15話 ダイナの鑑定
その日の深夜。
ライマルはジノスの街の酒場にいた。ギルド直営の酒場で、冒険者ばかりが集う店だ。時間が時間なので人は少ないが、酒盛りをしている四人組パーティがやたらと騒がしい。他にはソロと思わしき男の冒険者が一人、男女のコンビが一組いるだけだった。
ライマルは壁際の小さなテーブルについている。目の前にはダイナが座っていた。
「で、お嬢さんはどうなんだ」
「治癒魔法で傷は綺麗に塞がるそうです。ただ、失った血は回復しないので数日休む必要があると言われました」
「あんだけ馬車に揺られても目を覚まさなかったってことは、魔法かスキルを使いすぎたな?」
「両方でした。過剰使用の影響で意識が飛んでしまったらしくて」
リーシャのスキルの一つに「高速化」がある。身体能力が向上し、すばやく動けるようになるのだ。それは剣術にも活かすことができ、剣さばきも速くなる。
彼女もライマルと同じく、長期戦に慣れていなかった。隙を見て鋼化を解除していたライマルに対し、リーシャはずっと高速化を使った状態でゴアベアーと打ち合っていた。その前にゴブリンとの戦闘でも魔法や魔術剣技を使っていたため、消耗が激しかった。最終的には多量の出血も絡み、限界を超えたのだろうと医者に説明された。
「とんでもない新入りなのは間違いないが、まだ経験は浅いようだな」
「同じ失敗はしないようにします」
「いい心がけだ。ただ依頼を受けまくってるだけじゃ成長しない。考えながら仕事をこなす。それが大切なんだ」
「ダイナさんは、冒険者になって長いんですか?」
「俺は十五で冒険者になった。いま三十五だから二十年か。……へぇ、思ったより頑張ってるな、俺。長続きしてるじゃん」
急に自分を褒め始めた。ライマルはダイナ独自の距離感をまだ掴みきれない。
「それにしたって、ゴアベアー二匹と同時に戦って倒したんだからお前さんたちの腕は誇っていい。俺も一匹だったら依頼受けてもよかったんだが、二匹はちょっとなぁって思って無視しちまった。またジノスの街はあんたらに救われたぜ。これで樹林の道も使えるようになった。この街に届く物資が増えるってことだな」
「役に立てたならよかったです」
「謙虚だねえ。もし荒くれガランだったらもっと調子乗ってるぜ。俺に感謝しろってな」
「僕は、助かったよって言ってもらえるのが一番嬉しいです」
「そいつは素晴らしいことだ。相手は喜ぶし自分も嬉しい。最高じゃないか」
ジョッキが運ばれてきた。酒を飲むのはダイナだけだ。ライマルは木の実のジュースを飲む。
「酒は苦手か?」
「まだ十七です。来年にならないと飲めません」
「真面目だ。俺は冒険者始めた時からもう飲んでたぞ」
「そういうのはしっかり守りたいので」
「はーん。本当に偉いな」
ダイナはジョッキを傾けて豪快に酒をあおる。
「ところでダイナさん、わざわざここに来いと言ったのには理由があるんですよね?」
「そうだ。これまた俺のおせっかいなんだが、ゴアベアーから宝珠を見つけたんじゃないか?」
「はい、二つ出てきました」
「俺には「鑑定」のスキルがある。宝珠の効果を取得する前に知ることができるんだ」
「そ、そんなスキルが!? すごいですね!」
「それで、宝珠を鑑定してあげようではないかと思ったわけさ。どうだい?」
「……おいくらで?」
「タダ」
「タダほど怪しいものはないと教わってきました」
「じゃあ百シロン」
服の強度付与に四万シロンかかったことを考えると破格の安さだ。それだけに不安も感じる。ライマルはじっとダイナの目を見つめる。
「どうして僕たちのことを気にかけてくれるんですか?」
「長いことソロやってるとさ、知り合いがよその街へ移ったり戦いで死んだりして、仲良く話せる奴が減ってくのよ。そこで俺は決めたんだ。次の新入りが来たらジノスの街の先輩として世話を焼くと。そこにお前さんたちが来たわけだ」
「知り合い……いないんですか?」
「いなくなったと言ってくれ。俺はぼっちではない」
「は、はあ……」
「で、どうだ。鑑定してもいいか」
「じゃあ百シロンでお願いします」
ライマルは百シロン硬貨をテーブルに置いた。
「本当に真面目だなあ」
「宝珠はこれです」
