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18話 休日と人助け

 病院で昼食を取ったリーシャは退院を許された。ライマルが清算して病院の外に出ると、コートで前までしっかり隠したリーシャが待っていた。


「着替えがないからブラウスが昨日のやつなんだ。血はこうやって隠すしかないや。また服屋さん行こう?」

「そうだね。予備は買い込んでおいた方がいいかも」


 二人で昨日と同じ服屋に入ると、相変わらずムスッとした店主がカウンターの向こうに立っていた。

 同じ種類の服がまだ残っていたので、リーシャは新しいブラウスを二枚とスカートを一着買った。


 いったん銀鎧亭に戻って荷物を整理して、再び街に繰り出す。

 今度はリーシャもコートを脱いで、ブラウスとスカートだけの格好になっている。彼女の愛剣は細身なので、腰に下げていてもそこまで物騒には見えない。


「どこから見るんだい?」

「お菓子売ってるお店を探そう!」

「賛成! やっぱり甘いものからだな」

「昨日はまともな食事してないから、今日は取り返すんだ」


 リーシャは意気込んでいる。

 ギルドから離れた通りを歩き、店を流し見ながら歩く。


「おあっ!」


 謎の反応をリーシャが見せた。


「ライマルライマル!」

「どうしたの?」

「あそこのお店、ポメロ売ってる!」

「え――ほんとだ!」


 ポメロはヴァルタゴの南西にあるレンドミナ諸島で採れるという、緑色の丸い果物だ。皮は緑で中身は黄緑。水っぽい食感が人気なのだという。


「カフーでポメロって見たことないよね」

「ないね。まさか首都より北の街で出会えるとは」

「買おう!」

「決定っ!」


 二人は店先に駆け寄り、ポメロを手に取った。果実は片手を広げて持てば安定するくらいの大きさだ。


「食べきれるかなぁ」

「余ったら僕が食べるよ」

「あはは、ライマルは大食いだったね」


 ポメロを二つ買うと、二人は近くのベンチに座った。


「いただきまーす!」


 声を合わせてかぶりつく。


「んまー! あまーい!」

「すごい……噂には聞いてたけどこんなに甘かったんだ」


 二人は夢中で食べ進める。リーシャが一口ごとに反応するのが面白いので、ライマルはそれを聞きながら自分のポメロを小さくしていく。

 なかなかの大きさだったので心配していたが、リーシャはちゃんと完食した。


「ふぅ、幸せ……」

「これはやみつきになる。人を駄目にする味だ……」

「ねえねえライマル、これさ、思いっきり戦った日は食べに来ようよ。自分たちへのご褒美ってことで」

「いいね。待ってるものがあるとやる気も出る」

「よーし、次だ!」


 リーシャが勢いよく立ち上がる。


「まだ何か食べられそう?」

「お菓子ならいける。ライマルは?」

「僕は余裕だよ」

「おお、さすがだ」


 二人は通りを西に向かって歩いていく。


「歩いてるだけで楽しいね」

「うん。こういうことするのは初めてだよね?」

「ガーケルがさ、わたしとライマルが仲良くするの気に入らないって顔してたからあんまり近づけなかったの。思い切って反抗すればよかったんだけど、あの頃はまだパーティの調和が大切だと思ってたから」

