13話 難局を突破する
ゴアベアーが吼えて突っ込んできた。
リーシャとライマルは左へ跳んでかわした。停止したゴアベアーは即座に方向転換し、左右の爪を振るってくる。ライマルが前に出て、鋼化を使って攻撃を受ける。両手を合わせることで、少しでも相手の体勢を崩させようとするが、強靱な体躯を持つ魔物には通じない。
「ライマル!」
「よし!」
ゴアベアーの左爪を受けると同時に、ライマルは右にずれる。背後からリーシャが飛び出して、鋭い刺突を放った。
切っ先はゴアベアーの下顎をえぐった。漆黒の魔物は激しく咆哮する。ライマルは思わず耳を塞いだ。リーシャは呻きながら後退する。
ゴアベアーの反撃が来た。全身を使って、覆いかぶさるように飛びかかってくる。これもライマルが壁になって受け止めた。が、相手はかなりの巨体で、動きを封じ込めるには力が足りない。
「そこだぁ!」
リーシャがライマルの右へ出て、地面と水平に刃を振るった。ゴアベアーの左目を的確にとらえ、相手をよろめかせる。ゴアベアーの動きが遭遇した時より緩慢になっているように見えた。さすがに地面に打ち込まれたダメージは蓄積されているようだ。
ゴアベアーが姿勢を低くした。ライマルも合わせるように膝を曲げた。相手は低い体勢から、両手で土をすくうような格好で前進してきた。
ライマルは虚を衝かれ、反応が遅れた。足元に両手を差し込まれる。
「わあああっ!?」
宙に放り上げられ、頭から地面に落ちていく。落下先は岩の上だった。鋼化して激突したせいで岩が砕け散る。
ライマルは、全身がドクドクと脈打っているのを感じる。動き回ったからではない。この激しい脈動はスキルのリミットが近づいている合図だ。
――鋼化が使えなくなるほどの長期戦なんて経験したことないんだ……!
ガーケルのパーティは前衛三人、後衛一人、盾のライマルで構成されていた。前衛の三人はそれぞれ実力者で、相手にしていたのも高くてAランクの魔物だったから、複数の敵が相手でも戦いを長引かせずに制圧することができていた。今はライマルとリーシャしかいない上、相手はSランクの魔物だ。追い込まれるのは仕方がないことだった。
ライマルは立ち上がり、岩をよじ登ってリーシャの救援に向かう。
彼女は苦悶に満ちた顔で剣を振っていた。爪と打ち合うたびに目をぎゅっと閉じている。衝撃が傷に響いているのだ。
「さっきと同じ方法で……」
ライマルが体勢を作ろうとした時だった。ゴアベアーが腕の動きを変えて、斬撃ではなく突きを放った。予想外の動きにリーシャは反応できない。爪が突き立つ。それは、すでに負っていた傷と同じ場所に入った。
「う……あああああああっ!!!」
リーシャが絶叫し、その場に崩れ落ちた。相手が倒れてもゴアベアーは気を抜かない。右腕を振り上げてリーシャに叩きつけようとする。ライマルは、自分がぶつかって砕いた岩の破片を投げつけた。ゴアベアーの左目付近に命中する。リーシャの斬撃を受けた場所だ。ゴアベアーは呻き、ライマルに向きを変えた。
――よし、注意は引いた。でもここからどうする?
ライマルは必死で打開策を考える。何よりもリーシャを助けたい。そのためには絶対にゴアベアーを倒す必要がある。
ライマルの攻撃はジャンプからのプレス。この攻撃は大きな隙を作ってしまうため、ゴアベアーのように瞬発力のある相手には相性が悪すぎる。
プレスを回避できないようにさせるには……。
「――ッ!」
ライマルは閃いた。うまくいかないかもしれないがやるしかない!
「来いよ!」
両手を広げ、相手を挑発する。効果はてきめんで、ゴアベアーが吼えた。四つ足で突っ込んでくる。
――スキルに賭けるしかないッ!
ライマルはジャンプ力のスキルを発動し、後方に大きく跳んだ。周囲の位置関係はすでに把握している。ライマルが跳んだ先には、傾き気味に生えた巨木がある。その太い枝にしがみついた瞬間、ライマルは重量化を発動した。
ミシミシミシ……たちまち大木が悲鳴を上げ始める。ライマルのくっついた木は、もともと傾いていたせいで急激な重量の負荷に耐えきれなくなった。バチバチと幹がはじけて倒れていく。その落下点にはゴアベアーもいる――!
魔物もまずいと気づいたらしかったが、やや遅かった。ライマルもろとも倒れてきた木の下敷きになる。両足が巻き込まれたせいで動けなくなっている。最高の結果だ。
「残酷だけど、これは命のやりとりだから」
ライマルはゴアベアーの前に立つと、全力でジャンプした。空中で鋼化と重量化を発動。全身の脈動がかなり激しく、めまいさえ覚える。今日はこれで打ち切りになりそうだ。
でも、この一撃が決まればいい!
ライマルはまっすぐに落ちていった。
ゴアベアーの頭を直撃したライマルの体は地面にめり込んだ。あまりに強引な攻撃。戦術も何もない。だが、最高重量を乗せた一撃はゴアベアーの首をもぎ取っていた。ライマルは、胴体から千切れた魔物の顔と一緒に、地面にはまり込んでいたのだった。
「か、勝ったっ……」
ライマルはかぶった土を払い、穴の外に這い出した。
首のなくなったゴアベアーの死骸が倒れている。
その向こうに、うずくまったままのリーシャの姿があった。
「リーシャ!」
駆け寄ると、リーシャは顔を上げた。真っ青だ。
「あ、はは……さすがに、きつかったな……」
「薬で応急処置をするよ。それで、街の医者に見てもらおう」
「そうだね。うぅ、でも応急処置って……服脱がなきゃ駄目だよね……?」
「……そう、だね」
「前は調子乗ったこと言ってたけど、ライマルに見られるの、やっぱり恥ずかしいな……」
「じゃあ、そのまま帰るしかなくなるんだけど」
「ううん、薬つけて」
「い、いいの?」
「今は痛い方がきついから、恥ずかしいのは耐える」
「わかった」
ライマルはポーチを開けた。治癒水の入った瓶を掴む。
「じゃあ、失礼します」
「お願い……」
リーシャは仰向けになった。ライマルはおっかなびっくり、ブラウスのボタンを外していく。自分がこんなことをするなんて。カフーを出てからは、想像もしていなかったことが次々に起こる。
ボタンをすべて外し、ブラウスの前を広げた。
リーシャの右肩からあふれた血で、肌が真っ赤になっている。汚れていない真っ白な肌とか、水色の下着とかも目に入るが、傷がひどすぎて意識は全部そちらに向いていた。
「かけるよ」
「うん……あうっ!」
治癒水を傷口にかけると、リーシャの体が激しく跳ねた。
「あくっ、う、ううううッ……!」
歯を食いしばって、痛みに耐えるリーシャ。痛々しい姿に胸が締めつけられる。
それでもしばらく待っていると、徐々に彼女は落ち着いてきた。カフーで買った高級治癒水だ。外傷には絶大な効果を発揮する。傷を塞ぐまではできないが、出血を止め、痛みを鎮める。今のリーシャには何よりも大切なことだった。
「ありがと……効いてる……」
ささやくようにリーシャは言った。小刻みに上下していた胸の動きが、少しずつゆっくりになってくる。ひとまず難局は乗り切ったと考えてよさそうだ。