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26話 魔物たちのざわめき

「一人ずついくからね。怖がらなくてもいいよ」


 ライマルはまず兄を抱きかかえ、崖を飛び降りた。


「うわあああああっ!?」


 兄は悲鳴を上げたが、ライマルがしっかり着地するとホッとした顔になった。

 ライマルはまたジャンプで穴に戻り、今度は弟を抱えて飛び降りる。やはり悲鳴は上がったが、どちらも激しく暴れたりしなかったので助かった。


 リーシャとアネットも横に着地した。たいていの冒険者は飛び上がることはできなくても、高いところから飛び降りるのは得意だ。それができなければ逃げる魔物を追ったり、自分の身に迫る危機から逃げられない。


「森を突っ切って道に出よう。タムさんが待っててくれればいいけど、どうかな」

「馬車がないとちょいきついかもね。二人は疲れてるだろうし」

「心配いらない。いざとなったら私がお二人を背負って歩く」

「一人で二人は無理でしょ」

「一人を背負ってもう一人は抱きかかえればいいのだ」

「強引だなあ」


 リーシャは呆れた様子だったが、すぐにその表情を引き締めた。


「まだ魔物の気配がするね」

「ああ、確かに」

「そのようだな」


 五人は固まって森の中に入った。敵の気配がするのだが、数がわからない。広い場所で囲まれたら不利になるかもしれない。木立の中なら、分散して逃げることもできる。誰かが少年二人を守り、残った二人が戦えばいい。

 低木の陰に隠れ、五人はゆっくり進んでいく。


「きつい……」


 体重のあるライマルにとって、中腰はかなりつらい体勢だ。五人の中で一番早く脱落しそうになっている。


「ライマル、頑張って」


 リーシャが励ましてくれる。そうだ、こんな情けないところは見せてはいけない。ここは耐えねば。

 風が吹いて、木々が震えた。ざわざわと葉ずれの音が周囲を包む。


「いかん、風向きが最悪だ」


 アネットが言って、ライマルも気づいた。こちらは風上。下へ向かって風が流れている。もしも相手の嗅覚が鋭い場合、位置が筒抜けになってしまう。

 その予感はすぐ現実のものとなった。巨大な猪が吼えて突進してきたのだ。


「カノンボアだ! Aランクの魔物!」


 リーシャが声を上げ、剣を抜いた。アネットも抜刀する。

 しかし攻撃は通るだろうか? カノンボアはゴアベアーに匹敵する体毛と皮の強度を持つ。刃が通るか怪しい。

 猪の魔物は砲弾のように突き進んでくる。


「避けろっ!」


 アネットの叫び声で全員が飛んだ。ライマルは兄を抱いて、リーシャが弟を抱えて左右に避ける。カノンボアは五人が避けた真ん中を突っ切っていった。低木が根こそぎ持ち上げられ、新しい道ができる。すさまじい突進だ。


 兄弟はまた泣き始めた。こんなに連続で魔物に襲われるなど、冒険者でもなければまずありえない。仕方のないことだ。


「アネットさんのところへ行って、僕から離れるんだ」

「う、うん……」


 兄はおぼつかない足取りでアネットのところへ行った。兄弟はアネットの背中に隠れるように立つ。


「アネットさん、頼みます。カノンボアは僕とリーシャで引き受けるので、もし他の魔物が現れたら二人を守ってください!」

「手は足りるか?」

「もちろん!」


 リーシャと一緒に戦って負けるはずがない。ライマルは、そこだけは自信を持っていた。

 カノンボアが頭を低くして二度目の突進。固まっている相手を倒したいのか、アネットと兄弟の方向へ突っ走る。ライマルはその軌道上に立った。


「回避を!」

「言われずとも!」


 アネットが兄弟を押してライマルから離れる。

 ライマルは腰を落とし、鋼化と重量化、さらに怪力を重ねがけした。両手を前に伸ばし、受け止める体勢を作る。

 カノンボアが激突してくる。


「んぐぐぐぐぐぐッ……!」


 ライマルはそれを正面から受け止めた。相手の上顎と下顎に手を当てて防ぐ形だ。猪の勢いは止まらず、重量化をもってしても後退させられる。スキル三つを使ってこれだ。かつてのライマルだったら簡単に吹っ飛ばされていたはずだ。


 カノンボアは激しく足を動かし、ライマルは少しずつ押されていく。だが微々たる距離だ。ダメージもない。このまま押し切る!