「僕の追放でどうでもよくなっちゃったんだ」

「ライマルの補助があってこそのパーティだったんだよ。ガーケルがそこをわかってなかったのが許せなかった。ケインとロゼにはちょっと申し訳ないけど」

「あの二人は魔法が使えるし、簡単にやられることはないはずだよ」

「だといいけど。全滅したなんて聞かされたらさすがにきついし」


 街を守る外壁までたどり着いた。二人は通りを一本外れ、細い路地を引き返した。表通りより怪しげな店が多く立っていて、浮浪者の姿も見える。


「リーシャ、さっきの話だけど」

「なんだっけ?」

「ガーケルが何も言わなかったら、僕と仲良くしてくれるつもりだったの?」

「……まあね」


 ちょっと間があった。


「うーん、ライマルの愛嬌っていうか、そういうのに惹かれたのかな。不思議とかまってあげたくなるっていうかさ。でもライマル、みんなと少し距離置いてたよね」

「足手まといだと思ってたから」

「ずっとそんなことばっか言ってたね。この数日でライマルは変わったと思う。すごく前向きになった」

「リーシャの荒療治が効いたね」

「荒療治!? Sランクの討伐に連れてったこと!?」

「感謝してるよ」

「くぅ、言うようになったじゃないの……」


 顔を見合わせて、二人は同時に笑った。こんなに楽しい休日は今までなかった。安宿の部屋でゴロゴロするか、安い食料を探しに出かけるのがせいぜいだった。

 二人はもう一つ通りを右に移した。何か面白いものでもないかと動いたが、店すらない路地に出てしまった。


「どうしよう。引き返す?」

「ううん、このまま行こう。裏路地も冒険の一つだよ」

「今日は休日なんだけどな」

「これは楽しい冒険だから!」


 ウキウキした様子で歩いていくリーシャを追いかける。ライマルの足取りも軽い。


「一回うまくいくと、どんどんいいことが転がり込んでくるんだなあ」

「そうだね。ライマルが報われてわたしも嬉しいよ」

「ありがとう、リー……」


「――おい、おとなしくしろ!」


 横から聞こえてきた声に遮られた。

 ライマルは右手の廃屋に目をやる。低い声はそこから聞こえた。


「んー! んんーっ!」


 これは――女の子の声か? 声にならない悲鳴がかすかに聞こえた。


「賊だ」


 リーシャが断言した。


「たぶん、人買いか何かの集まりだと思う。ここなら人目につかないからね」


 この細い路地に入ってからは誰とも行き会っていない。黒い組織が動いていても気づかれにくいだろう。


「リーシャ、どうする? 助ける?」

「見過ごすわけにはいかないよね。正義の冒険者として」

「僕が盾になって突っ込むよ。リーシャはあとから入ってきて」

「正面突破なの? 人質取られたらきつくなるよ?」

「あっ、そっか」


 二人は廃屋の側面に回り込んだ。格子窓から中の様子をうかがう。そこには五人の男と二人の少女がいた。少女たちは床に転がされており、腕を縛られている。


「そろそろあちらさんが到着する頃だ。甘く見られないようにしろ」


 おう、と男たちが反応する。どうやらこの場で取引が行われるようだ。


「相手が来る前に潰しちゃおう。加勢されたらわたしたちは不利だから」

「わかった。どうやって突入するかな……」


 ライマルは少し考えて、作戦をひねり出した。


「僕、屋根を破って入るよ」

「屋根?……あ、ジャンプ力使ってぶち破るってこと?」

「そうそう。これなら向こうもすぐに反応できないだろうし、人質を取られなくて済むはずだ」

「いいね。わたしがしっかり全員倒すから、まずは奴らをびっくりさせてね」

「了解」


 ライマルは壁から少し距離を取り、ジャンプ力のスキルを発動させた。

 一気に跳び上がり、屋根より高く宙を舞う。角度をつけて跳んだので、今ライマルの体は廃屋の中心部の真上に位置している。窓から見て内部の位置関係は確認している。ここから落ちれば少女たちを傷つけることなく落下できる。