赤色の球体と黒の球体。二つの宝珠をテーブルに出す。ライマルは一応、身構えていた。もしかしたら、油断させて宝珠をかっさらう人かもしれないという疑念が消せなかったからだ。
「宝珠が二つ。お前さんたちも二人。宝珠の能力がわかれば、どっちがどっちを使えばいいってわかるだろ」
「確かに」
「じゃ、やりますか」
ダイナはまず赤色の球体から手に取った。手のひらを上に向け、真ん中に宝珠を乗せる。
右手がぼうっと揺らぎ、元に戻る。ダイナは宝珠をテーブルに戻した。
「こいつは「夜目」の宝珠だ。暗いところでも視界が利くようになる」
「おお! それは強力ですね!」
そういえば、ゴアベアーの目も赤く光っていた。奴も夜目が利くのだろう。その能力が宝珠にも収まっていたのだ。
「もう一つはっと……」
二つ目の黒い宝珠がダイナの鑑定にかけられる。これも右手に揺らぎが生じる。
「これは「怪力」のスキルだな」
「怪力、ですか? もしかして接近戦に強くなれたりするんでしょうか」
「うーん、使い方次第だろう。身体能力が向上するわけじゃなく、単に筋力が強くなるだけだ。殴る力は上がるだろうが、そもそも人間の拳は魔法を付与しないと魔物にはまるで通らんからな」
「じゃあ、僕が使ってもあんまり意味はなさそうですね……」
「いや、いいんじゃないか? 筋力が上昇するんだから、今まで受け止めるので精一杯だった相手の攻撃を押し返せるようになる可能性はある。守るだけじゃなくて、反撃にも使えるんだよ」
「な、なるほど!」
思えば、今日もゴアベアーの攻撃を受け止めていた時、ここで押し返せる力があったらと悔しさを感じた。「怪力」のスキルがあればそれが実現できる、かもしれない。
「夜目をリーシャに使ってもらって、僕は怪力を使おうと思います」
「うん、それがよさそうだ。あの子は森の中の戦闘もこなせるんだろう?」
「はい。動きが機敏なので」
「だったら夜目がついたらもっと強くなる。日が落ちるのを恐れなくていいからな」
「あとで持っていきます」
「うん、そうしろ」
ダイナが宝珠を返してくれた。ライマルはリーシャのポーチにしまう。医院にリーシャを担ぎ込み、宿に行く余裕もなくここに来たので持ってくるしかなかったのだ。
どうやらダイナは本当にいい人らしい、とライマルは思った。
新入りの世話を焼くと決意してから最初に現れたのが自分たちだったというところにも縁を感じる。これから仲良くしていけそうだ。
「ダイナさん」
「おう?」
「今後も、よろしくお願いします」
ダイナはきょとんとしたが、すぐに「よしよし」とうなずいた。
「二人じゃきつそうな依頼があったら手を貸すぜ。見かけたら遠慮なく声をかけてくれ」
「あ、ありがとうございます!」
「もちろん、邪魔しないようにちゃんと自重するからな」
「そんな、ダイナさんほどの経験者が僕たちを邪魔するなんてことはありえないと思いますけど」
「戦闘の話じゃないぞ。お二人の関係の話さ」
「二人の……話……」
ライマルは少し遅れて、ダイナの言いたいことを理解した。瞬時に顔が熱くなる。
「ぼ、僕たちはそういう関係じゃないので! 冒険者として組んでるだけなので!」
「そうなのか? つきあってるようにしか見えないんだが?」
「そ、それはないです! リーシャが僕とつきあってるなんて、ありえない」
「そうかなぁ。あの子はお前さんに相当惚れてるように見えるぞ」
「い、いやいやいや。こんなデブを好きになるわけがない。鈍足で攻撃の役に立たないし、重いし、歩調合わせるのとか気を遣わせるし」
「お前さん、自虐の言葉はすげぇスラスラ出てくるな……」
「と、とにかくっ、僕とリーシャはそういう関係ではありません! 絶対に!」
「お、おう、わかった。あんまり気にしなくていいんだな」
「はい」
「ま、そういうことにしておくよ。――そんで、お前さんどうする? もう相方のところへ帰るかい? 俺はまだ飲むつもりだが」
「帰ります。目を覚ましてるかもしれませんし」
「はいよ。じゃ、気をつけてな。しっかり休むのも大事だぞ」
「ありがとうございました、ダイナさん」
ライマルはよくお礼を言い、ジュースの代金をテーブルに置いて酒場を出た。