28話 最凶の召喚獣
ガーケルとケイン、ロゼの三人パーティは冒険者集団の後方を歩いていた。
今回の大規模な依頼に参加するのは総勢六十五名。
ヴァルタゴの北、ジノス市から東へ進んだ鉱山に魔物が大量発生している。それを討伐に行くのだ。
街道を北東へ向かう一団は、もうすぐ鉱山地帯に到達する。
あいにく依頼人である都議会議員やその関係者などは来ていない。派手に暴れて気に入られれば今後に活きる――ともくろんでいたガーケルだったが、それは叶いそうにない。
「もう、無理……」
パタッとロゼが前のめりに倒れた。
「だ、大丈夫か!?」
すぐさまケインがロゼを抱き起こす。周りの冒険者たちは、彼女のことなど気にせず通り過ぎていく。
「おい、さっさと立て。遅れたらそれだけ獲物を逃すことになるんだぞ」
「だって、足が……」
いつも無表情のロゼだが、今日は頬にいくつも汗の筋が見える。
ガーケルも予感はしていた。これまでの依頼よりも歩く距離がだいぶ長い。体力のないロゼが脱落する可能性はあった。
「ほら、背負ってあげるから頑張るんだ。僕らだけ一匹も倒せず終わったら笑いものになるだろう」
ケインが背中を差し出す。ロゼはのろのろとその背中に乗っかった。
「みろ、置いていかれちまった。お前はもう少し体力をつけろ」
「魔法の研究で精一杯……」
「いつもそればっかりじゃねえか。魔法使いにも運動能力は必要なんだよ。走り込め」
「そんなの死んじゃう……」
「死ぬわけねえだろ。やってから言え」
ロゼはぶつぶつ文句をこぼしていたが、ガーケルは無視することにした。ケインが気まずそうにしている。どうも三人になってからぎくしゃくしている。
緩い坂の下に鉱山の入り口が見えた。ゴツゴツした岩山の中に横穴が掘られている。手前は荒れた平地。
……魔物なんていないじゃねえか。
ガーケルは首をかしげた。すでにほとんどの冒険者たちが平地に入り、それぞれのパーティで固まっている。
どこにも魔物の気配はない。
「変ですね。相手は大群って聞きましたけど……横穴の奥に群れてるってことでしょうか?」
ケインも同じ疑問を持ったようだ。
坑道の奥には広い空間ができていることが多いから、そこに集まっているのかもしれない。というか、それ以外に説明がつけられない。
「坑道へ入るとなると、この人数じゃぎゅうぎゅうになっちまう。あとから入ったらまず手柄にありつけねえ。まずいな……」
「急いで前に出ましょうか」
「ああ。行くぞ――」
その瞬間、平地から赤と黒の光が湧き上がった。
「なんだっ!?」
平地には巨大な魔法陣が浮き上がっている。その中に入っていた冒険者たちが次々に倒れていく。今回の集団は六十五名。そのうち五十人以上は確実に巻き込まれた。
魔法陣は稲妻のような光をほとばしらせ、回転する。冒険者たちの体が粒子に崩れ、吸収されていく。
「罠だ! この依頼そのものが罠だったんだ!」
巻き込まれなかった誰かが叫んだ。
――罠。
冒険者を吸い込んで何をするつもりだ。そもそも罠を仕掛けたのは誰だ?
「依頼人……」
ロゼがつぶやいた。
「その都議会議員が、何か企んでる」
ガーケルも理解した。
ここは都議会議員、ネヒト・カナモールの所有する土地。そこに魔物が出たから倒してくれと依頼が来た。そしてこの魔法陣の罠。一目瞭然ではないか。
「ん、あいつは……」
魔法陣の向こうにローブを纏った人物が立っているのが見えた。そいつは杖を魔法陣に向けており、先端に魔力を宿している。奴こそが魔法陣を発動させた人物で間違いない。カナモールの息のかかった魔法使いなのか。
魔法陣の中にいた冒険者五十数名は、もう跡形も残らず消滅している。
「冒険者の強靱な肉体を餌に、魔物を呼び出す」
「ロゼ、わかんのか」
「あれは召喚の魔法陣。強力な魔物を召喚するには、それだけの代価を支払わないといけない」
「生きのいい冒険者がその代価ってわけか。てめえは何も支払わねえつもりなんだな」
「ど、どうしましょうか? ロゼの言う通りなら、今からやばい魔物が出てくるんですよね?」
「…………」
ガーケルは迷った。召喚された魔物と戦っても、おそらく得るものはない。だったら引き返すか? 何も手に入れられなかったが仕方がない。危険を冒すよりはマシ。
「お前たち、冒険者か!」
ガーケルたちの後方から、黒の軍服に身を包んだ男たちが隊列を組んでやってきた。十五人くらいいる。
「お前たちの依頼人であるネヒト・カナモールは国家転覆偽計罪により拘束された。奴の吐いた情報では、この鉱山に魔物を召喚してカフーを脅かす計画だったそうだ。それで我々の部隊が派遣された」
「あれがそうだ」
ガーケルが指さす先で、魔力が渦を巻いている。ロゼが解説する。
「冒険者の肉体と魂を使って、魔物を呼び出してる。最近、この辺りでは魔物が荒ぶってると聞いた。たぶん、魔法陣を描いている時に出る魔法波で凶暴化してたんだと思う」
渦の中から、赤い巨躯がせり上がってきた。
見上げるほどの大きさ。異様に太い四肢。赤黒い体表。うねった二本の角。あごの下にも角にそっくりな部位が下向きに生えている。口周りにぼうぼうとひげをたくわえ、並ぶ牙は見るからに鋭い。
オーガと呼ばれる魔物がいる。強靱な肉体で人を襲う魔物だが、あれを巨大化させればこうなるか。
「あれはシンオーガだ……召喚を許したか……」
軍の隊長が悔しそうに言った。
「ロゼ、シンオーガってのはやばいのか」
「やばい。SSSランクの魔物。召喚しない限りこの世界には存在しない生き物」
「そんなもん、勝てるわけが――」
「おい、生き残った貴様ら! 我々とともに戦え!」
隊長の言葉に、巻き込まれなかった冒険者たちが声を上げる。
「あんなの相手じゃ殺されちまう!」
「冗談じゃねえ、やってやれるか!」
「か、帰らせてもらうぜ!」
口々に言い、すぐ何人かが逃げ出していく。
「ぬう、腰抜けどもめ! いいか、召喚された魔物はまだ存在を完全にこの世界に固定できていない! ゆえに倒すとしたら本来の力が発揮できないでいる今しかないのだ! SSSランクの魔物を討伐すれば国からの恩賞が与えられるぞ!」
ガーケルはつばを飲み込んだ。
まだ、相手は本来の力を発揮できないでいるらしい。ならば、あるいは――。
「行くぞ」
「ガ、ガーケルさん、本気ですか?」
「危険」
「だが、今のうちなら俺らでも戦えるみたいだ。軍人どももいるし、いざとなったら奴らに任せて逃げりゃいい」
ケインとロゼがため息をついた。
「反対しても無駄そうですね」
「ガーケルは頑固だし」
「じゃあ、やりましょう」
「できる範囲で」
ケインはロゼを下ろした。
戦う覚悟を決めたらしい冒険者たちもそれぞれの武器を手にする。
軍人十五人。
残った冒険者は、ガーケルたちを含めて八人。
本来なら充分すぎる戦力だが、相手は未知の魔物。どうなるかわからない。
「総員、突撃! 魔物を抹殺せよ!」