「うおおおおおおおッッ!」


 ライマルは雄叫びをあげ、怪力を最大限まで発揮した。相手の口をがっちり掴むと、その場でジャンプ力のスキルを発動した。

 カノンボアを掴んで上空に舞い上がるライマル。怪力は握力にも影響を及ぼすため、途中で離すこともない。


 最高地点まで上がると、ライマルは手を離した。

 カノンボアが落下していく。相手の体は突撃を想定した構造になっていても、落下に耐えられるような作りにはなっていない。ライマルは重量化を発動して高速落下する。どむ、と猪の腹にぶつかり、ものすごい速度で地面に真っ逆さま。


 激しい土埃を上げて地面に激突すると、ライマルは即座に立ち上がった。大穴の開いた地面から飛び上がってカノンボアから距離を置く。


 入れ替わりでリーシャが穴に飛び込んだ。剣を逆さに構えて、刀身に氷属性魔法を纏わせている。


「氷よ――」


 静かな声で死の宣告。

 剣が猪のあごの付け根に刺さった。そこから魔力が一気に広がっていき、相手の顔を氷で覆い尽くす。

 致命の刺突を浴びているが、さらに氷で呼吸ができなくなる。カノンボアはもうしばらくの抵抗を見せたが、動かなくなった。

 リーシャが穴から飛び出してくる。


「やったね、ライマル!」

「うん、やればできるもんだ」

「すごいよ、カノンボアの突進を止められるなんて。この国中見渡してもそうそうお目にかかれないんじゃないかな」

「いやぁ、怪力を手に入れておいてよかったよ」

「お、前向き。スキル三つでやっとだからとか言うのかと思った」

「実は言いそうになったけどリーシャに怒られそうだからやめた」

「別に怒らないよ? 文句は言うけどね」

「そうさせたくなかったんだよ」

「お気づかい、ありがとうございます」

「いえいえ」


 アネットが笑った。


「ふふ、仲睦まじいコンビだ。少々妬いてしまうぞ」

「うらやましいですか?」

「ちょっ、リーシャ!? 失礼なこと言っちゃ駄目だよ!」

「だってライマル取られたら困るもん」

「そ、そんな……」

「ははは、まさか。あなたの相棒を取るつもりなど毛頭ない」


 アネットは少しさみしそうな顔を作った。


「こんな性格では男も寄ってこないのでな……。私は一人でいいのだ」

「あ……なんかごめんなさい」

「しかし、リーシャ殿は今のままでいいのか?」

「何がですか?」

「相棒はいささか太ましく見える。もう少し体を絞った方が――」

「それこそがライマルである証なんです」


 リーシャがきっぱりと言うので、アネットは意表を突かれた様子だ。ライマルは「太ましい」と言われた瞬間に嫌な予感がしたが、それをリーシャが振り払ってくれた。


「私は今のライマルでいいと思ってるので。あんまり無理して体を絞るとか、しなくていいかなって」

「うむ……お二人が納得しているのなら私が口を挟むことでもないが……」


 微妙な沈黙が落ちて、風が吹き抜けていった。


「そ、そろそろ動かないか? そう何度も魔物が襲ってくることはなかろう」

「で、ですね。行きましょう」


 気まずい空気を引きずったまま、五人は移動を始めた。


「ん、ゴブリンか?」


 アネットが反応した。カノンボアと同じ方向からゴブリンの一団が迫ってくる。


「言ったそばからこれか。一体どうなっている?」


 誰も返事をしなかった。

 ゴウマによる襲撃だけでなく、暴走するカノンボアにゴブリンの群れ。都市の近くでこれだけ立て続けに魔物が現れるのはめずらしい。


「どこかで何か起きているのかもしれません」

