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11話 戦術が増える

 ジノスに来て六日目。

 毒竜討伐の次は薬草を採取したいという薬師の護衛を担当した。幸い襲撃はなく、あっさり任務達成。


 今日は討伐依頼を受けるつもりで、二人はギルドにやってきていた。

 リーシャからすると、やはり剣士としては魔物の討伐が一番燃えるらしい。


「ふーむ」

「何がいいかな」


 二人で、壁に貼られている依頼書を眺める。


「あ、これどう?」

「どれどれ……ゴアベアー二匹の討伐か」


 ゴアベアーは非常に凶暴な熊の魔物で、危険度はSランクに分類される。

 依頼受付日は二ヶ月前だから、これまたみんな手を焼いていると見える。


「ゴアベアーの雄同士が縄張り争いをしてて、森のあちこちに影響が出てるみたい。他の魔物もピリピリして攻撃的になってるとか、もともと森に棲んでた魔物じゃない動物たちの行き場が失われているとか」


 そもそも魔物という存在は、ヴァルタゴ王国の遙か南の海――孤島に城を構える〈魔王〉が生み出したものらしい。すさまじい繁殖力で爆発的に世界各地に広がったのが数百年前。今の人間たちは、魔物と隣接して生活することを当たり前だと思っている。


 根源である魔王を倒せば魔物の勢力が弱まるという魔導師の託宣もあったが、魔物と勢力争いを繰り広げるだけで精一杯の人間たちに、魔王の潜む島へ挑むだけの力はない。

 今はとにかく、目の前の魔物を倒し続けるしかないのだ。


「ライマルが大丈夫そうならこれを受けたいんだけど……」

「いいよ。やろう」

「お、ほんと? よかった!」

「リーシャはやっぱり、歯ごたえのある討伐依頼じゃないと物足りない?」

「そこはあんまり気にしてないかな」


 ライマルは意外に思った。リーシャは危険度ランクの高い魔物を討伐に出る時が一番生き生きしているように見えたからだ。


「ほら、危険度の高い魔物って影響する範囲が広いでしょ? だからそいつを倒すと、一気にたくさんの人を助けられるの。それで喜んでもらえると、こっちまで幸せになれるっていうか……」


 ほっぺをさすりながら、ちょっと恥ずかしそうにリーシャは話す。


「へ、変かな?」

「そんなことない。素晴らしいことだよ」

「よ、よかったぁ」

「でも無理はしないでね。僕も前とは違うし、遠慮なく盾にしてくれていいから」

「信じてるよ」

「任せて」


 ドンと胸を叩くと、リーシャは快晴の空のような笑顔になった。


     †


 毒竜の廃坑はジノスの西側だったが、今度は東の門から出ていく。

 馬車に揺られて数時間。

 文明の気配は遠ざかり、周辺一帯は完全に深い森となっている。


「ここですよ、よく話に出るのは」


 御者が馬車を止めて話しかけてきた。


「この森でゴアベアー同士が争ってる声が聞こえるって同業者が言ってました。だから、この道を通る人はすっかり減っちまったと」

「わかりました。僕たちがなんとかしてみせます」

「御者さんは帰り道、大丈夫ですか?」

「ええ……せいぜい祈りながら帰りますよ」


 御者は軽い口調で言うが、顔色は悪かった。

 二人は馬車を降りて、早速森の中に分け入る。


 今日のリーシャは、柔軟性の高い白のブラウス、黒いスカート、黒のロングコートという格好だ。これまでと違うのは、防護繊維で編まれた黒タイツを穿いていることだろう。森の中では植物で肌が切れることもある。それを防ぐため、新たに導入したという。そこにはもちろん、足元のおしゃれも抜かりなくやりたいという彼女の意志がある。


