14話 成長っていうんだろうか
ライマルは息を吐き出し、座ったまま天を仰いだ。
よくてAランクの魔物ばかり相手にしていた自分たち。それが、二人になってからSランクに積極的に挑んでいる。こんな状況にはなっているが、生き延びて相手を倒している。
……でも、成長って言うのかな。長生きできないやり方かもしれない。
ライマルはそんなことを思う。
毎回こんなダメージを受けるようではリーシャの体が持たない。ライマルは防御に特化したスキルがあるからなんとかなるが、彼女は防御系のスキルがなく、治癒系の白魔法も使えない。どこかで行き詰まる危険はある。
とはいえ、ガーケルに指示されなくなって、リーシャがやりたいようにできるようになったこともある。今は彼女の思うようにやらせてあげたい気持ちも、ライマルの中にはあった。
すぅ、すぅ……。
ライマルは我に返った。リーシャを見ると、彼女は痛みが引いた影響か、かわいらしい寝息を立てている。
疲れただろうな。僕よりも、ずっと。
ライマルはリーシャのブラウスのボタンを留め直す。
……思ったよりある……。
そんな考えが浮かんできた瞬間、ライマルは顔をそらした。
――な、何を考えてるんだ僕は! リーシャは大変な目に遭ったんだぞ!
しかし、脳裏に焼きついてしまった。普段はブラウスとコートに隠れているリーシャの胸。平坦ではなくちゃんと主張しているし、なだらかで綺麗で――。
「うぐぐぐっ、駄目だ、考えるな!」
ライマルは息を止めて、残ったブラウスのボタンを全部留めた。
リーシャに背中を向けて、止めていた息を吐き出す。汗をかいていた。戦っている時より今の一瞬の方が危なかった。
ライマルはしばらくそのまま座っていたが、日差しが目にしみることに気づき、立ち上がった。暗くなる前に森を出ないとまずい。
腰から短剣を抜くと、ゴアベアーの爪を切り取り、体毛を切断して糸で束ねた。これをギルドに提出して証明とする。
……あとは、宝珠か。
Sランク以上の魔物の腹には宝珠が埋まっている。それが冒険者の共通認識だ。倒した魔物の能力と同じ効果のスキルが得られることもあれば、まるで関係のない能力が手に入ったりもする。冒険者には何事も運がつきまとうが、スキルの取得は特にそれが大きい。
せっかくゴアベアーを二体も倒したのだ。宝珠を持って帰らないのはあまりにもったいない。
ライマルは短剣でゴアベアーの腹を裂きにかかった。ジノスの街で切れ味のいいものを買ってきたが、解体用ではない。そのせいでかなり手間取った。ゴアベアーの皮が分厚いこともあり、一匹目の腹を切り開くまでにだいぶ影が長くなっていた。
「あった……」
ゴアベアーの胃を裂くと、盛り上がった部分が見つかった。短剣を慎重に扱い、膜を切る。赤色の球体が出てきた。
「よし、まず一個」
取り出した宝珠はリーシャのポーチに入れさせてもらう。
続いて、リーシャが倒したゴアベアーの解体にかかる。一回やったとはいえこちらも皮が厚く、切り裂くのに時間を要した。どんどん日が暮れていく。
「二個目ー!」
黒い宝珠を取り出したライマルは、拳を天に掲げていた。
あたりはだいぶ薄暗くなっていたが、まだ帰り道がわかる程度には見える。
ライマルは二つ目の宝珠をポーチに入れて、自分の腰に巻きつけようとした。
「くっ、届かない……」
ポーチはリーシャの腰に合わせた大きさなので、胴体が大きいライマルにはとても装着できない。
仕方なく、ライマルはポーチを首に巻いた。
……ごめんリーシャ、非常事態だから許して。
リーシャを抱え上げると、ライマルは歩き出した。彼にはパーティ全員分の荷物を持って歩いてきた実績がある。リーシャの小柄な体をお姫様抱っこするくらいできる。
森を抜けて道に出ると、もう真っ暗になっていた。野宿するには危険な場所だし、月明かりを頼りに帰るしかないだろう。
ライマルは呼吸を荒くしながら歩いた。これだけ揺れても、リーシャはまだ目を覚まさない。もしかして、考えている以上に重傷なんじゃ――という不安も湧くが、街に着かないことには何もできない。
馬車でもけっこう時間がかかった。どれくらいで街にたどり着けるだろうか。
月光の落ちる道をひたすら進む。時間の流れもだんだんわからなくなってくる。腕にのしかかる疲労が、ライマルの呼吸をさらに乱す。しかし彼の歩調は緩まなかった。一刻も早くリーシャを医者に診てもらいたい。その思いで、くたびれた体に鞭を打つ。
「ん……?」
何かが聞こえた。ライマルは立ち止まる。耳を澄ますと、聞き慣れた音がした。
馬車がこちらに向かってくる。
誰かがよその街へ行くのだろう。魔物の出歩く危険な時間帯。依頼主は命知らずと見える。
馬車が見えるようになり、どんどん近づいてくる。そして、ライマルの前で止まった。
「ライマルさんとリーシャさんですか?」
御者が話しかけてきた。
「そ、そうですけど」
「わたくし、昼間お二人を運んだ者です」
「ああ!」
記憶の中で声と顔が一致した。
「これからどこかへ行くんですか?」
「いえ、あなた方をお迎えに上がりました」
「た、頼んでないんですが……?」
「はい、ご依頼主は馬車に乗っておられます」
ライマルが首をかしげていると、馬車のドアが開いて、真っ黒な服装の男が出てきた。
「いよう」
「ダイナさん!」
それは、先日ギルドで出会った人物だった。ダイナは今日も体に鎖を巻きつけているらしく、動くたびにガシャガシャ音が鳴った。
「どうして僕たちのことを?」
「ゴアベアーの依頼書が消えてたから、受付嬢のシーナに話を聞いたんだ。そしたらお前さんたちが討伐に向かったと聞いた。で、おせっかいながらちょっと心配になってな」
「様子を見に来てくれたんですね」
「歩いて帰るつもりだったんだろ? 無駄にならなくてよかったぜ」
「あ、ありがとうございます! リーシャが怪我をしてしまって、ちゃんと手当てをしてもらわないとまずいんです」
「さすがにゴアベアー二匹はきつかったか。――よし、乗りな。ジノスまで急ごう」
「はい!」