「考えたくもないが、魔物が追い立てられるほど危険な何かということだな」


 そんな現象は存在するのだろうか。ライマルは聞いたこともない。


「とにかく、ゴブリンもやっつけちゃおう。ライマルは二人を見てて。ここはわたしとアネットさんでやるよ」

「任せるよ」

「群れが相手なら剣の方が強いからね」

「幸い、振り回しても問題ない広さだ。充分倒しきれる」


 リーシャとアネットは飛びかかってくる群れを迎撃した。二人とも剣術の腕前は相当なものだ。腕力に任せて突っ込んでくるゴブリンなど敵ではない。相手は数を活かして包囲する気もないようで、ひたすら飛びかかり、斬り倒されるの繰り返しだ。


 相手が単調だからか、リーシャは高速化のスキルを使わず、素の体術と剣術のみでゴブリンを倒している。スキルがなくとも鮮やかな剣さばきは変わらない。その無駄のない動きにライマルは見とれる。


「ほっ――こいつで最後かな」


 残った一匹を切り伏せると、リーシャは血を払った。アネットも剣を振るって汚れを落とすと、周囲を確認する。


「さすがにこれで打ち止めのようだ。いい加減この森を出よう。危険すぎる」


 ライマルはうなずき、兄弟の手を引いて歩き始めた。

 そこからはもう魔物の邪魔もなく、樹林の道に出ることができた。


「お戻りになりましたか。いや、待っていた甲斐があったというものです」


 道端にタムの馬車が止まっていた。


「タムさん、待っていてくれたんですか?」

「ええ。また歩いて帰るようになったらかわいそうだと思いましてね」

「助かります。すぐジノスへ戻ってもらえますか?」

「承知いたしました」


 五人は馬車に乗り込んだ。六人掛けなので余裕があるかと思いきや、ライマルの体が場所を取るので、アネットと兄弟が同じ側に座った。


「通りがかった冒険者から話を聞いたんですが、東の方で魔物がかなり暴れているようです。連中、気が立っているらしくてかなり厄介だったと」

「僕らもそういう魔物と戦いました」


 依頼になかった魔物と遭遇したことを話す。


「なんだかきな臭いですねえ。そのうちギルドに大がかりな依頼が来るかもしれませんよ。軍との共同戦線とか」

「それは嫌だなあ……」


 犯罪者から住民を守るのが保安官。

 魔物から地域や住民を守るのが冒険者。

 隣国の脅威から国民を守るのが軍人。

 そういう棲み分けがされているとはいえ、軍人は怖いというイメージがライマルの中にはあるのだ。


「軍人には冒険者を嫌っている者もいる。共同戦線など言葉だけのものになるだろうな」


 アネットが厳しい反応をする。


「やっぱり、冒険者は嫌われてるんですか?」

「そういう者もいる、というだけだ。軍人からすれば、冒険者は統率の取れない集団に映るのだろう。私たちは生計のために魔物と戦うが、向こうは国民のために敵国と戦っている。そうした自負もある」

「できればちゃんと振り分けてもらいたいですけど」

「まあまあ」


 リーシャがライマルの肩を叩く。


「魔物は冒険者に任せるっていうのがヴァルタゴの常識だから、さすがに軍を動かすことはないんじゃないかな? 来ちゃったら無理に関わらないようにしよう。すみっこでこっそり魔物を倒してればいいんだよ」

「それが賢いやり方だろうな」

「だよね~」


 軍に目をつけられるのはあまり賢くない。もしも共同戦線の話が現実になったら、リーシャの言う通りにしよう。ライマルはそう決意した。

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