「森って一口に言ってもめちゃめちゃ広いよね」

「適当に歩き回っても見つからないかも……」


 二人でしばらく考える。


「火属性の魔法で爆音を鳴らすのはどうかな? 騒ぎを起こせばゴアベアーも近づいてくる気がしない?」

「やってみる価値はありそうだ。他の魔物も群れてきたらきついけど」

「その時はいったん逃げよ。大群の足止めならわたしが得意な氷属性魔法が活かせるし」

「よし、やろう」


 リーシャは剣を抜いて地面に刺した。


「いきまーす」


 リーシャが閉じた右手をひろげた瞬間、パチンパチンと火花が散るような音が連続で響き渡った。

 魔法を使い終えると、リーシャはすかさず剣を引き抜いてかまえる。

 ライマルも拳を握り、リーシャと背中合わせに森の中を観察した。

 ザザザ、と草木の揺れる音がした。

 ギャアッ!――と叫んで飛び出してきたのは、緑色の体表を持つ小型の魔物、ゴブリンであった。


「うっ、僕ゴブリン苦手なんだよな……」

「ライマルだと相性悪いよね。ここはわたしがやるよ!」


 リーシャが駆け出す。一匹目の背後から、さらに数匹のゴブリンが姿を現す。

 敵は口をいっぱいに広げ、ものすごい勢いでリーシャに突っ込んでいく。


 ――やっぱり、何かおかしい。


 ゴブリンは何度も見たし、討伐の依頼に参加したこともある。だが、最初からこんなに獰猛な姿で現れたゴブリンはかつていなかった。


「はっ!」


 しかし、いくら荒れ狂っていようとリーシャの敵ではない。鮮やかな剣さばきでゴブリンが次々に倒されていく。仲間が瞬殺されているにも関わらず、後続のゴブリンどもはひるまず前に出てくる。リーシャは立ち位置を変えながら一匹ずつ確実に仕留めていった。


 ドン、と重たい音が響く。

 森の奥から、一回り大きなゴブリンの親玉が現れた。鋭く不揃いな牙。太い腕。握られた棍棒。危険な相手だ。


 ――あっちなら僕も相手ができる!


 ライマルは親玉に向かって鈍足を飛ばした。小型の魔物には、ジャンプ力を使って攻撃してもかわされる可能性が高い。相手が大きく、鈍重になるほどライマルとの相性はよくなっていくのだ。


 子分どもを切り捨てるリーシャ。その横を駆け抜け、ライマルは親玉の正面へ突撃した。

 親玉が吼えて、棍棒を振るってくる。ライマルはすかさず鋼化と重量化を発動し、受け止める。相手は意外に機敏で、すぐに棍棒を引っ込めた。そこから連続で叩きつけてくる。ライマルは反撃できず、棍棒に打たれるだけになる。ダメージはないが、このままでは埒が明かない。


 ――進むぞっ!


 相手が棍棒を引いた瞬間、ライマルは前進した。重量化を解除し、ジャンプ力を使う。前に飛び込んで親玉の足に接触する寸前、再び重量化をかける。一気に体が重くなり、体が落ちる。ぶつかったのは地面ではなく、親玉の足の甲。そこにライマルの超重量がかかり、親玉が吼えた。


 これで相手は左足を動かせなくなった。あとはもう、とどめを刺してくれる人がいる。ライマルは背後の状況を敏感に察知していたからこそ、この動きに出られた。


 ライマルが親玉の足を押しつぶしているあいだに、リーシャが急接近している。


「炎よ、力を貸してッ!!」


 リーシャの剣が親玉の腹に突き刺さる。そこから送り込まれた炎によって腹が爆ぜた。


「わわっ、大丈夫ってわかってても怖いな……」


 足を押さえていたので、ライマルの左右に爆ぜた炎が散ってきたのだ。これは鋼化のおかげで無効化されるが、目の前で火がちらつくのはやはり不安になる。

 親玉が力なく仰向けに倒れていった。ライマルはスキルを解除して立ち上がる。ひとまず、ゴブリンの群れは倒せたようだ。


「ライマル、わたしが来るってわかったの?」


 リーシャは剣の汚れを払いながら訊いてくる。


「ゴブリンの声が聞こえなくなったから全滅させたんだってすぐにわかったよ。そしたら来てくれるって信じてた」

「わたしたち、息合ってるね」

「リーシャが合わせてくれるからだよ」

「あー、また自分を下にしてるぞ! ライマルの状況把握があればこそだよ!」

「あはは、これはもう癖みたいなものだから……」

「できれば直してほしいな。わたしは前向きなライマルでいてほしい」

「努力します……」


 すぐに変えるのは難しい。道のりは長そうだ。


「ていうか、重量化って敵の足止めにも使えたんだね。今までは防御にしか使ってなかったけど」

「なんか、今まで思いつかなかったことがどんどんできるようになってる気がするんだ。前だったらガーケルに「余計なことするな!」って言われるのが怖くて何もできなかっただろうけど」

「わたしはライマルに好きなように動いてほしいから、思いついたことはどんどん試してみてね。合わせるのは得意だから」

「ありがとう」


 ガーケルに指示される戦いから解放され、ライマルは自分の発想をどんどん実践できる状況になった。

 リーシャと二人で戦えば、もっと強くなっていける。そんな確信が深まった。

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