16話 夜の病院
マルケル魔法医院の看板が見えてきた。小さな二階建ての木造家屋。
リーシャはそこの二階で眠っているはずだった。
扉を押し開けて入る。受付には監視を任されている白いフクロウがいて、こちらをじっと見ている。ライマルが視線を合わせると、一瞬視界が白く染まった。
こくこく、とフクロウが首を縦に振る。通っていい、という合図だ。
ライマルは左手にある階段を上がって、二階の一番手前の部屋に入った。
「リーシャ」
「あ……ライマル?」
返事があった。意識が戻ったようだ。
「よかった。目が覚めたんだね」
リーシャは毛布をかけてベッドに寝ていた。起きようとするので慌てて止める。
「一日しっかり休むようにって言われたから動かない方がいいよ」
「……ライマルがここまで運んできてくれたの?」
「途中までね。そしたら――」
ライマルは、ダイナが心配して駆けつけてくれたことを説明する。
「そっか。ダイナさん、いい人だったんだね」
「仲良くしていける気がするよ」
「……ごめんね」
「どうしたの?」
「わたし、まだ力が足りないのに無茶なことばっかりしてる。今回の依頼もギリギリだった。またライマルを巻き込んじゃって……」
「気にすることないさ」
「ライマルは絶対そう言うよね。たまにははっきり言ってくれていいんだよ」
「本当に大丈夫だから。ゴアベアーと戦って、自分がどう立ち回ればいいのかだいぶ掴めた。今後に活かせるし、無駄なことは何もなかったんだ」
「……怒ってない?」
「もちろん。それに、僕はリーシャの活躍する姿を見るのが楽しみだから」
「え……そ、そうなの?」
「戦ってるリーシャはかっこいい。普段はかわいい女の子だけど、別人みたいに凜々しくなる。そういうところに憧れるんだ」
「はわ……かっこいい……かわいい……」
リーシャは毛布を引っ張って顔を隠した。
ライマルは余計なことを言い過ぎたかもしれないとようやく気づく。安易にかわいいと言われてリーシャがどう思うのか。
空気で酔ったのかな……。
酒場の酒くさい空気を思い出す。あの匂いにやられているかもしれない。
「そ、それでさ、まだ話せる?」
「い、いいよ。今度はなに?」
「ゴアベアーから宝珠を取ってきたんだ。これを鑑定してもらったんだけど――」
ダイナのスキルの話をして、鑑定のことも打ち明ける。リーシャは黙って聞いていた。
「つまり、わたしが夜目を取得して、ライマルが怪力を使いたいってことだね」
「うん。この分け方でもいいかな?」
「もちろん。ライマルに怪力がついたら敵なしだよ。どんどん強くなってくね」
「ガーケルは僕に宝珠を使わせてくれなかったからなぁ」
「ライマルの役に立ちそうなスキル、いっぱいあったのにね。思い返すともったいないなあ」
「「俊足」を使わせてもらえなかったのは痛かった」
「あー、あったね。鋼化と俊足が合わさったら最強だったのに、ガーケルが自分で使っちゃったから」
うー、とリーシャが唸る。
「思い出すだけで腹が立ってきた。あの三人、今頃どうしてるかな」
「能力に合った依頼を受けてたから、変わりなくやってる気がする」
「わたしたちはけっこう無理しちゃったね。でも、宝珠が次々手に入ってるのはいいことだよ。すごい速度で成長できてるんだし」
卑屈になりすぎないリーシャ。ライマルは、彼女のこういう部分を見習いたいと思う。
「次はAランクくらいの依頼を受けようよ。いったん、Sランクは保留にしてさ」
「そうだね。Aランクにだって強い魔物はいっぱいいるし、もっと息が合うように戦っていこっか」
無理に突っ走ることはなさそうで安心する。
「とりあえず、三日くらいは休むべきだってお医者さんに言われたよ。だからリーシャ、しっかり治してから活動再開しようね」
「そうする。じゃあ、この街をのんびり歩き回ってみようか? 面白いお店とか探すの」
「いいよ。元気になったら行こう」
「また服も買わなきゃいけないからさ。ブラウス、血まみれにしちゃったし」
「コートは破れなかった?」
「そっちは問題なし。さすがにSランクの魔物が相手だと、強度付与してても打ち抜かれるね」
「ざっくり傷口開いてたもんなぁ」
「…………」
「どうしたの?」
「な、なんでもないよ? わ、わたし、今夜はしっかり寝るつもりだから、そろそろ……」
「あっ、ごめんね。僕も銀鎧亭に戻るよ。明日、ギルドで手続きをしたらまた来るから」
「う、うん。お願い」
「じゃあおやすみ、リーシャ」
「おやすみ……」
ライマルはベッド脇のテーブルにポーチを置いて、病院を出た。
月が煌々と輝いていた。
†
ライマルが帰っていくと、リーシャは深く息を吐き出した。
彼と話している最中に思い出してしまったのだ。
治癒を優先したから、ライマルに素肌を見られたこと。下着があったとはいえ、上半身を開けられたのだから全部見られたと思っていい。
「うぅ~……」
リーシャは何度も寝返りを打つ。
ゴアベアーとの戦闘が簡単に終わらず、少しずつ消耗しているのを感じていた。その時に一撃を受け、そのまま戦い続けたせいで意識を失った。
ライマルがここまで連れてきてくれたことは嬉しかったが、気絶していたあいだ、自分と彼に何かあったのか? それがとにかく気になった。
ライマルに背負われて森を出たのか。それとも、抱っこされていたのでは。
……もったいないよぉ! ライマルと密着してたのに何も覚えてないなんて……!
だが、それをライマルに訊くのはとても恥ずかしい。たまに訪れる微妙な空気をまた作ってしまう。
このモヤモヤを抱えたまま生活しなければならないと思うと苦しい。
「それにしても……」
リーシャは思う。
ライマルの才能はすさまじい速度で開花している。ガーケルのパーティでは前衛をまともにこなしたことがなかったのに、ゴアベアー二匹と渡り合ってみせた。そのうち一匹は一人で倒している。Sランクの魔物を運だけで倒せるなどありえない。間違いなく、ライマルの能力なのだ。
……そのうち、わたしは足手まといになるのかも。
ボロボロにされたあとだからか、いつになく弱気なことを考えるリーシャ。ライマルはいつか覚醒するとずっと信じていたが、いざその時がやってくると、今度は置いていかれる不安が生まれる。
……ああもう、わたしらしくないよ!
リーシャはバタバタ足を動かす。
こんなことでは駄目だ。ライマルと一緒に強くなっていく。いま一番大切にしたいことはそれだ。毎日全力を尽くしていくしかない。
深呼吸して、リーシャは目を閉じる。ライマルの丸い顔を思い浮かべる。
……わたしにはライマルしかいないんだ。絶対、彼の期待を裏切らないように頑張らなきゃ。