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21話 人それぞれの秘密

「お二人もここでお夕食だったのですね」


 横から声がかかり、二人は同時にそちらを見た。

 私服姿のシーナだった。

 ブラウスの上に黒いカーディガンを羽織り、下は巻きスカート。切れ目から生白い足が覗く。


「こんばんはシーナさん。お食事ですか?」

「ええ。月に一度、ここで贅沢するのが楽しみなんです」


 リーシャが隣の空席からイスを引っ張ってきた。


「よかったら一緒にどうですか?」

「よろしいのですか?」

「シーナさんにはお世話になってますから」

「では、失礼して」


 三人で卓を囲み、雑談を交わしているとシーナの料理が運ばれてきた。草食竜のステーキに香辛料が少々。三人の皿がテーブルに乗るとさすがに狭くなった。ライマルは自分の皿をリーシャのものと重ねておく。


「ギルドでは今日もお二人の話題がたくさん出ていましたよ。聞こうとしなくても聞こえてくるくらい皆さん話しておられます」

「馬鹿にされてはいませんでしたか?」

「そのようなことはありませんでしたが。なぜですか?」

「僕はその……よくこの体型を笑われるので」

「心配はご無用です。SSランクの毒竜とSランクのゴアベアー二匹。騒がしいだけの冒険者を黙らせるには充分な実績を上げたのですよ。誰があなたを馬鹿にできるでしょうか」

「実績とは無縁だったので。まだ慣れないですけど」

「これでも前の街にいた頃よりは前向きになってきてるんですよ」


 リーシャがカフーにいた頃の話をする。シーナはステーキを口に運びながら聞いている。


「そうでしたか。五人組のAランクパーティに……」

「まったくの駆け出しってわけじゃないんです。だからいきなりSSランクとか受けちゃったんですけど、あれはよくなかったかもですね」

「ゴアベアーの依頼も同じくらい危険だったと思いますよ?」

「わたしの見通しが甘すぎるんですよね。まあなんとかなるでしょ? ってすぐ考えちゃう」

「ですが、実際になんとかなっています。お二人の実力は間違いありません」


 ただ、とシーナは続ける。


「無茶をし続けると、どこかで破綻が起きるかもしれません。まだSランク以上の依頼はギルドに貼り出されていますが、私としては無理に引き受けてほしくない」

「ですね。ライマルにもそこは話しました」

「次はAランク以下でもいいんじゃないかって」

「そうしてくださると、私としても安心です」


 シーナは鈴を鳴らし、葡萄酒を注文した。


「シーナさんはお酒が飲めるんですね。僕らは来年にならないと解禁されないんです」

「私は二十一なので。冒険者さんのお相手に疲れると飲み過ぎてしまうこともあります。ライマルさんも潰れないよう気をつけてください」

「ですね。僕が酔い潰れたら背負って帰れる人がいないですし」

「わたしは引きずってでも連れて帰るよ?」

「それだったら道端に転がしておいてもらう方がいいかも」

「なんで!? わたし頑張るのに!」

「だって引きずられたら服が……」

「道端で泥酔するのもだいぶまずいと思うんだけど?」

「――ふふっ」


 シーナが噴き出した。そして、慌てたように口元を手で隠す。


「失礼しました。お二人の仲があまりに素敵なので、つい……」

「す、素敵ですか?」

「はい。理想の男女の関係ですね」

「え」

「ええっ」


 ライマルとリーシャは互いの顔を見た。頬が紅潮したのはほとんど同じタイミングだった。


「まあ、息もぴったり。素晴らしい」

「わ、わわわたしたちはつきあってるわけじゃないので」

「そ、そうです。そういう関係ではないですよ?」

「そんな。もう結婚していると言われてもおかしくないくらいですよ?」

「けっ」

「こん……?」


 顔が赤くなると、今度は汗が出てくる。リーシャがあわあわして額に汗をかいている。また否定するのかと思いきや、


「そういう未来が、見えますか?」


 などと質問するのでライマルはびっくりした。


「私の目から見ると、そう遠くない未来に」

「そうですか……」


 リーシャは黙り込んだ。なぜ反論しない? ライマルはつっこみたかったが、リーシャの纏う空気が許してくれない。

 結婚。……リーシャは僕とそうなるって言われて嫌じゃないのか?

