!
シンオーガが咆哮し、右腕を振るう。地面がそぎ取られ、大量の岩の破片が飛んでくる。
「ぐっ、ちくしょう!」
「あがっ……!」
奇妙な呻き声のあと、背後で音がした。ガーケルは振り返る。ロゼが仰向けに倒れていた。
「ロゼ!」
駆け寄ると、喉に深い傷ができていた。破片が直撃したのだ。
「ケイン、治癒をくれ!」
「は、はい!」
ケインが走ってくる。
シンオーガは軍の連中の方に向かった。軍人たちは散開して遠距離から魔法を、近距離から剣による斬撃を加えているが、効いていないように見える。
「光よ、加護を!」
ケインが右手をかざし、ロゼに光属性の魔法を当てる。白光がロゼを包み、傷を塞ぐ。治癒水ではできない、光属性の完全回復だ。これがあったからガーケルたちは生き延びてこられた。
「……ごめん、ありがと」
ロゼは喉を触り、礼を言った。
「飛び道具もある。気をつけてろよ」
「……ん」
ガーケルは剣を構え直し、突っ込んだ。戦ってやる義理などないと思いつつも、こんな化け物がカフーに攻め寄せてきた時のことを想像すると恐ろしい。ここで仕留めるべきなのだ。
シンオーガが吼えると、衝撃波が円形に広がった。軍人たちがまとめて吹っ飛ばされていく。
ガーケルは急停止して衝撃を最小限でやり過ごす。再び足を出そうとした時、シンオーガがこちらを向いた。左の平手打ちが飛んでくる。
鋼化ッ――!
スキルが発動した瞬間、ガーケルは吹っ飛ばされた。地面を激しく転がって、どむ、と何かに当たって止まった。柔らかい衝撃だった。岩ではない。
「なんだ……」
ガーケルは顔を上げて、硬直した。
「久しぶり、ガーケル」
そこには、自分がパーティから追い出したばかりの少年の顔があった。彼は――ライマルは、ガーケルを受け止めていたのだ。
「お、お前……」
「話はあとだ。僕も協力する」
「お、お前なんかじゃ勝負にならねえ! 馬鹿言ってないで早く逃げろ!」
「嫌だ」
はっきりした拒絶に、ガーケルは唖然とする。
「僕は戦うよ。もう、一人の冒険者として自信をつけたんだ」
堂々と歩いていくライマルの背中を、ガーケルは何もできないまま見送った。
自信なさげに丸くなっていた背中が、見違えるように頼もしく見える。
追い出して一ヶ月も経っていない。一体、彼に何があった?
ガーケルにはわからない。ただ、もう弱気なだけのライマルはいなくなった。それだけは理解した。