「――鋼化!」


 ここは重量化を使う必要はないと判断した。ライマルは重力に引っ張られてまっすぐ落ちていく。屋根に接触し、突き破る。ドゴン、と床に激突した。


「なっ、なんだあ!?」


 賊どもが困惑の声を上げる。

 ライマルは転がって体勢を立て直しながら、少女二人の横についた。


「人売りなんて認めないぞ! この子たちは返してもらう!」

「デブ野郎が調子に乗るんじゃねえ!」


 賊の一人が剣を抜いて斬りかかってきた。

 その時、勢いよく正面の扉が蹴り開けられた。

 入ってきたリーシャは、鮮やかな剣さばきで賊を一気に三人切り伏せる。


「くそがああああッ!」


 ライマルに向かってきた賊が剣を振り下ろした。ライマルの右肩を直撃するが、鋼化の力ではじき返される。


「ばっ、馬鹿な……!」

「お返しだ!」


 ライマルは新しく手に入れたスキル「怪力」を発動し、男の両腕を掴んだ。ぐるぐるその場で回転し、

「りゃああああああっ!」

 男を放り投げた。賊は背中から壁に激突して落下する。たぶん死んではいない。気絶させるくらいはできたはずだ。


「てめえら、大変なことをやらかしてるのがわかってんのか!?」

「どう考えてもやらかしてるのはあんたらの方でしょ」


 頭目に対し、リーシャが冷静に反応する。


「この二人は儀式の生け贄なんだ。儀式がちゃんと行われなきゃ大変なことになる!」

「儀式?」

「そうだ。お前らは何もわかってねえ!」

「わかりたくないので」

「ぐえっ」


 リーシャが剣の柄で頭目のあごを打った。相手は気を失い、崩れ落ちた。制圧したことを確認して、ライマルは鋼化を解除した。


「二人とも、大丈夫?」


 おそらく十五歳前後と思われる少女たちは、その場で泣き始めた。

 泣く子の対応はしたことがない。ライマルはおろおろするだけで何もできない。


「怖かったね。もう平気だよ」


 リーシャがしゃがんで、二人の頭を撫でる。よしよし、と優しく声をかけると、女の子たちは次第に落ち着いてきた。


「何があったの?」

「……リオと遊んでたら、さっきの人たちが急に出てきてここに連れ込まれたの……」


 黒髪の女の子が答える。


「なんのためとか聞いた?」

「わかんない。取引がなんとかって言ってた……」

「やっぱり売り買いだったんだ。最低」


 吐き捨てるリーシャの声は冷たかった。


「どうする? 保安所に連れていけばいいのかな」

「たぶんね。事情は話しておかないと」


 ライマルは小屋の隅に置かれていたロープで賊を全員縛った。これで保安官が駆けつけてくるまで逃げられないだろう。


「よし、行こう」

「二人とも立てる? 駄目だったら背負ってあげるから」

「立てます……。マナちゃんは?」

「平気……」


 マナとリオは立ち上がった。二人はよく似たワンピースを着ていたが、姉妹ではないらしい。家が近所なのでよく一緒に遊んでいる友達で、今日も空き地で花占いをしながら話していたそうだ。そこに五人組が現れ、あっという間に拉致されてしまった。


「結局戦っちゃったね」

「こればっかりはやるしかなかったよ。まさか見逃すわけにはいかないし。でも、リーシャは戦って問題なかった?」

「大丈夫でありました。半日寝てたせいか足元はちょっと怪しかったけど」

「怪我がなくてよかった」

「ライマルもね」


 大通りに出た。保安所はギルドと銀鎧亭のちょうど間あたりにあって、さほど迷わずマナとリオを連れていくことができた。

 ライマルの説明を受けると、数人の保安官がすぐに飛び出していった。売人どもを逮捕に向かったのだ。


「ここのところ子供の誘拐事件がポツポツ起きていましてね」


 保安官のバーネットという男が話してくれた。


「すでに何人か行方がわからない状態になってしまっている。あなた方がいなかったらまた大騒ぎになっていた。感謝します」


 それからバーネットは苦い顔をした。


「あいにく、我々はギルドと違って報酬を出せるほど余裕がありませんので……」

「それは気にしないでください」

「そうそう。わたしたちは二人を守れてよかったですから」


 バーネットはホッとした顔になった。案外、報酬をよこせとせっつかれているのかもしれない。

 魔物を相手にする冒険者と違い、保安官は犯罪者を相手にする。冒険者とは違った苦労があるに違いない。


「あ、あの!」


 長い茶髪の少女、リオが声を上げた。マナも横に立つ。


「本当に、ありがとうございました。今日のことは両親に話して、いつかお礼をします」

「気にしなくていいよ。困った時は助け合いさ」

「でも……」


 リオは何か言いたそうだが、言葉が思いつかないのか返事をしない。


「あ、じゃあさぁ」


 リーシャが助け船を出した。


「わたしたち銀鎧亭っていうところに泊まってるから、何かあったらそこに来て。この街で仲良くできる人が増えるのはいいことだから」


 リオとマナの表情が明るくなった。


「で、では、ぜひそうさせていただきます! よかったですね、マナちゃん」

「う、うん……」


 二人は保安所でしばらく保護してくれるようなので、ここでひとまずお別れだ。

 バーネットに見送られて、ライマルとリーシャは保安所を出た。


「そういえば売人のリーダー、儀式とか言ってたよね。あれってなんだったんだろう?」

「さあ。でも子供を生け贄にする儀式なんてろくでもないよ。僕たちの行動は正しかったはずだ」

「そうだね。誰に売ろうとしてたのか知らないけど、儀式が失敗してくれれば最高かな」

「今頃困ってるはずさ」


 ライマルが笑うと、つられたようにリーシャも笑った。

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