 ライマルには、沈黙する理由がわからなかった。


「うふふ、この場で口づけしてもらってもかまわないんですよ?」

「なっ、何を言ってるんですか!?」


 思わずライマルは大声を上げた。シーナはずっと微笑んでいる。

 もしやこの人、酔ってる?

 手元のグラスには、もうほとんど酒が残っていない。


「リーシャもなんとか言って。ものには限度がある」

「そ、そうですよ。駄目です」

「ほら、リーシャもこう言ってますし――」

「こういう場所ではよくないです」

「待って、つっこむべきはそこじゃない」


 シーナが酔ったせいで場が混沌としてきた。


「ふふふ、素敵なカップルを観察するのが私の楽しみなんです。ギルドで仲良さそうにしている男女の冒険者を見るとついどこまでいっているのか想像してしまうんです。もちろんお二人のことも考えましたよ。ですがここまで仲睦まじいとは……私もまだまだですね」

「シーナさん? 帰ってきてもらえませんか?」

「私は孤独でけっこう。私の前を行くカップルが幸せならそれでいいんです。今日は男ばかりでちょっとつまらなかったんです。でも、ここに来てよかった。お二人のおかげで明日からまた頑張れそうです。全身全霊でお勤めしますよ!」

「正常な意識を保つことに全身全霊をかけてください」

「ま、まあまあ。シーナさんもお疲れなんだよ、きっと」

「でも、言いたい放題言われてるけど!?」

「わ、わたしは平気。気にならないから」

「だけど……」

「荒くれガランさんは今日もうるさかったんです。手続きを終わらせたのに長々とどうでもいい世間話ばかり……あれはもしかして私に気があるのでしょうか? 私は交際している男女に興味があるのであって、自分の交際には興味がないんです。ガランさんはそれをまるでわかっていない。にぶい男性は嫌われますよ……あ、もう嫌われていましたね、残念ですが」


 しゃべり続けるシーナに、ライマルは何も言えなくなった。酔って愚痴をこぼしたいこともあるだろう。シーナも日々戦っているのだ。できれば別の場所でやってほしいが。


「あ、やっぱいた」


 新しい客が店に入ってきた。灰色の髪を持つ青年で、黒いシャツが似合っている。


「すみません、姉がご迷惑をかけてしまいましたね」

「あ、シーナさんの弟さん?」


 リーシャが訊くと、青年はうなずいた。


「姉は酒に強くないのにすぐ飲んじゃうんです。今日は炎獅子亭に寄るって聞いていたので一応様子を見に来たのですが……正解でしたね。連れて帰ります」

「が、頑張ってください」


 ライマルは、この姉を家で介抱する弟に少し同情する。


「あなたも冒険者さんですか?」

「いえ、私はジノス市市長の補佐官を務めています。どうもうちの一家は戦いに向いていないようで」

「市長の補佐官ですか。すごいですね」

「まだまだ若造です。ですが、もし市政に不満があるようでしたら教えてください。私から市長に直接伝えさせてもらいます」


 今のところまるでない。首都のカフーより快適な生活を送れている。


「気づいたことがあったらお話しします」

「よろしくお願いします。あ、名乗っていませんでしたね。私はシーナの弟のマークです。以後お見知りおきを」


 ライマルとリーシャも自己紹介した。


「では、姉を連れて帰ります。失礼」


 マークはカウンターで清算して、姉を背負って店を出ていった。


「シーナさんにもああいう一面があるんだなあ」

「人って何かしら隠してる顔があるものだよ。隠し通すかさらけ出すか、そこでみんな悩んでる」

「僕はありのままのつもりだけど」

「そうだね。ライマルは隠し事できない人だよね」

「リーシャはどうなの?」

「どう見える?」


 リーシャは強気に笑ってみせるが、どこか強がっているようにも見える。ライマルにその内心を読み取ることはできない。


「わからないな」

「ふふん、わたしの隠蔽技術もなかなかのものですな」

「やっぱり隠してるの?」

「どうでしょうね~」


 これでは会話が堂々巡りになってしまう。ライマルは早々に諦めた。


「僕たちもそろそろ帰る? けっこう経つよね」

「ん、帰ってお風呂入らなきゃ」


 ライマルたちも清算を終えて、炎獅子亭を出た。

 銀鎧亭に戻ってくると、廊下で別れる。


「僕はちょっと遅めにお風呂入るつもりだから」

「わかった。じゃあまた明日だね」

「おやすみ」

「おやすみなさい。明日も素敵な一日にしようね」

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